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お風呂屋が在るが高いらしい

「だ、誰か!」

カエの寝室から物音と人を呼ぶ声が聴こえ、ニュクスとエミリアが慌てて寝室へ向かった。


『カエ!落ち着いて!』

トマシュからの念話がニュクスとイシスにも聴こえた。


「ヘリオス!ミケア!」

ニュクスが寝室に入ると、ベッドから落ちたカエが立ち上がろうとして、テーブルの上に置かれた木製のコップを落としていた。


「カエ、大丈夫だから」

「ニュクス?」

カエをベッドに腰掛けさせてから、ニュクスは顔を覗きこんだ。


カエは青い顔をし、恐怖からか耳は垂れ目は泣いていたのか少し腫れていた。

「酷い汗、怖い夢を見たの?」

カエは無言で頷いた。

「魔王様」

エミリアが濡れた布で額の汗を拭り、カエは落ち着きを取り戻した。

「ありがとう、エミリア。もういいよ、カエと話があるから下がって」

「はい」とエミリアが軽くお辞儀をして出ていくと同時にカエはベッドに倒れこんだ。


「大丈夫?」

カエに覆い被さる形でニュクスが顔を覗きこんだ。


「私はどれ程眠っていた?」

ニュクスはカエの額から布で汗を拭いながら答えた。

「もう、日の入りだよ」

「日の入り……!」


寝たままの状態で、カエはニュクスの首元を掴み叫んだ。

「エーベル女史とミハウの孫のエルノさんは!!」

「え?ああ、エーベル女史は資料を届けに来たけど、カエが気絶してたから帰ってもらたよ。エルノさんは来てないよ」

「何だって!エルノさんに会わないと!」

「駄目だよ」


起き上がろうとしたカエをニュクスが両肩を押さえ付ける。

「ニュクス、ふざけてる場合じゃ」

「ふざけて無いよ。そんな青い顔をした状態で仕事が出来ると思うの?エルノさんには明日会うように調整するから、今日は休んで」

「……判った」


カエが力なくベッドに身を預けたので、ニュクスは起き上がり、コップに水を入れた。

「そうそう、子供達と人馬の子はこの家に連れてきたから、押収した証拠品は鍛冶ギルドに引き渡して何なのか調べてもらってるよ」

『そうだ、聞きそびれていたけど、あの人馬の名前は?』


カエが受け取った水を飲んでいる間にトマシュが尋ねた。

「それが、名前が無いのよ」

「名前が無い?」

「ええ」


ニュクスがカエの隣に座り直し、聞いたことを説明し出した。

「あの子、両親も人馬奴隷で小さい時に売られたから、親の記憶も無いんだって。奴隷商人達には番号で呼ばれてたし、あそこに買われたのも最近だから」

『うーん、困った』

人馬奴隷の事を殆ど知らないトマシュは、まさかあの子に名前が無いとは思わず困惑した。


「とりあえず、エポナとかフリッグとか?」

『何それ』

カエが思い付きで言った名前に馴染みが無いトマシュが質問した。

『私達の家庭教師の先生が崇めてたゲルマニアやガリアの神様だよ』

「私達みたいに神様に(あやか)るのはどうかな?」


ニュクスは“ちょっと無いと思うなあ”と言いたげな表情をして見せた。

「どうせなら、こっちの人達に馴染みがある名前の方が良いし、エミリア辺りに相談しない?」


カエは徐に立ち上がり、歩き出した。

「それも、そうだな」


『あれ?カエ、どこ行くの?』

イシスの質問にカエが振り向いた。

「腹減った。何か、食べてくる」

「それならヴィルマに食事を運んで来るように言って有るから」


「ん、そうか」

そう返事をしたカエが一歩踏み出した時にカエの身体がふらついた。

「カエ!」

その様子を見たイシスがニュクスから身体の操作を奪い取り、倒れそうになったカエを抱き寄せた。

「ちょっと、大丈夫?」

「え?あれ?」

貧血で意識が遠のいただけだったが、いつの間にか抱き寄せられている事にカエは驚いた。


「今ふらついてたんだよ」

「うーん……」

カエがイシス(と言っても身体の本来の持ち主はトマシュだが)の胸に顔を埋めた。

「臭い…」

「え!?」


カエの一言にイシスは驚いた。

『確かに臭いや……』

「ちょっと、貴方の身体でしょ!」

自分の体臭を客観的立場で嗅いだトマシュまで臭いと言い出した。


「風呂行くか……」

『そうね……』

「行こうか……」

汗をかき、身体が少しベトベトしているカエと、自分達が入っているトマシュの身体が臭い事が生理的に嫌なニュクスとイシスは同じ考えに至った。


ふらついたカエを再びベッドの端に座らせ、身体の操作をイシスから受け取ったニュクスも横に座った。

『でも、風呂屋行くと高いよ』

「え?高いの?」

トマシュの一言にカエが思わず聞き返した。


『大体、金貨一枚かなあ』

「「『たっかっ!』」」

三人の声が同時に聴こえ、“ちょっと面白いな”とトマシュは笑った。

「てかさ、お風呂屋あんの???エミリアから昨日聞いた限りだと、入浴の習慣とか無いと思ったんだけど」


三人の反応も尤もだと、トマシュは内心思っており、説明を始めた。

『流石に風呂に入らないことは無かったよ。大体、週に一度は入ってたさ。でも急に人が増えて燃料の薪が高くてなってさ、それで今は金貨一枚もするような金持ち向けの高い風呂屋しか無いんだ』


“何か似たようなことをエミリアも言ってたな”と三人は考えた。

「逆を言えば風呂屋で商人達と話が出来るわね……」

「そうだな、ちょっと行ってみるかな」

ニュクスとカエが興味心から行こうと決めた時だった。


『基本的に狭い個室だから他人と会わないし、個室じゃない所も会話禁止だよ』

「『「え?何で?」』」

『普通そうじゃないの?』


トマシュからしたら普通の事を言っただけだったが、三兄弟が一斉に喋りだした。


「ちょっと、普通浴場は大人数でお喋りしたりして楽しむ物でしょ」

『個室って事は私達一緒に入れないの?』

「控え室とかは有るのか?」


『あー、ちょっといっぺんに喋んないでよ』

三人が喋ったので内容を聞き取れ無かったがトマシュが説明を始めた。


『まず、入浴だけど基本的に身体を清めるだけにするから、身体を洗って直ぐに出るよ。たまにお年寄りが長めにお湯に浸かるぐらいかな?』

トマシュの説明で、ニュクスが「ちぇっ」と呟きベッドに仰向けに倒れた。

「折角、男の身体が手に入ったから、久し振りに色々しようと思ったのに」


ニュクスが言ったとんでも無いことに、トマシュが半ば諦めながら注意した。

『人の身体で何しようとしてんだよ。基本的に風呂屋は長いこと入ってるとお店の人が様子を見に来るし、破廉恥行為は罰せられるからね』


ニュクスがうつ伏せに寝返り足と尻尾をパタパタと動かし「むぅー」と唸った。

『あー、こりゃ録な事考えてないな』

『え?どんな事?』

カエがニュクス達に聴こえない様にトマシュとだけ念話で話始めた。


『アイツの事だから、浴場で私を押し倒す方法を考えてると思うよ』

『え?ええぇ!?』

カエもとんでもない事を言い始めた。


『何で押し倒すの?』

結構(イタズラが)好きだからな、アイツは』

『(エッチなのが)好きなんだ……』


「言っておくが、私の身体にはトマシュも居ることを忘れるなよ!」

カエがニュクスに釘を刺すと、尻尾をだらしなく垂らしたニュクスが嫌そうな顔をした。


「てかさ、トマシュは何でそっちに居るのよ」

「そういえば…………何でだ? 」

そもそも可笑しい事が起きている事を四人は思い出した。


『最初は私達が城塞に居たよね?』

イシスの言うとおり、城塞にはカエ、ニュクスとイシスの三人が一つの身体に収まり、トマシュは本来の自分の身体に入った状態で襲撃者の拠点に居た。


「あの時は、私達が転移門を開けて、カエがトマシュの様子を見てたよね」

『でもって、急に大きな音がして気付いたら私とニュクスはトマシュの身体に入っていた』

『多分大きな音は、拠点に居た女の子が使った“銃”が原因かな?ほら、イシスが間違えて使ったやつ』


確かにトマシュの言ったとおり、イシスが暴発させた銃の音だったなと三人は思った。

『となると、“銃”って魔法具か何かで、それが原因で…………ってあれ?カエ、どうしたの?』


カエが嫌な気分になり、ニュクスがカエの事を睨んでる事にトマシュは気付いた。

「アレは魔法具じゃないし、カエって…………」

『え?何かあるの?』

ニュクスには判りイシスには判らない様子だ。


『何かあるの?』

「カエ、アンタ雷が大っ嫌いよね?」

『え!?』

『あ、あれ?そうだったっけ?』


ニュクスの一言にカエが口をパクパクさせながら、「皆まで言うな~」と叫んだ。


「イシスが死んで2年後よ。カエが軍船のマストに登ってる時に雷が落ちて、それから駄目になったの」

「い、言うな~」

カエがニュクスの背中に飛び乗り口を塞ごうと手を伸ばす。


『雷ねぇ』

小さい子供とかが雷を嫌うことが有るが、大人で嫌いな人はあまり居ないため、カエは恥ずかしいのだ。

「大方、あの音に驚いたアンタが何かしたせいで入れ換わったんでしょ」

半分からかっているニュクスに対しカエは尻尾を膨らませ、耳も大きく立たせていた。


「ち、違う!断じて違うぞ!」

カエが必死に否定した時だった、ニュクスが身体を捻りカエの両手首を握り、引き倒した。

「どりゃっ!」

「きゃっ!」

少女のような悲鳴を上げたカエにニュクスが覆い被さる。


「何をする!」

カエが抵抗しようとしたが、自分よりも力が強いトマシュの身体を使うニュクスの力に敵わなかった。


「何ってアレよ?」

ニュクスの顔がカエの顔に近づいて来た。

『え!?ちょ!ま!?え~!!』

トマシュが悲鳴を上げると同時にニュクスの額とカエの額がくっついた。


「ほら、原因はカエなんだから。三人で魂のほつれを直せば元通りでしょ?」

『あーそうか』

「べ、別に私が原因だとは!」

「何言ってんのよ。アンタ、アレ以来から雷の音で気絶したこととか有るじゃん。どうせ今回も同じで大きい音で気絶したんでしょ」


カエは全力で否定をしようとしたが、実際に雷が大嫌いで、発砲音を聞く度に気絶しているため、カエは渋々ニュクス達と魂のほつれを直し始めた。


『うわっ!』

カエが目を瞑るとトマシュは急に浮遊する感覚に襲われた。


「あ、大丈夫?」

服の袖を掴まれ、振り替えると小さいカエが居た。

「ちょっとイシス。何やってんの!」

イシスと呼ばれた小さいカエの肩越しに胸がないカエが見えた。


「だって、トマシュがどっか飛んで行きそうだったんだもん」

「あー……」

「まあ、慣れていないんだ、何処へ行きそうにはなるだろ」

最後にもう一人胸がないカエが居た。


他の二人は瞳の色からニュクスとカエだと判ったが、二人で床に書き込まれた魔法陣を二メートルは有る杖を使って書き直したり、消したりしている。

周りを見渡すと、三人や床の魔法陣ははっきりと見えるが、壁や床ははっきりと見えない不思議な空間だった。


トマシュがイシスを注意深く見ると、確かに話しに聞いた通り、耳と尻尾は猫だった。

「イシスは小さいんだね」

一目で判る程に、イシスは二人より背が低く顔もあどけない。


「うん、私は13歳の時に死んじゃったからね。この姿はその時の姿だよ」

自分と同い年と言われたがそうは見えないので、トマシュはしげしげとイシスを眺めた。

「フフっ」


トマシュが自分の姿を眺めている事に気付いたイシスは、軽くはにかみながらも、笑いながら身体を回してみせた。

「この服、カエが“似合うから”って買ってくれたんだ」

イシスが着ていたのは、古代地中海世界ではよく見るありふれた服装だったが、物珍しいトマシュは見入っていた。


一方のニュクスはゴテゴテした金の装飾が施された服に、宝石が散りばめられた指輪やネックレス、更には眼の回りには厚塗りのアイシャドーと、トマシュからしたらまるで道化の様に思えた。

「誰が道化じゃっ!」

トマシュの考えを盗み読みしていたニュクスが右腕に嵌めていた腕輪を左手で抜き取り、投げ付けてきた。


「あぶなっ!」

ニュクスが運動音痴だった為、直接当たることは無かったが、跳ねた腕輪がトマシュの膝を掠める。

「言っとくけど!私は好きでこんな格好をしてた訳じゃないからね!」

ニュクスが更に左手の腕輪を投げ付けようとしたので、カエが慌ててニュクスを止めた。

「バカ、魂同士で争ったところで何になるんだ」


「別に悪気が有ったわけじゃ」

トマシュが腕輪を持ち上げたが、掴んだ感覚は無く重さも感じなかった。

「コレって……ルビー!?」

腕輪に大きなルビーが嵌め込まれていることにトマシュが気付いた。ルビー以外にもサファイアやエメラルドといった宝石類も嵌め込まれており、トマシュは目を奪われた。


「それ、そんなに珍しいの?」

イシスからの質問にトマシュが“コク、コク、コク”と何度も首を縦に振った。

「ちゃんとした所で売れば、この街が一つは買えるお金になるよ…………」

勿論、それほどのお金など存在し無いが、何処の王様や部族長がこれ程の宝飾を持っていないの事実だ。



「なあ、イシスとトマシュは帰して雑用を済まして貰った方が良くないか?」

二人が魂のほつれを直す作業に参加出来ていないのでカエがニュクスに提案した。

「トマシュの魂が関係する所は修復したから、もう居なくても問題はない」

ニュクスは二人がお喋りに夢中になっているのを確認し「まあ、居られても邪魔だからね」と提案を支持した。


「イシス、トマシュを連れて先に戻っててくれ!」

「良いの?」

カエが杖を掲げた。

「王の杖も二本しかないからな、先に風呂や食事を済ませてくれ、身体は元に戻して有る」


「じゃあ、帰ろっか」

「あ、うん」

イシスがトマシュの手を握り、二人の意識は寝室へと戻った。

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