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ヨルム~!お風呂貸して~!

「やった、元の身体だ」


トマシュは両手を握りしめ感覚を確かめた。

「トマシュ……」

声がしたので下を見ると、イシスが青い顔をしていた。

「重たい…………」

「っ!あ、ゴメン!」

トマシュが横に退くと、イシスはゆっくりと起き上がった。


「あー……元通りだね」

イシスが身体を動かして感覚を確めているのを眺めていた。

「何?」

「いや、さっきの姿は僕と同い年の割に背が低かったから」


イシスは異次元に手を突っ込み、探し物をしながら答えた。

「アレでも私達は背が高い方だったよ。母上の背が高かったから」


アレで背が高いと聞いて、トマシュは“妖精か何かなのか?”と思った。

「あった。トマシュ、コレ使える?」

イシスが金貨を一枚投げてよこした。

「金貨…………?」

片面には何かの塔が描かれ、もう片面には人狼の顔が描かれた金貨だった。

「この絵ってカエ?」


イシスがガチャガチャと木箱を一つ異次元から取り出した。

「カエが玉座に復帰した時に発行した金貨らしいし、そうじゃないかな?」

イシスが箱を開けると、金貨が詰まっており、トマシュは息を飲む。

「スゴイ…………」

「どうかな?使えるならコレでお風呂屋に行きましょう」


「えーっと、ちょっと面倒かも」

トマシュが言った言葉でイシスが「え?」と言葉を漏らした。

「使えないの?」

「いや、そうじゃないさ。金貨ってのは物によって価値が変わるでしょ?」


イシスが首をかしげた。

「そうなの?」

買い物自体、今日初めてしたイシスは今一理解が出来ていないような反応だった。

「君達の世界ではこの金貨は価値があったのかも知れないけど、此処では硬貨の形をした金としての価値しかないよ」

イシスはにんまりと笑った。

「使えない事は無い訳ね?」

イシスの反応にトマシュは一瞬、躊躇った。

「う、まあ、そうだけど。質屋か冒険者ギルドで換金する必要が有るから時間が掛かるよ」


“時間が掛かる”の一言にイシスが反応した。

「え?どのくらい?」

「一枚一枚調べるから……結構掛かるかも」

「何で?重さを量ればすぐでしょ?」

「そうはいかないよ。貨幣の品質が一定で、金の含有量が全部同じかどうか判らないんだし、普通の貨幣は発行した人や組織が責任を持って管理しているお陰で、信用があるから使えている訳で」

「つまり?」

説明が飲み込めないイシスが質問で返した。

「金貨とは言え、よく判らない物だから検査して僕達が使っている金貨と交換するのに……検査費として1割取られて、半日は待つ必要が有るね」


イシスはベッドに大の字に飛び込み、顔を埋めた。

「う~……、今日は駄目かー」

脚をバタつかせ、イシスが本気で悔しがった。

「そんなに入りたいの?」

イシスが顔を起こし、トマシュを見る。

「だって気持ち悪いもん。それに公務の前は身体を清めてたし、亡命先の家もお風呂付きだったし」


トマシュが右耳を人差し指で掻き、訝しみながらイシスに尋ねた。

「さっきから、王座や公務とか言ってるけど、君達は王族だったの?」

「…………そうだよ」


イシスが再び顔を埋めた。

「母上が人猫の女王で、他の国の政治家だった父上を巻き込んだ政争を起こしてね。私達が生まれる前に内戦になったんだ。父上は人狼だったけど、母上が魔法を使ってキマイラの私達が生まれたんだ」


イシスが仰向けに寝返り天井を見つめながら続けた。

「ただ、カエとニュクスがね……、ほら殆ど人狼でしょ。先代の王が死んだ時に母上がカエを王にしたんだけど、それが原因で命を狙われたり、反乱も起きてね。母上も違う男と結婚して……それで九歳の時に二人と奴隷達で亡命したの、王家の魔法具や魔法書の写しと一緒に!」

トマシュが脇に置いてあった椅子に跨がり、背もたれに腕を乗せる形で座った。


「でも、九歳だと大変だったんじゃない?」

イシスが再び寝返り、今度はトマシュの方に身体を向けた。

「それがね、父上の率いていた軍団で戦ってた人が退役して教師をしててね。その人が住まわしてくれる事になったんだ!」

待てよ?とトマシュは思った。カエの記憶で出て来た人馬の人かなと。


「あの頃は、自分の脚で街を出歩けたし、生まれて初めて好きなことが出来たな。ただ、私達の国と亡命先の国の間が悪くなって、十二歳の時に亡命王室として担ぎ出されて。翌年に私が死んでから何が有ったのか二人は教えてくれないんだ。あ、ただ、カエと奴隷だったミケアの間に子供が出来たってのは聞いたよ」


『こらー、お前ら。金が足りないなら、さっさとヨルムの所で風呂入ってこい!』

急に念話が聞こえた。

「どっちだろ?」

「カエだよ」

トマシュには判らなかったがイシスはカエからの念話だと聞き分けられるようだ。

『カエ達は何時まで掛かりそう?』

『あー、一晩掛かるな。もしかしたら魔法陣自体を全部書き直した方が早いかもな』

『ちょっと、アンタがシッチャカメッチャカにしたんでしょうが!』

トマシュとイシスが戻った後に、方々見て周り確認したところ、カエ達三兄妹が死霊術で使う魔法陣の他に風魔法や土魔法といった魔法陣も一部が消えたり書き換わっているので全部直す必要があり付き合わされているニュクスの怒りがトマシュにも伝わった。


「なるほど、ヨルムの家があるか」

ニュクスの一言にトマシュがげんなりとする。

「まさか行くの?」

風呂に入る為だけにこの街を護る神獣に会いに行くなど、トマシュは考えたくも無かった。

「もちろん!」

トマシュの気持ちを知ってか知らずか、イシスがトマシュの手を握りヨルムの家まで転移した。



「ヨルム!お風呂貸して!!」

急に食事中のヨルムの目の前に現れた魔王に、ヨルムは目をパチクリさせた。

傍らには「スミマセン……」と小声で謝るトマシュを見て、ヨルムはトマシュに同情した。


「大浴場を使う?ヴィルマ達もさっき入ったばかりだから丁度良いでしょ?」

イシスは尻尾を立たせた。

「大浴場か、良いね」

「私も後で行くから」

ヨルムが手で合図をして、控えていた妖精のメイドさんが前に出る。

「私が案内致します」


子供程の身長しかない妖精さんの後を付いていくイシスの尻尾が機嫌良く振られ、軽くトマシュの尻尾に当たる。

「ねぇ、ホントに入るの?」

「そうだけど、何で?」


イシスが真顔で返事をしたので、トマシュは慌てた。

「だって神獣ヨルムンガルドの家だよ。何か見返りとか求められたりしない?」

ヨルム本人からだけでなく、仕えている神様からも見返りを求められないかトマシュは心配しているのだ。


「その心配はごさいません。ヨルム様は魔王様と親交を深めたいと、仰っております」

妖精のメイドさんが首を少しだけ振り向きつつ説明をした。


「こちらでございます」

ガラガラと引き戸を開け、妖精のメイドさんが脱衣室へ案内した。

「こちらの籠に脱いだお召し物を入れますので、水着をどうぞ」

メイドさんが水着の入った籠を手渡した。


「水着を着けるの?」

「はい、このお屋敷の大浴場は水着の着用をすることになっております」

ニュクスが「ふーん」と言いながらいきなり服を脱ぎだし、それに気付いたトマシュが慌てて後ろを向いた。

スルスルと布が擦れる音が聞こえる度に、トマシュの心臓が激しく鼓動する。


「コレって…………ああ、紐で結ぶのね」

「はい、尻尾はそちらから。そうです、後は結んで終わりです」

そんなトマシュを他所にイシスはワクワクと入浴の準備をしていた。


「ひぃいやぁ~!」

急にズボンのベルトをイシスに外されトマシュは叫び声を上げる。

「早く入るのわよ~」

イシスは意に介さず、トマシュのズボンを下ろそうとしたので、トマシュは抵抗した。

すると水着に着替え終わったメイドさんもズボンを下ろそうと参加して来たのでトマシュはいよいよ慌てる。

「じ、自分でやるから、いいよ!」

「ふーん」

トマシュから離れたイシスと妖精さんだが、トマシュ方を向いたまま、壁に腰掛けた。


「あのさ……」

「何?」

「せめて向こうを向いててよ!」

「え、何で?」

イシスからしてみれば、カエの裸に馴れているので何故目を背ける必要が有るのかが判らなかった。


「と言うか、先に入っててよ!」

「ん?あ、そうか」

イシスが上機嫌に浴室へと歩いて行き、ようやくトマシュは着替えを始めた。


「全く、アレじゃ痴女だよ…………」

平静を取り戻し、着替えが済んだ頃に引き戸が開き、ヨルムが顔を出したが。

「え?あ、あれ!?」

ヨルムがトマシュを見るなり慌てて引き戸の外に戻り、その後再び顔を出すなり、「ちかーん!!」と叫びながら手元に有る、籠やら石鹸をトマシュに向かい投げ出した。

「ちょっと!何すんの!」

状況が飲み込めないトマシュだったが、走って浴室へ通じる廊下に入った所で「何で男なのに女の子の脱衣室に居るのよ!」とヨルムの叫び声を聞いた。


「へぇ~、結構賑やかね」

廊下から浴室を見ると、大きな浴槽から、プール、流れるプール、ジャグジー、シャワー、果てにはサウナやマッサージ台と売店まで備え付けて有った。そんな地下深くにある場違いな大浴場を老若男女の妖精さん達が家族連れで楽しんでいる光景が広がっていた。


「入浴前にこちらのシャワー室をどうぞ」

メイドさんが示した先には“SHOWER”と書かれた書かれたプレートが掛けられた部屋があった。


押戸を開け、目隠しの壁を抜けた先に低めの仕切りで区切られたシャワーが並んでおり、その一画の床に座っている人馬の女の子をブラシでキレイに洗っていたヴィルマは、イシスに気付き礼をした。

「別に私……、瞳が黄色い時は畏まらなくて良いよ」

イシスはそう言い、二人を横目にシャワーへと向かった。

「よいしょ!よいしょ!」

賑やかな掛け声が聴こえたのでチラリと覗き込むと、妖精さんが三人がかりで人馬の女の子を洗っていた。


『私も頼めば…………。いや、自分で出来ることは自分でしよう』

生前、身の回りの世話は全て奴隷任せだったが、折角だから自分一人で身体を洗うことにした。

一年間、仕えている神様の所にシャワーが有ったので使い方は知っているイシスはお湯を出し温度を調整した。


丁度タイミング良く、トマシュが廊下に飛び込んでくる音が聞こえたので付き添いのメイドさんに連れてくる様に頼み、イシスは備え付けの石鹸類やリンスを調べていた。


「トマシュ、使い方を説明するよ」

女子の脱衣室で着替えさせられた事を怒ろうとしたトマシュだったが、廊下からチラリと見た大浴場に驚き、見馴れないシャワー室を見渡しつつイシスの元に来た。

「このレバーを捻ると、お湯が出て戻せば止まるから。後、洗髪はコレを使って。尻尾と身体はコレを泡立ててから使えば良いよ。後、出る前にこの液を水で希釈して尻尾の毛に馴染ませてから、洗い落とせばキレイになるから良いよ」

矢継ぎ早の説明にトマシュは軽く混乱する。

『とりあえず頭から洗うか』


「ほら、綺麗になったわよ」

一方のヴィルマは人馬の女の子の全身を洗い終え、綺麗な鹿毛色になったので達成感を感じていた。

「あ、ありがとうございます」

人馬の女の子が振り返り、自分の身体が隅々まで綺麗になった事を確認し、一瞬笑顔になったが、やがて暗い顔をした。

「どうかしたの?」


ヴィルマが優しく声を掛けたが、人馬の女の子は俯く。

「あの、私は売られるのですね……」

人馬の女の子の一言にヴィルマは何を考えているのか思い当たる。

人馬は基本的に家畜扱いなので、身体を洗うことは滅多に無い。有るとしたら、繁殖前に雄の人馬の気分的を盛り上がらせる為か、売買する時に健康そうに見せる時ぐらいだ。

そして、自分の女の子はまだ10歳にも満たなく、子供を作れない歳で、尚且つ労働力として人並みの成長速度の人馬の子供は邪魔者扱いされる傾向があり、魔王も自分を家畜業者にでも売るつもりだと勘違いしたと。

「いえ、貴女は」


「ありがとうございました!生まれてからこんなに優しくされた事は有りませんでした、このご恩は一生忘れません」

人馬の女の子が大泣きしながら、感謝の言葉を叫んだので、ヴィルマは慌てて説明をする。


「だから、違うから!貴女は魔王様に仕えて貰いますからね!」

「…………え?」

そこにイシスがひょこりと顔を覗かせた。

「そうね、貴女には私の身の回りの世話を頼みたいから、ヴィルマにから色々と教わっといてね。後、読み書きと計算、魔法も覚えて貰うから」


イシスの説明に、人馬の女の子が「ありがとうございます!」と何度も感謝している時、「だから何で男の貴方が居るの!」と叫び声と物が床や壁にぶつかる音が聞こえた。


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