表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/223

後処理

「あ、あ……」

敵とはいえ、目の前で女の人の頭が吹き飛ぶところを見たトマシュは床に座り込んで動けなかった。

「トマシュ、怪我は?」

ライネが心配して駆け寄って来たが、トマシュの反応は鈍かった。

「え?あ……」


「うわ…………何だこれ…………」

ライネも襲撃者の遺体を見て、思わず声を漏らした。

「班長とアルトゥルの姿が見えないんだ、様子を見に行きたいけど、行けるか?」


トマシュが人の遺体を見るのはコレが初めてでは無かった。

兵士とはいえ、どちらかと言うと治安維持のため警察に近い仕事が多いため、腐乱死体や大型の魔物の類いに食べられた犠牲者の遺体を何度か見たことがあった。

しかし、今回は目の前で綺麗な女性が頭を叩き割られて絶命する瞬間を目撃したのだ。今までは何処か現実離れしていたせいか、実感が湧かなかったが、死への恐怖でトマシュは怯えていた。


「だ、大丈夫。行くよ」

トマシュは立ち上がったが、恐怖のあまり嘔吐した。

「お、おい。無理しなくても良いんだ」

「ほら、お水」

エミリアが会議室に備え付けてあったコップに水を入れて手渡した。

エミリアの顔も引き吊っていたので思わずライネは何が起きたのか聞いた。

「何が起きたの?」

「それが、魔王様が洗脳されていた人を気絶させた後に、手斧を出してね。それで女の人に投げ付けて…………。女の人の頭が……」

「コレをあの子が……」

ライネの中でも、魔王は小さい女の子のイメージが有ったので、目の前の惨劇を魔王がやったことが、にわかに信じられなかった。

「と、とりあえず。僕は襲撃者の捕縛が終ったから、廊下に居る筈のアルトゥルとカミル班長の様子を見てくるよ。エミリアさんはトマシュの事をお願いします」

エミリアがライネの指差した先を見ると、洗脳されていなかった襲撃者の生き残り四人が縄で拘束されていた。

「わかった、気をつけてね。他にも賊が居るかも判らないし」



ライネが廊下に出ると、アルトゥルがカミルを押さえ付け、魔王が魔法を使いカミル頭蓋骨の一部を剥がしているところだった。

「何か?」

魔王の顔の横でフワフワとカミルから剥がした頭蓋骨の一部が漂っていた。

「な、何を……班長に何をして」

「班長は頭を土人形にぶん殴られたせいで、頭を打っちまってよ。今魔王様が治してんのよ」

ライネに背を向けたまま、威勢よく答えたアルトゥルだったが、傷口を見ないように目を閉じていた。

「ちと面倒でな。頭の中の血管が切れて血が出たから、取り出す必要がな」

プシュッ、と音がしてカミルの頭から一瞬だけスプーン一杯分の血が吹き出た。それを見て満足げな顔をした魔王は鼻唄混じりに

魔法で漂っていた頭蓋骨をカミルの頭に戻すと、開かれた傷口は閉じていった。

「まだかい?」

「目を開くと判るぞ」

「勘弁してくれ!」


「ん……」

カミルの表情が動いた。

「起きろ、オーイ、何か喋れ!」

魔王がバシバシとカミルにビンタを浴びせながら声を掛けた。

「あ、魔王様?」

カミルの視界に魔王の童顔が広がった。

「どっか異常は無いか?」

カミルは起き上がろうとしたが身体が動かなかった。

「な、身体が動かない!?」

魔王は右手を顎に当てて考えた。

「ん!?まちがったかなあ…」

「いやいや、アルトゥルが重たいだけでしょうが!」

下の方を向き、アルトゥルが上半身を押さえていることに、カミルはこの時になって気付いた。

「あ、このやろう!」

「ちょ、まってくだせぇ。おいらは別に騙した訳じゃ!」

カミルが起き上がり、アルトゥルを小突きだしたのを確認して、魔王は口許が緩んだ。


『トマシュは無事かな?』

『感覚共有は?』

『切ってる。私達の感情が流れ込んで、トマシュの魂が壊れかねないから』

『ん、ああそうか』

「ライネ、トマシュとエミリアの様子は?」

「えっ、あ。トマシュの具合が悪いのでエミリアが介抱してます」

ライネは魔王が襲撃者の頭を潰した話を思いだし、サーっと顔色が悪くなった。


魔王は思わず眉間にシワを寄せた。

「トマシュは怪我でもしたのか?」

「い、いえ。気分が悪いだけです」

「何故?」

「め、目の前で人の頭が吹き飛んだのを見たとかで」

「んー?そうか」


魔王が会議室に戻るや否や、カミルがライネの肩を掴んだ。

「中で何が?エミリアは無事か?」

「ぶ、無事です。土人形も魔王様が弱点を知っていましたから倒せましたし。操られていた冒険者も魔王が気絶させました。ただ、操られていない襲撃者がいたので、そいつ等と戦闘になっただけです!その時に魔王様が投げた手斧が女の人の頭を吹き飛ばしたのを見て、トマシュが吐いたんです!」

ライネの肩を強く握り締めながら、廊下に空いた穴を見た。

「それだけじゃ、ねえっすよ。班長が気絶している間に、廊下に居た奴等を一人で倒したんすよ。ほら、あの穴なんか魔法でぶち抜いたし、どうやったか知りませんが、襲撃者の何人かはその穴から飛び降りたんすよ」


カミルがアルトゥルが指差した穴の方を見ると、穴に向かって血痕が幾つも続いていた。

「マジかよ」


「た、頼むっ!あんた助けてくれ!何でも喋るから」

会議室から両手を捕縛された襲撃者がヨロヨロと出て来た。

「おい、お前!勝手に出てくるな!」


ライネが声を荒げたが、襲撃者は歩き続けた。

「ち、違うんだ!身体が勝手に動くんだ!」

襲撃者の左足に出来た傷口をから血が滲み出た。

「あ、あっー」

痛みに苦しみながらも襲撃者の歩く速度は上がった。


「こ、コレっすよ。さっきも生き残り連中がこんな感じで飛び降りたんすよ!」

カミルが取り押さえようと腕を伸ばしたが、襲撃者にタックルされて、身体ごと弾き飛ばされた。

「なっ!?何ィ?」

「イヤだー、また死にたくない!折角生まれ変われたんだ、後生だ、助けてくれ!」

とうとう走り出した襲撃者の尻尾をライネが掴んだが、それでも止まらず、毛と一緒に毛皮を引きちぎれるのも厭わず走り続けた。

「ぎゃあー!」

「アルトゥル、止めろ!!」

「ひいっ!」

アルトゥルは突き飛ばされたが、機転を利かせ捕縛用の腰縄を襲撃者の脚に引っ掛ける事に成功した。

「あがっ!」

顔面から床に転び、襲撃者の鼻が折れ歯も何本か折れた。


「取り押さえろ!」

カミルの指示にライネが襲撃者の上半身を押さえ付け、カミルが下半身を縛り付けた。

「は、班長、あれ見てくだせぇ」

「んだよ?お前も手つ……」

カミルが振り向くと襲撃者が更に三人廊下に出て来た。

「何だよこれ」

カミルは思わずぼやいた。

今取り押さえようとしている襲撃者一人を止めるのに二人掛かりでやっとなのに、更に三人も止められる訳は無かった。


万事休すとカミルが諦め掛けた時だった。突然、襲撃者三人が転び、暴れていた襲撃者も動かなくなった。

「へ?」

「なんだ?」


すると今度は、魔王の腕を引っ張りトマシュが廊下に出て来た。

「いや、止めてよ!」

魔王を操作しているのはニュクスだった。

嫌がる魔王を床に倒れ込み安堵していた襲撃者のところまで、トマシュは連れてきた。

「待ってくれ、俺達は命令されただけで!」

魔王を見て、襲撃者三人が泣き叫びながら命乞いを始めた。

「ほら、この人達の怪我を治して」

「え?」

トマシュが言った一言に一同は驚いた。


「はあ!?馬鹿じゃないのアンタ?」

トマシュが魔王の右頬を平手打ちした。


「げ、マジかよ」

アルトゥルが思わず言葉を漏らした。


「何すんのよ!」

魔王がポカポカとトマシュの胸を殴りだした。

「ちょっと、魔王様!?」

後を追っかけて来たエミリアが魔王の両手を掴んだ。

「は、離しなさい!」

「暴れないで下さい!トマシュも何?急に魔王様に平手打ちをするなんて」



「さっきも言ったよね?“君達は周りの被害を考えずに好き勝手に魔法を使いすぎ”だって」

「被害って、今回は襲って来た奴等を返り討ちにしただけでしょ」

「君達の場合は無意味に殺しすぎだよ!僕と戦ってた人だって、君達なら難なく捕縛出来たでしょ!」


魔王は本気で怒っているのか、耳が前に倒れていた。

「無意味!?ちゃんと意味が有るわよ!私達に逆らうと、どうなるか見せ付けるためにね!!」

トマシュも魔王の態度に反省の色が見えないので、段々と言い方が荒々しくなった。

「だったらなおのこと、捕縛すれば良いだろ!魔王を暗殺しようとしても失敗する事が判れば誰も暗殺なんかしなくなるでしょ!」


「そん「でも」」

魔王が反論しようと口を開いたが二人以上が喋ようとして噎せてしまった。

『場所を変えよう』

カエからの提案だった。


『お前らも一斉に喋るな。私まで苦しいじゃないか』

感覚を共有しているせいで、黙っていたカエまで苦しい思いをしていた。

『しょうがないでしょ、あの男ホントに腹立つ』

『何で怒られなきゃいけないのよ……』

『あ、待て!イシス泣くな!とりあえず、私がトマシュを説得するから』

誰か一人でも泣くと、身体の操作が泣いた人に切り替わるので、イシスが泣き出す事だけは避けたかった。


「判った、場所を変えて話そう」

トマシュが先導する形で、魔王はエミリアと控え室に移った。


「何が気に食わんのだ?」

魔王の雰囲気が変わったので、エミリアはぎょっとした。

トマシュは魔王から漂う殺気を感じたが、落ち着いた口調で話した。

「何で無抵抗になった人まで殺した?」

「いかんか?」

全く悪びれていない魔王にトマシュは怒りを覚えた。

「あのまま取り調べれば事件の協力者を逮捕出来るだろ」


魔王が呆れた様子を見せた。

「あいつ等は神聖王国の兵士だ。西の市場から歩いてすぐ、石像が置いてある広場に面した三階建ての医者の家を拠点に使っている」

「なんで判るの?人狼は神聖王国では奴隷にされてる筈なんだけど?」

トマシュの質問に魔王がすらすらと答えた。

「簡単だ、死んだ襲撃者の記憶を覗き見ただけだ。何でも神聖王国の中で“転生前の記憶”を持っている人狼を集めた部隊を作って、潜入工作員としているとか。その為にわざわざ、山の奥に城を作って訓練しているんだとさ。まあ、こんな感じに死者の記憶を直接見れるのでな。拷問で偽の情報を掴まされる事は無い」


「だからと言って、無闇に人を殺して良い理由になる訳が無いだろ!」

魔王は軽く首をかしげた。

「何を言っている?私に歯向かったろ。だから裁いた」

「それこそ、裁判に掛けて裁けば良いだろ!」

「ん?裁判?」

魔王が硬直した。

「有るの?」

「ミハウ部族長の肝煎りで、専門の裁判官が居るよ。法律も民会で話し合って決めてる。今回の場合は捕縛してから所轄の街、此処ならケシェフの市民から選ばれた11人の陪審員と裁判官で審議してから裁かれるよ」

魔王の顔から血の気が引いた。

「ど、ど、どうしよう。つい生前のつもりで殺してしまった」


魔王の変わりように、トマシュは驚いた。

「裁判と法律が有ることを知ってたら殺さなかったの?」

「あ、当たり前だ。民意によって決められた法律を遵守するさ」

魔王の耳が垂れた。


「御免なさい。生前は私達、王族が刑罰を決めて良かったから、いつもの癖で…………」

とうとう、身体の操作がイシスに切り替わり、目に涙を浮かべながら項垂れてしまった。

「イシス、生き残りの襲撃者を治療すれば問題ないから」

「うん……」

「あと、カエにだけど。残虐な殺し方をするより、捕縛した方が裁判で有利になるよ」

「うん……」

「あー、後アンタさ」


急にニュクスに変わり、トマシュは両耳を引っ張られた。

「そういう制度がある時は先に言いなさいよ!」

「イタタっ!何すんだよニュクス!」

トマシュは反射的に魔王の頬をつねった。

「ふぎゃ!」

『待て待て!三人共感覚を共有しているんだ、離さんか

やったわね、クソガキ!

ふにゃ!三人で感覚を共有しているから止めてよー!』


「そっちが先に離せよ」

「お断りよ!」

『離せニュクス!』

『ニュクスの馬鹿!』

エミリアは慌てた。

「え、えっと。と、とりあえず二人共離れて!」



「ご、御免なさい」

しゅんとした魔王が謝りながら治療をしたので襲撃者達は困惑した。

ただ、“また何時豹変して命を奪われる”かもしれない恐怖から黙っていた。

気付けば、騒ぎを聞き付けた冒険者ギルドの職員や冒険者が廊下の端に群がり、野次馬と化していた。


「おい、退いた退いた!」

野次馬の群れを押し退けながら、トマシュ達とはデザインが違う鎧を着た兵士が数人現れた。

「魔王暗殺犯の身柄を受け取りに来た!身柄を引き渡して貰いたい」


よく見ると昨日、民会が開かれている議場を封鎖していた兵士だった。

カミルが報告する為に、兵士の前に出た。

「お疲れ様です。捕縛出来たのはこの四人で、会議室の中に洗脳されていた冒険者が居ます」

「逃亡者は?」

「魔王様の話だと一名。竜と一緒に通りを挟んだ建物へ墜ちたと」



「ひょっとするとマズイな」

「何がです?」

カミルが捕縛された襲撃者を引き渡しているのを見ていた魔王の言葉に、エミリアが反応した。

「暗殺が失敗した事で、拠点に居る協力者も逃亡するかも知れんな」

「街の門を封鎖するように手配したので、大丈夫かと」

「いや、奴等は転移門を持っている。それを使われたら防げないだろ」

魔王は引き渡しを終えたカミルを呼びつけ、拠点制圧の打ち合わせを始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ