冒険者ギルドの独断専行
『妙だな』
「うん、誰か居る」
ニュクス達を見送り、先遣隊に追い付くために馬を急がせつつも、警戒の為に魔力を飛ばす方法をトマシュに教えた所、早速反応があった。
「二人……かな?」
正直な所、カエがダメ元で教えてみたのだが、何故かトマシュは普通に使いこなしていた。
可笑しいな、自分達は半日掛かったのにと。母国で母親を悲しませまいと、必死に兄妹で練習した時の事を考えていた。
「どうした?」
街道ではなく、右手の方をトマシュが見ていることに気付いたライネが言葉を掛ける。
「カエから人の気配を探る魔法を教えて貰って、使ってみたんだけど。誰かが街道の方へ歩いてるみたいだ」
「また、敵!?」
「何!?」
カミルも振り返り、四人は馬の速度を常歩程度にまで落とした。
「あ、三つに別れた」
『多分、トマシュの方から見て、二人重なっていたんだろうな』
「っ!更に反応が増えた。七つ……、いや、四つになった、おまけに速い」
『馬に乗ったんだろうな』
「此方に来る!」
トマシュの一言で、カミルとライネが弓を構えると同時に、前方から叫び声が聴こえた。
「おーい、トマシュ!俺だー!」
「大丈夫だ、フランツさんだ」
左腕を大きく振りながら、フランツ達が近付いてきていたのだ。
「灯りが見えたから戻って来たんだが、大丈夫か?」
「はい、小川の向こうで神聖王国の人間に襲われましたが、なんとか切り抜けました」
班長のカミルが弓をしまいつつ、カエから“言って良い”と言われた事だけをフランツ達に説明したが。
「さっき魔王様が居たが、何処へ?」
『げ、バレてら』
「へ!?何のコトデスカ?」
カエ(身体はトマシュ)とイシスがよりにもよって、キスをしていた所を観られたと、トマシュが素っ頓狂な声を上げつつ、慌てて否定した。
『カエ、ちょっと戻って来れる?』
『ん?あ、ああ!良いぞ。と言う訳だ、上手いこと誤魔化してくれ!』
『あ、ちょっと!待ってよ!』
丁度のタイミングでニュクスに呼ばれ、カエが居なくなってしまった。
「何だ……コレは……」
本来の身体に戻ったカエが見たのは、二足歩行する大きな狼。所謂、狼男を見て軽く混乱した。
「本当に人だったのか?」
『冒険者達の話だと、獣人症って伝染病でこうなった。って言ってるけど、どうだかぁ?神話じゃあるまいし』
「なあ、エミリア。獣人症って他の人種。例えばだけど人間が感染したら大猿にでもなるのか?」
「さあ……?私もそんな病気有ることは知らなかったので」
カエがボリボリと後頭部を掻きながら「うーん?」と考えるしぐさを見て、エミリアは“兄妹だけあって同じ動きをするんだなぁ”と納得した。
「エミリアが知らないって事はだ。そこまで伝染する病気じゃ無いんじゃないか?どうやって流行るか聞いてないか?」
『エーベル女史の話だと、噛まれると感染するとか』
『狂犬病みたいな感じじゃないの?でも、そうだとすると尚更おかしいもんね』
「おかしい…と言いますと?」
魔王の目がイシスの紫色に変わり、「伝染病ってさ」と言いつつ、両手を広げると、空中に光が漂った。
「次から次へと周りの人に伝染するでしょ?」
光が人の形に変化し100体に増る。その内の1体が狼男の形に変化し、隣に居る人が噛まれ狼男に変化した。
「で、普通の伝染病だと、病気にかかった人が治ったり、死んだりして広がらないよね。でも獣人症が噛まれたら広がる伝染病だとしたら」
狼男が次々と人を襲い、襲われた人も狼男になり人を襲い、あっという間に全て狼男に変化した。
「昼に噛まれたクンツさんが半日で獣人症を発症する程だから、ねずみ算式に獣人症が流行って、数ヵ月もしたら獣人症の患者で溢れ変えるでしょ?」
イシスの言っている事を理解したエミリアは俯いた。
「確かにコレだと、小さい村だと数日。下手したら1日で全滅するのに、獣人症の事を聞いたことが無いのは可笑しいですね」
エルノさんを迎えに行ったメンバーはソコソコ有名な冒険者で、エルノさん本人もエーベル女史が、魔法の教師にと推薦する程、魔法が得意。一般の人よりも手練れのメンバーが、魔術師を含むグループとは言え狼男にやられた…………。…………あれ?
「気付いた?」
「まさか…………」
そもそも、状況が可笑しい事にエミリアが気付いた。
伝染病の獣人症を発症した狼男と人が一緒に襲い掛かってきた?感染の危険は?狼男は人の言うことを聞くの?もしかして、理性を保てるの?
『ところでだが、エーベル女史とマリアは?』
『捕虜を連れてくる筈だけど』
「遅いね」
「ですね」
もしや、捕虜が脱走でもして騒動にでもなってるのか?と、ニュクスは心配になってきた。
「見に行こうか」
「はい」
『じゃあ、此方は任せたぞ』
カエはトマシュの方に移動し、残った3人はエーベル女史の所へと向かった。
「何をしてるんですか!」
捕虜を魔王の元に移送するために、現れたマリアの声で捕虜への暴行が止まった。
他のギルド員がエーベル女史に礼をしているのに対し、捕虜を痛め付けていた少女は不満そうな態度を取った。
「魔王様が捕虜を尋問する。どきなさい」
「チッ」
「貴女っ!」
「ん"~!んーー!」
少女の態度を咎めようと走り寄ったが、捕虜が叫び声を上げ、マリアは振り向いた。
「さっさと立ちなさい」
「ギルド長、何を!?」
エーベル女史が捕虜の腹を思いっきり蹴ったのだ。
「コイツらに掛ける情けなんか要らないのよ」
普段の落ち着いたエーベル女史からは想像が付かない、冷淡な表情を浮かべ、捕虜の胸を踏みつける。
「何をしてるんですか!止めてください!」
「ふん……」
エーベル女史の足が退いたが、捕虜が倒れたままだったので「聴こえなかった?」とエーベル女史が再び蹴ろうとしたので、マリアは急いで捕虜を起こした。
まさか、洗脳では?とマリアは思い、周りのギルド員を見渡したが、皆、捕虜に対して冷たい、殺意がこもった視線を送っている。
「何?……どうしたのよ!皆して…………」
もしかして、可笑しいのは私なのか?とマリアが錯覚しかける程、異様な雰囲気だった。
「恥ずかしく無いんですか!無抵抗の人に寄って集って暴力を振るうなんて!」
普段から見知った仲間達の異様な雰囲気の前に、マリアは声を荒げた。
何時もはニコニコ笑いながら、魔法を教わりに来る見習いの少女から、同じ時期に冒険者ギルドに入った仲の良いパーティーメンバー。駆け出しの時に面倒を見てくれた先輩冒険者達。更にはギルド長までが、捕虜に対して殺意を向けていた。
「当然の報いですよ?」
「当然の報いですって!この人が何をしたって言うの?」
「コイツらは私と家族を殺した」
「…………え?」
“私と家族を殺した?”まさか?
「随分、時間が掛かって……いる…な?」
ニュクスが見たのは、ボロボロにされた捕虜。耳と尻尾から判断すると怯えているが、捕虜を守る様に抱き寄せるマリア。捕虜に殺意を向ける冒険者達。そして、椅子に座っている尋問官の人間。
え?どういうことだと?
『エミリア、人間が居るけど、誰?』
『マルキ王国の冒険者です』
????え?
『カエちょっと良い?』
コレは流石に独断で判断しかねると、カエに判断を仰ぐ事にした。
『何だよ』
一方のカエは、フランツ達と一緒に先遣隊と合流しようと移動している所だった。
『冒険者達が捕虜を拷問してるみたいだけど、何か指示出したっけ???』
『ふぁ!?私は知らんぞ!?』
『だ、だよね!?』
『トマシュ!と言うか、全員良いか?』
この世界ではコレが普通なのか?と気になりカミル達にも話し掛ける。
『どうしたの?』
「なんでぇ?」
「何?」
「なんでしょう?」
『さっき連れて帰った捕虜が冒険者達に拷問されたって、ニュクスが言ってるんだが、普通なのか?』
「拷問!?」
カミルが声を出し、4人は馬の脚を止めた。
「普通は部族長か民会の許可を基に部族の兵士が行いますが、冒険者ギルドでは行いません。彼等はどの部族にも公式には属さない組織です。警察権の行使など、クヴィル族の主権の侵害です」
『どういうことだ?』
『ちょっと、問い詰める』
「あら?貴方達、この私に黙って何の真似かしら?」
見た目相応の少女が見せる、驚いた様な何処か間が抜けた顔をしていた魔王が、急に耳と尻尾を立て冷淡な笑みを浮かべたので冒険者達は萎縮した。
「エーベル女史、コレは一体何の真似ですか?」
魔王の後ろに立っているエミリアも同様に耳と尻尾を立てが、魔王とは違い真顔でエーベル女史を問い詰める。
「冒険者ギルドに依頼したのは、あくまで一時勾留までのはずです」
「通常の犯罪者であれば……、ですが。彼女は事情が違うので」
「事情が違うだって?」
ニュクスが中継しているので、カミル達もやり取りを念話で聞いている。
『フランツに不審がられる、進もう』
世間話に夢中で気付いた素振りは見せないフランツ達に悟られないように、4人は馬を進めた。
冒険者ギルド、あまつさえギルド長が黙認してまで、部族の主権を脅かした事にエミリア達は疑念を抱いていた。
今まで中立を貫いていた冒険者ギルドが何故?と。
利害の一致等で、部族との協力は積極には行ってきたが、犯罪については、部族の主権が及ぶ範囲内の事であれば、例えギルド員同士の事でも部族に処罰を委ねていたのだ。
「神官にもなれない巫女ぶぜいが偉そうに……っ!」
エミリアを侮辱した冒険者の一人が床に膝をつけ、首を出す形で座った。
「な、何だ!?」
「エミリアを侮辱する事は私を侮辱するのと同義だ」
ニュクスが剣を抜き、首を跳ねるためにゆっくりと近付く。
「ま、待ってくれ」
身体が言うことをきかない冒険者が懇願するがニュクスは歩みを止めない。
「何だ、あの子供は……」
他の冒険者が唖然とするなか、エミリアが声を上げた。
「ま、魔王様!私は気にしていませんから、止めてください!」
「そう……」
「魔王様……アレが!?」
「あっ!あ……はぁ…………」
身体が自由になった瞬間。恐怖から、全身から汗が吹き出るのを冒険者は感じた。頭では抵抗しているのに、身体は首を斬りやすくするように膝まつき、頭を垂れた事に気持ち悪さを感じながら、有ることを思い出していた。
“あの娘、本気で首を切り落とすつもりだった”と。
前世に見た、人を平気で殺す。感情のこもっていない目をしていたのだ。
「さて、エーベル女史。預けていた私の所有物を傷付けた訳だが、どう弁償してくれるのかね?」
「弁償……ですか?」
エーベル女史が“弁償”の意味を理解していないので、ニュクスは説明のために捕虜に近付き手を取る。
「貴女の部下が適当に骨折を治したせいで、指が歪になってる。コレだと字は書けないし物も持てないだろうから、家内作業は無理だし」
ニュクスは次に捕虜の顔に触れ。
「顔が良いから、娼館で働かせる事も考えたが」
上唇を持ち上げてから人差し指を口の中に突っ込んで見せた。
「何ヵ所か折れたせいで刺さるから、男の人のをくわえるのは無理だし」
次に服を捲りあげ、傷痕を確認した。
「火傷の後も有る、コレじゃ男の人も勃たないだろうし、こうなると用途としては荷物運び位しかないでしょうね」
さらりとえげつない事を言う辺り、やっぱり魔王なんだと、一同が固唾を飲みつつ、魔王に視線が集まる。
『カエさ、捕虜を奴隷にするつもりだったの?』
『ん?ああ、尋問が終れば奴隷として売ろうと思ってたぞ』
カエのどっか“当たり前だろ?”と言いたげな反応にトマシュは嫌な気分になった。カエがしようとしたように、捕虜を奴隷として売る事自体は、この世界の常識でもあるのだが。売られた奴隷、特に娼館に売られた女性が酷い扱いを受ける事も有るので、止めて欲しいのだ。
「まあ、使い物にならなくなった分の賠償は後で請求させて貰うが、身柄の方はこのまま引き渡して貰うぞ」
『エミリア、捕虜二人をクンツの居る牢屋まで連れ出して』
エミリアに念話で指示を出すと、ニュクスは牢屋を出て行った。




