スラム街の悪臭
今度は“見た目で損しているようです”の書き直し、“上”になります。
「臭い………」
「はい?」
門を抜けて木造の家屋がひしめく場所に入ったが、あまりの臭いに魔王は言葉を漏らした。
「何の臭い?」
「何がです?」
エミリアは慣れていたが、泥濘んだ道から漂う臭いは強烈だった。
魔王は自身が履いているサンダルとエミリアが履いているブーツを交互に見た。
『これはブーツの方が良いな』
『そうだね…』
『あー最悪』
魔王が心の中で念じると、返事が2つ帰って来た。
『跳ぶ?』
『いや、騒ぎになっても嫌だし歩こう…』
返事の主は魔王の2人の妹。同僚のズメヤ連絡ミスで、身体が用意されていなかった為、1つの身体を兄妹3人で使うことにしたのだ。
『あー、右側乾いてるよ』
今回は仕方ないので、なるべく乾いているところを選んで歩き、進む事になった。
「あの建物です。あの建物が部族長達が集会を行う建物です」
エミリアが指差した二階建ての質素な建物の間から、街を見下ろす高台の上に建てられた石造りの大きな建物が見えた。
「長老と部族長をはじめとした代表者の方々がお待ちしているはずです」
(あんな小娘が魔王だと?どうなっているんだ?)
(人間がいつ攻めてくるかも判らんと言うのにハズレを引きやがって)
魔王は風魔法の応用で建物の中のヒソヒソ話しに聞き耳を立ててみたが、どうも若い部族長から魔王への評価は悪いらしい。
「そうらしいな」
「?」
次は年長者とおぼしき声を探し、聞いてみることにした。
(ヤツェクの失敗をこれ以上擁護出来るか?)
(考えている)
「ヤツェクって誰?」
「え!?あ、はい。お祖父様の名です」
(ただでさえアイツの部族は土地を奪われた上に、食い扶持を失った避難民と街の住民の間に小競り合いが起き初めているんだ。おまけに部族長も戦死したから若僧が部族を纏めている始末じゃないか)
(そんな事は判っておる!!)
長老と部族長は違う役職だと魔王は思ってはいたが。
『“ヤツェクの失敗”か、過去にも何かあったのか、それと若僧の部族長か』
『まあ、私達と大して歳は変わんないんじゃない?』
「エミリアの部族長はどんな人物なんだ?」
「え、えーと。背が高くて力持ちで優しい人です」
凄くどうでも良い情報だったので、魔王は耳を半分傾けた。
「いや、そう言うことを聞きたい訳じゃなくてだな。政治や軍事に明るいのか知りたいんだ」
(魔王一人を呼んだところで事態が好転すると思っていられる程、他の部族長連中は楽観視していないと言うのに。よりにもよってあんな子供が魔王とは、あんな小娘に一体何が出来るのか)
誰だか判らないが、年配者の言ったことに、魔王は『やかましい!!』と心の中で叫んだ。
「部族長は昨日成人したばかりなので、実際に職務をしたのは今日が初めてです」
「………他に部族長の候補は居なかったのか?」
道の真ん中に大きな水溜まりが有ったので、魔王は大きく跳び、道の端へ移動した。
「私の部族は代々レフ家が部族長を努めていたのですが、先代と長男が戦死してしまいまして。生き残った中で一番年長者なのが今の部族長です」
「そうか」
“流石に魔王として喚ばれたとは言え、有力な味方が居ないのは面倒だ”と思い、魔王はもう少し聞き耳を立て、味方になりそうなグループを捜す事にした。
(ポーレ族の連中、魔王じゃなくて女の子を喚び出したとはな)
今度は若い声だ。
「ポーレ族って?」
「ふぇ!?あ、私達の部族の名前です」
さっきから、急に黙っては質問をしてくるのでエミリアは変な声を上げた。
(これで、マリウシュのガキも終わりだな)
「マリウシュって誰?」
「新部族長の名前です」
『てか、お前ら。一応戦争中だろうが。もう少し仲良くしろよ』
『他の部族長も………。どこも似たような反応ね』
自分の評価が低いのはどうでも良いとして、呼び出してきたポーレ族の評判が芳しくないことに魔王は頭を抱えた。
『やれやれ、唯一味方になってくれそうなマリウシュ部族長は政治経験が無い上に部族自体が根なし草と。盗み聞きした範囲だと、年長者の部族長の数人はヤツェク長老を擁護してはいるが、若い部族長共はマリウシュを軽んじていると。いっその事、ポーレ族を引き連れてこの街から出て行くか』
「あの、魔王様。ちょっと宜しいですか?」
既にエミリアが足を止め、呼び掛けられているのだが、魔王は念話で話すのに夢中で気付いてなかった。
『んーただ、出て行くのは逃げ出したみたいで性に合わないからなあ。それに先立つ物が無いしなあ』
「魔王様?まーおーさまー!」
と言うよりも、“魔王”と呼ばれ慣れていない事もあった。
「おい、小娘!名乗らんか!!」
椅子に座り、机の上に“入門者”と書かれた冊子を広げる兵士に怒鳴られ、魔王はようやく気がついた。
「ん?………あ!私か!!」
盗み聞きと考え事に念話での会話に夢中になっている間に、魔王は門までたどり着いていた。
『ん?門?』
「何処ここ?」
石壁に結構立派な門があるが、内門にしては頑丈過ぎ、防戦時に煮えたぎった油を落とす穴まで有るしっかりとした門だった。
『集会場に向かってたと思ったら、外に向かってたのかな?』
『いや、街の内側に油を落とす必要は無い』
『え?どういう事?』
魔王が困惑しているとエミリアが説明してくれた。
「ここは街に入る門です」
「え?今まで歩いてた場所は?」
何だかんだ、結構な距離を歩いたと思ったが、実は街の中ではなかった。
「アレは街の外に住み着いた避難民が勝手に作ったスラム街だ。判ったら、とっとと名乗れ」
相手が魔王とは露知らず、門番をしているクヴィル族の兵士は横柄な態度で命令してきた。
『なんだ、この門番のオッサン』
『横柄ねえ』
『名乗りゃ良いんでしょ、名乗りゃ』
3兄妹は憤慨したが、顔には出さずに魔王は名乗った。
「グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス」
「長っ!」
魔王の名前が長かったので、エミリアは驚いた。
「グナ………、何だって?」
「グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス!」
「グナエウス・ユニウス………」
魔王が左手を上げた。
「あー、違う貸せ!」
門番が馴染みがない名前に手間取り、書き間違えをしたので、“入門者”の冊子とインク壺を魔法でぶん盗り、宙に浮かせた。
『人の名前を間違いやがって。もういい、私が書く!』
さらに魔法でインクを宙に浮かせ、そのまま冊子にぶつけると文字が書かれた。
「これで良いか?」
冊子がゆっくりと目の前の机に戻ってきたので門番は眼を白黒させた。
「あ、あー問題ない。…それで、職業は?」
高位の魔法使いか何かだと思い、門番は初めて身構えた。
「あの、この方は私達が喚んだ魔王様なので………、職業“魔王”で」
「魔王?」
門番は魔王を上から下まで眺めた。
「そういえば、さっきから魔王と呼んでいたが、こんな子供が?」
『何か今日一日、子供子供と言われてばかりだなあ』
『私達から言わして貰えれば、ここの住民が総じて馬鹿デカイだけなんだけどね』
何度も言われるので、流石に魔王と姉妹達は辟易としてきた。
「本当か?」
「巫女の私が嘘つく訳無いじゃないですか」
『エミリアは巫女だったんだ』
『道理で神様から遣わされた事になっている私の世話係りなのね』
「しかしなあ、魔王って普通はもっとコウ、おっかないだろ?この娘を魔王って言われてもなあ」
門番からすれば、若い娘に化けた魔女だと言われた方がスッキリする位だった。
「まだ子供ですけど、魔法の腕は確かです。私が保証します!」
『『『………子供』』』
「ふうん、まあいい。今日から開門時間が一時間短くなるから、それまでにはスラムに戻れよ」
そう言い残して、門番は私達の後ろにやって来た通行人の通門手続きに移った。
「なあ、エミリア。私は何歳位に見えるんだ?」
「12歳位ですかね?12歳の姪がちょうど魔王様と同じ様な見た目ですので」
「私は18歳なんだが」
「………え?」