問題しかない!
「お、おい!待ってくれ!」
ジョンの願いに全く聞く耳を持たず、警官2人は留置場から出て行った。
「おい、私が誰だか判らないのか!?開けろ!」
ジョンの叫び声がドア越しに聞こえて来るが、警官2人は持ち場に戻るため、桟橋へと急ぐ。
「全くめんどくさいな」
三途の川を渡るのを嫌がる死者は毎日出るが、今日は現世へ逃げ出す集団も出たりと矢鱈と忙しいのだ。
「次の船は何人だっけ?」
「小さい船だから、500人だったな」
“此処の”三途の川は神様のロキが創った複数の世界から来る死者を一度集めてからあの世へと送るため、兎に角死者の数が多いのだ。
“他所の”三途の川は精々、一桁の世界の死者。下手したら1つの世界としか繋がってないから仕事は楽だと聞いているので、警官は嫌そうなため息を吐いた。
「全くロキ様と来たら、異世界をバンバン創りすぎる」
「それな。まあ、どんな御仁か見たことはないが、100は優に越える異世界を管理して、こんな立派な三途の川を創るんだ。さぞ立派な神様なんだろ」
「………遅い」
カミルは噴水広場を見付け、ジョンが戻ってこないかとベンチに腰掛けていたが、ジョンが戻って来ないので焦り出していた。
別れ際に「ちょうど正午に君の身体がある世界に行く臨時の汽車が出るんだ」と聞いてたので、さっきから遠くに見える時計をチラチラと見ながら待っているが。
「後、20分か」
鍛治ギルドが街中に時計台を置いていたので、カミルは時計を読むことが出来たが、時計の針が11時40分を指したので気が気ではなかった。
「失礼、ちょっと良いですか?」
カミルが振り向くと、警官2人立っていた。
「違うな」
メモ書きとカミルとを交互に見た警官の一人が呟いた。
「何でしょうか?」
雰囲気から人を探していると判ったカミルが逆に質問をした。
「三途の川を渡る船から逃げた人狼を探していてね。身長は君ぐらいで、歳は20代前半の男女だが見てないかね?」
20代……とカミルは今まで目についた人を思い出したが、殆んど記憶に無かった。
「いえ、若い人は……一人は見ましたが、人狼では無いです」
警官が「うーん」とメモに何かを書き込む。
「そうですか、ご協力有り難うございます」
「ところで、“駅”は何処ですか?」
カミルの質問に、メモを持っていない警官が遠くの時計台を指差した。
「あそこです、“汽車”が出入りしている」
どうやら、カミルが居るのは違う噴水広場だったようだ。
「……駅には何の用事で?」
此処の渡し場の場合は、死者は列車に乗って駅までやって来て、その後蒸気船に乗り換える。そして、死神や天使、異世界から観光目的や仕事で来た人は逆に死後の世界等から蒸気船で渡って来て、汽車で目的の世界にまで行くのだ。
「連れと待ち合わせてまして、正午に出る“汽車”に乗る事になってます」
「切符は?」
「いえ、持ってません。連れには、“駅前の噴水広場で待っていてくれ”と言われてまして」
警官2人は思った。
“何かこの兄ちゃん怪しいぞ”、と。
目的の世界に行く人なら、出発地で通行許可証と一緒に目的の世界までの切符を用意するのが一般的だが、どうも怪しい。駅で切符は買えないことは無いが、駅を知らなかったのは怪しいし、そもそも此処は蒸気船乗り場前の噴水広場だ。
「お連れさんは?」
「もう一人、呪いで此処に来た人が居るので探しに行ってます」
『繋がるか?』
腸が煮えくり返りながら仁王立ちをしているカエからの念話に、トマシュは気が滅入った。
『ダメ、完全に座標の部分が塗り潰されてる』
イシスが城主の寝室に備え付けられていた転移門を調べる為に、トマシュの身体を使っているのだが、作業の推移を見守るカエの威圧感に胃が痛むのを感じていた。
『元の座標は判るか?』
『まあ、何とかなりそうだね』
イシスがトマシュの身体を操り、転移門から出てからクルリと身体を回転させた。
まるで交響楽団の指揮者の様にトマシュの両手が挙がると、転移門を塗り潰していた白い粉や動物の血が転移門から浮き上がり、部屋の隅へと飛んでいった。
『場所は?』
『北の方角だね』
さて、転移先にちょっかいを出せないかと、カエが思案している所にフランツが現れた。
「魔王様、エルノが到着しました。内密に話したいことがあると」
「判った、今行く」
カエが部屋から出ていくと、イシスはトマシュの身体を机の端に座らせ、大きくため息を吐いた。
「はあァァァァ~~………」
『なんか、ごめんね』
『え!?』
『カエの事。昔はあんなに怒りっぽくは無かったんだけどね』
トマシュの足をパタつかせながら、イシスは小さく溜め息を吐いた。
『別に、君が悪い訳じゃないし』
『ううん、カエがあんな風になったのは私のせいだよ』
イシスは俯いた。
『私が殺される前は、怒ったりしなかったし』
「実際問題、魔法でプルトニウムの生産と重水の製造は可能なんで?」
魔王に伝える前に、技術的な面で課題がどれ程有るかアルトゥルは知りたかった。
「重水ですが、自然界の水に0.02Wt%含まれています。蒸留法に錬金術師が手を加えれば可能です。プルトニウムは天然ウランの大部分を占めるウラン238に中性子照射し、複合核ウラン239になります。その後にベータ崩壊を起こし、超ウラン元素ネプツニウム239になり更にベータ崩壊をすることでプルトニウム239が」
「いや、理屈は知ってんだ、要は俺達に出来ねえのか出来んのかだけをだなあ」
理論は何度か科学雑誌や上院議員時代に科学者から聞いているので、アルトゥルは知っていた。今知りたいのは、“本当にナチが原爆と水爆を造れるのか?”“我々も対抗して開発できるのか?”と言う2点だった。
「………現状、人狼側の領土にはウラン鉱石が見つかっていませんので。我々に出来ることはありません。重水の製造も必要な資源が殆ど有りませんので、数グラムほどを錬金術が実験的に製造するのがやっとです」
エルノの説明に顔を強張らせたアルトゥルにライネの説明が追い討ちをかける。
「ガラス一つ大量生産するにも、大量に石炭が要る。鉄も製銑用の高炉を造れてないし、鋼鉄用の転炉も無いから大規模なプラントも無理。少量の銃を製造出来たけど、品質は劣るし数も揃えられない。電気も鍛冶ギルドの工房で使ってる程度。そもそも、電気を造ってる蒸気機関が実験レベルの代物なんだ」
ケシェフの街の特産品でもあるガラス製品の為の硝子工場は19世紀頃から主流になった平炉を用いた近代的な工場だが、十分な量の石炭を確保出来ないため、生産量を上げられずにいるのだ。
「奴等はどうなんだ?」
自分達だけではなく相手も、人類で言うならば500年以上の進歩を数年でやり遂げるのだから、それ相応に問題を抱えているだろうと、アルトゥルは期待した。
「さあ?」
「さあ!?」
ライネの反応が何処か軽かったので、アルトゥルが声を荒げた。
「知りようがないよ。考えてみてくれ。ファレスキが落とされて以降、神聖王国のの神官が“悪魔の尖兵である亜人を赦すな”って、徹底的に弾圧を始めたんだ。君は今まで関わってこなかったから知らなかっただろうけど。人間側の国に居た元東西のスパイ上がりだった協力者も殆ど摘発されたか、地下に潜ってしまったから情報が入ってこないし。転生者じゃないスパイを送り込もうにも、今や人間側では人狼は奴隷だし、人間を起用しようにも人間自体が人狼に敵意を持ってる上に人狼側に人間が少ない。要は人伝の情報は全く駄目」
「じゃあ、電波は?」
“技術で先を行っているのならば無線通信を使ってるのでは?”とアルトゥルは考えたが。
「検波器の試作品は有るけど、受信施設がまだ無いんだ」
つまり、敵である神聖王国の中でナチが転生者を集めて、この世界では未来の技術と言える20世紀の技術を元に銃や核兵器をせっせと造っているのに、自分達はガラス工場一つを動かすのに精一杯で、何とか造ってみた銃も品質が悪い。どうやって差を埋めるべきか?
「アルトゥル、頼む。協力してくれ」
ライネがアルトゥルの手を握る。
「正直言うと、仕切れる人が居ないんだ。ミハウ部族長やヤツェク長老も転生者とは言え、前世は只のパイロットで戦死してるから戦後を知らないし、ギルド長……。父も前世は兵士だったけど戦後は町工場の経営をしてた程度で核開発なんてとても」
「魔王様が来られます」
ドアの前に立っていた冒険者の一言に全員が起立した。
城の広間に案内されたカエが見たのは、暗い顔をしたアルトゥルとライネ、見馴れない人狼2人組、それと何故か端っこの椅子に座っているヴィルマの5人。
“はてな?”と表情に出しながら、勧められた席に魔王が着席すると、全員が着席したが、ひそひそ話が始まっただけで、すぐに説明がされなかった。
「ほら、アルトゥル」
「何で俺なんだよ」
アルトゥルとライネは小声で小突き合いを始めた。
「一番目上でしょ」
「ざけんな、前世の事とはノーカンだかんな」
一方、見馴れない2人組は……。
「エルノ様、あの人は?」
「あの方が魔王様だ」
盗み聞きをしていた魔王は“あの2人がエルノと弟子か”と横目で確認した。
「前世は何をしてた人ですか?」
「エジプトの最後の王様だ」
名前:グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス(キマイラ)
古代エジプト、プトレマイオス王朝最後のファラオプトレマイオス15世 “カエサリオン”
ローマ第12軍団、軍団長。元老院議員。
父:ガイウス・ユリウス・カエサル(人狼)
母:クレオパトラ7世(人猫)
妹:クレオパトラ・ニュクス(キマイラ)
妹:クレオパトラ・イシス(キマイラ)
異父弟:アレクサンドロス・ヘリオス(キマイラ)
異父妹:クレオパトラ・セレネ(キマイラ)
妻:ミケア(人猫)
息子:ガイウス(キマイラ)
息子:マルクス(キマイラ)
「ん?」
名前:クレオパトラ・ニュクス(キマイラ)
父:ガイウス・ユリウス・カエサル(人狼)
母:クレオパトラ7世(人猫)
兄:グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス(キマイラ)
妹:クレオパトラ・イシス(キマイラ)
異父弟:アレクサンドロス・ヘリオス(キマイラ)
異父妹:クレオパトラ・セレネ(キマイラ)
“おかしい”、とエルノが何度か魔王を調べたが、何度見ても2人分。妹君の“クレオパトラ・ニュクス”の情報も一緒に表示された。
「で、誰です?」
最後のファラオが誰なのか判らないイェジが一人困惑しているエルノに聞いた。
「え?ああ、映画になってた、クレオパトラとカエサルの息子だよ。まあ、平行世界のっぽいけど」
“……神官は私の過去も見れるのか”と魔王は思った。
「アルトゥル、わざわざ呼び出したと言うことは、ただ事ではないと認識しても良いんだよね?」
魔王の一言にとうとう観念したのか、アルトゥルが本題を切り出した。
「話をする前に、俺達が洗脳されてねえか調べてくれ」
「……みんな特に問題無いが?」
全員の魂を見る限り、特に魔法で洗脳された痕跡はなかった。
「ならよかった。でだ、この人がミハウ部族長の孫のエルノさんと弟子のイェジなんだけど」
エルノとイェジが御辞儀をした。
「………どこから話すべきか」
自分達が転生者だと言う事から話すか、ナチの非情さから話すか……。しかし、そうなると前世に起きた“あの意味の無い戦争”の事も話さないといけないし。単に原爆と水爆の事を話す?いや、昨日から一緒にいるけど、カエの性格からして絶対根掘り葉掘り聞いてくる筈だ。
『口では説明が難しいことか?』
心配した魔王が念話で話し掛けた。
『この場では要点だけ教えてくれれば良い。気になれば質問するし、説明が難しいなら詳しいことは後で聞かせてくれ』
「まず、エルノさんが知った情報なんだけど。神聖王国で街を一つ破壊するだけの威力がある爆弾を開発してるらしい」
魔王が両手を組んで顎をのせて考え込んだ。
「龍が吹く魔法と同程度かな?魔王ズメヤ程度でも街の一つや二つ、簡単に消し飛ばすけど」
カエが他の魔王を例に出したが、エルノが否定した。
「神聖王国が造ろうとしている爆弾は、一瞬で太陽以上の温度に達して半径1キロメートル内に居る人は即死ないしは半年以内で死亡します。また、条件が悪ければ半径3キロメートル内に立ち入った人も1年以内で病死します」
「“太陽以上の温度”か………、仕組みは?」
“やっぱり聞いてきなすったか”と、アルトゥルは半ば諦めた気持ちになった。
願わくば、カエが原爆に興味を持たずに。只、抑止力の為だけに保有するか、神聖王国が開発するのを邪魔だけしてくれればいいと、本心から願った。




