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リーゼ・ゲーデル

ニュクスが牢屋から出た所で映像が送られて来なくなった。

『うーん…………』

『マルキ王国の冒険者が拷問に参加していた…………』

カエを含む5人はお互いに議論を始めた。

『やべぇって、目の前の4人も何かするんじゃねえの?』

『フランツさん達は大丈夫だよ。冒険者の中でも、好き勝手にやってる人達だし』

『そこが基準かい』

『だが、マリアがあそこまで怯えるなんて……アレは異常な雰囲気だったしな』

カミルの言うとおり、マリアが怯えたところを初めて見たと、トマシュ達は思い返した。

昔から、男子に混ざり、剣術や度胸試しでも姉弟の中で常に先頭で、ケンカを吹っ掛けてきた意地悪なガキ大将グループを一人でコテンパンにし。10歳で腕っぷしを買われ現ギルド長のエーベル女史の元で冒険者見習いになったと思ったら、トントン拍子で出世し、今ではギルドで一目置かれる程なのだ。


『注意は怠るな、常に剣を持ち歩け。もし咎められても、“怖いから”とでも言って誤魔化せ。それとだ、どうしても得物を外す時が有っても良いように、懐に短剣を忍ばせとけ』





「ニュクス様、入ります」

エミリアとマリアが捕虜の二人を連れてきた。

「そこの椅子に座らせて」

牢屋の隅の方に置かれた椅子に座った捕虜をニュクスは改めて観察する。


「っ!」

髪の毛に触れられた捕虜が身体を強張らせた。

「変わった色ね」

本当に地毛なのか?と気になり捕虜の金髪を手で解かし、数本を指で摘まんで軽く引っ張ってみたが、本当に地毛のようだった。





何が珍しいのか、ニュクスと呼ばれた魔王が私の髪の毛を手で梳いたり、抜け落ちた髪の毛を指で触れつつ眺めている。


正直言って、機嫌よくゆっくりと尻尾を揺らす様子の人狼の少女が魔王だとは信じられ無い。

過去に現れた魔王は、手当たり次第に人を襲い、疫病を流行らせたりと酷い事をしたと教えられた。

前回だけでも、人狼を率いる魔王ヴィルマとオークを率いる魔王ズメヤが同時に攻めてきて危うく人類は滅亡しかけたと聞いていたけど。今回の魔王は割りと普通かもしれない。

幸い今は拘束はされていない。手は……。さっきの拷問で変形したが、物は握れないことは無い。魔王が差している剣を奪って斬りつければ、命を奪えなくはない。


「口開けて」

魔王に口を開ける様にと促された。

少女とは言え、相手は魔王。躊躇ってはいけない。


「大丈夫だよ。痛くしないから」

魔王に指摘されて、私は身体が震えていることに気付く。

「うっ」

「大丈夫」

私を安心させようと、魔王が年相応の屈託の無い笑顔を見せた。

「大丈夫だから」


無理だ!こんないたいけない少女を殺すだなんて、私には出来ない。


口を開け、魔王が覗き込むと、折れた歯の付け根が熱を持ち、折れた歯が抜け落ちたのが判った。

「治したから、もういいよ」

「え!?」

抜けた歯を吐き出し舌で確認すると、確かに新しい歯が生えていた。




「さて、私の質問に答えてくれれば、その手や身体の傷も治してあげるよ?」

図体ばっかしでかいのに、雷の音に怯えたカエみたく震える捕虜をどうにか落ち着かせ、漸く本題を切り出せた。

「……私達は解放されるのですか?」

…………カエの“私物”だからなぁ。誤魔化そう。

「戦争が終わるまでは、私の元に居て貰うわ」

とりあえず、驚かせて情報を聞き出したら退散するか。

クンツを落ち着かせている魔法を切って、けしかけよう。


「何だ?」

暗がりからクンツのうめき声と荒い息遣いが聴こえてきた。

「貴方達の仲間にも、彼みたいな人はいるの?」

咆哮と共にクンツが暗がりから飛び掛かる。

「え!?」

「危ない!」

男が女を庇い、覆い被さった拍子に、二人とも倒れ込んだ。

私が鎖の長さを魔法で調整しているから、クンツの爪が空を切る。




危なかった。鎖で繋がれていなければ、伍長が死んでいたかもしれない。

「彼はついさっきまで、私達と同じ人狼だったんだけど、変身してね。冒険者ギルドの話では獣人症って伝染病って言ってたんだけど、何か知らない?」

何が“何か知らない?”だ!

「知らないの?」

知るか、クソッタレ!

ジャラジャラと音を立てながら、鎖が巻き上がり、狼男が壁際に引っ張られて行った。

「大丈夫か?」

「しょ、少尉。今のは…………」

倒れた拍子で頭を打ったのかと思ったが、大丈夫なようだ。

「彼女は関係ない!ただの一般人だ!神官を喚んで調べてくれ!」

この娘は前世の記憶が有るという理由だけで、集められただけだ。




「神官?」

ニュクス様が首をかしげた。

「神官なら、転生者の事を調べて、前世に何をしていたか判るだろ」

え?そうなの?

「私達の神官なら、貴方達が連れ去ってしまいましたよ」

「なっ!」

ニュクス様が怪訝な顔をしながら、此方を向いた。

『貴女、自分が神官になったことを周りに言ってないの?』

『え!?あ……。その、言う前に色々と事件が起きたので、言いそびれてました』

だって、しょうがないよ!魔王様が消えたから、捜し回ってる最中に、「おめでと~ございま~す」といきなり現れた妖精さん達に言われて、神官になったことが判ったんだし。その後は、ギルドで襲撃されるし、襲撃者のアジトに踏み込んだら、トマシュと魔王様がトマシュと入れ替わるし、魔王様は気絶するし!


『てか、神官がそんな事を出来るだなんて、聞いてないんだけど?』

『わ、私も知りませんよ!』


魔王様が私を指差す。

「この娘は神官だから、調べさせて貰うわ」

「え!?」


マリアがよっぽど驚いたのか、目を真ん丸にしながら私の顔を見る。

「頼む」

いや、お兄さん。いきなり頼まれましても。

『どうしたの?』

『その、やり方が判らなくって』

何でお祖父ちゃんとか教えてくんないのよ!

大人になるまで秘密とか言っておいて、結局教えてくんないし!


『えーと、聞いたところによると、目を見れば判る、とか』

『イシス、アンタ誰から聞いたの?』

『ヨルムンガンドから』


さらりと凄いことを言ったな。気にしないでいよ…………。

『あー、まあ。あの娘なら大丈夫か。じゃあ、ちゃっちゃと調べて』

ニュクス様に急かされ、女の人の目を覗き込む。

『別に何も…………、あ!』

女の人の周りに文字が出た。

『出ました。名前と、前世の年齢と今世の年齢が』

『何て書いてあるの?』

『名前はリーゼ・ゲーテル。前世は12歳の時に死んだいて、今世の年齢は18歳』

ニュクス様が近付いてきた。

『私達と同い年か……』

…………魔王様は見た目が幼いからなあ。

……?

『なんだろ?』

前世の年齢の側に光る球が見えたので意識を向けたときだった。急に視界が暗転して、私は知らない町の中に居た。




爆発音が聴こえ、見上げると建物崩れ、降り落ちて来る。

『え!?』

身体が勝手に動き、屈んだ所に落ちた破片の影響で出た砂煙で辺り一面が見えなくなった。

『何コレ?』

『捕虜の前世の記憶だね』

『魔王様!?何処ですか?』

『落ち着いて、捕虜の記憶を覗き見してるだけで、私達の身体は冒険者ギルドから動いてないわよ』


「リーゼ!大丈夫か!?」

『あ、アレ?神聖王国の言葉?』

片言程度にしか判らない筈の言葉が何故か普通に理解できた。

『捕虜の記憶だから、理解できてるんじゃない?』


腰の辺りを掴まれ道の隅に、連れ込まれた。

「何やってたんだ!」

連れ込んだのは右腕の無い中年の人間だった。

「み、水が無くて。水道も止まっちゃったから、井戸に行くしかないんだ」


指差した先の建物も3階部分が爆発し、衝撃で1階部分まで崩れ落ちた。

「駄目だ!アメリカ兵が来たんだ、今すぐ地下に逃げるんだ」

パシン、パシンと壁が鳴り、建物の中に連れ込まれた。

「ま、待って!怪我した人が……」

「リーゼ、聞くんだ。病院までの道は見通しが良いから、アメリカ兵に撃たれるかもしれない。このまま地下に隠れて、戦いが終わったら腕章とコレを振ってアメリカ兵の前に出るんだ。どうせ橋を落とせばこの街での戦闘は終わる」

おじさんは白地に赤い十字が描かれた腕章を引っ張り、白い布を渡した。


「イヤだ!おじさん達が戦ってるのに、何もしないなんて!」

部屋の奥の扉から、メイスの様なものを持った老人が出てきた。

「戦車だ!歩兵も来た!」


「言われた通りにするんだ」

メイスを受け取ると、おじいさんと老人は通りに出て行った。

一人残されたリーゼは、受け取った布をポッケにしまうと、裏口から路地へ出た。

『何処に行くんだろ?』

『抜け道を知ってるみたいですね』


路地を抜け、バリケードに隠れている兵士を横目に、リーゼは墓地まで来た。

『この先に、地下墓地が有って、病院まで行けるみたいですね』

リーゼが墓石に身を隠しながら、墓地を進み大通側に建っている建物のへ近付く。

『この石板、名前が彫られているけど…何?』

『え?お墓……ですけど?』

『へえ、森の中にあるんだ』

ニュクス様が驚くのも無理はないか、見ただけでもかなり焼け落ちた木があるがよく手入れがされた墓地のようだった。

『それと、あの建物は何?』

『……大…聖堂?神殿みたいな建物ですね』


ふと、左方向に人が見え、リーゼがしゃがんだ。

『何、あの動く箱は?』

『リーゼの記憶だと、戦車と言う機械の様です』

米軍のシャーマン戦車を先頭に、歩兵が続きバリケードを薙ぎ倒しつつ、前へ前へと進んだ。

『アレも銃か、凄い大きさ』

砲塔の上に取り付けられた機関銃から兵士が建物に潜む敵に乱射していた。


突如、戦車の大砲が火を吹き、建物を一つ瓦礫へと変えてしまった。

『何コレ?魔法?』

『捕虜の記憶だと爆発する弾を出すとか』

『カエが居なくて良かった、また気絶されたら収集つかないよ』


戦車の後ろで行軍していた兵士が横一列に散開し、瓦礫の影に潜む兵士に向け銃を乱射する。

『こりゃまた、一方的だね』

『リーゼ……捕虜の記憶ですと、去年辺りから負け込んで、今ではさっき見た片腕の無い人や老人、子供を動員して戦ってるみたいです』

少しずつ視界がボヤけてきた。


リーゼの記憶を知りたいという、エミリアの気持ちに陰りが出てきたのだ。

『ま、どうせこの後は捕虜の今際の際を観るだけだろうし、記憶を観るのを止めようか』

『はい』

“もう観たくない”そう思うと、視界がぼやけ、私の意識は牢屋に戻った。





『しかし、長いわね。あんな感じで一々記憶を観なきゃいけないのかな?』

『いや、何か文章でどんなことをしたとか観ることも出来るらしいよ』

………はい?

再び意識を捕虜に浮かべると箇条書きで捕虜の略歴が出てきた。


リーゼ・ゲーデル。

1932年8月10日生まれ。

職業:学生。

1945年2月20日、ドイツ少女団として軍に徴兵。

1945年3月5日、ドイツ、ケルン市で死亡。

死因:圧死。


『12歳で死んでます。家族は……』

意識を彼女の家族に向けると、その情報も表示された。


アンナ・ゲーデル。続柄:母。

1900年4月6日生まれ。

職業:交換手。

1920年に結婚。

1950年3月5日、ケルン市で死亡。

死因:服毒自殺。


ギュンター・ゲーデル。続柄:父。

1900年9月22日生まれ。

職業:ルフトハンザドイツ航空パイロット。

   ドイツ空軍パイロット。

1920年に結婚。

1940年8月28日、ドーバー上空で戦死。

死因:焼死。


オスカー・ゲーデル。続柄:兄。

1921年2月7日生まれ。

職業:軍人。

1943年2月2日、スターリングラード郊外で死亡。

死因:凍死。


ハンス・ゲーデル。続柄:弟。

1940年8月27日生まれ。

職業:無職。

1944年10月17日、ケルン市で死亡。

死因:爆死。



前世の家族はみんな死んで、………あれ?

『これ、前世の事だけですね』

調べる事が出来たのは前世の事だけ。それも、彼女は所謂転生者という事もあり、年数から固有名詞まで知らないことが多すぎて意味がなかった。


「………前世の事は判りました。しかし貴女が今世に行った事は償って貰います」


そもそも、ゴーレムを使って足止めなどしなければ捕まることも無かったのだ。

「え!?」

「ん?」

捕虜の反応にニュクス様が反応した。

「何か?」

「その…。前世の事で咎められたりとかは?」

キョトンとした顔のニュクス様と思わず目を合わせてしまった。

「貴女の記憶を観させて貰いましたが、特に悪いことはしていないようなので特には。ご兄弟も戦争で亡くなられてますし」

「ま、待って!」

捕虜がエミリアの両肩を掴んだ。

急な事に、マリアが止めようとしたが、ニュクスが“必要ないと”手で合図した。


「家族の事も判るんですか!お願いします!兄は、兄は無事なんですか!」

『え、どうしましょう……』

エミリアの耳と尻尾が垂れ下がる。

『彼女のお兄様は死んでます』

「教えてください!母に会えたんですか?」

『……教えてあげなさい』


エミリアが短く深呼吸をし、慎重に言葉を選んだ。

「貴女のお兄様は…」

捕虜が固唾を飲む。

「1943年2月2日にスターリングラードの郊外で死亡しています」

「そんな……」


捕虜が両手で口を覆い、嗚咽混じりにうわ言を言い出した。

「私も死んじゃったから、ママは独りぼっちに」

「リーゼ」

男の捕虜が肩を揺すったが、女の目は焦点が定まらず天井を見上げた。

「ああ…」

とうとう人目を憚らずに泣き出したので、ニュクスが首筋に触れ、魔法で眠らせた。


「エミリア、この人を牢屋じゃなくて、暖かい部屋で休ませてあげて。男の人はクヴィルの城塞に移送して」

『外から鍵が掛けられる、ね?』

「畏まりました」


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