魔王は二度気絶する
「で、何でこんな事をした訳?」
城塞から襲撃者達の拠点に移動している最中にトマシュがイシスを問い質した。
「貴方が何を考えているか判らないから、確かめる為に……」
「何だそりゃ?」
イシスが振り向き、後ろ歩きをしながら説明した。
「だって、私が人猫だって言ったら…トマシュがそっぽを向くんだもん」
「アレはな、…………その。五歳の時に近所の猫を触ろうとしたら、デカい猫に噛まれて、ちょっとトラウマが…………」
トマシュの記憶がイシスとニュクスにも伝わる。
あの時のトマシュは、自宅の裏庭で父親に剣の稽古を付けて貰った後。父親が家の中に入った僅かの間に柵の隙間から仔猫連れの親猫を見つけ、可愛さの余り走って近付いた所を親猫に指を噛まれ大怪我をしたのだ。
「いや、親猫からしたら、仔猫に危害を加えられると思うでしょ」
「判ってるけどさ、それ以来何か苦手で。今でも猫に顔を引っ掻かれたりするし」
『でもさ、猫っていきなり噛んだりしてくるよね。私も指を大怪我した事あるし』
ニュクスが人猫の女の子を撫でようとして、おもいっきり指を噛まれた記憶が流れた。
「いや、ミケアを猫にカウントするのはどうよ」
「今の誰?」
『カエの奥さん。港で溺れてるところを拾った』
「拾ったって…」
「魔王様!」
拠点に面した広場に着くと、イシス達に気付いたカミルが近付いてきた。
「班長、魔王様はこっちです」
まだトマシュの身体にイシスが入ってる事を理解したカミルが軽く咳払いをして、イシスに報告を始めた。
「魔王様が言っていた子供なんですが、まだ見つかりません」
「厩はどうだ?あの二人は人馬と仲が良いぞ」
「人馬とですか?」
カミルの反応にイシスは眉をひそめた。
「何か可笑しいか?」
「いや、その…………。人馬ですよ」
「人馬だからどうした?」
エミリアが補足の説明を始めた。
「神聖王国では人馬を特に差別の対象にしてますし、私達もあんまり人馬には近付きたくは…………。その、子供を匿うとは思えないので」
「…………クヴィルの兵士は何処を探してる?」
カミルが大通りへの道を指差した。
「殆どは、関係先の取り調べに行きました。今残って居るのは後送待ちの負傷兵と証拠品集めをしてる二個班だけです」
「はぁ……。そうか、着いてこい」
エミリア達の言った事に納得できない魔王は、厩へと向かった。
正面入り口から裏庭に抜ける通路の途中。扉を抜けると、厩に出た。
基本的に時代が進むと、馬の代わりに車が置かれ。厩では無くガレージに姿を変えるような場所だが、この世界は未だに馬が輸送の主役なので乾し草と馬の為の道具が置かれていた。
「人馬は……。見当たりませんね」
「班長、アレは?」
トマシュが指差した乾し草の山の中から、馬の尻尾が出ているのが見えた。
人馬が繋がれておらず、武器を持っていることを警戒し、カミルが武器を持つように手で合図を出している横をイシスはスタスタと歩いて行ってしまった。
「ねぇ君。出て来てくれないかな?」
尻尾がピクリと反応した。
「言葉判るよね?私達は君に危害を加える気はないよ。早く乾し草から出て来てよ」
乾し草の一言に、再び尻尾がピクリと反応し、乾し草の山が少し動いた。
中に隠れた人馬が振り向き、乾し草の隙間から目が見えた。
「私は…」
言いかけた所でイシスは思った。
今はトマシュの身体だから、このまま自己紹介するのは後々ややこしいだけだと。
『トマシュ』
イシスが自分達の身体に入ってるトマシュを呼んだ。
『何?』
『手を握って』
「私はイシス。で、こっちが…」
イシスは自分達の身体を操り、自己紹介を済ました。
『ほら、早く』『えっ?』
イシスに促されトマシュも自己紹介した。本来の自分の口で。
「トマシュ・ジェワフスキ」
『ありがとう』
イシスは手を離し、再びトマシュの身体で喋り始めた。
「ほら、君の名前も教えてよ」
「本当に何もしない?」
幼い声だった。
『トマシュ、犯罪者の財産ってどうなるの?』
『街で没収するけど』
「もちろんさ、それに君を奴隷にしてた連中も捕まったから、君はもう自由だよ」
『別に君の物になる訳じゃ』
トマシュの突っ込みを他所に、人馬が乾し草の中から出てきた。
「裸?」
人馬の子供が何も身に纏っていないことにイシスは驚き、自身の(トマシュのだが)上着を脱いで人馬の元へ歩み寄った。
「え、あ…」
困惑する人馬の子供を無視し、イシスは上着を掛けた。
「エミリア、この子の服を用意して」
「はい?」
エミリアは“人馬は服を着ない”と固定観念が有るため、イシスが何を言っているか理解できなかった。
「何か有るだろ、下半身だって何か着せなきゃいけないし。それに…………、君、女の子か!」
髪を短く切られているために気付かなかったが、人馬は少女だった。
年端の行かない女の子が下半身丸出しなのは大問題だと、イシスは身体を隠せる物を探した。
『ニュクス、異空間の倉庫に何か無いかな?』
『あー、騎兵用の鎧なら有るけど、この子小さいからムリだね』
ふと、トマシュの方を見てイシスは閃いた。
『トーガが有るじゃない!』
「ちょっと、貰うよ」
「あ、うん」
トマシュからトーガを受けとり、女の子のサイズに合わせ器用に全身を包んだ。
トーガ自体が大きな一枚布の為、人馬の女の子でも十分なサイズだった。
「こんなもんかな」
『でも、人狼用のトーガだからちょっと丈が短いかな』
ニュクスには突っ込まれたが、イシスは余り気にせずに子供の行方を聞いた。
「そうだ、人狼の子供見なかった?」
「知らないです!双子の子供は見てないです!」
「可笑しいな、“双子”とは一言も言ってないけどな」
本職のトマシュが矛盾を突くと、女の子は口を両手で塞いだ。
「さ、さっき兵士が」
「兵士には子供としか伝えてないけど」
トマシュの追い討ちに、女の子は目を泳ぎながら2、3歩下がった。
「あの子らは今回の事件に関係無いから、別に牢屋に入れたりはしないよ。信頼できる人に預けて成人するまで援助もするつもりだよ」
イシスの説明で女の子は落ち着きを取り戻した。
「本当に?」
「本当さ」
イシスの返事に女の子は少し考え込んだ。
「この樽の中です」
女の子が双子が隠れている樽を指差した。
「ドイツ軍のM24手榴弾にヴァルター拳銃」
「それに、号令詞もドイツ軍のソレでした。やはり、我々だけでなくドイツ野郎からも転生者がいたようです」
「魔王様は大丈夫だったか?」
「ソレが……その。銃声を聞いてトマシュと身体が入れ換わりました」
「何?」
「ですが、その後は素手でオートマタやゴーレムを全て倒しましたし。手榴弾の爆発を魔法で防いだり、飛んできた銃弾を手でキャッチしたりと一方的で。まるでコミックヒーローですよ」
「破天荒だな。それで、魔王様は何処だ?」
「一度、クヴィルの城塞に行きましたが、先程エミリアさんとトマシュを連れて戻って来ました。今はカミル班長と下に居るみたいです」
「そうか、ではまた魔王様の事で何か報告があれば頼む」
「はい」
「びゃあ~~~」
双子の内、女の子の方が泣き止まないので一同は困り果てていた。
「エマちゃん。ほら、高い高い」
人馬の女の子があやしても、全く効果はなかった。
『えーと、どうしよう?』
『どうって言われても』
イシスとニュクスのやり取りに、トマシュが半ば呆れながら質問した。
『カエの子供とかはどうあやしてたの?』
『いや、実は子供が産まれた直後に事切れたから、私は子育ての経験は全く……』
『あれ?カエ!?』
いつの間にか、カエが復帰していた。
『ちょっと、アンタ何処に居んのよ!』
『?いやトマシュの隣に居るぞ』
イシス達がもしやと自分達の身体の方を見ると、カエはにこやかに手を振っていた。
『アンタが手を振っている相手は私とイシスだよ…………』
『はぁ?』
『因みにカエの方にはトマシュが居るよ』
『え!?』
魔王の顔から血の気が引いた。
『どうなっているんだ?』
『知るか!!』
『とりあえず、この子を何とかしないと…………』
『「ひゃんっ!」』
トマシュとカエが短い悲鳴を上げた。
「ちょっと、誰!?」
振り向くと、双子のもう一人。男の子が尻尾を引っ張っていた。
「コラッ!ダメでしょ、女の子の尻尾を引っ張ったら」
「ハンス君ダメだよ!」
カエと人馬の女の子が注意をしたが、ケラケラと笑いながら少年は尻尾を握り続けていた。
「女の……子…………?」
「何?」
「いえ、別に……あれ?魔王様?」
瞳が鳶色に戻っていることにエミリアが気付いた。
プチプチ……。
『いったいな!!』
「痛たっ!ちょっと、何抜いてんのよ!」
カエの尻尾から一本ずつ毛を抜くイタズラをしたハンス少年は、「きゃっきゃ」と笑いながら奥の扉へと消えていった。
「あ、コラッ!待ちなさい!」
『僕が捕まえるよ!』
『任せた!』
カエから身体の操作を預かったトマシュが、ハンスを追い掛け扉をくぐった。
扉の中は修理中の荷馬車と大工道具、材木等が雑多に置かれていた。
『何処へ行った……』
予想外に物が多くカエとトマシュはハンス少年を見失った。
『荷馬車の上は……』
『居ないね』
『材木の陰は……』
『居ないなあ』
プチっ!
『イテ!』
「居たな!」
再び尻尾の毛を抜いたハンスをトマシュは抱き上げた。
「よーし、捕まえたぞ」
「きゃっきゃ」
プチっ!
「ふぎゃっ!」
ハンスが目の前に居るのに、また尻尾の毛を抜かれた。
「何だ?」
振り向くと、さっきまで大泣きしていたエマが居た。
「ちょっと、エマちゃんまで!」
人馬の女の子が慌てて追い掛けて来た。
「きゃーっ」
人馬の女の子に抱え上げられたエマが嬉しそうに声を上げた。
「魔王様、無事ですか?」
カミルが扉の外から呼び掛けてきた。
「何とか捕まえた。今からそっちに行く」
「うわ、ホントに子供だよ」
戻るとアルトゥルが合流していた。
「何処へ行ってたんだ?」
「んなっ!開口一番ソレっすか!ライネと近所に聞き込みに行ってたんすよ」
そう言って、アルトゥルがメモ書きに使っている石板を懐から出し報告を始めた。
「ここの医者なんすけど。結構評判は良かったすね。薬なんかも、他所じゃ出さない様なあんまり見ないものだったけど、どんな病気も治すとかで」
「あまり見ふぁいもの?」
ハンスが口に手を伸ばして来たので、カエは開いてる左手でハンスの手を退かした。
「へぇ、何でも矢鱈と白い粉薬が出されたりや冩血の類いをしていたらしいっすけど。薬問屋や医者道具を扱う問屋も調べましたが、薬も冩血に使った道具も何処も扱って無いんすよ」
「ふみゃっ!ちょっと、エミリア。ハンスを預かって!」
「は、はい!」
ハンスに耳や頬を好き勝手に弄られ、報告を聞くどころでは無くなったカエはハンスをエミリアに手渡した。
「あー、それなら神聖王国から薬類等を持ち込んでいたんだろ。定期的に物資や人を転移門でやり取りしているようだし」
ハンスに捲られた耳を撫でながら、襲撃者の記憶から情報を拾い上げた。
「後、魔王様。押収した銃等を鍛冶ギルドの方に引き渡そうと思うのですが」
カミルから押収品の扱いについて指示を仰がれた。
『銃って何だ?』
『あー、コレコレ』
イシスが懐から拳銃を出して見せた。
「何なんだコレ?」
「さあ?」
カミルも首をかしげた。
「あれ?誰も知らないの?」
イシスの問いに全員お互いの顔を見合わせた。
「いや、わ…僕達が突入した時にコレを見て“銃を持っているぞ”って誰か叫んでたでしょ」
トマシュの身体に入ってるので、イシスは普段のトマシュの口調で言い直した。
「そう言えば、誰か叫んでましたね……。誰だ?」
「後、階段で“手榴弾だー”とか声と同時に、クヴィルの兵士が降ってきて、ひでぇ目に遭いましたよ」
アルトゥルが鎧の上から尻尾を撫でつつ、「危うく折れるとこっしたよ」とぼやいた。
「そうなるとクヴィルの兵士か」
イシスが構造を調べるために、拳銃の遊底を引いたりしながら呟いた。
「クヴィルの兵士に詳しいのが居る、か…。有り得なくは無いですね」
カミルが「転生者も居るしな」と呟いた。
「うむ、では詳しい事を」
突然、イシスが弄っていた拳銃の撃発が落ち、銃が暴発した。
発射された銃弾は石造りの天井で跳弾し、木製の梁に命中した。
「きゃ!!!」
「うわぁ、何だよ…」
『イシス!アンタ何やってんのよ!!!』
「ひぃやっ!ご、ごめんなさい!」
幸い銃弾は誰にも当たらなかったのだが。
「アレ?魔王様」
「ぁ~~~…………」
銃声と跳弾時に発生する独特の高音でカエが気絶し仰向けに倒れこんだ。
「ちょっと、カエ!?」
「魔王様!」




