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アデルハルト王とラオトハイト大主教

カミルを抱えたまま呆然と立ちつくすジョンに男が尋ねた。

「で、どうします?」

「どうしよう?」


「おい!」と、男がジョンの脹ら脛に蹴りを入れた。

「痛い痛い、フェン君やめて」

「あんたって人は毎回!」


嫌がるジョンを無視して、フェンは何度も蹴りを入れる。

「ヨルムに怒られたらどうするんすか!」

「逃げる」


二人がじゃれている間にも、三途の川の警察がどんどん集まってきた。

「マズイ、追い付いてきた」

カミルの一言に、ジョンとフェンが振り返ると、わらわらと小銃を持った警察が走ってくるのが見えた。


「よし、列車を追っ掛けよう」

「いやいや、どうやって。アレ、時速80マイル(128キロ)は出ますよ」

フェンの言葉を無視するように、ジョンはカミルを抱えたままそそくさと線路に向かい走りだした。


「カミル君は高いところは平気かい?」

「え?あ、はい。大丈夫ですが」

駅舎の手前側なので10車線はある線路のレールの上をポンポンポンと渡り、列車が出ていった方向とは逆方向に伸びる坂道を駆け出した。ジョンが向かったのは、最初にカミルと出会った馬小屋の方向だった。


「それはよかった」

そんな会話をしつつ坂道を走っているジョンの足元が不意に揺れた。

「あらっ!った、ったー!」

「うげっ!」

バランスを崩し、前屈みに倒れた拍子にカミルが前方に投げ出される。

「うっ…ああ……っ~~~~!」

尻尾から落ちたカミルが尻尾の付け根を押さえながら、のたうち回る。

魂だけの霊体なのに痛みを感じるのは可笑しい話なのだが、急所の尻尾が痛みと痺れで立ち上がる事ができない。


「なにやってるんすか、もう!」

追い付いたフェンが右肩にジョン、左肩にカミルを抱え坂道を駆け上がる。

「何が起きたの?」

「戦車です!戦車!戦車の砲撃が足元を掠めたんです!」


ジョンが辺りを見渡すと、確かにイギリスのマークⅠ戦車が1両、先程まで居た線路の向こう側から砲を此方に向けていた。


「えー!何で!?」

ジョンは戦車なんか置いた記憶は無く、何で目の前に菱形戦車が居るのか理解が追い付かなかった。

「知りませんよ!てか、勢いで坂道を登ってますけど、汽車が進んだ方向と逆ですよ!」

「あ、この先に馬小屋が在るから、そこまでお願い」



「おい!エンストしたぞ!」

暗い車内に車長の声が響く。

「待ってくださいよ!」

「んーっ、あ"ぁ!」

警官が4人掛りでクランク軸を回し、エンジンが掛かった。


*クランク軸:ピストンの往復運動を回転運動に変える軸。マークⅠの場合は車内にエンジンが鎮座しており、エンジンを掛ける際は乗員が4人掛で剥き出しのクランク軸を手回しする。結構危ない。


けたたましいエンジン音が車内に響く。

車長が逃げたジョン達を確認するために上部ハッチから顔を出した。

砲撃した方向を見ると、倒れた仲間を抱えて逃げる男の姿があった。

車外に居る警官隊は線路を走って渡っているが、戦車で渡ると線路を壊しかねないので、車長は車内に戻りスパナで車内を叩き、左の履帯を回せと手で合図を送った。



「ヨルム様。ヴィルマ様が見付かりました。人狼の魔王と一緒に居ます」

朝食を済ませ、妖精のメイドさん二人に服を着せて貰っていたヨルムは執事姿の妖精さんからの報告を聞き、ほっと息を吐いた。

『次のニュースです。43番世界でNATO軍とワルシャワ条約加盟国軍が…』

ヨルムが観ていたテレビでは、異世界の情報をニュースで流していた。


「良かった、直ぐに支度をして」

『此処で、速報です!』

「ん?」

ニュースの途中で速報始まり、ヨルムが映し出された映像を観て両手で口を押さえた。

『三途の川の警察施設で爆発があり、犯人が逃げているとの事です。今、御覧いただいているのは、爆発が有った直後の映像です』


ロキと兄が居る筈の三途の川で起きた爆発で逃げ惑う人達の姿が映し出されていた。

「うっそ…」

まさか、巻き込まれていないかと心配になったのだが。


「ここで、犯人と思われる男の映像が届きました。ご覧ください」

画面に必死の形相で走って逃げるロキと兄の映像が映り、それを見たヨルムは頭を抱えて床に倒れた。

「何で、人を助けるのにテロなんかしてんのよ!?」




「陛下、お待たせしました」

灰色のローブを着た僧侶見習いの少年に呼ばれた青年はゆっくりと椅子から立ち上がり、一言少年にお礼を言ってから少年が出てきた部屋へと入る。


殺風景な部屋の中には白髪の老人。

神聖王国の大主教が椅子から立ち上がり、青年の元に歩み寄った。

「ようこそ、アデルハルト王。朝早く呼び出して申し訳ない」


大主教に呼び出された青年は現神聖王国の国王。アデルハルト王だ。

元々は神聖王国の公爵家の三男だったので神職に就くために神殿に預けられていたのだが、18歳の時に父親と兄達が相次いで亡くなったので還俗し公爵家を継ぎ、その十年後には先王が後継者を遺さず亡くなった為に、大主教からの推薦で国王になった男だ。


「いえいえ、大主教様からの御呼び出しであれば」


一方、国王を呼び出したこの男は、神聖王国の大主教の一人。ラオトハイトだ。

アデルハルトが6歳で神殿に預けられていた時からの上司でもあり、先王が亡くなった後にアデルハルトを王にするために尽力した男だ。


「この5年間、大主教様のお力添えで、民が豊かになれたのですから」

アデルハルトが王位に就いてからの神殿の援助。具体的にはオートマタを初めとする機械類の発明による産業の発展だ。

特に農業用オートマタの性能は素晴らしく、今までは開墾する余裕すら無かった荒れ果てた土地を瞬く間に開墾し、作付け面積は既に5年前の倍近く。それなのに、オートマタが作業を行うので既存の農地でも小作人や奴隷を大勢使う必要が無くなり、戦争が始まったのに豊かになっていた。


アデルハルト王を椅子に座るように促し、ラオトハイト大主教も座りながら羊皮紙を数枚、アデルハルト王の前に置いた。

「さて、早速だが。人狼が魔王を召喚した」

“魔王”と聞き、アデルハルト王が顔を強張らせる。

「何時ですか?」

先の戦では最終的に人狼相手に大勝したが、神聖王国の領土にまで攻め込まれ、幾つもの小国が滅ぶ程の甚大な被害を受けた。


「一昨日だ。奴等の街に潜入させた間者の報告だと、夏には攻め混んでくると」

「今回は随分と時間に余裕が有りますね」

アデルハルト王が羊皮紙を広げ、細部に目を配る。


ーグナエウス・ユリウス・ツェーザル・プトレマイオスー

ー容姿は12歳程の人狼の少女。身長150センチ程。肌の色は少し浅黒い南方系ー


「“ユリウス・ツェーザル”……。異世界の皇帝一族の名前ですか」

「転生者の学者に聞いたが、“グナエウス”と“プトレマイオス”の名が付く皇帝一族は考えられないと言っていたので、偽名か平行世界の住民ではないかと」


ー戦争に動員可能な16歳から30歳の自由人と半自由人の男性ー

ー軍装一式が支給されるー

ー徴兵ではなく志願兵を募るー

ー供出可能な物資を報告(強制ではない)ー


「どうぞ」

見習いの少年が分厚い本を開いてアデルハルト王の前に出した。

「ありがとう」

開かれたページは“人狼部族の文化と生態”と書かれたページだった。


「その“亜人大全”に書かれた通り、人狼は各部族の騎士団を中心に徴兵した練度の低い歩兵を軍に編入してきたが、今回は直ぐに攻めてこないつもりらしい」

アデルハルト王は人狼に関する知識を思い出していた。

「人狼が数に任せて攻めてこないとは、過去に例が有りませんよね?」


アデルハルト王の記憶だと、人狼は多いときには一回の出産で6人も子を産む。その数を頼りに攻め込んでくる事が殆んどだった。


「ファレスキを落とされたから……にしても一年近く動かないのは様子が可笑しい」

ファレスキ陥落で、街や周辺の村落の亜人を鉱山やオートマタでは出来ない農作業用の奴隷として売り捌いたが、人狼の騎士団やファレスキを守っていた兵士の激しい抵抗でかなりの数の亜人が隣のケシェフの街まで逃げてしまった。


「あの数の人狼が押し掛けて、ケシェフの人狼部族は平気なのでしょうか?」

今までの様に攻めてこず、かなりの数の難民を抱えた状態で、もう1回冬を越せるのかと疑問だった。

「向こうはそこまで雪は降らないし、ケシェフは大穀倉地帯なので問題はないらしい」


今回の戦争の理由は人間の作る農作物よりも値段の安い、ケシェフで生産された大量の農作物がファレスキの港を経由して人間の国々に入り、神聖王国を始め農業国の経済が低迷したのが理由だった。

余談だが、人狼の主な貿易相手で今回の戦争に最後まで反対していた人間のマルキ王国は、神殿から異端と認定され、現在は神聖王国の管理下に置かれている。


「そうですか。しかし、魔王が少女とは………」


アデルハルト王が足を動かすと、“ピシャッ”っと水音がした。

「何だ?」

見習いの少年も異変に気付き、足元を見ると水が扉の下から染み出ていた。

「なんでしょうか??」

3人とも立ち上がると同時に、「大主教様ーー!」と叫ぶ声が外から聞こえた。


扉を開け、入ってきた僧侶は全身ずぶ濡れだった。

「地下の転移門から水が溢れ出て来ました!」

「何!?」




廃城から馬に乗り北へ一時間程移動すると、大河ジュブル川が在る。

そこの川岸にカエの他、護衛のアルトゥルとライネ、トマシュにフランツと彼のパーティーメンバーが居た。


「カエちゃん、深さが変わんなくなったぜ」

アルトゥルが見ていた直径1メートル程の穴には水が貯められていた。

プカプカと羊皮紙や羽ペン等が浮いている穴の底には、神聖王国の神殿と繋がる小さな転移門が開いていた。


「どんなもん?」

「30メートルってとこだな」

一方、カエの目の前には直径15メートルは有る大きな穴が開いており、ジュブル川と水路で繋げられていた。

ジュブル川から音を立てながら穴に水が流れ込むが、大きな穴の底にも神聖王国の神殿と繋がる転移門が開いているため、貯まること無く、神殿側に水が流れ込んでいた。


何でこんなことをしているのかと言うと、イシス達の話だとどうも“同じ座標の転移門が複数在るのでは?”と言われ、カエ達は色々と転移門の大きさを変えて神殿と繋がるか試してみたのだ。結果は、水を流し込んでいる大きさの転移門を含め、10種類の転移門が開いた。

それどころか、同じ大きさでも複数開く場合も有り、原理は判らんが、とりあえず一番大きい転移門で向こう側に水を流し、アルトゥルが観てる一番小さい転移門で向こう側の水深を測っていた。


「30メートルなら………。タコか鮫か………」

そう呟きながら、カエが羊皮紙の束を出し「どれにしようかな」と選び出した。

「何してるの?」

トマシュが除き込むと、羊皮紙にはヘブライ語で色々と書き込まれていた。


「ん?ああ、そもそも向こう側が安全か判らないから。水攻めした後にゴーレムを送り込もうと思ってね」

何枚か残し、カエが右手を上げると人より大きな泥の玉が8個穴から飛び出てきた。

「ねえ、ゴーレムって泥人形でしょ?溶けるんじゃないの?」

「大丈夫だ。昨日、リーゼ達はゴーレムを泥の中に潜ませていただろ?ゴーレムは確かに泥や土塊の塊だが、魔力で土塊同士が結び付いているから、ちょっとやそっとでは溶けやせんし、逆に溶けたりしてもそこら辺の泥を取り込んで元の大きさに直ぐ戻る。それに、この羊皮紙も濡れても文字が消えないよ様に出来てる」


カエが羊皮紙を左手で放り投げると、それぞれ放物線を描きながら泥の玉に吸い込まれていった。


ふと、カエがチラリとこっちを見たことに気付いた。

「見てろよ」

どうやら自慢したいようだ。


(何か、イシスもだけどカエも子供っぽい時があるよなあ)

『そ、そんな事無いもん!』

『ああ、そうねえ』

イシスとニュクスに聞かれてしまった。


カエが何か呪文を唱えると、泥の玉が形を変え始めた。

「これ、鮫と………タコ?」

「うむ、タコは賢いし。何なら腕で何人か人間を捕まえられるかも知れないしな」

カエはそう言ったが、鮫は100歩譲ったとしても、このタコは無いだろう!

「タコでかくない!?」

「ふぇ!?そうかな?」

10メートルは有る大ダコを見たトマシュの予想外の反応に、カエが間抜けな声を出した。


「あー、タコか」

「そう言やあ、最近食ってないな」

草の上を這い回るタコに対して特に驚く素振りも見せずに、アルトゥルとライネが近付いてきた。


「いやいやいや、タコだよタコ!」

「タコだね」

「タコだな」

二人がしげしげと眺め「良くできてるねえ」「呼吸もしてるじゃん」とまるで本物の様な出来に驚きの声を上げていた。


「デカすぎるでしょ!」

頭のように見える胴体だけで、カエが隠れそうな程の巨大なタコにトマシュが叫んだ。


「普通、このぐらいの大きさでしょ」

トマシュが手で40センチ位の大きさを作った。


「トマシュ、世界は広いんだ。世の中には、もっと大きいイカや建物の壁に張り付いた巨大蟹も居るんだ」

(ちょっと、蟹は日本のレストランでしょ)

(あ、判る?)


次回、“キャスルシャーク”(神殿だけど)

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