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人馬の悪評

『あー…………?』

トマシュは声を出そうとしたが、声が出なかった。

『何だ?……叫び声』

女性の叫び声が聴こえたが、普段聞く音とは違い。どころか、こもった音だった。


身体を動かそうとしたが、不思議と身体の感覚も無かった。

『イシスが持ってた銃が音を出して。それから、何が起きたんだ?』

周りも暗く、只々こもった声が聴こえ続けた。


ふと、額に冷たい物が這うのが判った。


「セ、セレネか?」

カエだろうか?身体が一言、言葉を発しただけで喉が焼ける様に痛みが広がる。

「兄さん、私です。ヘリオスです。セレネはミケア義姉さんに付いています」

『ミケア…………?カエの奥さんだよな?』


視界が開け、明るくなったので目を開いた事がトマシュにも判ったが、かなりボヤけており。辛うじて人が居るのが判る程度の視力だった。

「まだ…産まれ、ない、か?」

カエの焦っている感覚が伝わって来た。

「破水はした、もう少しだよ」

「そうか」

今度は嬉しさと安堵の気持ちが伝わった。


『カエ!?何だこれは?』

カエからの返事はなく、再び身体が、言葉を発した。


「は、母上の事は…すまな……かった」

「兄さんは悪く有りません。悪いのは……」

ヘリオスとの会話の途中だが、遠くから「頭が出てきた!」と叫ぶ声が聞こえた。


「兄さん!」

「あぁ、聴こえたよ」

『コレは、カエの記憶か?』

状況から、トマシュはカエの記憶を覗いている事に気付いた。


「男の子だ!」

叫び声と共にドカドカと走る音が聴こえた。

「グナエウス!カエサル、息子だ!一人目は男だ!おまけに人狼だ!」

『足音からすると、人馬か?奴隷にしては何か横柄だなあ』


トマシュが色々と推理していると、年配の女性の声が聞こえた。

「先生、退いて下さい」

「ああ、すまん」

『先生って……マジか!?何か、イシス達が人馬の肩を持つとは思ったけど。イシス達の世界だと人馬も普通に生活してるのか?』


「先生、一人目と言いましたが、まだ子供が?」

「応よ!医者の話だと、双子だ!」

遠くから「先生!二人目です!」と声が聴こえ、ドカドカと足音を残し、人馬の先生が遠くへ行くのが判った。


「兄・・!ふ・ごだ・・・」

『何だ?掠れて聴こえるな』

音の聴こえ方が悪くなるのもそうだが、周りも暗くなりだした。

『そうか』

「二人・も男だ!」

『カエが死ぬのか』


「に・・!・・・!?」





「魔王様は大丈夫ですかね? 」

ミハウ部族長の屋敷に戻り、魔王の為に用意された執務室で書類の翻訳をしているニュクスにエミリアが訊ねた。

「どうだか」

エミリアの心配を余所にニュクスは全く心配している素振りはない。

現在、執務室ではトマシュの身体を操るニュクスとイシスの他ポーレの部族長のマリウシュ、オリガ、エミリアが半ば強制的に写本作業をさせられている。


「ニュクス様は心配じゃないんですか?」

オリガからも質問を受け、ニュクスは顔を上げた。


トマシュの身体で作業をしているニュクスは何処か気だるそうだった。

「ただ気絶をしているだけだし。無理に起こそうものなら、トマシュの魂も傷付きかねないからね」


「ですが、側に居る事ぐらい」とオリガが言おうとしたが、ニュクスが顔を下げ黙々と翻訳を再開したので言えなかった。

何処か冷たい態度にオリガが半ば憤慨し、自分に割り振られた魔法書の写本を再開する。


カエが倒れてからニュクスは鍛冶ギルドのビスカ代表とは証拠品を引き渡す調整をし。クヴィルの兵士からは“子供と人馬をミハウ部族長の所まで送るから”と無理を承知で負傷兵の後送に使う荷馬車を借り受け、何とか周りにカエが倒れた事を気取られずに屋敷まで戻り。その後は、執務室に籠り書類仕事をしているフリをしていた。

当然、面会は受け付けておらず。冒険者ギルドのエーベル女史が依頼していた資料を届けに来たが、その時は「魔王様は犯人の捜索に出ており残念ながら不在です。いつ戻るかは判りかねます」と、執務室に籠っている筈なのに外に行っていると嘘を吐き誤魔化している。


「チッ!」とニュクスが舌打ちをし、ペンに使っている金属の棒を放り投げ伸びをした。

ポーレの部族長マリウシュとエミリアが横目で見ると、羊皮紙を乱暴に屑箱に放り込んでいた。どうやら、書き損じたようだ。


ニュクスの機嫌が悪くなったタイミングでメイドさんのヴィルマが服を持って現れた。

「遅い!いつまで待たせるのよ!」

ニュクスの剣幕にヴィルマが半歩下がった。

「すみません、人馬の服は扱っている店が無かったので……」

ヴィルマの反応から服を縫製したのが判り、ニュクスは多少穏やかな口調になった。


「一軒も?」

「は、はい。人馬は家畜として扱われてますので」


ニュクスが「ああ、そう」と不機嫌に返事をした。

「ヴィルマ、何か食べ物を持って来て。それと人馬の子が臭うから湯浴の準備をしといて」

「人馬用の風呂桶が無いので地下で湯浴をする必要が」

ヴィルマがチラチラと左右に居る三人を見た。

『この家だと住民が五月蝿いので、ヨルム様の所で湯浴させます』

「判った、連れて行ってあげて」

「畏まりました」


ヴィルマは礼をして、人馬の女の子が居るカエの寝室へと入っていった。

言葉には出さないが“何で人馬を部屋に上げれるんだ?”とオリガを含む全員が思っているのもニュクスは気に食わなかった。


『なん、だろうね?』

『知るか!』


ニュクスは机の上に用意された菓子入れからクッキーを取り出し

、口に運んだ。

想像していた味とは違い、甜菜糖で甘くしてあり、ニュクスの機嫌は多少は良くなった。


ヴィルマが人馬の女の子と執務室から出て階段を降りたのを確認してからエミリアに訊ねた。

「エミリア、勅令を出したいんだけど、可能?」

「勅令ですか?」

「ええ、人馬の奴隷にちゃんと服を着せる様に勅令を出したいんだけど」


エミリアが苦笑いのまま固まり、変わりにマリウシュが答えた。

「家畜に服を着せろと勅を出すの…はどう………かと」

「ほぅ…」

ニュクスの雰囲気が変わったので、マリウシュは冷や汗をかいた。


「そ、それに。“人馬には服を着せてはならない”と家畜管理法で決められているので」

「家畜って、何で?」


「三百年前、魔王様が遠征先で亡くなった後に人馬は我々を裏切ったんです」

ニュクスはヨルムに見せてもらったタブレットで見た物の中に、三百年に人狼が一気に領土を減らしてる地図が有った事を思い返した。


「その後、人狼は多くの領土を減らし、部族間の仲も険悪になった。だったけ?」

「はい、あの時、近衛隊の人馬が魔王軍から脱走して南の街を襲ったと。それと呼応して、魔王軍に参加していなかった人馬の部族も南の国境を越え、南の方に領土を持っている部族が領土を守るために魔王軍から離脱。そして手薄になった北方から神聖王国が攻め込み、北のジュブル川までの領土を奪われてます。それで当時存在したヴィルク王国は瓦解しました」


『確か、今の領土は三百年前の三分の一だったよね』

「落ちぶれた原因は人馬かも知れないけど、備えていなかった貴方達に責任があるでしょ」


「そうですが、未だに人馬の略奪行為も有りますし。人馬を良く思ってない人も多いですよ。それで人馬を家畜として扱うようになりました」

「後、魔王様。あの人馬を部屋に入れない方がよろしいかと」


「何で?」

ニュクスの返しにエミリアが真面目な顔をした。

「危険です。だって馬ですよ。もし、寝ている時に首でも絞められて骨が折れでもしたら」


ニュクスが目を細めタメ息を吐いた。

「あのさ、あんな10歳にも満たない子供が人を殺すとか、世の末も良いところだよ。そんなの有るわけ無いじゃん」

「ですが~…………。心配です…………」


「全くさ、アンタ達人馬にどんなイメージ持ってるのよ」

まず、オリガから答えた。

「良く働く、賢い馬……ですね」

『馬ねぇ』


ニュクスに視線で促され、次にマリウシュが答えた。

「野蛮、粗暴です」

『うーん……』


最後にエミリアが答えた。

「怖いです」

「ん?」

ニュクスの反応にエミリアが下を向いた。


「その、子供の頃からイタズラをする悪い子は、夜中に首の無い人馬に首を取られると言われてまして、その」

ニュクスは呆れていた。

「つまり、子供をしつける為の嘘で苦手ってこと?」


「で、でも。たまに首の無い死体が見付かりますし」

「首の無い死体って言っても、子供のでは無くて。大体がごろつきの死体だってカミルが言ってただろ」

マリウシュの指摘にエミリアはむくれた。


「しかし、首の無い死体か。余程の力が無いと無理だろうな」

ニュクスの一言にエミリアが反応した。

「カミルも犯人は主人を殺して脱走した人馬じゃ無いかって」


「ナイナイ、人馬が脱走するだけで大騒ぎだし。それに人馬が街中で隠れられる訳が無いだろ。無いったら無い」

「えーでもー」


『うーん?』

『何か、人馬のイメージが曖昧というか何と言うか』

「ところで何だけど、三人は人馬を見たことはあの子以外の有るの?」


三人共、顔を見合わせてからマリウシュから答えた。

「人間が奴隷にしていたのを一度見ただけです」

「あ、私も。神聖王国の外交官が馬車を曳かすのに使ってました」


オリガが言ったような馬車を曳く人馬の奴隷はニュクス達も見たことはあった。

「エミリアは?」

「昔話位でしか」

「どんな話?」


「人馬の盗賊が男の子を拐うけど、男の子に騙されて最後は捕まる話とか。妖精に悪さする人馬をやっつけたり」


『コレは見たことが無いから、尾ひれが付いた話でしか人馬を知らないっぽい?』

『ダネこりゃ』


やれやれと、ニュクスは短くタメ息を吐いてから説明した。

「結局、アンタ達は人馬を見たことは有っても話したことは無いんでしょ?だったら色眼鏡で人馬の事を人から聞いた話だけで非難するのはどうかと思うよ」


マリウシュは椅子に深々と座り直し考えを纏めてから喋った。

「ここでは人馬は珍しいですが、南の方では国境を接しているので人馬奴隷が多く、いきなり服を着せて解放しろと頭ごなしに勅を出したところで反発されるかと」


「ん?いや、別に私達はね」

マリウシュと認識のズレが有ることにニュクスは気付いた。

「人馬奴隷を無条件で解放する気は全く無いよ。ただ、自由は奪っても良いけど名誉を奪う行為を規制したいだけで」


「は、はい!?」

エミリアが呆気にとられた。


「つまり、奴隷の保護をしたいん…ですか?」

オリガの質問にニュクスは両手を振って否定した。

「違う、違う。考えてみてよ、衆人の面前で裸だよ。公序良俗に反するでしょうが」


「は、はあ……」

マリウシュが短く声を漏らした後、ふと質問した。


「“無条件で解放する気は全く無い”との事ですが、その言い方ですと条件が合えば解放するおつもりで?」

「そうね……」

ニュクスは少し考えを巡らせてからエミリアに質問した。


「エミリア、市民権て幾らで買える?」

「えーと……」

エミリアが机の上に並べられた本の中から、“ケシェフ法律全集”と書かれた本を引っ張り出した。


「ケシェフは金貨百枚ですね」

「………それって高いの?」

「農民が五十年、真面目に働いたお金で市民権を買ったと去年話題になりましたね」


『五十年、長いよ』

『せめて、三十年よね』


「高いわね」

「ケシェフは新しい街ですので安い方ですよ。私達が住んでいたファレスキの街は金貨千枚ですよ」


ニュクスが渋ったい顔をした。

「街毎に違うのね」


エミリアが補足した。

「三百年前にヴィルク王国が無くなってから、残った部族長が独自に市民権を付与しているんです」

「ファレスキの場合は住宅事情も悪かったので、金貨を用意出来ても、部族長である私の許可か部族へ貢献した人に限られてます」

マリウシュの説明でニュクスが腕を組んで「うーん……」と唸った。


『参ったなコレ……』

『市民権が街毎とは』

「市民権でコレって事は街毎に法律も違う訳?」


「ええ、特にケシェフはミハウ部族長が細かく法律を民会に提出するので多いですよ」

マリウシュのとどめの一言でエミリアは完全に頭を抱え込む。


「魔王様?」

オリガが心配して声をかけた。

『どーすんのよコレ!?』

『うーん、私達は政治は勉強したけど、実際に動かした事が有るのはカエだけだしね』

『そのカエも、殆どローマの傀儡だったよ。私が生前、最後にカエとグラエキアで会った時は、カエは軍団を元老院から借りてたけど、幕僚の半分は元老院の命令を聞いてたし』


『あ、ちょっとカエ!』

突然、念話でトマシュの声が聞こえ、カエの寝室から物がした。

突然の出来事にニュクスとエミリアが寝室へと走った。


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