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斬首作戦・下

 荘園での爆発で混乱していた城内だったが、更に軍事顧問団の団長が使っている寝室でも爆発音がしたので大混乱に陥っていた。


「誰か下に行けるか!?」

 FELNの指揮官が叫んだ。


 城と荘園の警備を任されていたFELNの兵士達は着の身着のままで食堂や自分達の部屋から飛び出し、大急ぎで武器を取りに武器庫へ殺到していた。


 軍事顧問団の元で訓練を受けていた彼らだったが、前装式ライフルの銃弾が足りず、戦列歩兵300人を城の警備の為に留め置いていた。彼らは今、城内の武器庫から前装式ライフルを取り出すと、弾薬箱から厚紙に包まれた紙製薬莢を5個取り弾薬用の雑嚢に4個入れ残った1個を装填し始めた。


「行けます!」

 準備が出来た小隊長の一人が手を上げ、部下達と指揮官の前に出て来た。


「第2小隊か、気を付けろよ。侵入者が居ても深追いするな」

「了解」


 1個小隊50人が音のした現場に向け移動を開始したのを見送りつつ、指揮官は次の指示を考えていた。


「陽動の可能性は……」

 相手の狙いが判らない以上、1箇所に戦力を集中できなかった。


「第1小隊は屋上へ、第4小隊は弾庫、第5小隊は居住区に向かえ」

 目に付いた小隊に城内の拠点を守るように順次指示を出した。

 もしかすると、別の部隊が攻めてくる可能性も有るので、広く分散しつつ敵の正体を探ろうとしたのだ。




「おい!水だ急げ!」


 荘園の方では反乱奴隷達がバケツリレーで火事を消そうと奔走していた。


「ねえ、此処の人達は?」

 妖精の少女が顧問団の姿が居ないのに気付いた。

「っ!……居ないな、中か!?」


 人馬の男も少女の一言に気付き周囲を見たが、顧問団の姿が見えないので燃えている厩舎の中に取り残されていると思い有るものを探し近くの倉庫に向かった。


「あった!」

 使い古しの古い毛布と馬用の水飲み桶を見つけた人馬の男は少女の所に戻ってくると、指示を出した。

「誰か水をくれ!」


 長方形の水飲み桶に毛布を入れ、たまたま通り掛かった人熊の少年や妖精の少女から水の入ったバケツを貰うと水飲み桶に注ぎ毛布を濡らし始めた。


「中に入ってくる!」

 人の上半身と馬の下半身にバケツに入った水を掛け、十分に濡らした毛布を全身に被ると、人馬の男は燃え盛る厩舎に飛び込んだ。



「あっちゃっちゃちゃ!!」

 判っていたが、中の飼い葉に火が回っており、人馬の男は燃える屋根の熱と火の着いた飼い葉の熱に晒されつつも叫んだ。


「おい!誰か居ないか!」

 少しだけ中に踏み込んだが、足元の異変に気づいた人馬の男はギョッとした。


(血!?)


 後から飼い葉を撒き誤魔化していたが、床に血痕と何かを引き摺った跡が在った。


(此処か!)


 幸い火が回っていない飼い葉の中に続いていたので人馬の男は腕をツッコミ探り始めた。


(っ!油が撒かれてるな……。お!)


 飼い葉に油が撒かれていたが、中に居た人の手を握れたので急いで引っ張った。


「うっ……ひでぇ……」


 全身傷だらけで、既に事切れていた男手だった。


「コイツは……」

 もう一人、頭に銃痕が有る男を見て人馬の男は理解した。

(破壊工作か!?そう言えば……)

 

 厩舎の奥で屋根が崩れ落ちた影響で、一気に熱風が入り口の方に向かってきた。

(やっば)


 大急ぎで男2人の遺体を担ぎ、厩舎の外に出た。




「うわぁ!」

 階段の下から撃たれ、FELNの兵士はその場に倒れ込んだ。


「敵だぁ!」

「ぅああ……肩が……」

 倒れた兵士は右肩を撃たれその場に倒れ込んでいた。


「大丈夫か!?」

 助けようと、仲間の一人が近付いたが続けざまに階下から銃撃されその場に倒れた。




(下へ向かう)

 助けに入った兵士の首を撃ち抜いたライネは目で城の下部に通じる通路を示した。

(了解)

 部下がハンドサインで応え、通路に向かったのを確認すると、ライネは手榴弾を上の階に投げ、自分も後を追った。


「このままズヴェルムの厩舎に降りるぞ」

 城の出入り口が全て塞がるのは想定していた。ライネ達は脱出するのはワイバーン用の厩舎からと決めていたのだ。


「接敵!」

 先頭を行く兵士が発砲し、全員通路の脇道に隠れた。




「敵だ!」

 2発銃弾が飛んできたので、FELNの兵士が前装式ライフルで応戦しようと顔を出したが、先程発砲した兵士が再び撃ってきたので慌てて顔を引っ込めた。


「アイツら自動小銃を持ってるぞ!」

 装填のために銃口を逸らす必要がない銃を持っている相手なのでかなり分が悪かった。


「上に連絡だ!自動小銃持ちの敵兵と遭遇!」

「はい!」

 急いで伝令を出し、残った兵士達も出て来た通路に戻り始めた。




「迂回は?」

「いや、此処だけだ」

 厩舎に通じる通路の脇道に敵が居るが、恐らく通路を横切る時に撃ってくる……。


 かと言って迂回路が有るわけではなく、後ろからも敵が来る恐れが有るので、敵の射線を横切る必要があった。


「ビリー援護しろ。俺が先に渡る」

「了解」


 何が起きるか判らないのでライネが最初に通路を横切ることにした。


「良いか?」

「何時でも」


 息を整えたライネは叫んだ。

「今だっ!」


 部下のビリーが半自動小銃を通路に出し、5回発砲するとライネは通路に飛び出し、自身も発砲しながら反対側へ渡った。


(来いっ!)

 援護射撃に驚き、相手が物陰に引っ込んでいたので後続の部下達に手招きし、ライネは身を乗り出しながら援護射撃を始めた。


 1人、2人と渡った所でライネの銃が弾切れを起こした。


「装填中」

「代わります」


 部下2人が代わりに援護射撃を始め、残ったビリーも無事に渡り、援護射撃する2人の肩を叩くと、全員厩舎へと走り始めた。





「行ったな……」

 恐る恐る顔を出したFELNの兵士はお互い顔を見合わせて黙った。


「……追うぞ」


 正直、追いたくはないが指揮官は意を決して追撃を指示した。




「あーもう、うるさいなあ」


 爆発音や発砲音に辟易としつつ、ニスルが放った黒猫はチェザリの居る牢屋に入った。


「……アラ?」

 と、直ぐに異変に気づいた。


「あの優男居ないし!」

 鎖がついた手枷が地面に投げ棄てられ、牢屋の扉も開いていた。




「あの、ニスルさん。この騒ぎは?」

 リシャルドの娘を生んだ人猫のヤニーラが居る寝室に入ってきたニスルは扉を閉め、内側から鍵を掛けた。


「誰かが忍び込んだみたい。でも、私が居るから安心して」


 城の上の方に在るこの部屋にはライネ達は来ない事になっていたが、念の為やって来たのだ。


「う……んー……」

 ヤニーラの娘がベッドの上でグズり始めた。


「ほら、大丈夫だから」

 ヤニーラは娘を優しく抱きしめ、ベッドの縁に座ってあやし始めた。


「あら……」

「あ」


 娘が小刻みに震え、匂い始めたのでヤニーラは苦笑いした。

「手伝うわ、オムツの替えは有る?」

「あ、スミマセン。そこの棚です」


 ニスルは布オムツと、拭き取るための古布を手にやニーラの所に向かった。


「……手慣れてますね」

 ヤニーラの目の前で娘が履いていた汚れた布オムツを脱がせ、清潔な古布で汚れを拭き取ると、ニスルは新しい布オムツを娘に巻くと端を丁寧に縛った。


「コレでも子供が居たからね」

「え、そうなんですか?」


 新しい布オムツを履かされ、ヤニーラの娘はご満悦だった。


「ブレンヌスとのね……。この子と同じでキマイラよ。もう、30過ぎだけど……」

「……え?」


 ブレンヌスと出会ったのは30過ぎてからと聞いていたが、それを考えるとニスルの歳は60を越えるのでヤニーラは目を白黒させた。



「……っ!誰か来た!」

 ニスルが外の異変に気付き、扉の方を見ると誰かが扉を開けようと無理矢理扉を押し始めた。


「隠れて、早く」

 ヤニーラは娘を抱え、ニスルに指差されたクローゼットに逃げ込んだ。


「誰だ!」

 ニスルがローブの下に隠していた剣を抜き叫んだが、次の瞬間、ドアが破られ男が入ってきた。


「チェザリ……!?」


 男は眠らせる筈になっていたチェザリだったが、どういう訳か部屋に入ってきた上に様子がおかしかった。


(洗脳されたとは聞いてたけど、面倒ね)

 洗脳どころか、魔法で身体能力を強化されたのか、口元から涎を垂らし、目も真っ赤に充血したチェザリが扉の縁を力強く掴み碎いてみせた。


「ぬぅああ!」

 扉の破片をニスルに投げ付けて来たが、ニスルは右に半歩動き避けた。


(あ、逆にアホになってる?)

 動きに精悍さが無いので、ニスルは一気に懐に飛び込み、股間を思いっきり蹴り上げた。



「うんぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


「あらら?」

 顔面蒼白になり、股間を抑えたままチェザリは部屋の中を転がり回った。


「あれ?終わり?」

 流石に避けるだろうと思ったが、まさかの展開にニスルは困惑した。





「よし、閉じろ!」

 ワイバーン用の厩舎に入ったライネの指示で、部下達は入り口の扉を締め木箱などを扉の前に積み上げた。


「合図を」

「了解!」

 部下の一人が緑色のランタンを取り出し、外に出た。



「大佐!来ました!」

 上空で光が点滅し、ライネ達も外に向かった。


「伏せろ!」

 崖側に30メートル突き出た形になっているバルコニー状の発着場に出た所でライネは兵士が狙っていることに気付いた。




「撃てぇ!」




 頭上から斉射され銃弾は当たらなかったが、置いてあった木箱や床の石材の破片が容赦なくライネ達に襲い掛かった。


「撃ち返せ!」

 射線が通らない場所に逃げ込み、ライネ達は応戦したが3方向から撃たれるので分が悪かった。


「っつぁ!」

「ビリー!」

 ビリーが床に倒れた。


「ああ、クッソ。いてぇ」

 脇腹を撃たれたビリーを仲間の一人が木箱の陰に引き寄せた。


「おい、そろそろだ!大丈夫か!?」

 遠くに居たライネが叫んだ。


「走れるか?」

「走ってみせるさぁ」


「行けます!」

 部下の返事を聞き、ライネは周囲の状況を確認してから叫んだ。


「走れ走れ走れ!」


「行くぞ」

「応よ」


 ビリーの肩を持ち、部下が走るのを見ながら、ライネともう一人の部下は、敵の居る方に、適当に銃を乱射しながら走り始めた。




「奴らは!?」

 ライネ達が封鎖した扉を破り、バリケードを蹴散らせながら他の兵士達が入ってきた。

「向こうだ!」


 発着場の端に向かって走るライネ達の後ろ姿に気付き、兵士達は後を追いかけ始めた。


「逃がすな!追え!」



「走れ、走れ!」



「何処に行くんだ?」

 なにもない、崖下に向け走るように見えるライネ達にFELNの兵士達は困惑した。


「止まれぇ!」


「飛べぇ!」


 発着場まで追いかけて来た兵士が叫んだが、ライネ達は発着場から崖下に飛び降りた。


「嘘だろ!?」

 身投げかと思った兵士たちだったが、直後大きな影が2つ、4人を追う形で通り過ぎたので目を見張った。


「ズヴェルムか」

「逃げられた……のか」


 地面ギリギリを飛ぶズヴェルムの背中に、ライネ達が乗っているのに気付き、兵士達はライネを逃したことに気付き呆然とした。

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