キャッスルシャーク2~乱入ゴーレムオクトパス~
何か、ロキ(ジョン)の下で働いているフェン君 (フェンリル)とヨルム(ヨルムンガンド)が不憫に思えてきた。
「出来たー!」
小躍りするジョンの目の前には机の端っこ置かれた掌サイズの3人乗りの双発複葉機の模型があった。
「では、脱出しますか」
いや、何言ってるんだこの人達はとカミルは思った。
「ああ、待った。ガソリンを創らないと」
そう言ったジョンが戸棚を開けると、カミルからしたらオーパーツになるエスプレッソマシンが鎮座していた。
「マラカイボ、チェロキー、バクー、ラボック、プロイェシュティ、パレンバン………どれが良いかな?」
ジョンが手にしているのは、黒い豆が入った瓶の数々。
「いや、知りませんよ」
フェンの連れない態度に、「冷たいなあ」とぼやいたジョンが適当に瓶の蓋を開き、*グラインダーに豆を放り込んだ。
*グラインダー:コーヒー豆を細かーい粉にする機械。
『もう逃げられんぞ!大人しく出てこい!』
外から大声で呼び掛ける声が聞こえたので、カミルとフェンはゆっくりと窓の隙間から外の様子を伺った。
「なんの騒ぎ?」
呑気な声を出しながらグラインダーのスイッチを入れ、カミルからしたら不快な機械音を響かせた。
その後は、カンカンカンとエスプレッソマシンのバスケットに粉を入れ、タンパーで器用に均す。
やってることは、エスプレッソを入れるバリスタのソレだった。
「警官隊です。囲まれましたよ」
「あー、それは参った。ガソリンが出来るまで待ってて貰えないか説得してくれ」
粉が均等に詰まったバスケットをエスプレッソマシンにセットする前に、お湯が出るか確認したが。
「アレ?」
普通なら機械音を響かせながら加圧されたお湯が出る筈なのに、機械音がしない。
まさかなあ?と思い、ジョンがグラインダーのスイッチを押してみたが、同じく動かなくなっていた。
「電線を切られた」
「………つまり?」
「マシンが動かない」
ジョンがガチャンと床下収納を開け、ガソリン缶を2つ取り出した。
「ちょっと、裏の発電機にガソリン入れてくる」
「待て待て待てぇい!!」
裏手の扉から奥に行こうとしたジョンをフェンが両肩を引っ張り止めた。
「アレは何?」
フェンが指差す。
「エスプレッソマシン型ガソリン合成装置5型改二」
「で、ソレは?」
次にフェンが指差したのはガソリン缶。
対するジョンは怪訝な顔をした。
「おいおい、ガソリンに決まってるだろ。一体何を言ってるんだ君は?」
フェンが両手でジョンの側頭部を掴み、持ち上げた。
「うおふぉふぉふぉ!」
「ソレを使えば良いでしょ!全く!」
フェンに解放されたジョンはぶつくさと「これ、錆びた醤油みたいな味するんだもん」と文句を言いつつも、ガソリン缶を傾け、缶の口からスポイトでガソリンを抜き取った。
抜き取ったガソリンは、模型の胴体に開いた小さい穴に流し込む。何度か繰り返し、満タンになったところでジョンが立ち上がった。
「あ、そうだ。カミル君は小さくなった事とか有る?」
「はい?」
「………普通は無いと思いますが?」
「アレ?そうなの?まあいいか」
ジョンがカミルの額を人差し指で小突くと、ジョンとフェンの身体が徐々に巨大化する錯覚をカミルは覚えた。
「わ、わわ!」
周りを見ると、家具やら何から巨大化しており、カミルは自分が小さくなったのを理解した。
次に巨大なジョンがフェンを同じ様に小突くと、フェンが徐々にカミルと同じ大きさにまで小さくなった。
「じゃ、乗って」
ジョンが差し出した右手にフェンがよじ登り、恐る恐るカミルが続くと、ゆっくりと机の上にまで運ばれた。
3センチも無い身長になったカミル達は、机の木目に足を取られないように慎重に模型飛行機に向かった。
カミル達が机の上に移動したのを確認したジョンも小さくなったが。
「あ………、高いなあ」
小さくなった状態で床から机を見上げたらかなりの距離があった。
「ま、いいか」
“登りゃ良いや”程度に考えたジョンだったが、次の瞬間、酷く後悔する羽目になった。
「だ、わー!!」
暗がりから野良猫が飛び出してきて、ジョンを拐っていったのだ。
「ん?」
ゴーレム2体がコントロールを外れ、急潜航したのをカエが感じた。
『何だ?』
『雷魔法の魔力が広がったら逃げたよね』
『鮫って雷が苦手なのかしら?』
カエが使う生物型のゴーレムは、実際の生物の魂を模倣したコアを使っているので、実物の鮫と同じ様に振る舞うのだが、たまに予測不可能な行動を取るのだ。
だが、身体が紛い物のお陰で脳の容積に依存せずに知能が成長するので、何かと重宝している。
『あー………。お、コントロール復活』
『どうする?引き返させる?』
『いや、今戻してもまた追いやられるだろう。一度、』
カエとニュクスが話し合っていると、イシスが叫んだ。
『爆発音!直上!』
カエが操作する鮫のゴーレムが大急ぎで地下2階の通路に逃げ込む。
『魔力反応!』
1体の動きが鈍り、終いには腹を背にして動かなくなった。
『あー、やられた。氷魔法か』
『直ぐ回収するわよ』
ニュクスが操作する大ダコが床を這いながら、鮫に近付いた。
『鮫は寒いの苦手だからな』
ゴーレムなのだから、寒さに苦手な所まで似せる必要は無いが、カエは“それだとつまらん”と似せているのだ。
大ダコが鮫を抱えて水温が高い所まで運んでるのを横目に、他の大ダコが2匹、図書室の蔵書をせっせと袋に詰めていた。
ちゃっかり、防水魔法を掛けている抜け目の無さだ。
別の場所では水圧でびくともしなかった扉を大ダコが自身の腕を使い強引に引き裂く。
浸水した部屋に取り残されて居た人々は雪崩れ込んでくる水から逃れようと、部屋の四隅に集まるが都合が良かった。
流れに身を任せ、部屋に滑り入った大ダコが次々と人を掴み転移門まで運ぶ。
「っが!っげふぉ!」
水深を見るために使っていた穴から、神聖王国の僧侶が一人出てきた。
「Hände hoch!」
直ぐにフランツと仲間達が小銃を突き付けながら引き上げた。
「アイツで、5人目か」
思いの外、捕獲できた人数が少ないのでアルトゥルは呟いた。
「まだ10人程取り残された人は居るが、部屋の中に居たりして、ちょっと厄介でな」
運の良かった数十人を除き、殆どは水死したのだが。
転移門が在る神殿の地下4階に通じる階段は複数有り、その中でも一番大きい吹き抜け回廊では、神殿勤めの人達が呆然と回廊や渡り廊下の上から下の様子を窺っていた。
殆どは地下から噴き出た水が出す音に気付き様子を観に来た人達だが、余りの光景に思考が停止したのだ。
「下がって下さい!」
その中でも神殿詰めの兵士達は直ぐに自分達の義務。神殿に居る人達を安全に逃がす為に奔走していた。
しかし、我に返った人達は外に真っ直ぐ行かずに右往左往する者が多く、酷く混乱していた。特に混乱に拍車を掛けたのが噴き上がる水に混じり、大量のトビマスが吹き抜けを飛び回っていたことだ。
「何だよこの鱒。何で飛ぶんだ?」
基本的に滑空をしているだけだが、希に床から垂直に浮かび上がり逃げ出す個体もいる。
「魔物の一種じゃないか?」
ジュブル川周辺の人狼やドワーフ、人間だとマルキ王国等では余り気にされていないが、広義では魔物の一種でもあるトビマスは風魔法を使って空を飛ぶのだ。
そのトビマスが吹き抜けの中をまるで海中を泳ぐイワシのように群れで飛び回っているのだ。
「シャハト卿、終わりました」
北に通じる通路から兵士が走ってきた。
現場指揮官をしている神殿兵を指揮していたシャハト卿は、回廊の壁際に置かれていた荷物置き用の台に神殿の見取り図を配置して指示を出していた。
「昇降路は全て塞ぎました。階段も此処だけですが、北階段でシュルペ隊長が引きずり込まれ行方不明になった他、行方不明3、死者5、負傷13出ています」
シャハト卿の側近が、北の見取り図上の北階段に赤筆でバツを書き入れた。
「北の部隊を此処来るように伝えてくれ。負傷者は3階の会議室に収容を」
「了解」
「近衛だ、退いてくれ」
そこに、国王が派遣した近衛の兵士が数十人、僧侶や巫女を押し退けながら2階の廊下から吹き抜け回廊に現れた。
「閣下、新式軍です」
近衛の兵士達は神殿に詰めていた兵士と違い、鎧の代わりに灰色がかった緑色の軍服に鉄帽と、絵に描いた様なドイツ軍の格好をしていた。
「有り難いな」
剣や槍で武装していた今までの兵士と違い、“新式軍”は神殿の一部急進派の大主教と新興貴族が編成した、銃火器を装備した兵士だ。ただ、神聖王国全体の兵士を新式軍にする段階まで軍制改革が進んでおらず、王国首脳部への所謂ロビー活動として近衛の一部に部隊が編成されただけだった。
神殿詰めの兵士を指揮していたシャハト卿が話を聞くために近付いた。
「アデルハルト王から派遣された、状況を教えてくれ」
「水が噴き出たんだが、水中に鮫が居て転移門を閉じに行けない。今、魔術兵を総動員して地下に通じる通路を塞いで回っていた。残りはこの中央階段だけだ。今、魔術兵が氷魔法で塞ぐところだ」
シャハト卿が吹き抜けの方を指差した時、鮫が勢いよく飛び出し、3階に掛けられている渡り廊下を食い千切り、魔法の準備をしていた魔術兵が5人、渡り廊下の残骸と共に水面に落ちていった。
シャハト卿を含め、何人かの兵士が身を乗り出し、落ちた兵士を探したが、誰も浮いてこず、水面が赤く染まるのを確認しただけだった。
「クソ、あのゴーレムの大魚。妙に頭が良くて、さっきから妨害をしてくるが。まさか、渡り廊下を食い千切るとは」
「転移門を閉じるために新型の装甲人形を連れてきてます。シャハト卿は装甲人形が戦っている間に、魔法の準備を」
近衛の指揮官が手で合図すると、廊下の奥から装甲人形と呼ばれたオートマタが5体出てきた。
オートマタはケシェフの街に運び込まれていた物とは違い、全体的にずんぐりとしていた。一般的な鎧に偽装する必要がないので、純粋に戦闘を行うために各部を強化されているのだ。
左胸には鉄十字の塗装、右胸には部隊マークとして交差する剣の紋章が描かれていた。
「魔術兵が魔法を放つまでゴーレムを抑える。オートマタは全て、水中へ!他はゴーレムが浮いて来た場合に備え散開!」
「了解」
オートマタの操作員が、A4サイズの石盤を指でなぞると、オートマタが1体ずつ水中に飛び込んだ。
他の兵士は十字砲火なるように、南と東側の通路に散開した。
「中はどうだ?」
操作員が持つ石盤に水中の様子が映し出された。
「少し濁ってますが、視界は開けてます」
オートマタは底の地下4階に着くと、周囲を警戒したが鮫の姿はなかった。
「何も居ません」
「3号と4号は管制室に向かわせろ」
「了解」
ゆっくりとオートマタが前進し、転移門を管理している管制室が在る南側の通路を進んだ。
「1号が何か見つけました。映像を出します」
指揮官も石盤を出し、映像を見る。
彼等が使っている石盤は、現代戦のC4Iシステムを魔法で再現していた。
*C4Iシステム
Command(指揮) Control(管制) Communication(通信) Computer (コンピューター) Intelligence(情報) Systemの略。
戦場の情報を下員から司令官まで共有し、各級指揮官の意思決定、命令下達を円滑化する。
石盤には転移門に通じる北側の通路で何かが動くのが見えたが、濁りと流出物のせいで天井の光石の灯りが届かないせいで通路は薄暗かった。
「暗いな灯りを」
オートマタの頭部に備え付けられた光石が通路を照らした。
「何だ、アレは?」
人に何かが巻き付いている様に見えたが、灯りに気付き奥へと消えた。
「お、追いますか?」
「まて、吹き抜けの守りが手薄になる。待機だ」
本音を言えば、直ぐにでもオートマタを向かわせたいが、魔術兵が通路を塞ぐまで、鮫を追いやらねばならない。
視界が悪い水中でオートマタを1体だけで運用するわけにも行かず、管制室に向かわせた2体が戻るのを待つしかなかった。
せめて、水中対応型のオートマタがもう1体有れば………。
「3号接敵!」
石盤の映像が水中用の機関銃を通路の角に向け発砲している3号の視点に切り替わった。
「何処だ?」
「右の角です」
「シャハト卿、建物の配置図は有りますか?」
「ああ、これだ」
シャハト卿付きの神殿兵士が各階の配置図と机を指揮官の所に持ってきた。
「この部屋は?」
番号は記載されていたが何の為の部屋かまでは記載してないので、神殿兵士に尋ねた。
「武器庫です。間者用の」
「爆発物は?」
「………有ります。“手榴弾”や“ダイナマイト”が部屋の奥に」
「っ!発砲やめ!発砲やめ!」
「発砲禁止します。現在、近接武器のみ許可されてます」
発砲を禁止された3号と4号が機関銃を背中に背負ったところで問題が起きた。
「4号転倒。映像、途切れました!」
「何?」
石盤で先を進む3号の画面も確認したが、そちらも映像が真っ暗になった。
「隊長、映像はダメですがデータが………。4号、転倒した状態で移動してます。既に3号から5メートル離れました。中央階段に向かってます」
「1、2、5号に迎撃準備を命令。シャハト卿!何かが中央階段に出てきます。警戒を!」