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作戦変更

「宿営地が襲撃されたって?」


襲撃からのゴタゴタ騒ぎが収まらない内に、本隊と共に到着したマリウシュ部族長は先遣隊からの伝令で簡単に事の顛末を聞いていた。

「はっ、しかしながら撃退し狼男を一人捕虜にしました。現在、魔王様が負傷者の手当てと、狼男を調査中です」

「ご苦労様。本隊から宿営地の造営と警戒に人員を割くとピウスツキ卿に事付いてくれ。それと、人選が終わったら本陣に行くと」

「ははっ!」




「死者3名、負傷者12名。狼男2人を相手にですか?」

「はい。それと、お預かりしていたジェリンスキ伍長が噛まれて獣人症を発症しました」

マリウシュは椅子に座ったまま、頭を抱え込む。

「それで、伍長と負傷者の状態は?」

「魔王様が呪いを抑えたので獣人化は治まりましたが、話せる状態では無いので後送する準備をしています。他の負傷者は魔王様と冒険者が治療したお陰で戦列復帰は可能です」


つまり、カミルはそれほど状態が悪いのか。

事前の打ち合わせだと魔王様は街に残って、トマシュ経由で指示を出す筈だったが、こっちに来てるってことは思った以上に状況は良くないのか。


「魔王様はどちらに?」

「間もなく来られます。それと、コレが戦闘詳報になります」



「ふぅー…、ふぅー…」

「ピンセットを」

フランツのパーティーメンバーの二人と魔王が脚に木片が突き刺さった冒険者の治療をしていた。魔王が冒険者の首に両手を沿わせ、麻酔代わりに痛みを感じないようにしているが、荒々しく息をしていた。

「後は?」

(ふく)(はぎ)の所だ。デイブ、灯りを」

光石が入ったカンテラを一人が傷口に近付け、もう一人がピンセットで引き抜く。

「魔王様のお陰で助かります。貴重なモルヒネを節約出来ます」

「モルヒネ?」

「痛み止です。まだ大量に精製出来ないので」

「ショーン!」

カンテラを持っていた冒険者がピンセットで木片を抜いてる冒険者の名前を叫んだ。

「場所が場所だ。慎重に抜け」

「あ、ああ」


「うっ!」

ゆっくりと木片が引き抜かれ、痛みは感じないが脹ら脛から何かが抜かれた感覚に、冒険者は思わず声を出した。

「よし、全部だ。治癒魔法を」

傷口に木片が残っていないのを確認し、治癒魔法で傷を治していく。

少々面倒だが、先に傷口の異物を除去していないと、体内に異物が残ったままになってしまうので、場合によっては切開する必要があるのだ。


「少々出血したから、肉やチーズを多めに食べるように。後、急に身体を動かして貧血で倒れるといけないから、起き上がる前にベッドに一度腰掛けてから、ゆっくりと起き上がるように」

ショーンが術後の注意をしてる所にアルトゥルがテントの入り口から顔を出した。


「魔王様、本隊が到着してマリウシュ部族長がお待ちです」

「判った、今行く」

魔王がそそくさとテントから出て行くと、デイブがショーンに詰め寄った。

「不用心だぞ、何でモルヒネの事を?」

「判るわけ無いさ、あの人はローマ人さ」

「古代人が脳内出血の処置で頭蓋骨に穴開けんるのか?」

「ああ、やってたらしいぜ」

“ホント”かよとデイブは小言を言いながら使った器具を消毒するために、大鍋に集めていた。



「どうだったよ?」

救護所のテントから指揮所に移動する道すがら、アルトゥルはカエに尋ねた。

「ピウスツキ卿の娘さんが右肘を砕かれてたのと、彼女の従士が頭蓋骨骨折と」

「いやあ、そうじゃない。班長はどうなんだい?」

「イシスの話だと呪いがカミルの魂を曇らせて、閉じ込めてる状態らしい」

「つまり?」

どう説明したら良いか悩んだ魔王が後頭部をボリボリと掻く。


「カミルが穏やかに眠っているのか、終わらない悪夢を見せ続けられているのか、さっぱりわからん。ただ、捕虜にした子供が獣人化が解けた後に元の人格に戻ってるから時間が経てば、あるいは………」


ザッザッザッザと銃を抱えながら2列従隊で走る冒険者が10人、前からやって来た。

「呪いを解いたりとかは?」

「試そうと思ったけど、カミルの魂との結び付きが強いから無理に呪いを解くと、カミルの魂も壊れかねなくて」

アルトゥルが軽くうつ向いたカエの肩に手を掛ける。

「別にカエちゃんの責任じゃねえし、班長も危険な目に遭うのを承知で兵隊をやってたんだ」

「ああ、だが……」


冒険者達の従隊が横を走り抜けてる最中に、カエがアルトゥルの手を力強く握った。

「さっきの冒険者と合同で斥候を出す。カミルの代わりに指揮を頼む。1時間後には出発だ」

「………出発前と言ってることが違えけど。良いのかい?」

「やられっぱなしは性に合わん。それと、トマシュが予想以上に探知魔法を使いこなせてる。コレで先に向こうを先に見つけることが出来る」




「恐らくですが山道を登った先、草原と森を越え更に妖精の泉の先に在るこの山」

土地勘があるフランツが指揮所の長机に広げられた詳細な地図を指で示し説明する。

「ここの麓に在る元ヴィルク王国時代の城か、ファレスキ側に降りた所に在る銀鉱山跡を拠点にしてる可能性が高いかと。ここの2箇所は人間側の町に近いので短時間で拠点化出来ます」

「斥候を出したとして、城までは何時間掛かる?」

「徒歩で3時間は掛かります」

魔王が指差した城までの道のりは何も無ければ馬で30分で行ける距離だが、相手が待ち伏せしている可能性がある以上、慎重に進む必要があるが。


「ジェワフスキ一等兵だが、かなり広い範囲を探知魔法で捜索出来るが、彼を連れて捜索すれば短時間で城まで辿り着けないか?」

トマシュを危険な斥候任務に連れて行けないかと言われ、フランツの顔が強張った。


「状況によります。途中に敵の待ち伏せが在るようでしたら迂回をする必要がありますし、もし見つかれば途中で引き返す必要も出ます」

魔王の尻尾が垂れつつもゆっくりと揺れている事から、イライラしているのがその場に居る全員が判った。

「斥候隊には私も参加する。マリウシュ部族長、斥候が山道の頂上に到達して周囲の安全が確保できた時点で合図を送る。合図を確認したら直ぐに山道を登ってきてくれ」


魔王がわざわざ斥候隊に参加すると宣言した事で指揮所がどよめいた。

「後発隊を待たないのですか?」

マリウシュの問いに魔王が頷く。

「速攻を掛ける。可能なら夜明け前に敵を叩く」




「なあ、フランツ。俺ら斥候だよな?」

魔王が風魔法で音を拾っていると、ひそひそ話が聴こえてきた。

「ああ」

「じゃ、何で馬で坂を駆け上がってんだ?」

妖精の泉へと続く山道を馬で駆け上がりながら冒険者の一人がフランツにぼやく。

「夜明け前にドイツ野郎を叩き潰すんだとさ」

「だとしてもだ。何で馬で飛ばすんだよ?間抜けなドイツ野郎の斥候じゃあるまいし。これじゃ待ち伏せに遭うぞ」

魔王が振り向いて大声で叫んだ。

「心配要らない。この先、草原まで敵は居ない」


「聴こえてるのかよ」

「すげえ地獄耳だな」


「あのさ、カエ。ちょっと良い?」

トマシュに呼び掛けられて魔王が殺気を帯びた表情で振り返った。

「敵か?」

「イヤ、そうじゃなくて。宿営地に行く途中も気になってたんだけど。何で鐙を使わないの?」

「“あぶみ”?」


怪訝な顔をした魔王に、トマシュが自分の足を指差した。

「コレだよ。この足で踏んでるヤツ」

トマシュの突っ込みで、アルトゥルとライネが魔王の足元を見た。

「え?………要るか、コレ」


魔王の一言で3人が顔を会わす。

「裸馬じゃ無えんだから」

「もしかして、股で挟んでるだけ?」

ライネの問いに半ば呆れ顔のトマシュが答えた。


「そうだよ、股で挟んでいるだけだから、バランスを崩して落馬しないかヒヤヒヤもんだよ」

魔王が足元を覗き混みながら、鐙に足を掛けてみた。

「あ、コレすごい。踏ん張れるや」


「カエちゃんさ、もしかして馬は初めて?」

「そんなわけあるか。子供の頃は良くイシスと馬に乗って遠出してたは」

「………あれ?ニュクスちゃんは?」

トマシュの左腕が操られ、アルトゥルの脇腹を思い切り殴り付けた。


「うおっ!おおう……」

予想外の方向から不意討ちを食らい、アルトゥルが馬の背で身悶える。

「あ、ちょっと!?アルトゥル!」

『五月蝿いわね!どうでも良いでしょ!後、気安く呼ぶな』


「あー、ニュクスは運動音痴で2頭立ての戦車もマトモに乗れないんだわ」

『ちょっとカエ!余計なことを言わないでよ!』




山道も終わり、長さは5メートルも有るか無いか判らないほど短いが、深く切り立った崖に掛けられた橋を通り過ぎ草原の入り口に到達した。

「どうだ?」

「3人、森に少し入った所に居る。狼男は居ない」

魔王はそれを聞くと馬から降り、“じゃ、捕まえてくる”とだけ言い残し転移した。


「なあ、後ろの冒険者達の居る意味有るか?」

「無いよね」


〈頼む、殺さないでくれ!〉

〈命だけは!〉

また何か変なことをしたのか、すっかり怯えきった人間の捕虜を3人連れて魔王が戻ってきた。


「ライネ、フランツさんを」

〈オイ、黙れ!〉

神聖王国の言葉で騒ぐ捕虜にアルトゥルが静かにするように命令したが、変わらず騒ぎ続けた。

痺れを切らした魔王が捕虜の一人を殴った。

「狼男は?」

魔王の言葉が判らない事に気付いたアルトゥルが言い直した。


〈狼男は何処に行った?〉

〈な、何の事だ?〉

「知らねえってよ」

魔王がもう一度、捕虜の頭を殴る。

〈とぼけるな、狼男に変身できる人狼が2人上がってきただろ?〉


〈そ、それなら後退した。引き上げたんだ〉

「魔王様」

フランツが馬で走ってきた。

「狼男は引き上げてここには居ないって」

「フランツ、引き上げた痕跡を捜してくれ。出来れば人数も調べてくれ」

「了解」

“いつの間に捕虜なんて取ったんだ?”とフランツは思いつつ、パーティーメンバーに手で合図し、馬を降り周囲に散開した。


「狼男の事を聞いてくれ」

〈奴等は何だ?〉

アルトゥルが神聖王国の言葉で捕虜に尋ねた。

〈か、彼等は神官から祝福を受けた人狼の部隊だ〉

「神官から祝福を受けてああなったって」

「祝福?どんなだ?」


〈どんな祝福だ?〉

〈し、知らない。知ってるのは党員の〉

〈よせ、喋るな〉

ライネが話を遮った捕虜の顔面に剣を当て“黙れ”と脅した。

〈ナチ党か?神官はナチ党員なのか?〉

〈そ、そうだ。前世、親衛隊(SS)に所属していた。それと、|突撃人狼部隊《StoßWerwolf》も〉

〈突撃人狼部隊?狼男の部隊か?規模は?〉

〈ああ、狼男の部隊で間違いない。全体の規模は知らないが、8人来ていた〉


「どんな祝福かは神官しか知らねえけど、狼男は8人来てるらしい」

8人の内1人は宿営地で死亡し、もう一人は捕虜にした。だが、他に6人も居るのかとトマシュは嫌な気分になった。


「神聖王国が捕虜にしたエルノさんは?何処に居る?」

〈そっちが捕虜にした冒険者は何処にやった?〉

〈古城で尋問してる。だが、あんたらが銃を持ってるから本土に移送する準備をしてる。朝方には転移門で全員引き揚げる〉


〈何でベラベラ喋る?〉

〈俺達はドイツ人でもナチ党員でも無い。デンマーク人だ。前世、金がないからドイツ軍に志願したってだけで、生まれ変わった後に直ぐに集められたんだ〉


そんなもんか?まあ、本当の事か判んねえけど。

「エルノさんはこの先の城に居て、朝には転移門でエルノさんと一緒に全員引き揚げるってよ。で、コイツら転生者だけど、無理矢理兵隊にされたらしくて、知ってることはベラベラ喋るぞ」

「あー、そう言えばゴーレムを操ってた魔術師も、そんな感じで集められたとか言ってたなあ」


「魔王様」

フランツが戻ってきた。

「何かあったか?」

草原の端の方を指差す。

「ええ、死体と馬の死骸が幾つも。狼男に殺られたようで、どれもバラバラにされてます。それと、真新しい狼男と人の足跡が6人分、妖精の泉の方へと残ってます」

「6人分……、確かか?」

「全員、足のサイズがまちまちなので、まず間違いないかと」


捕虜の情報通りに、狼男が6人でエルノさんを連れて引き揚げ準備をしているのか………。奇襲を掛けるなら千載一遇のチャンスだが。


「死体の身元は?」

「盗賊です。ギルドの方で手配書が回ってるヤツですが、恐らく我々の斥候だと勘違いされたのかと」


『トマシュ、敵は?』

『全く反応無い。動物位しか反応しない』


「地図を」

魔王の指示でフランツが地図と小さいランタンを拡げる。


「捕虜の情報だと、例の城にエルノさんは居るらしいが、朝には転移門で引き揚げるつもりらしい。転移門の妨害は私が出来るが、城に突入する事は可能か?」

フランツが懐から鉛筆を取り出し、地図に矢印を書きながら説明を始めた。

「ここの洞窟に城の地下に通じる抜け道が。それと、城を迂回して銀鉱山の手前、ここの小川に城の下水道の出口があって城の厩舎と厨房に出ます。それと」

フランツが城の南側、妖精の泉側の斜面に斜線をいれた。

「ここの城壁が崩れてるので、本隊をここから突入させている間に、我々が抜け道と下水道から突入すれば、一気に制圧出来るかと」


叩けない事は無いか………。

「アルトゥル、狼男以外の兵数は?」

1個小隊(50人)しか居ねえって」


よし、叩き潰すか。

「ライネ、マリウシュに合図を出せ。妖精の泉まで前進してマリウシュを待つ。その後、本隊と城を落とす」

「了解」

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