魔王行方不明
地下牢の隅っこでトマシュはエミリアに事情を説明していた。
「ど、どうしよう」
「とりあえず、魔王様のフリをして。もしかしたら向こうに居る貴方の身体と入れ換わったのかも知れないし」
エミリアからの提案で、魔王のフリをすることにはなったが。
「普段のカエの立ち振舞いってどんな感じなの?」
トマシュの質問にエミリアは本気で悩んだ。
「とりあえず、爺臭くて落ち着いてはいるかな。でも、私のお爺様みたく、態とらしい“じゃ”とか語尾には付けてないわね。あと、突発的な事が起きると子供っぽい反応が多いかな?」
エミリアの偏見混じりの魔王像をトマシュが想像している時に、転移門から最初の犠牲者が二人墜ちてきた。
「ひぃえぇぇ~~!」
「あぁーーー!」
縦穴に溜まったお湯の中に墜ちた音で、トマシュはカエ達が天井に転移門を開いた事に気付いた。
「え!?天井に創ったの?」
「逃げられないように?とか」
「あ、熱い!助けてくれー!」
「おまけに熱いの!?」
「コレでも冷してたみたいだよ」
「魔王様、御指示を!」
クヴィルの指揮官が指示を仰いできたので、魔王の中に居るトマシュはビクッとした。
「ひ、引き揚げて武器を取り上げなしゃい!!」
「はっ!(今噛んだよな?」
背中に冷や汗が滲み出るのをトマシュは感じていた。
「今噛んだよね?」
「言わないでよ!」
「Granate!」
二階の踊り場に駆け上がった所で、大声と共にトンカチの様な物を見て魔王は首をかしげた。
「なんだコレ?」
「手榴弾だ!伏せろ!!」
他の兵士達が一階へと雪崩落ちて行くのを見てイシスは呆気にとられた。
「へ?」
『ソレ、爆発物だよ!』
寸でのところでニュクスが物理結界を出したので、魔王達は爆発に巻き込まれずに済んだ。
『次から次へと変な物ばっか出して……』
『どうも、転生前の世界の武器とか再現してるみたいだよ』
『全く面倒な…っ!』
イシスが気配を察し、2、3歩下がると同時に、オートマタが一体壁を突き破り現れた。
「どりゃっ!」
急かさずイシスがオートマタの胴体に蹴りを入れ、弾みでオートマタは外壁を突き破り広場へと落下した。
「あ、わわ……」
奥から逃げる兵士の気配を感じ、イシスはそのまま奥へと進んで行った。
「あっぷっ!あっ!」
五人目の犠牲者がクヴィルの兵士にようやく助け揚げられていた。
「残りは一人か」
エミリアはびしょ濡れになった哀れな犠牲者を数え上げていた。
「ガキ共はまだか!」
「魔王様は子供には優しいよ……」
「えっ、そうなの?」
トマシュは昔話でよく出てくる歴代魔王のイメージで叫んでみたが、カエ達はそんな事を叫ばないとエミリアに言われ拍子抜けした。
「そうねぇ、見た目と歳の割りに落ち着いた喋り方よね……」
「きゃっ!」
「わぁっ!」
トマシュとエミリアのひそひそ話を他所にクヴィルの兵士達が最後の一人が転移して来るのを待ち構えて居たところに、最後の一人と共にトマシュの身体を操るイシスも墜ちてきた。
「わっぷ!」
「みぎぃゃあーぁー!!」
お湯に墜ちたと同時に、イシスは猫の様な叫び声を上げて、エミリアの元へ一目散に飛び跳ねた。
「え!?トマシュ!?」
「え!?僕!?」
必死の形相で自分の身体を動かしている誰かがエミリアに抱き着くのをトマシュはまじまじと見た。
「あれ?イシス?」
トマシュが瞳を見ると…………。
とは言っても、トマシュ本人は魔王の身体になっている為、自分で自分の顔を覗き見するという、不思議な体験だが。
トマシュは自分身体の両目がイシスの紫色の瞳になっているのを確認した。
「あ、あれ?トマシュ?」
瞳がイシスの紫色から黄色のニュクスの色に替わるや否や、胸ぐらを掴まれた。
「ちょっとアンタ!!カエは何処!!」
「あ、待て!」
「魔王様、周りに兵が居ます」
口をパクつかせながら胸ぐらから手を離し、ニュクスからイシスに切り替わった。
「カエは?」
「判らないよ、いきなり君達の身体と入れ替わったんだから」
トマシュからしてみたら一瞬で身体が入れ換わったので、てっきり本来の自分の身体の方に魔王三兄妹が移ったものだと思っていた。
「こっちには居ないから私達……。ややこしいけど、今貴方が入ってる身体の方にカエは居る筈なんだよ。ねぇ、何か感じない?」
「うーん…………。肩が重い位かな?」
「胸が大きいからじゃないかな?」
エミリアの一言でトマシュとイシス達の視線が集まった。
「な、何となくそう思っただけです」
「まあ、良いか。カエと身体が入れ換わってる件は後で対処するから、トマシュが兵士達に適当に指示でも出して」
イシスが周りの様子を伺うと、クヴィルの兵士達が最後の一人を引き揚げ、武器を取り上げている所だった。
「何て言えば良い?」
「ん?」
イシスが右手を顎に当て、暫く考えを巡らせてからトマシュの背後に回った。
「?」
「そのまま、兵士達の方を向いてて」
そう言いながら、トマシュの右手にそっと触れた。
自分の手が意外と硬いことにトマシュが内心驚いていた時だった。
「神聖王国の兵士は独房に拘束、尋問はそちら側に任す。皆の者ご苦労であった!」
急に声が出たのでトマシュは驚いた。
手空きの兵士達が恭しく敬礼をして、逮捕者を独房へと連れていく準備を始めた。
「ねぇ、エミリア。何処かで着替えられないかな?」
「少しお待ち下さい」
着替えるために、トマシュとイシス達はエミリアが手配した城塞の一室に入った。
「何で僕まで?」
「エミリアに鎧の外し方が判るわけ無いじゃん」
「そうだけどさ」
自分が女言葉でニコニコしている事にトマシュは気持ち悪さを覚えた。
「今朝さ、“子供の頃から三人で身体を入れ換えて遊んでた”みたいな事を言ってたじゃん」
「ん?あぁ、言ったね」
トマシュがテキパキと鎧の留め具を外しながら質問した。
「その時も今みたいに、カエの身体に入ってるのに女言葉だったの?」
イシスが軽く首をかしげた。
「そう言えば、そうだね。三人とも顔は同じだし、周りの人は瞳の色と形で判断してたから、違和感はなかったし」
「瞳の形?」
「うん」
イシスが顔を近付けた所で、右目だけニュクスの黄色に変わった。
「ニュクスの瞳、猫目でしょ?」
「あ、確かに……」
よく見ると、猫特有の細長い瞳孔をしていた。
「でも、君達は人狼だろ?何で瞳が人猫みたいなの?」
イシス達はキョトンとした表情をした。
「私達はキマイラだよ」
「キマ…何だって?」
イシスがテーブルの淵に座り説明しだした。
「キマイラってのは……。もしかして、この世界だと人狼と人猫とか人狼と人熊の間に出来た子供って居ないの?」
トマシュもテーブルの淵に乗ろうとしたが、高さが足りず飛び乗る形になった。
「居るわけ無いでしょ。娼館とかで子供が出来て堕胎する必要が無い様に、僕等の相手を人猫や人間の娼婦がするぐらいだし」
あっ!とトマシュは思った。実際は刑事事件の捜査で度々娼館には行ったことはあったが、まるで利用する為に通っている様な説明の仕方をしてしまったと。
「違う人種の人が相手をしてくれるのは、私達の世界でもそうだったよ。でも、出来ない訳じゃないでしょ?」
「聞いたことは……」
“無い”と言い切ろうとしたが、トマシュは先月カミルと担当した嫌な事件を思い出した。
それは娼館で働かされていた人間の奴隷が、路地裏で失血死しているのを発見された事件だった。
堕胎に失敗した娼婦の事故死として扱うよう、上からの圧力が掛かり、その様に処理されたのだが。
「思い当たる節はある?」
「ある…」
彼女を使っていた娼館の話では、“娼婦が夜中に抜け出し人間相手に身体を売ってたみたいだ”との証言だけで、相手の情報については何も無いにも関わらずに捜査が打ち切られた。
「自然に産まれる事は滅多に無いけどね。私達も母上が魔法を使ったから産まれたわけだし」
トマシュは自身が今使っている魔王の身体を色々と触り確かめた。
「その身体は殆ど人狼だったカエとニュクスの身体を元にしてるから、判らないと思うよ」
「君はどうだったの?」
イシスは脚をフラつかせながら答えた。
「私は母上に似て殆ど人猫だよ」
「猫なの!?」
「う、うん」
トマシュの驚きようにイシスも驚いた。
「え、えーと。何か有るの?」
「べ、別に」
場の空気が気まずくなったので、イシスから着替えの続きを切り出した。
「ねぇ、脚も外してよ」
『全く……』
『何?』
珍しく、イシスが苛立っていた。
『見て判んないの?今日だって、人狼しか街中に居なかったんだよ。人狼以外の人種に対して風当たりが強い事も想像出来るでしょ』
『でも、ポーレの人達はオリガとか、人間の保護もしてるし』
『誰だっけ?』
『ポーレ部族長のマリウシュの許嫁の』
そう言えば、そんなのが居たな程度にニュクスは納得した。
『あれは政治的な理由よ。心の中ではどう利用しようか、計算してるでしょうね』
『よくそんな事が言えるね』
『コレが人の世よ。結局、人なんて他人を利用して自分だけは生き残ろうとする鬼畜なんだから』
「外れたよ」
「ありがとう」
トマシュは目線を逸らしながら、鎧に着いた水気を布で払う為にイシス達に背中を向けた。
イシスがトマシュの様子を伺いながら着替えをしている最中にも関わらず、ニュクスは相変わらず小言を言い続けた。
『コイツだって、何考えてるのか判らないし。信用しない方が良いんじゃない?』
『トマシュが裏切るとか思ってるの!?』
『可笑しくは無いわよ、私達はコイツの日常に割り込んできた闖入者に過ぎないんだから。どうせ、今だって私達の事を煩わしく思ってるわよ』
特に他人に騙された経験が無いイシスとは対称的に、ニュクスは何かと騙された経験が有り。少々、人間不信の気があるのだ。
『もう、良い。ソコまで言うなら確かめる』
「トマシュ」
「何?」
返事はしたものの、トマシュは相変わらず背中を見せていた。
トマシュがそっぽを向いている理由は、イシスが人猫だと言われた事も有るが、先月の事件の事を考えているだけだった。
そんなトマシュを普段着に着替えたイシスが後ろから抱き着いた。
「ちょ、何んだよ!」
慌てて振り返ったトマシュの口をイシスは唇で塞いだ。
「っ!ん~!?」
今度は唇を噛まれまいと、トマシュは必死に抵抗した。
「何すんだよ!」
『何してんのよ!』
『あれ?』
『え!?』
再びトマシュも念話を使えるようになっていた。
『念話だけじゃ無いよ~。私達はトマシュの記憶を見れるようになったし、トマシュも私達の記憶を見れるようになったよ』
あろうことか、カエが施した念話を使えるようにする処置どころか、もっと踏み込んだ処置。自分達三兄妹の魂とトマシュの魂をイシスが繋げてしまった。
『ちょっとアンタ何してんのよ!!!!』
「痛ったー……」
ニュクスが大出力の念話を飛ばしたので、慣れていないトマシュは頭痛を覚えた。
『ニュクス、あんまり大きな念波を出すとトマシュの魂が壊れるでしょ』
『アンタが私達の魂とくっ付け無ければ良かっただけでしょうが!!』
『えーと、何がどうしたの?』
何か物騒な事を二人が会話している事にトマシュは内心ビク付きながら質問した。
『あー別に心配ないよ』
『大有りだよ……』
トマシュは“外”から負の感情が伝搬するという未知の感覚を味わった。
『良い?コレからトマシュは一生涯どころか、死後も私達と一緒に過ごす羽目になるかも知れないのよ』
『はぁ!?』
『大丈夫だよ。ちゃんと元の身体に戻れば変質しないし』
『あのさ、さっきから私は元の身体に戻ろうとしてるけど失敗してるんだけど』
『え?』
『このまま、私達みたいに時間が経って馴染んで混ざり合ったらどうすんのよ……』
今度は呆れ果てた感覚と慌てている感覚が伝搬して来た。
『どうしよう?』
『アンタって子は毎回…………』
『ごめんなさい』
『カエを探しだして何とかして貰うしかないわね』




