攻城準備
「ふはぁっ!」
目が覚めると、青い空が一面に広がっていた。
噎せ返るような草の香りと“馬糞”の臭いがする。何処だ此処は?
身体を起こし、周りを見渡すと見たことがないような建物。草原を流れる大河の畔にヨーロッパの大都市に在るような鉄道終着駅と操車場、それと外輪式の蒸気船と桟橋が目の前に広がっていた。可笑しい、ついさっきまで俺は女の子に首を噛まれて…………。
「目が覚めたかね?」
「うおっ!」
振り返ると上下スーツ姿に山高帽を被った、これまたカミルが見たことがない、19世紀のヴィクトリア朝時代の紳士が良くする格好をした男がパイプタバコを吹かしながらカミルに話し掛けた。
「気分はどうだ?」
「ああ、良いが……。あんたは誰だ?」
首筋を触ったが、傷は無かった。
「私か?」
質問された男はパイプの先端を下唇に押し付け、2回瞬きをした。
「私はジョン・スミス。しがない保険のセールスマンだよ」
「………何だって?」
知らない単語が幾つか出てきた上に、あからさまに嘘をついてる様子にカミルは思わず声を荒げた。
「取り敢えずだ、私の個人情報とかそんな些細な事はどうでも良い。此処が何処か判るかい?」
周りを見ても、近くに在る馬小屋程度はカミルも見たことは在るが、後ろに見えるカミルには現実場馴れした光景。煙を吐きながら行き来する汽車や蒸気船なんか見たことは無かった。
「いや……サッパリ」
「此処はあの世への入り口だよ」
「何だって!」
「あー、だが君は実に運が良い。丁度、正午に君の身体がある世界に行く臨時の汽車が出るんだ」
そう言いながら、ジョンは列車の時刻表を見せた。
「俺は、その……死んだのか?」
「イヤイヤ、まだ死んではいない。だが、君は呪われていてね。狼男になる呪いだ。君だけ呪いの解き方を知らないのはフェアじゃないから助けてあげようとね」
ジョンが左手に握ったステッキで外輪式の蒸気船を示す。
「何も知らずにここに来た人は、あの蒸気船に乗ってそのままあの世に行っちゃうんだ。おまけに日が暮れる頃までに船に乗ってないと、地獄の番人に捕まってひどい目に遭わされるんだ。だが」
ジョンが振り返り地平線まで続く草原をステッキで示す。
「君以外に狼男になった人はこのまま回れ右をして草原を2週間歩き続ければ帰れることを知っていてね」
「ちょっと待った。クンツって冒険者もちょっと前に狼男になったんだ。見てないか?」
ジョンがステッキで草原を示したまま硬直した。カミルの位置からは見えないが、目が泳いでおり、内心かなり慌てていた。
“カミルの他に狼男?そんな話ヨルムから聞いてないぞ”と。
「いつ変身したの?」
「聞いた話だと、1、2時間前に」
「だとすると」
慌てて蒸気船の時刻表を懐から取り出し、ジョンが読み上げた。
「次の出発が11時45分、それに乗っているかもしれん」
慌ててジョンが駆け出した。
「ああ、君は駅前の噴水広場で待っててくれ。私はクンツ君を捜してくる」
『本隊はどうだ?』
洞窟から城の地下に突入するカエから念話が届き、イシスと本隊で待機してるトマシュが返事をする。
『準備いいよ』
『アルトゥルとライネは?』
『何とか厩舎の所まで来たぜ』
作戦はこうだ。
先ず、マリウシュ率いるポーレ族、クヴィル族連合部隊が城の正面から攻め、城を守備する兵士の目を集める。ほぼ同時に魔王率いる騎士団が地下に突入し、地下牢に捕らえられて居るであろうエルノ一行を救出。少し間を置いて厩舎から突入した冒険者が内部から制圧。そして、正面と厩舎には狼男を警戒して銃を持った冒険者を配置している。
『あ、ヤバイ!』
突然、ライネが念話で叫んだ。
『嘘だろ』
『ちょっと、あんた達。何騒いでんの?』
カエと一緒に居るニュクスが呆れた声を出した。
『厩舎に竜が居るんだよ!』
『何だって!?
何ですって!?
何ですって!?』
『うおい、3人いっぺんに喋んねえでくれよ』
『ああ、ゴメン。で、どんな竜?』
ライネが厩舎の脇に在る排水口の鉄格子から顔を覗かせる。
『ジェロネズヴェルムが2匹見えるけど、奥の方にも居そうだ』
“クルルル”と、上機嫌な声を出しながら、餌箱に入れられたキャベツをゆっくりと食べているズヴェルムの後ろに、他のズヴェルムを繋いでいるであろう手綱が3本動いているのが見えた。
『こっちは親子連れだ。番のジェロネズヴェルムに若いのが5匹も』
まずい事になった。どうしたものかとライネは冒険者の方を振り返る。
「どうしたボウズ?」
「ジェロネズヴェルムが厩舎に何匹も居ます。コレでは突入は無理です」
ズヴェルムが居ると聞いた冒険者が排水口からに覗き込んで辺りを窺った。
「ジェロネズヴェルムなら大丈夫だ。コイツらはズヴェルムの中でも一番おとなしい。火も吹かないし、下手したら馬の方が狂暴な位だ」
「本当ですか?」
「ああ。だが、ジェロネズヴェルムが何でこんなに………」
突然厩舎の扉が開き、人間の兵士が3人入ってきた。
するとどうだろう、3匹のジェロネズヴェルムが“キーキー”と甘えた声を出し、それぞれ首を兵士に擦り付けた。
「まさかアイツら、ジェロネズヴェルムを飼い慣らしてるのか?」
「そんなまさか」
ライネと冒険者が驚くのも無理はない。ズヴェルムを含む竜種は非常に強いが、基本的に臆病で人との関わりは持とうとしないのだ。稀にズヴェルムと心を通わせ、騎乗する者は居なくは無いが、人に懐いたズヴェルムが目の前に少なくとも3匹も居るなどまずあり得ないのだ。
〈急ぐぞ〉
一人が神聖王国の言葉で二人を急かし、自身も一匹のズヴェルムに鞍を取り付けた。
「間違いない、コイツら竜に乗る気だ」
ライネも排水口に近付き、再び厩舎の中を窺う。
「あの鞍、3人用ですよね」
「ああ、誰か乗せるつもりだな」
『カエ、どうもジェロネズヴェルムは騎乗用に飼い慣らされてるみたいだ。今、騎乗兵が3人入ってきて、騎乗の準備をしてる』
『武器はどうだ?』
ライネが注意深く兵士を観察する。
『ナイフに小銃、それとヘルメットにゴーグル。後、首から地図をぶら下げてる。ズヴェルムには3人用の鞍を乗せてる。あと、何か話してるけど、言葉が判らない。アルトゥル、そっちから聞こえるか?』
『北の天気の話と、リンゲンで何を食うかって話してるな。どうも、誰かお偉いさんを乗せて行くから、天気がいい回り道のルートで行くとかそんな事を話してるな』
『トマシュ、リンゲンって町か何か?』
『うん、北にジュブル川って広い川があって、そこに在る人間の大きな街だよ。戦争が始まる前に一度行ったことが有るけど、大きな街道も通ってるから交易で儲けてる感じだったね。あと、葡萄が有名だなあ』
ふと、トマシュが本隊が隠れている森から少し出て、稜線から用心深く城の方を見た。
『狼男達が移動しだした』
『何処だ?』
『ライネ達の方』
通常なら、自分が念話の要領で魔力の波動、“念波”を出して生き物などの魂を持った相手の居る方位や距離を調べるか、相手から無意識に溢れる念波を感じ取って方位を調べるのだが、狼男達は常に一定大きさの念波を出しているので、距離も判るのだ。
『アイツらか?』
厩舎の入り口から外套を来た6人組の人狼と人間の兵士が3人入ってきた。見た限り、年齢はまちまちで。上は初老の男性、下は背の低い少年だった。
<準備はどうかな少尉>
人間の兵士の一人が、騎乗準備を終えた兵士に話し掛けた。
<いつでも飛べます>
<うむ、ご苦労>
<何から何まですまんな、中佐>
<いいえ、お安いご用ですよ>
別れの挨拶を交わす2人の横をズヴェルムがゆっくりと歩き、厩舎の外。城の中庭に出た。
『カエ、チャンスだ。狼男達が別の用事で先に移動するみてえだ』
『確かか?』
厩舎の中に、ズヴェルムが羽ばたいた風が流れ込む。
『一度、リンゲンから更に北の方に寄ってから魔王ズメヤの領地に行くらしい』
トマシュが注意深く稜線から顔を出し、城の方を見るとズヴェルムが3匹、北に向かって飛んでいくのが見えた。
『こっからも見えた。狼男達は全員、ズヴェルムに乗っていったみたいだ。城の中に反応はない』
これは好都合だ。懸念材料の一つだった狼男が全員居なくなれば、城を落としやすくなる。
『ライネ、厩舎以外に突入路は有りそうか?』
『ちょっと待って』
「他に突入出来そうな所は有りますか?」
「前に抜け道を探した時は」
突然、石同士が擦れる音が下水道に響いた。
『ひやあっ!』
アルトゥルの叫び声と共に。
『何よ、うるさいわね!』
カンカンカンカンと金物を打ち鳴らす音が響き渡る。
『どうしたの?城が騒がしいけど』
トマシュの所でも音が聞こえるほどの騒ぎになった。
『おい、全員無事か?』
状況から、誰か見つかったのではと、カエが念話で全員の安否確認をしようとした。
<警報!捕虜が脱走した。総員警戒体制!>
『あー……。エルノさん達と合流したわ』
アルトゥルからだった。
『何だって?』
『壁が動いて、倒れたんだけど。エルノさんが居るわ。どうも自力で逃げてきたみたいだ』
隠し扉になっていた石の壁が動き、その拍子で何処かに鼻を打ち付け、蹲っていたアルトゥルの目の前に、エルノが居た。
「君……。大丈夫?」
エルノの後方から女の声がした。
「ほら、治すから」
手が近付き、治癒魔法を掛けられた。
「あ、あれ?何であんたが此処に?」
顔が近付き、声の主がミハウ部族長の家のメイドさん、ヴィルマだと判り、アルトゥルは混乱した。
「この子は?」
弟子のイェジが少年の事を聞いた。
現世の名前:アルトゥル・カミンスキー
前世の名前:ロナルド・ハーバー
前世の国籍:アメリカ合衆国
前世の職業:アメリカ陸軍軍人
上院議員
前世の軍歴:1943年入隊。101空挺師団、第4旅団戦闘団第506歩兵連隊所属。
1945年7月、第3旅団戦闘団第187歩兵連隊に転属。
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他にも経歴がベトナム戦争従軍から、国防総省勤務。果ては地元に帰って上院議員になり、1986年に老衰で死亡するまでの情報が閲覧できた。
「仲間だ。合衆国のハーバー上院議員だ」
「………今は違う。俺らはそこらに居る農家の倅だ」
『エルノさんは無事か?脱出は可能か?』
騒ぎの大きさから、脱出が出来るのか心配したカエが尋ねてきた。
「走れますか?この先は暫く走りますよ」
「問題ない」
『カエちゃん大丈夫だ』
『よし、手順を変えるぞ。ライネとアルトゥルはエルノさんと走って逃げろ。私とニュクスが大暴れして城内を混乱させるまでトマシュとイシスは本隊に“令あるまで待機。なれど露見した場合は速やかに攻城戦に移行せよ”とマリウシュ部族長に指示を』
「良いか、状況が変わった」
カエが一緒に忍び込んでる騎士団に指示を出す。
「捕まっていた捕虜達が脱走したが、下水道から突入する予定だった班と出会した。これから私達が城内で暴れまわって彼等の撤退を援護する。先に私が突入する、貴方達は方々で煙幕を炊いて混乱に拍車を掛けて。捕虜達が安全な場所まで退いたら、予定通り城を落とす」
『カエちゃん、こっちは下水道に出た』
「よし、下がって」
「マリウシュ部族長。下水道から突入する予定だった班が捕虜達と合流、撤退して来ます。魔王様からは“令あるまで待機。なれど露見した場合は速やかに攻城戦に移行せよ”とのご命令です」
「判った。ありがとう。では、本隊は事前の計画通り行動する。各指揮官は何時でも動けるように。斥候から竜が飛び立ったとの情報もある、対空警戒も厳と為せ」
トマシュがマリウシュ部族長と指揮官達が居る場所まで戻り、報告をすると、マリウシュ部族長が指示を出し、指揮官達は自分が指揮する隊へと戻った。
「ふぅ~」
指揮官達が居なくなると、マリウシュ部族長は深く深呼吸をした。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうトマシュ。いや、イシス様か」
トマシュの瞳が両目とも紫色になっていた。
「流石に緊張しますよ。部隊の指揮は初めてですし、戦に出るのもファレスキが落とされたあの日以来ですし」
地面が揺れ、城の方で何かが爆発した音が聞こえた。
カエが城の地下で風魔法を使ったせいで地下牢と城の一部が吹き飛んだ音だ。




