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ニナの呪い

「ひいぃ~!」

走るジョンこと男の足元を幾つもの曳光弾がすり抜けて行ったのでジョンが叫び声を上げた。

「何で、装甲車なんか三途の川に置いてたんすか!アホですかあんたは!」

「だって、去年辺りに死霊術士の3人組が三途の川の責任者を倒しちゃった事件が他所で有ったんだもん!」


だからって装甲車を置くジョンもアレだが。

「てか、あんた神様でしょ!何で追われてるんすか!」

そもそもジョンとか名乗っているが、此処の三途の川を創った神様のロキなんだから捕まっているのが意味不明だった。

まあ、原因は何時も姿形を変えているので、三途の川の警官もロキの顔を知らないのと、“三途の川に行く”と事前に連絡してないのがいけないのだが。




「そこの二人、こっち来い!」

「何だかな。あー、あそこが駅前広場だから」

三途の川が騒がしくなったせいで、カミルを案内していた警官二人は他の警官に呼ばれて嫌そうに走り去った。


(あの二人、サボりたかっただけだな)

二人の雰囲気から普段のアルトゥルみたく、目と鼻の先の距離なのに態々道案内をしてサボろうとしてたんだとカミル気付いた。

(どこも変わらないんだなあ)




「なんの騒ぎで?」

呼びつけた警官から小銃を受け取りながら警官の一人が聞いた。

「留置場を爆破して逃げた男が此方に向かって来てるって連絡があった。身長6フィートの中肉中背で赤毛に瞳は赤。服装は背広に山高帽を被ってるそうだ」

「なあ、あの子供が言ってた連れの特徴と同じじゃないか?」


「カーミールーくーん!」

声のした方を見るとジョンと男が必死の形相で走って来ていた。

「アイツだ!」

警官二人が手渡された小銃をジョンに向け引き金を引いたが、何故か擊針が落ちた感覚が有るのに弾が出なかった。


「あ、出ねえ」

「おい、武器庫から出したばっかだから弾は入れてないぞ」

警官達が慣れない小銃の扱いに戸惑っている間に、ジョンはカミルを担ぎ上げ、駅へと消えていった。


「え!?あ?はいっ!???!!」

馬とは比較になら無い速度で走るジョンに担がれたカミルは理解が追い付かなかった。

「いやあ、参った参った。何故か捕まるし、クンツ君はそこの部下が先に列車に乗せてるし」

説明している間も警察の検問を高さ10メートルは有ろうかと言う大ジャンプで越えてみせたりと、常人離れした事をやって見せていた。


「わたたたたたた!」

急にジョンが両足を地面に着け、石畳の舗道が捲れるほどの急減速をし、慣性の法則で吹き飛ばされそになったカミルのズボンを掴んだのだが。

「う、ぉぉぉおおぉぉ………」

それのせいで股間にズボンが食い込み、カミルは小さい悲鳴を上げる。


「アレか?」

ジョンが左手で指差した先には、赤く塗装された蒸気機関車がゆっくりと駅から出てくる姿があった。

「です」


赤い蒸気機関車の後ろには貨車2台、緑色の一等車が4台、青色の二等車が6台列なってた。

「何で私を待たないんだ!」

「いや、知りませんよ」

ジョンの叫びに答えるかの様に、蒸気機関車は汽笛を鳴らし速度を上げていった。





「うーん……?」

トマシュの身体を使っているイシスは本気で悩んでいた。

『どうかしたの?』

「この転移門の行き先、ケシェフの街に有った転移門と同じなんだよ」

『それが?』


イシスは思い出した。“そう言えばトマシュはカエのせいで気絶してたなあ”と。

「あそこに在った転移門はコレの半分位の直径だったんだ。でも、転移門って例えば、5人が送れる大きさの転移門から1人までが対応してる大きさの転移門に繋がらない筈なんだよ」

『向こうの転移門が大きいんじゃないかな?』


まあ、当たり前の話なのだが。向こうの様子を知っているイシスは否定した。


「でも、捕虜の記憶だとケシェフの街に在る転移門と同じ大きさの転移門を使ってたんだ」

『他に捕虜の記憶は観たの?』

「観てないんだ。カエが奪った記憶は拠点関係の記憶だけで、詳しい記憶は指揮官の魂から奪うつもりだったから」

『奪う?……どう言うこと?』


カエ達が死人の記憶を観ているのは知っていたが、“奪う”?


「記憶と魂は完全に一体化しててね。貴方と私達の魂はまだ繋がっているから、意識すれば簡単に記憶を見せ合えるけど。そうじゃない場合は記憶を見るには肉体から離れた魂を一度バラバラにしてから記憶を奪う必要が有ってね」

『それって、バラバラにされた魂はどうなるの?』

まさか、死人をもう一度殺す様な真似をしているのかと、トマシュは慌てた。

「大丈夫だよ。そんな貴方が考えてるみたいに霧散したりしないよ。直ぐに集まって、記憶は抜け落ちるけど元の魂になるから」


トマシュの考えを感じ取ったイシスが説明したが、トマシュは余計に不快な気持ちになった。


『記憶を奪う事のどこが大丈夫なの?』

命だけでなく記憶も奪い取る事をトマシュは許せなかった。

『それが家族との想い出でも?拠点に居た子供達に関する記憶を観てたよね?それって、子供達の記憶を無くした人が居るってことでしょ!?』

カエが最初に手を掛けたのは子供達の母親だった。

まさか、母親から子供の記憶を奪い取ったのか?


「確かに、あの子達に関する記憶も奪ったよ」

トマシュの怒りに火が着いたのをイシスも感じ取った。

「っ!……なんて事を!」

とうとう、身体の操作を奪い返すほどトマシュの怒りは高まった。

『ま、待って。子供達に関するの記憶は直ぐに返したから』

「……どうやって?」

『バラけた魂が集まっている所にぶつけるだけだよ』

「でも、色々とカエが記憶を知っているけど、アレは?」


記憶を返したとして、カエが子供の事を知っていたのは何故か?

『えーと、例えば彫刻とか有るでしょ。彫刻とか商人から買って、手元に置いておけば好きなときに細部までその物を眺める事ができるけど、手元に彫刻が無いと観たときの記憶でしか細部は判らないでしょ?』

「はい?」

『えーっと……その………』


要は、魂から奪った記憶は繰り返し観たり調べることが出来るのだが、手放してしまうとそれが出来なくなるのだ。


『“女の記憶”を“観た記憶”はあるんだよ。ただ、魂から抜いた記憶は本人も覚えていなかった事も意外と記憶されてて。だから、同じ場所に居た複数人の記憶を合わせてみたり、矛盾が無いか確認したりするのに持っておきたいんだけど、カエが”観た記憶”だとそれができないんだ』


トマシュは、“何言ってるんだ?”と思った。


「……とりあえず、子供達の母親は記憶を取り戻したの?」

『うん』

「問題ないの?」

『意外と大丈夫だよ』

「ふーん……」


トマシュが耳をピクピクさせながら考え事を始めた。

「ねえ、生きてる人の記憶を奪ったりは出来ないんだっけ?」

『うーん、出来ないことは無いけど………。そうね……』

トマシュが病気だと嘘を言っていた母親の事を考えているのをイシスは感じ取っていた。



イシスがトマシュの魂を自分達の魂に繋げたので、考えている事や関係する記憶のイメージが流れ込んでくる。



夜中に階下からドアを叩く音、祖母の泣き声、父親の死。そして、トマシュ本人はイシス達に隠している呪われた母親。


五年前、祖父母の家に預けられていたトマシュが一人で寝ていると、フランツが訪ねてきたのだ。

街が完全に寝静まった真夜中に、ドアを叩く音で目が覚めた当時8歳のトマシュはベッドに潜ったまま聞き耳を立てた。ファレスキの街は商業で栄えていることもあり、常に門が開いているので、夜中に両親が帰ってくる事もまま有った。

だが、その日だけは様子が違った。両親は鍵を持っているのでドアを叩く事は無かった。やがて、1階で寝ていた祖父がドアを開け、誰かと話している声を聞き、トマシュは寝室から抜け出し玄関の在る階下を除き込んだ。

玄関は見えないが、フランツと祖父の話し声が聴こえた。

「呪い…」「ヤンとニナが…」と言った単語を聞き取ることしか出来なかったが、やがて祖父が着替え出掛けていった。


ただ事で無いことを理解したトマシュが呆然としているところに、様子を見に来た祖母に寝るように促され、再びベッドに戻った。

だが、当然寝れる訳はなく、トマシュは近所から聞こえてくる物音を聞きながら朝を迎えた。

その後の記憶は、何をしたのか定かでは無いほど残っておらず。2、3日程だろうか、祖父が打ち拉がれた様子で帰って来て、「ヤンが死んだ、ニナも変わってしまった」と言ったところから記憶が混乱していた。


娘夫婦に起きた出来事に泣き崩れる祖母。静かにトマシュを抱き寄せ静かに泣く、血と父親の匂い(・・・・・)がする祖父。遺体の無い棺。まるで、赤ん坊の様になってしまった母親。



赤ん坊の様に………。

トマシュの記憶では、母親がすっかり赤ちゃん返り……、幼児退行をしている記憶があった。用便がままならず、言葉を喋れず泣き叫び、自分の一人息子や両親が何なのかわからない様子の。

月日が経つにつれて言葉を覚え、用便も問題なく出来るようにはなったが、それでも子供の様な行動をする母親の記憶。


『貴方のお母様の事?』

トマシュが母親は記憶が奪われて、赤ん坊の様に話すことも用便が出来なくなったのではと考えていた。

「母さんは五年前に遺跡で呪いを受け、記憶を一切無くしたってフランツさんと祖父に言われたんだ。今は話すことは出来るようにはなったけど、言葉遣いは幼いし、子供みたいな行動をするし、僕の事を近所の子か何かだと思ってて」


『うーん……。あり得なくは無いかな。でも………』

「でも?何?」

『記憶を奪う時に魂をバラバラにすると、普通は身体から魂が抜けて死んじゃうんだ。生き物の記憶って、その生き物の在り方を決める重要な要素で、魂の基幹と身体、記憶の基幹は密接に繋がっていて、魂をバラバラにした時に身体との繋がりも完全に失われて、一度死ぬ形になるから』


トマシュの耳が垂れ、顔も足元を見た。


『ただ洗脳とか、カミルみたいに呪いで魂に靄が掛かって居る状態なら有り得るかも。後は、呪いの原因が神々かそれに準ずる程高位の存在による物なら有り得るかも』

「本当!?治せる?」


トマシュが興奮して、耳を立たせた。

『貴方のお母様に会って、調べてみないことには何とも。それと、記憶が本当に奪われているなら呪いの原因になった存在から記憶を取り返さないと』

「そ…そうか……」


トマシュの尻尾はソワソワと振れていた。


さて、どうするか。知ってしまった以上、無視するのはばつが悪いし、呪いが掛けられてから5年が経つのに解けていないと言うことは、冒険者達にも手に負えていない事が容易に想像できた。


ーカエに頼んで呪いを解く?


一番確実な方法だが、魔王としての仕事をしないで方々に出向く訳にはいかないし、仮に呪いの原因が判らず時間が掛かるかも知れない事に割く時間は無いだろう。

それと、呪われたカミルとクンツの事を置いて遠出など出来ないだろう。


(………考えてみれば、母上はアレクサンドリアを離れて居たときも、矢継ぎ早に連絡をしてたしな)


思い返せば、国を離れて外国高官と面談している時も国内情報どころか、世界中の情報を相手よりも早く手に入れて手玉に取ってた母親(クレオパトラ)の真似は出来っこないと、イシスは早々にカエに頼む案は諦めた。


ートマシュとニュクス、それと自分の3人で呪いを解く?


死霊術に関しては、兄妹の中で一番詳しいのはイシスだ。

だが、魔術全体の知識は引き込もって本ばっか読み漁っていたニュクスが一番詳しいので出来ることなら連れていきたいが、ニュクスはトマシュの事が苦手(と言うか男性が苦手)なので難しいだろう。


ーでは、トマシュと2人で呪いを解く?


一番問題が少なそうではあるが………。


『ちょとイシスさ。転移門は調べ終わったの?』

何時もの様に何処か不機嫌な調子のニュクスからの念話だ。

『あ、それなんだけど。何かおかしくて』


結論は兎も角、ニュクスに転移門について説明をした。






『行き先がケシェフの転移門と同じなのに転移門のサイズが合わない?』

『確かに此処のは二周りは大きいわね』

転移門を使って嫌がらせを企んでいたカエはニュクスからの報告に、顔をしかめる。


『うーん?繋がるかだけ確かめるか………』

カエが何となく思い付いた事を念話で流した。

『『どうやって?』』

『ん?………フフン』






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