裸?の付き合い
「ふお~……」
「ぴゃ~……」
「ふぁ~……」
人生初のジャグジーにトマシュ、人馬の女の子そしてイシスは気持ち良さの余り言葉を漏らす。
「ところでだけど、お姉ちゃん。あの後、大暴れしたみたいだけど。オートマタはどうだった?」
トマシュが女性用の脱衣室とシャワー室に居たのは、妖精さんとイシスが勘違いして引き入れたのだと、イシスから釈明を受け機嫌が直ったヨルムがイシスに質問した。
「そうね、此処で使われているオートマタは、投網とか人を捕まえる武器しか持って無いけど、襲撃者達のは身体に刃物が仕込まれていたよ」
具体的には手首から剣が飛び出し斬り付ける為の物だった。
「刃物か……他には?」
「“手榴弾”とか呼ばれる爆発物を投げてきたり、“銃”とか言う鉛の弾を飛ばしてくる吹き矢みたいな筒とか付いてる個体もあったよ」
ヨルムが考え込む様子を見せたので、イシスは気になった。
「どうかしたの?」
ヨルムがトマシュと人馬の女の子の時間を止めてから説明した。
「そのオートマタはどうしたの?」
「ニュクスが鍛冶ギルドに引き渡して、何なのか調べてもらってるよ」
「うーん」と唸りながらヨルムは身体を反らせ、首まで湯船に使った。
「何か有るの?」
「ビスカって居るでしょ?鍛冶ギルド代表の。あのガキ、転生者なんだけど、探りに行った妖精達の話だと、裏で何をしているか判らないんだ」
イシスがヨルムの横に移動した。
「判らないって、どう言うこと?」
「単純です。工房に鍵を掛け、妖精が入れないように戸締まりをして、資料も巧妙に隠しているのです」
ヴィルマの説明にイシスが質問をする。
「鍵って言ったけど、妖精さんって壁とかすり抜けられないの?」
「流石に無理ですよ。妖精達は私達とは違い実体を持っていますから」
ヴィルマが言った私達とは、魔王として参加している神様達とその僕である、イシス達三兄妹、ヨルム、ヴィルマといった、仮の肉体を使っている面々の事だ。
一方の妖精達は、基本的に肉体を持っているので壁抜けなど、とてもじゃないが出来ないのだ。
「じゃあ、鍵を盗み出して複製品を作るか、抉じ開けるとか」
「それが、鍵自体が特殊な形をしていまして。1つの鍵を三人で分割して管理しているみたいなんです。ピッキングも試しましたがさっぱりダメですし。そもそも中の工房の警備体制が判らないので、開いたところで忍び込むのは妖精には危険すぎますから」
「ランゲの馬鹿はすぐに尻尾を出したから、暗殺計画の事が判ったけど、ヤツェクやミハウも情報出さないし。後、ランゲはどうするの?」
「騎士団長のランゲは軍団編制を任せるつもりだ」
急にトマシュが喋ったので三人が見ると、どうやらカエがトマシュの身体を操っているのか、瞳がカエの鳶色になっていた。
「え!?でも、グナエウスさんの暗殺を計画してるんだよ!良いの?」
「別に構わん。奴は騎士団の主計を引き受けているようだし、軍団の編制で雑務を押し付けたいからな」
「お、押し付けるって。今日の暗殺未遂だって騎士団が協力しているかも知れないんだよ」
カエが立ち上がり、近くに居た妖精さんに飲み物を頼んでから、ヨルムとヴィルマの間に入ってきた。
「いや、今回の暗殺未遂は騎士団ではなく神聖王国の転生者が主犯だ。ランゲには私を裏切るとどうなるか見せ付けたから、大人しくなるだろう」
『ヴィルマ、グナエウスさんは何したの?』
『見ていた妖精の話だと、暗殺者の何人かが同士討ちを始めた後、飛び降りたとか』
死霊術で身体を操ったんだなと、ヨルムは思い当たる。
「神聖王国の転生者って話だけど人間が居たの?」
「ううん、全員人狼だったよ」
「オートマタの他に、ユダヤの民が使うゴーレムに良く似た土人形を使役していたなあ。ユダヤの民が転生者に居たんだろうな」
「お待たせしました」妖精さんが持って来た飲み物をカエが「ありがとう」と受け取った。
「ユダヤ人も居るけど、転生者は魔法が無い世界から転生してるから、グナエウスさんが知っているユダヤのゴーレムとは違うと思うよ」
飲み物を一口飲んだカエは「あ、おいしい」と呟き、一気に飲み干してお代わりを妖精さんに頼んだ。
「魔法の無い世界か、ちと想像が付かんな」
機嫌が良いのか、尻尾で湯をパシャパシャと揺らしながらカエはつぶやいた。
「そう言えば、転生者ってどんな人が居るの?」
「えーとね」
ヨルムがタブレットで転生者のリストを開いた。
「色々だね」
「色々って……」
カエがお代わりの飲み物をチビチビ飲みながら、ヨルムに質問した。
「兵士はどうだ?居るなら優先的に兵士にしたいのだが」
ヨルムがペッぺと画面を動かした。
「あー、軍歴が有る人を含めると転生者の六割が該当するね」
「多いな」
ヨルムが詳しく経歴を見比べてから、訳を説明した。
「丁度、今居る転生者が生きていた頃に大きな戦争が幾つも有ったからだね。ヤツェク、ミハウ、チェスワフにフィリプの四人組も元々兵士だし」
「あの、ヨルム様、宜しいですか?」
ヴィルマが手を挙げた。
「何?」
「さっきの話で人狼の転生者が神聖王国に協力しているとの事ですが、少し引っ掛かりませんか?」
「うん、絶対可笑しい」
ヴィルマとヨルムの反応に、カエとイシスはお互いに視線を合わせて『何が可笑しいのか?』と念話で会話した。
「どうしたの?」
二人の様子に気付いたヨルムが二人に聞いた。
「神聖王国の人間側に人狼を保護する人が居るだけではないか?」
「そうそう、神聖王国の有力者が人狼へ甘い見返りを示して、協力させてるんじゃないのかな?」
「うーん、無いんじゃないかな?」
「無いかと思います」
ヨルムだけでなく、ヴィルマも否定的だった。
「私が過去に神聖王国に行った時は、人狼をはじめとする亜人種は悪魔の一種として扱われていまして。奴隷扱いを受けています」
「奴隷か……市民権を買うか、解放される奴隷は居ないのか?」
「神聖王国では……。と言うよりもこの世界では、鉱山等の危険な仕事か、地方貴族が農園に異種族の奴隷を充てるのが一般的なのですが、神聖王国では奴隷に自由等の見返りを与えようものなら領主は死罪になります」
コップをジャグジーの淵に置いたカエが、イシスの胸元に滑りこんだ。
イシスは抱き付いて来たカエに一瞬驚いたが優しく抱きしめた。
「何故、領主が死罪に?」
「何処の地方貴族の農園も人手不足で、徹底的に搾取して何とか利益を獲ているのです。その中で、一ヶ所でも奴隷を厚遇する農園が出て、自分達の農園から奴隷が逃亡したり、同じような厚遇を求めて反乱を起こさないように縛り付ける為に、神殿と王家が厳しく管理しています」
「可笑しいな、襲撃者達の記憶を見る限りだと。山の奥に城を作って訓練してたぞ」
「くふぅ~……」とイシスの肩に頭を擦り寄せ始め、イシスも「もう、皆見てるよ」と言いつつお互いにイチャ付き出した。
カエの様子が可笑しい事に不審に思ったヴィルマが、まさかと思いカエが使っていたコップの匂いを嗅いだ。
「ヨルム様、これ……お酒です」
「…………あ!」
酔ったカエがイシスにキスをしようとしたので、ヨルムは慌ててカエを転移させた。
「もー、何なのよ。グナエウスさんってそっちの趣味?」
耐性の無いヨルムが赤面しながらぼやくのを他所に、イシスは首を傾げた。
「お姉ちゃん、その……。兄妹でああゆう事は止めた方が良いよ」
「え!?何で?」
ヴィルマが優しく、イシスに注意した。
「普通は兄妹で恋人の様に身体を重ねるものでは無いんですよ?」
「でも、私はカエの“妻”だったし……」
まるでピシリと空気の割れる音が聞こえる錯覚をイシスは感じ狼狽する。
「え、あれ!?」
慌てるイシスの様子を見たヴィルマとヨルムがひそひそ話を始めた。
「古代って、兄妹婚はありなんですか?」
ヨルムがイシスを見る。
地中海世界を連想する黒い髪、日焼けで浅黒い肌から北の出身では無い事は判るが、ギリシャ、ローマ人も当時は日焼けで浅黒い肌をしているので確信は持てなかった。しかし、兄妹婚をしていたとの話から、思い当たる節がある。
「もしかして、エジプトのプトレマイオス王朝の王族かも」
「あー、それでグナエウスさんが名前の末尾に“プトレマイオス”を名乗る理由になりますね」
「ヨルム様~!ヴィルマ様~!」
執事姿の妖精さんが走って来たが、濡れた床で転び、ジャグジーに滑り込んできた。
「きゃっ!」
「ぴゃっ!」
イシスと魔法が解けた人馬の女の子が水飛沫を浴びた。
「ぷはぁっ!はぁ……。報告します!ミハウ部族長の孫、エルノ氏が連れ去られました!」
「な、なんですって!」
ヴィルマが大声を出した。
「何処で!?」
ヴィルマが妖精さんの肩を掴む。
「北の山脈の泉で、冒険者ギルドの遣いの者と合流した直後です!急に化け物を連れた盗賊が表れ、エルノ氏と弟子、それに冒険者二人を連れ去りました!現在、ギルド長のエーベル女史が捜索隊を編成しています」
化け物を連れた盗賊がエルノを連れ去ったと聞いたヴィルマは立ち上がり、脱衣室へと走った。
「ヴィルマ?」
「捜しに行きます!」
「ちょっと待って!あぁ、もう!」
ヴィルマが血相変えて出て行くのをヨルムが止めようとしたが、聞く耳を持たず出て行ってしまった。
「まあ、良いか」
「えぇ…良いの?」
ヨルムの意外な言葉にイシスが突っ込みを入れた。
「良くは無いけどメンドクサイ」
ヨルムがジャグジーから這い上がり、脱衣室へとゆっくりと進んだので、イシスも後を追う。
「メンドクサイって、何で?」
ヨルムが嫌そうな顔をした。
「だって、2本足で歩くのに慣れて無いし、引き留める為とは言え、いきなり私とヴィルマが地上で戦ったら目立つでしょ?ルール違反にはなるけど、パパなら見逃してくれるだろうし」
ルール上、勝敗に関わる事はヨルムとヴィルマは介入出来ないが、下手にヴィルマを連れ戻そうとして抵抗されれば、ヴィルマが只のメイドさんじゃ無いことがバレ、止めに入ったヨルムも人目に付きかねないのだ。いっそのこと、ヴィルマ一人で上手いこと捜しだしてくれた方が“まだ”ましなのだ。
「ところで、何でヴィルマはあんなに慌ててるの?」
「エルノとは付き合いが長いからね。それのせいじゃないかな?」
「ニュクス様、宜しいですか?」
「ん?あー……アレ?」
トマシュが目を開けると、魔王の寝室に戻っていた。
手で身体を確かめると、服を着ており、『あの大浴場は夢だったのかな?』とトマシュは思い身体を起こしたが、カエが飲んだ酒の影響で頭がクラクラする感覚に襲われた。
「何か?」
急にトマシュの身体をカエが操作しだした。
「あ!魔王様。緊急です。エルノさんが拐われました」
「あー……判った……あ!?」
半分寝惚けていたカエの目が一瞬で醒めた。
「現在、エーベル女史が捜索隊を編成しています」
「犯人は神聖王国の者か?」
「判りませんが、魔物を連れていたとのことです」
カエが黙り、何か余計なことを考えているのをトマシュは感じ取り、静かに頭を抱えた。
『ニュクス、頼めるか?』
『はいはい、何がしたいか言わなくて良いから。気を付けて行きなさい』
あぁ、コレは自分に拒否権が無いパターンだと、トマシュは観念した。
「エミリア、私とトマシュも捜索に加わる。エーベル女史には“トマシュが私の代わりに参加する”と伝えておいてくれ」




