居たぞ!居たぞおぉぉぉ!
「敵影なーし!」
街道側に斥候に出た冒険者から続々と報告が聞こえる。
『違う、何か居る!』
『何だと?』
トマシュの視線の先には“敵影無し”を報告した冒険者。
『何処だ?』
『あの人の……すぐ近く』
『何処なんだ?見えないぞ?』
件の冒険者は左右に目を配り、特に異常がある素振りは無かった。
『移動した!此方に向かってくる』
トマシュの焦りがカエにも伝わる。
『嘘だろ!他に3つ反応がある』
『まだ周囲には言うな、姿を確かめてからだ』
不確かな情報を知らせるのが必ずも得策ではないのだ。
『鳥の可能性は?』
『動きが違う。それに反応も大きい……。っ!すぐ近くに居る………真上だ!』
トマシュが真上を向くと、木の上に居る狼男と目があった。
『くっそ!』
『よせ!』
トマシュが剣を抜くよりも速く、狼男が鋭い爪が生えた右手を突き立てながら飛び降りた。
殆ど反射的に攻撃しようとするトマシュから、身体の操作を奪い取ったカエは、距離を開くために後ろに跳んだ。
「あっ!っつ!」
飛び退くのに一瞬だけ間があったせいで、トマシュの右脛が狼男の爪に斬られた。
速い!この状況で脚をやられたとは。他にも居るのに魔法で何とかなるのか?
手数を増やすために魔法剣を抜き、無傷の左足でもう一度地面を蹴り間合いを取ることには成功したが、仰向けに倒れてしまった。
『トマシュ!他の反応を見張っててくれ!』
「居たぞ!居たぞぉおー!」
素早く向きを変え突進してくる狼男に対し魔法剣に魔力を流し込み、火炎を浴びせる。
すると狼男は右に90度向きを変え、トマシュの周りを走り回る。
「大丈夫か!」
叫び声を聞いた騎士団と冒険者が4人宿営地の方向から現れたが。
「ガアアァァァー!」
他の狼男が木の上から飛び降り、瞬く間に2人を突進で弾き飛ばした。
『トマシュ、他の狼男達が逃げる方向を見ててくれ!』
魔法剣だけだと間に合わないと、カエは異次元から“王の杖”を取り出した。
「今度は何の騒ぎだ?」
指揮所から暴れ馬がぶつかった拒馬に向かっていたフランツ達の所にも、騒ぎが聴こえてきた。
「総員、戦闘態勢。外周冊まで退かせて、街道側に兵力を集めろ」
ピウスツキ卿が伝令に指示をだし、街道側を見下ろせる高台に向かう。
「フランツ!貴殿は現場に出てくれ、私の部下を何人か付ける!」
「了解、任せてくださいよ」
ピウスツキ卿と別れ、坂を駆け降りるフランツに前方からパーティーメンバーの一人が走り寄って来た。
「フランツ!敵は狼男だ!何体も居るみたいだ!」
「何だとぉ!?被害は?」
「最初に襲われたトマシュが怪我をしたが、魔法剣で何とか応戦してる。だが、他にも暴れてる奴が居て状況が良くない」
話している最中も、森の一部が炎に包まれる。
「マジかよ。ピウスツキ卿に報告したら銃を持ってこい、こうなりゃなりふり構わねえ」
「了解」
「森を焼き払うなんて、まるでベトナムじゃねえか」
「集まれ!」
木の上に居るであろう狼男を文字通り炙り出すために、カエは辺り一面を焼き払った。
「集まれ!」
いきなりの出来事に、冒険者と騎士団は燃え上がった地点から離れ、宿営地に近いところへと集合しようとしていた。
「ゲフォ、ケホ」
カエが物凄い早口で異世界語で詠唱し、魔法を発動させたのだが。
『喉痛い』
『身体強化で無理矢理、トマシュが喋り馴れて言葉を使ったからな』
対価として夜通し大声を出し続けた様な喉の痛みを得た。
森の上部だけを燃やしたので、火の粉が降り注ぎ始めた。
「坊主!怪我は?」
「かすり傷です。大丈夫。僕よりか向こうの人たちを」
炎で牽制しつつ、傷を治していたので問題はないが。
「担架だ!速く!」
騒ぎを聞き付け集まっていた冒険者と騎士団の中には重傷者が多く、森が焼け落ちる前に後送する必要があった。
『トマシュ、奴等は?』
『森に潜んでいた2体は山の方に逃げてった。降りてきたのは、宿営地の方に居る』
「トマシュ、無事か?」
アルトゥルが走り寄って来た。
『それとカエちゃん無事か!?』
「無事だ!」
『全員聞け、狼男が4体襲撃してきた。2体は山へ退いたが、残りの2体は宿営地に侵入するつもりのようだ。宿営地の街道側の入り口に集まれ』
『『了解』』
「行くぞ」
「あ、ああって。怪我してんじゃん」
カエがキョトンとしたが、目線の先から右脛の怪我の事を言っていることに気付いた。
「もう治した。いいから行くぞ」
眼下の森が一瞬で炎に包まれ、ピウスツキ卿と参謀達は茫然とそれを眺めていた。
「閣下!」
冒険者の声で、ピウスツキ卿は漸く現実世界に引き戻された。
「何か?」
「狼男です。狼男が2体襲撃してきました。森で戦っていましたが」
その森は目の前で焼け落ちようとしていた。
「誰がコレを?」
報告に来た冒険者には、思い当たる節があったが。
「判りません、ただ怪我人が出ています」
トマシュが魔王に持たされた例の魔法剣で何かをしたのだろうが、変に悪目立ちをさせるわけにはいかない。
ピウスツキ卿が崖下を覗き込むと、担架で搬送される負傷者の姿が確かに見えた。
「合い判った。参謀、信号を打て。内容は“宿営地に襲撃あり。本隊は警戒されたし”」
「了解」
「それと全員、念のため鎧も着込んでおけ」
参謀が発光信号用の櫓へと踵を返した時だった。
「ガアアァァァ!」
咆哮と共に狼男が崖したから高台に飛び込んで来た。
「敵襲!!」
騎士団員達の動きは速かった。
狼男の近くに居る3人は反射的に抜刀と同時に斬り掛り。他の団員も抜刀し狼男の死角に回り込む。
「あっ!がっ!」
「グオォォ!」
狼男が目の前に居る騎士の首を引きちぎろうと右手を伸ばしたが、騎士の剣に右手の小指を切り落とされ、騎士の首を狙った一撃は、騎士の右肩を抉るにとどまった。
残り二人は狼男の脇腹と右腰周辺を斬りつけたが、いずれも浅く致命傷には程遠かった。
「一気に畳み掛けろ!」
ピウスツキ卿の指示で死角に回り込んだ騎士も次々に斬りかかるが、狼男の毛皮が厚く、騎士の気配を感じて避けるため致命傷を与える事が出来ないばかりか、騎士団に被害が出始めた。
「うわっ!」
狼男が尻尾を鞭のように使い、女騎士の脚を払った。
「ガアアァァァ!」
再び咆哮を上げた狼男は仰向けに倒れている女騎士の肘を容赦なく踏みつける。
「ぎゃあぁぁぁあ!」
肘が砕かれる痛みと、頭を噛み砕かんと迫る狼男の顎に女騎士が叫び声を上げた。
「野郎っ!」
「ギャン!」
冒険者が無我夢中に投げた袋に入った粉末状の薬が飛び散り、吸い込んだ狼男が一瞬怯む。
「このっ!糞狗!」
女騎士が抜いた予備の短剣が狼男の鼻を貫き、血潮が周囲に飛び散る。
「はぁっ!」
痛みで上体を起こした狼男の左肩に騎士の一人が剣を突き立てる事に成功した。
「グワワワアアアアアァァァ!」
「うぉ」
狼男が剣を刺した騎士を振り払おうと、上体を激しく揺らす。
しかし、騎士は左手で死に物狂いで剣にしがみつき、空いた右手で予備の剣を何度も突き立てた。
それに呼応して、騎士が3人斬りかかろうとするが、動き回る狼男の間合いに入れずにいた。
「今だ、ドミニカを」
騎士の指示で従士一人が女騎士に肩を貸し、他の従士二人が後退を援護するため狼男との間に割り込んだ。
「ルジャ、急いで!」
「判ってるよ!」
女騎士ドミニカを助けたのは、彼女の従士をしている3姉妹。その内、一番背の高いルジャがドミニカを引っ張ることになった。
「あの狗っころ。許さねぇ」
「ドミニカ様急いで!」
痛みよりも、右腕を使い物にされなくなった事で、ドミニカは怒り狂っていた。
「待ぁテ、くそ女ァ!!」
おどろおどろしい叫び声に、従士のルジャが振り返る。
目に飛び込んだのは、狼男が背中にしがみついていた騎士の腕を引き千切り、自分達の方へと投げる瞬間。
叫び声を上げた騎士は、まるで投げ槍のようにルジャの姉妹に投げつけられ、騎士は絶命した。
「ゲル……ベラ…?」
騎士の直撃を受けた姉妹が顔面から血を流しているのを見て、もう一人の従士リリアは頭の理解が追い付かずにいた。
「リリア!前!」
ルジャの言葉ですら、半分も理解できていない状態だったリリアが前を向くと、狼男の巨大な手が目の前にあった。
「え?」
狼男の平手打ちを上半身にもろに浴び、リリアが吹き飛ばされる。
ドミニカが「ウオォォォォオオ!!」と雄叫びを上げ、ルジャから離れ、短剣を左手で構える。
自分も死ぬんだ。
そう直感的に感じたルジャは腰に差していた剣を抜き、構えようと身体を振り返えす。
暴れ牛の様に四つ足で突進してくる狼男はかなりの速度がある筈なのだが、死の恐怖に呑み込まれたルジャには非常にゆっくりした動きに見えた。
前足で2度大きく地面を蹴り進んだ狼男が跳躍しようとした時だった。
右後方から割り込んできた冒険者が拳銃を抜き3発、狼男の左手に向け発砲した。
跳躍するための勢いで、左手を地面に着けなかった狼男が倒れ込む。
「Get down!」
声に反応した冒険者が振り返り、ルジャの方へ突進してきた。
「伏せろ!」
冒険者が、ルジャとドミニカの襟首を掴み、一緒に倒れ込む。
「何を!」
「動くな!姿勢を低くしろ!」
冒険者が叫ぶと同時に、身体を震わすほどの大きな音がが幾つも轟く。
一方、発砲が始まる前に自身を狙う銃を持った男達に気付いた狼男は、射線上から逃れようと身体を捻ったが、一人が放った銃弾に脚を撃ち抜かれた。
自分達から見て劣等種族の筈の現地人が銃を持っていたのは予想外だったが、どうせ先込め式のマスケット銃か何かだろうと、最初は高を括っていた。
「Commence firing!」
最初に一発で脚を撃ち抜いた男の号令で他の男達が銃を斉射した。
最初の一斉射を避ければ装填に時間が掛かる。
狼男が屈み、身体を小さくしたが予想に反し大量の銃弾を浴びる。
痛みに耐えながら起き上がった狼男が態勢を立て直そうと崖の方へ走るが、横目に見た光景に絶望した。
そもそも、英語を喋っている時点で対応すべきだったのだ。
自身を狙っている男達が持っているのはマスケット銃では無かった。男達が慣れた手付きで遊底を引き、銃から空薬莢が飛び出る。
『変身を解け!コイツらボルトアクションライフルを持ってるぞ!』
「Cease fire! Cease fire!」
既に動かなくなった狼男に射撃を続けさせていたフランツの指示で冒険者達は銃撃を止めた。
「フランツ。言葉」
「あ……。大丈夫ですか!?」
前世の言葉を話していた事に気付いたフランツは誤魔化すことにした。
「フランツ殿か?手を貸してくれ!負傷者が出てる!」
「ゲルベラ!」
騎士の直撃を受けたゲルベラの元に駆け出したルジャとドミニカを見て彼女達を護った冒険者はゆっくりと立ち上がった。
「おい、ショーン。大丈夫か?」
「……僕は大丈夫だ」
剣が苦手だったので離れた位置にいたが、3メートルもある狼男に手練れの騎士達が一方的に蹂躙された中、殆ど何も出来なかったことに、責任を感じていた。
もう少し、やりようが有ったのでは?と。
前に狼男と闘った事はあったが、変身途中だったので、ここまで大騒ぎでは無かったが。
「誰か医者を!ゲルベラを診てくれ」
ゲルベラが生きていることに気付いたドミニカが医者を喚ぶ。
「デイブ、僕の道具を持ってきてくれ」
「有るぞ相棒」
デイブが赤十字の描かれた鞄を右手で掲げた。
「ありがとう。向こうに、弾き飛ばされた女の子とあっちに肩を負傷した騎士が居る。先に診ててくれ」
「ほいきた。任せろ」
デイブから、医療キットを受け取ったショーンはゲルベラの元に走る。
今やれることは前世と同じ。一人でも多くの仲間を故郷に返す。ただそれだけだ。




