借りてきたイシス
しばらく、イシスとトマシュ中心です。
「ふふふ~」
上機嫌にトマシュの手を握りイシスはケシェフの街へ戻ってきていた。
「っ~!」
同期に指摘され、イシスの事を無駄に意識してしまい、トマシュは顔を伏せがちだった。
結局あの後は、“私物の荷物を運び出すこと。魔法学校開校まで自宅等、連絡がつく場所で待機しててよい”とのマリウシュ部族長からの命令もあり。荷物が少ないトマシュはイシスが連れてきた人馬の女の子に荷物を乗せて早々に隊舎を後にしていた。
「どこ行くのさ?」
イシスが「ん?」と振り向いた。
「ほら、あなたのお母さんの呪いを時に行くよ」
「はい!?」
いきなりイシスがトンでも無いことを言い出したので、トマシュは耳と尻尾をおもいっきり立たせて大声を上げた。
「ほら、約束したじゃん?」
「えっ!?え!?」
約束なんかしたかとトマシュは記憶を反芻したが記憶がない。
「後、あなたのお母さんも例の遺跡に連れていくからその準備と」
「ちょっと、待ってよ!」
トマシュがイシスの両肩を持ち、顔を正面になるようにした。
「いいい、いきなり、過ぎないかなぁ!遺跡まで、ケシェフからだと馬に乗っても5日は掛かる距離だし!」
呪いで記憶を失って5年経ち、知能はなんだかんだ10歳時位までに回復しているが、そんな母親をイシスに見せたくはないし、何より危険な遺跡に連れて行くなど無理だとトマシュは思った。
「でも、昨日見せてもらった様子だと、大丈夫そうだし。フランツさんも人手を集めてくれるって」
(し、しまった~~~!)
昨日、母親の姿を念話でイシスに見せた事をトマシュは忘れていた。
おまけに、イシスがここまで行動力があるとは思わず、まさかフランツさんに協力を頼んでるとは全く考えていなかった。
「ほら、エルナも連れていくし」
人馬の女の子がペコリとお辞儀をした。
「名前貰ったんだ」
エルナは嬉しそうにはにかんだ。
「実はエリザベート様が私に付けて下さったのですが、家の外では名乗るなと言われておりましたので」
トマシュから見ても悪法“家畜管理法”の中に人馬は家畜として扱う事を強制しており、今のエルナの様に服を着たり、名前で呼ぶことは本来なら懲役刑ものだった。
「カエが昨日、“家畜管理法の第4条を停止する”って勅命を出してるから、もう大丈夫だよ」
とは言え、昨日出た勅命が周知されている訳も無く、珍しい人猫姿のイシスと相まって人目を集めていた。
トマシュに剣を買った鍛冶屋をイシス達は再び訪れた。
「いらっしゃ…あら?トマシュと………魔王様?」
来客を知らせるベルが成ったので、鍛冶屋の奥さんライザが顔を出した。
「もしかして、妹のイシス様?」
目の色からイシスだとライザは判断した。
「はい、憑代を手に入れたので、本来の姿になれました。後、敬語は使わなくて結構です」
エルナが始めてみる鍛冶屋に目を輝かせながら商品の短刀を眺めていた。
「人馬の子かい」
エルナがビクりと両手を胸に乗せ、身体を強張らせた。
「あの子と私の武器を買いに来たのですが」
ライザが右の人差し指で右耳の後ろを掻いた。
「人馬の子に武器かい………。ちょっとね」
「?」
ライザが何に困っているのかイシスは不思議だった。
「いやね、魔王様が人馬を家畜扱いするのを止めるように勅命を出したのは知ってるんだよ。でもね………。物が無いんだ」
「物が…ない?」
ライザがごそごそと剣を出した。
「ほら、私達は剣って腰に着けるでしょ?でも、人馬って腰から下が太くなってるし、走る時に邪魔になるから胴体に巻き付けるタイプの剣帯を使うか、背中に背負うんだけど、子供用の負い紐が無くてね」
「あ、それなら………」
イシスが異空間から人馬用の剣帯を取り出した。
「これなら大丈夫かと」
ライザが手に取って色々と確かめる。
「ちょうどいい大きさだね。これなら大丈夫だよ」
「えーと、剣が2振り、短剣2振り、剣の手入れ道具一式2個、弓1挺、矢が20本、練習用の矢が5本、そして木の棒に蹄鉄。合計金貨7枚にしとくよ」
本当なら金貨8枚と銀貨10枚だが、ライザが負けてくれた。
「ありがとう」
何だかんだで、商品を色々買い込みフランツと約束していた昼近くになっていた
ライザの店を後にし、次に向かったのはトマシュの母が居候している家。
そこで、フランツ達と待ち合わせしているのだが。
「はぁ………」
トマシュが何か嫌そうだった。
正直、母親の呪いを解けるのなら嬉しいが、心の準備が欲しかった。せめて、カエだったら何もないのだが………。
「ねえ、こっちの方が近くない?」
せめてもの時間稼ぎで回り道をしようとしたが、イシスに行き先も知られているので無駄だった。
「ここだよね」
イシスがコンコンコンッとノックをすると、鍵を開ける音がガチャガチャとした。
「あら、貴女がイシスちゃん?」
顔を出したのはトマシュの母、ニナの元パーティーメンバーのアガタだった。
「はい、お世話になります」
ペコリとイシスがお辞儀をし、誘われまま家に入った時だった。
「猫だー!」
急に聞こえてきた叫び声に、イシスの耳はピンッと張り、尻尾はおもいっきり膨らんだ。
「はわわっ!?」
声の主がイシスに抱きつき、頭を撫で回し始めた。
「あらあら」
「あー………やっぱり」
トマシュの目の前でイシスが母親のニナに撫で回され、混乱していた。
トマシュがイシスを母に会わせたくなかった訳………。
『助けて~!』
『まあ、その………諦めて』
無類の猫好きの母が人猫を目の前にして我慢できる訳もなく、恐らく撫で回すと予想していたが、本当にそうなってしまった。




