待ち伏せ
「何か見えるか?」
後方で灯りが打ち上がったので、先遣隊は停止し冒険者のフランツと彼のパーティーメンバーが確認のため小高い丘に上がっていた。
「いや、何も見えないな。あの明かりも照明弾じゃ無さそうだ」
「距離は判るか?」
メンバーの一人がファンタジー世界には似つかない、測距儀を取りだし、覗き込んだ。
「6.5キロだ」
フランツが地図と方位磁石を広げ、場所を確認する。
「そうなると…、街道の辺りか。トマシュ達か!」
“仲間を捜しに行った班長が帰ってこないので、先に行ってて下さい”と、トマシュに言われており、後方でトマシュ達が襲われているのではと、フランツは考え付いた。
「うお、何だありゃ!」
炎が立ち上ぼり、双眼鏡で眺めていたメンバーが声を上げた。
「不味いな。助けに行くぞ!」
「壁を塞げ!急げ!」
カエの指示で慌てて下馬した三人は、小屋の中に有る材木や木箱を崩れた場所に積み上る。
「で、でもよ。ゴーレムの馬鹿力だと、こんなの意味ねぇじゃん!」
積み上がった木箱等は…………正直、バリケードと呼ぶには頼りなく、隙間だらけの上に高さも1メートルちょっとしかない代物だった。
「大丈夫だ!」
カエの左掌から青白い光が放たれ、積み上がったバリケードも青白く光った。
直後、ゴーレムの咆哮が聞こえ、バリケードの隙間から突進して来るのが見えたが、バリケードにゴーレムが触れた瞬間、泥の塊に戻った。
「何だ?」
「わあ……」
「あ、ありゃ?」
ゴーレムだった泥の一部は、隙間から水車小屋の中に染み込んできたが、動く気配はなかった。
「時間稼ぎ程度しか出来ん!ライネ!他のゴーレムが越えて来そうな時はコレを使え!」
そう言ってライネに向かい放り投げたのは、鞘に納まった状態の魔法剣。
「魔力を流して斬り付ければ多少は時間が稼げる!私がゴーレムを破壊するまで時間を稼いでくれ!」
カエは異空間から背丈よりも大きな杖を取りだし、何やら詠唱を始めた。
「え!ちょっと!?」
いきなり大役を任せられて、ライネは戸惑ったが、ゴーレムの一体がバリケードの隙間から腕を槍状に伸ばして来たため、慌てて魔法剣で斬りつけた。
カエの考えでは、三人の中で唯一魔法が使えるライネならば、魔法剣を使えないことは無いだろうと思い任せたのだ。
アルトゥルとカミルも剣で斬り付けてはいるが、泥の身体はまるでゴムのように衝撃を吸収し、全く手応えが無かったが。
「は、班長。コイツら斬り付けられると、少しの間動かなくなりやす!」
アルトゥルがゴーレムの特性に気付いた。
カミルも試しに隙間から出て来た腕の一部を斬り付け、観察したところ、確かに腕が2、3秒ほど硬直して動かなかった。
「成る程、コレは良い。ライネ!俺達が叩いて動かなくなった腕を破壊していけ!」
「了解!」
ゴーレムの特性から効率よく迎撃すること数十秒。小屋の周囲にはゴーレムの群れが殺到していた。
仲間のゴーレムに押され、バリケードに身体が触れた運の悪いゴーレムが数体、バリケードの前で泥の山になっていたが、腕を破壊されただけのゴーレムが、泥の山を吸い上げ、再び腕を生やし襲い掛かってくるので、きりがなかった。
「班長、もう持ちません!」
いつしか、バリケードに掛かった魔法も弱まったのか、軋みながら小屋の中へと動き出した。
“南無三”とカミルが諦めかけたが、背後から凄い勢いで白い煙が足元を吹き流れた。
『うわ、何コレ?』
『氷魔法と死霊術を混ぜたんだ。ゴーレムを凍らしつつコアを死霊術で破壊する為にな』
カエの足元に現れた魔方陣から吹き出た煙がゴーレムに纏い付き、次々と凍らしていく。
「凄い……」
「コレでも準備が足りんから、全てのゴーレムを倒せたわけではないぞ」
カエからまさかの言葉が帰って来て、カミルはカエの顔を見た後、恐る恐るバリケードを見た。
「後、どれぐらい居るので?」
魔方陣が消え、霜が積もった床を触りながらカエは答える。
「5……いや、7体が街道側に居るな。小川の先にも4体反応があるが……」
「どうも妙だ」とカエは言い掛けた。
普通、ゴーレムは単純な命令に従うのだが、命令を出している術者が見付からないのだ。
予め条件を決めておけば、ある程度は能動的に振る舞う事は可能だが、今回のようにバリケードの隙間から腕を伸ばすと言った芸当をさせようものなら、巨大な命令文を書き込んだ核が必要になるのだが。
『Otto,Dora,Emil……』
「何だ?」
念話で話し声が聴こえたので、カエが周りを見渡しつつ、念話が聴こえてくる方位を探した。
「どうしたの?」
「念話だ。オットー、ドーラ、エミル……と繰り返してる。女の声だ」
カエは声がする方向、さっきゴーレムの反応が4体有った方向を見るために、バリケードとは反対側。水車の有る小川側の小窓から外を窺った。
『Otto、Do『誰だ!貴様は!』
『うわ!』
カエが念話と共に怒りの感情を爆発させたので、トマシュは思わず声を出した。
「……きゃぁぁ!」
叫び声を聴いたカエが叫ぶ。
「奴が術者だ!追うぞ!」
カエの剣幕に呆気に取られたライネから、預けた剣をもぎ取ると、カエは馬に飛び乗り魔法で壁を撃ち破り飛び出して行った。
「え!?ちょっと、待てい!」
暴れる馬を落ち着かせるのに必死なライネとカミルを尻目にアルトゥルは馬に飛び乗り後を追った。
「あ、アイツ。何であんなに馬に馴れてるんだ?」
「さ、さあ?」
水車小屋に残った二人が馬に乗れた頃には、カエとアルトゥルの姿は見えなくなり、道を作るために放たれた火焔の明かりだけが見えた。
カエが放った光る弾が空中で再び輝き、前方にゴーレムに肩車をされた人が見えた。
神聖王国の言葉で何かを叫んでいる声が複数聴こえ、ゴーレムが2体、此方に向かって来る。
『カエ!捕まえられる?』
カエがまた、術者を皆殺しにしないように、トマシュが釘を刺した。
『ゴーレムだけを潰すさ!』
そう答えている間にも、向かって来たゴーレムを炎で潰し、カエは異空間から投げ槍を3本取り出した。
投げるのか?とトマシュが思っていると、カエが新たに光の弾を3体のゴーレムに向かって放ち、「アルトゥル!見るな!」と叫び顔を伏せた。
顔を伏せ、目を閉じている筈なのに、トマシュは光を感じる。
光が収まり、術者達は目が眩んだのか目の周りを擦りながら周りを見渡している。
「まともに光を見たな」
術者がバランスを崩し、ゴーレムから転げ落ち、ゴーレムは3体共、その場に停止した。
すると術者の一人がゴーレムの陰から弓を継がえ、此方を見たが直ぐに視線を他所に向けた。
カエが術者達の暗順応を狂わせ、逃亡すら儘ならない状態に追い込んだ事にトマシュは感心しつつも、よくそんな事を思い付くなと思った。
「あ~……ちょっと、カエちゃんさ。何コレ?」
「ん?」
振り向くと、アルトゥルも目を擦っていた。
「見たのか?」
「そりゃ、見ちまうって」
短い溜め息を漏らしたカエは投げ槍の一つを投げた。放物線を描いた槍は、弓を継がえた術者が遮蔽物代わりに使っているゴーレムの脳天に落ち、ゴーレムは弾け飛ぶ。
「うわぁぁぁ!」
ゴーレムが泥に戻った事で術者が一人、崩れた泥に下半身を飲み込まれた。
もう一人の術者が慌てて、声のする方へと歩み寄り。引っ張り出そうとするのを確認し、カエが2本目、3本目と槍を投げ、残ったゴーレムも泥に戻る。
「おい、アルトゥル!行くぞ!」
「あい……」
「い、いやぁぁぁー!来ないで!」
カエとアルトゥルが馬から降り、悠々と歩み寄ると、術者の一人が腰まで泥に埋まっていた。
もう一人の術者は…………男性のようだが顔以外、泥に埋まっている。
カエが念話と共に飛ばした怒りの感情のせいか、術者の女性はひどく怯えて泣き叫ぶ。
すると、カエが再び光る弾を放ち、二人を明るく照らした。
「この二人、神聖王国の兵士だ」
服装と見た目……。金髪碧眼の風貌から、アルトゥルはそう判断した。
「さて、君達だが。何者だい?」
「いやぁっ!」
女性が短く叫び声を上げ、泥山から泥の弾が3発カエに、2発がアルトゥルに向けて放たれた。
「ふぎゃ!いてえな!」
カエは難なく魔法剣で叩き落としたのに対し、アルトゥルはマトモに顔面で受け止めてしまった。
「質問には答えてくれないとなあ」
カエが不満そうに喋ったが、内心予想していた。
わざとらしく右掌を上げると、男性の顔に泥が纏り付く。
「あ、ああ!」
口と目元まで泥に覆われ、鼻だけ出ている状態になった。
「さっさと、吐いたらどうかね?君の相棒が死ぬぞ」
「うわぁぁぁ!」
女性が叫び声をあげ、右手で拳銃を抜き、男性に向けた。
流石に予想外だったカエは慌てて両手で耳を塞ぎ、魔法で泥を持ち上げ、右手に当てることで銃口を何とかずらした。
「ん~~~~!!!」
急所は外れたが、一発が脚に当り男性は呻き声を上げた。
「銃を捨てろ!」
追い付いたライネとカミルが弓を構えながら叫ぶ。
「捨てろ!」
女性が銃を捨て、泥の中に落ちた。
「手を上げろ!上げるんだ」
「Hände hoch! Jetzt sofort! Hände hoch!」
ライネが神聖王国の言葉で叫び、カエとアルトゥルは二人の射線を遮らないように、ゆっくりと近づく。
『ニュクス。ちょっと良いか?』
『何?』
エーベル女史の先導で、冒険者ギルドの地下牢に軟禁されている冒険者が洗脳されているか確かめるために、街を歩いている所にカエから話し掛けられた。
『先遣隊と合流する前に待ち伏せに会ったわ』
「『はぁ!?』」
魔王が急に声を出したので、エーベル女史とエミリアが振り返った。
「どうかしました?」
「カミル達が待ち伏せに会った」
「え!カミルが!」
エミリアが動揺したのとは対照的に、マリアは落ち着いていた。
「うちのカミルがまた何かやらかしたんですか?」
どちらかと言えばウンザリしている、か。
『で、何が有ったの?』
『途中、辺り一面が泥濘んでいる場所があってさ、そこで泥のゴーレムに待ち伏せに会ったんだが、術者を二人取っ捕まえたわ。先遣隊に追い付くのにコイツら邪魔だから、そっちで尋問しといて』
『被害は?』
『服が泥塗れになった位で、皆無事だよ』
「全員無事だ。返り討ちにして、捕虜が二人居るようだ。エーベル女史、冒険者ギルドで捕虜を尋問してくれないか?」
「ええ、可能ですが移送はどうしますか?」
一瞬で周りの風景が変わり、4人は冒険者ギルドの前まで移動していた。
「転移で私が冒険者ギルドの前に運ぶから頼む」
それだけ言い残し、魔王はカミル達の元へと転移した。
魔王が転移すると、捕虜の女性をアルトゥルとライネが後ろ手に縛り上げ、怪我した男性の捕虜をカエが治療していた。
「結構派手にやったわね」
泥の山や水車小屋の方から魔力の残滓が漂っている。普通この規模の魔力の残滓はちょっとした軍隊同士の戦闘、盗賊程度の待ち伏せでは発生しないのだ。
「女の方は口封じか、銃でもう一人を殺害しようとした。念のため自決しないように、拘束はしておくが注意してくれ」
男性の方も縛り上げられた所で、ニュクスに「ちょっと良い?」と話し掛けられ、カエはニュクスと共に馬の陰に移動し、無音化魔法を使った。
「ねえ、本隊に私も居た方が良いんじゃない?」
「ダメだ。今回は魔王では無くポーレ族主体の部隊が協同して問題を解決したという、結果が欲しいんだ」
「じゃあさ」
ニュクスでは無くイシスが発言する。
「エミリアの身体を借りるから、それで……」
「ダメだ。エミリアの魂まで私達の魂と混じり合ったらどうするんだ?それに、エミリアの身体で剣を振って魔法で大暴れしてみろ。エミリアがかなりの使い手だと知れ渡って、迷惑になるだろ」
正直、カエからしたら、エミリアは書類仕事等は出来るが、身のこなし……、街中で蹴躓く程にドンクサイし、魔力も正直なところ人並みにしかない。
そんな彼女が、悪目立ちして。自分達が居ないときに身の危険が及ぶのは避けたいのだ。
神官にしたのも、他人の運命を好き勝手弄ぶ神様連中が気に食わないからゴリ押しただけだったりする。
「でも、カエだってトマシュの身体を使ってるでしょ」
エミリアはダメでトマシュを使うのは良いのかと、イシスは反論した。
「…………トマシュの魂を私達の魂と混ぜたのは誰だったかなあ?」
「う"…」
「まあ、トマシュ自身がそこそこ剣術を使えるのと、魔法剣を持たせて有るし多少は目立てるしな。周りも、しがない少年が魔王だとは思わないだろう」
イシスが軽く俯いた。
「でも……。心配だし」
カエはイシスを優しく抱き寄せた。
「心配するな、お前が死んだ後、コレよりも酷い目に散々あってきたし」
イシスは心配なのか、カエの胸に頭を擦り付けながら、「でも……」と不満そうに言った。
「そうだ、他の3人とも念話で会話出来るようにしてくれんか?交渉事で揉めたときにカミルに助言を出したいんだ」
「うん……」
そんなイシスの頭を撫でていると、妙に心臓の鼓動が速くなり、身体の芯が熱くなる感覚に陥った。自分からすると元妻とは言え妹。それも、顔から何から同じ相手に“今更こんな感覚を覚えるとは”と不思議に思ったが、原因が判った。
『~~~~!』
「若いなあ……」
思春期のトマシュには刺激が強すぎたのだ。




