獣人症
「おい、フランツ。魔王様だ」
ゴーレムの姿と女の悲鳴を聴き、徒歩で忍び寄っていた冒険者達が様子を窺っていた所、魔王が現れた。
「お、魔王様がトマシュに抱き付いたぞ」
「うっは、マジだ」
「ふぅ~。やるなあ、ヤンと同じで手が早いな」
フランツのパーティーメンバー3人はトマシュの両親。母親のニナと父親のヤンの二人とパーティーを組んでた時期もあり、息子のトマシュとも面識が有るのだ。
「なあ、フランツ」
「…何だよ?」
「どういう関係なの?あの二人は?」
「まあ、昼前に会ったときも、手を繋いだりしてたし。魔王様になつかれてる感じだったな」
「うっわ、まじか」
トマシュが魔王の首に手を回し、優しくキスをしたのだ。
冒険者4人が稜線から顔を引っ込め、お互いに見合う。
「あ、アイツ…トマシュ……だよな?」
「あ、ああ。トマシュだ」
「何か、手馴れてないか?アイツ?」
「アイツ、俺達と同じ転生者だっけ?」
実際は、トマシュの身体を使っているカエとイシスの情事なのだが、そんな事を知らない4人は、可愛らしかったトマシュが大人の階段を一気に駆け上がったのかと大いに混乱した。
「じゃあ、ホントに気を付けてね」
それだけ言い残し、イシスは捕虜にした術者二人を連れて転移した。
『さて、カミル。ここから、山脈までどのくらいだ?』
カエはというと、4人と念話で話せるようになったら、さっさと身体の操作をトマシュに返していた。
「後、5キロ程ですが、足止めされたので、先遣隊は山に到着しているかも知れません」
カエが“私の代わりにトマシュが参加する”とエミリアに伝えに行かせた頃には、先遣隊は準備を終え。騎士団から借りた応援の五十騎も合流したが、アルトゥルを捜しに行ったカミルが戻らなかったので先に行かせたのだが。
『先遣隊は斥候が主だからな、あり得るな』
騎士団も混じっているとは言え、先遣隊は斥候。軽装の騎兵が主で、荷物は本隊の為に夜営用のテント等を背負ったラバを連れている程度なので既に到着してても可笑しくは無い。
『よし、先を急ぐぞ』
「彼です」
冒険者ギルドに戻った魔王は、捕虜の二人が尋問を受けている間に、助かったギルド員の様子を見ることになったが。
「寝てる?」
鉄格子の向こうに居るギルド員は真っ暗な中、うつ伏せに床に倒れていた。
「魔王様が捕虜を引き取りに行っている間に、大声を出して暴れたのですが。気を失なった様で」
「大暴れ?」
「ええ、クラウス」
エーベル女史が呼ぶと、青年が一人近寄ってきた。
「ゲルダさんの弟のクラウス・エーベル氏です」
エミリアが魔王に耳打ちした。
「詳細を魔王様に」
「ギルド長が戻ってきた頃から、苦しみ出しまして。近くに居た見習のギルド員に襲い掛かりました。何とか引き離せましたが、酷い馬鹿力で、止めに入ったギルド員も骨を折られた始末で。ですが、途中で倒れてからは一切、呼び掛けにも反応しません」
「反応しない?」
魔王が覗き込むと、件のギルド員は少々早いペースで大きく息をしていた。
「はい、それに高熱を出して……。あ、クンツ!どうした!?」
「あ"…あ"あ"」
ギルド員が立ち上がり、ヨロヨロと近付いてきた。
「何だ?毛?」
『毛だよね』
ニュクスとイシスはクンツが異様に、産毛と呼ぶには少々毛深い事に気付いた。
「ねえ、ちょっと。彼、毛深くない?」
「え?そうですか?」
良く見えないので、エミリアがカンテラの光を近付けた時だった。
「うがあぁぁぁ!!」
クンツが叫び声を上げつつ、顔を両手で隠しながら、牢屋の隅へと飛び退いた。
「あわわ!!ゴメンナサイ!」
エミリアが慌ててカンテラを隠したが、クンツはうずくまって動かなくなった。
「クンツ、大丈夫か?」
「ねえ、毛深かったでしょ?」
「いや、見れてませんよ!」
そんな異様な出来事が現在進行形で起きているのに。魔王が何処か抜けている反応なので、半ばエミリアは呆れた。
「に、兄さん……」
「いや、絶対毛深かったって」
「今それどころでは無いでしょ!」
クラウスが格子に近付きクンツに呼び掛けるが、クンツはうずくまったまま喋る。
「傷が、痺れるんだ」
「傷?あの、噛み傷か?」
「それに何か、落ちてね?」
「いや、だからそれどころじゃ」
「痒い、肌も口も」
「クンツ?」
「いや、アレ歯でしょ!おまけに32本!一人分の本数が床に落ちてるでしょ!」
魔王が叫んだので、一同が床に落ちた歯に気付いた。
「何だ?何で歯が?」
クラウスが格子に手を掛けた時だった。クンツがクラウス目掛けて突進してきた。
寸での所で気づき、クラウスはクンツの攻撃を避けた…………筈だった。
「なっ!」
大の大人の腕の長さより余裕をみて、後ろに下がったクラウスは自身の肩に激痛が走った事に驚いた。
そもそも、クンツが洗脳されているか判らない為。武器になる物は筆から燭台、果てにはベッドと言ったものまで、牢から運び出しており。文字通り、クンツは身一つでクラウスの肩を突くような得物は無い筈だった。
「うがっ!」
クラウスは突き飛ばされ向かいの牢屋の鉄格子に身体を打ち付けた。
「クラウス!」
魔王が魔法で光を出し、クンツを照らした。
「ひっ!」
「じゅ、獣人症よ!油を持ってきて!」
クンツだったソレを見たマリアが叫ぶ。そこに居たのは、全高2メートルは有る狼男だった。
「何だありゃ?リュカーオーンか何かと同じか?」
自分達……、と言っても魔王三兄妹は厳密には違うのだが。基本、人狼は人間に耳と尻尾が生え、身体能力的にも、ちょっと耳と鼻が良く、夜目が効く位しか違いはなく。現在のクンツのように獣人化するなど、神話の世界の話なのだ。
「そ、そんな……どうしよう…………」
「何か有るのか?」
どうせ呪い的なもんなら、解けば治るだろうと考えているニュクスと対称的に、マリアは両手で口を塞ぎ震えていた。
「獣人症は伝染病です……。クンツに噛まれた者も隔離して…………燃やさないと」
「クラウス!立てるか!?」
防護衣だろうか。白衣にマスク姿の冒険者が油が入った壺を担ぎながら、クラウスの様子を気に掛ける。
「噛まれはしていない…………。だが、弟はもう…ダメだ……燃やしてくれ…………」
「クソ、クンツ……許せ…………」
手遅れになったクンツに油を掛けようとした時だった。
「あー、ちょっと待て。ホントに伝染病なのか?」
後頭部を右手でボリボリと掻きながら、魔王が止めた。
「どっちかと言うと、呪いじゃないのか?」
魔王からしたら、狂犬病等の病気の類いで凶暴化。毒物による狂人化は知っているが、獣人化はゼウスの怒りを買ったリュカーオーン王や、嫉妬に怒り狂ったヘラにより熊に変えられたカリスト等、あくまで神々の呪いによる現象だと認識していた。
「獣人症は既に獣人化した患者に噛まれる等して感染します。恐らくクンツが言っていた大きな犬は、獣人症に掛かった人だったのでしょう」
エーベル女史が説明しているのに、魔王はスタスタと檻の前に歩み寄った。
「ちょっと!魔王様!!」
「危ないですよ!」
エミリアとマリアが慌てて、魔王の腕を引っ張ったから良かったものの。魔王の目の前をクンツの爪が掠めた。目の前を自分の頭ぐらいはある獣人の手が掠めたのに、魔王は眉ひとつ動かさずにクンツを観察した。
「エーベル女史、さっき捕まえた捕虜を一人連れてきて」
「はい?」
魔王が左掌を翳すと、クンツは大人しくなった。
「噛まれると感染するって話だが、どうも、それだけじゃないようだ。洗脳した痕跡……とは違うが、少しおかしい」
魔王は隣の牢から手枷の付いた鎖を見付け出し、魔法でクンツの手足に着けた。
「何をなさるので?」
エーベル女史の問いに「フフフッ」と魔王は笑った。
どうやら、余計な事を思い付いたようだ。
一度全裸にされ、自決用のシアン化合物のカプセルを取り上げられてしまった。そう、彼等は知っているのだ。私達が何者か。
猿ぐつわをされ、流石に全裸のまま収監する気は無いのか、囚人服を渡され着替えた時だ。突如、麻袋を被せられ、看守達に殴られた。四方八方から殴られ、床に倒れてもそれは続いた。皆口々に、「良くも家族を」「人殺し」「ナチ野郎!まだ殺し足りないのか」と。
正直、そんな事を言われる謂われは無かった。私はナチ党員ですらないし、前世の戦争も大人達が勝手に始めて、お父さんも兄さんも家から居なくなったし。4歳だった弟は1度もお父さんに会うこと無く、爆弾で死んだ。
手を思いっきり踏まれ、指の骨が砕かれたのが判った。どうして私がこんな目に?国民突撃隊に徴兵された時。ヴァルハラで家族と再会できるようにと、自分の努め。看護婦として、出来ることは全てやった。
なのに神様!どうして?
生まれ変わって、自分が貴族の娘だと知った時は、おとぎ話のお姫様の様な生活が出来ると思った。
でも実際は違った。生まれて直ぐに神官が来て、私が前世の記憶を持っている事が知られると。他の転生者と一緒に、一ヶ所に集められ、そこで魔法と兵士としての訓練を受けた。来るべき、魔王復活に備えて……。
「よし、そこまでだ」
男の号令で、暴行が終わり。私に治癒魔法が掛けられる。
終わったのかと、安堵したのも束の間。全身に水を掛けられ、身体に電流が流された。
「ん"~~~~!」
「おい、やり過ぎんなよ。死なれたら回復できないんだからな」
「あら?そんなに強くは無いわよ」
怪我をしたら魔法で治して、また嬲るつもりなのか。
ああ、神様は居ないんだな…………。
「で、魔王様…………。と言うかニュクス様。何をするつもりで?」
エミリアは、さっきからクンツと壁を繋いだ鎖の長さを調整しているニュクスが何をしているのか気になっていた。
「ん?ほら、アレ程の魔術師だし。生半可な尋問だと情報を引き出せ無いと思うからさ。クンツを間近で見せて、脅かそうと」
「えー……」
「ホントに伝染病だったら、近くに寄っただけでも何かしら反応するでしょ?」
そうかも知れないけど、ホントにやるの?と、エミリアは思った。
「ところでなんですが。記憶を見たらダメなんですか?昼間の時みたいに」
目の色がイシスの紫色に変わった。
「無理だね。身体と魂が結び付いてる間は記憶を抜き取れ無いんだ。生き物の記憶は六感。視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚、霊感が有るでしょ?その内、霊感意外の五感は魂が直接感じるんじゃ無くて、身体が感じたものが魂に伝わっててね。ソレのせいか、記憶を見るだけでも1度魂を身体から抜くか、御互いが合意の上で記憶をやり取りするしかないんだ」
「はぁ…」
「なに泣いてんのよ!アンタ達が泣いて良いと思ってんの!」
猿ぐつわをしていても判る程の大声で、捕虜が泣きだした。
何故泣く?
泣けば赦して貰えるとでも?
また私達を殺そうとしたのに?
憎い。
首を絞めてやると、息をしようとして、力づくで空気を吸う感覚が両手から伝わる。
「殺してやる」
コイツらは生かしてはダメだ……。絶対に。
前世、コイツらに皆、殺された。
「そこまでにしとけ」
仲間の一人に止められ、少女が手を離すと、捕虜は噎せ返りながら床に倒れる。
「椅子に座らせろ」
少女とは別の二人が捕虜を抱え、椅子に座らせた。
「袋を取れ」
乱暴に袋を外された捕虜の前に、角に置かれていたテーブルと椅子が置かれ、人間の尋問官が向かい側に座った事に、捕虜は驚いた様子だった。
「この世界にはジュネーブ条約は無い。嘘や黙秘はしない方が身のためだ。…………外せ」
血が滲んだ猿ぐつわを外され、尋問が始まった。
「お前の前世の名前と死亡時の年齢と日にちは?」
「私はリーゼ・ゲーデル……死んだのは12歳、1945年3月5日」
子供のうちに死んだか…………。
「12歳か……前世は何をして死んだ?」
「国民突撃隊に徴兵されて、看護婦をしていたけど。病院として使っていた建物が攻撃されて下敷きに」
看護婦となると、ドイツ少女団か。
「現在の名前と年齢は?」
「名前は、前世と同じ。年齢は18歳」
名前が同じ?どういうことだ?
「何故、名前が同じなんだ?今世の両親も転生者なのか?」
「今世の両親は転生者じゃない。私が生まれて直ぐに神官が来て、私が転生者だと判ると、引き離されて、それっきり会ったことはない」
神官が、か。
「それで、今世もナチに協力している理由は?」
「…………」
話す気は無いか。
「やれ」
嫌がる捕虜が殴り倒され、床に倒れる。
前世から、見馴れた光景だ。
此処に居る他の転生者はやられた側だが、私は違う。最初は内戦で捕虜にした白軍、トロツキスト、戦後はナチ党員、スターリン派。まあ、ソヴィエトに反抗的なポーランド人やバルト諸国の連中、更には今捕虜を蹴っている転生者と同じユダヤ人も尋問したが。
だからこそ判る。何故そこまで、ナチに忠誠を誓う?
前世、秘密警察で尋問したナチ党員は2種類の人間に別ける事ができた。偶々、自分が所属した組織でそういう汚れ仕事が回ってきただけの平凡な人間。どちらかと言うと、組織から粛清させる事を恐れて、命令に疑問を持ちつつも、命令実行するタイプ。それが殆どだった。
ごく稀にナチの党義を盲信し、扇動しているクズも居るが。この捕虜は前者だ。それが何故?神聖王国の神官が洗脳したか、あるいは…………。




