ヨルムとのお茶会
トマシュは居心地の悪さに胃がキリキリと痛むのを感じていた。
隣の席には魔王、そして向かいの席には神獣ヨルムンガンドと魔法を使うメイドさんという、良く分からない組み合わせのお茶会が始まったのだ。
そもそも、ヨルムンガンドは伝説上の神獣だったのだが。トマシュと同じポーレ族のヤツェク長老、先代ポーレ族の部族長、クヴィル族のミハウ部族長、ヴィルノ族のチェスワフ部族長とフィリプの5人組が倒したと聞いていたが、目の前に居るのはどう見ても妖精さん位の見た目の少女。それもお菓子を頬張っている様から見た目通りの年齢のようだった。
確か倒されたのは三十年近く前の筈だが、歳を取らないのか?それとも化けているだけなのか?等とヨルムンガンドを見ながら考えていたが、ヨルムンガンドと目があった?
「食べないの?」
トマシュと魔王が茶菓子としてそれぞれの席に出されたマカロンに手を付けていないことに気付いたヨルムンガンドが尋ねてきた。
ふと、トマシュが魔王の方を見ると魔王は皿を持ち上げてマカロンを凝視していた。
「ナニコレ?」
「さあ?」
トマシュ自身もマカロンを見るのは初めてだったので何なのか答える事が出来なかった。
「アレ?マカロンだけど…………。グナエウスさんってイタリア人じゃないの?イタリアにもあるお菓子の筈だけど」
「イタリアにはそうだな…………。かれこれ五年は住んでいたが、このような食べ物は見たことはないな」
マカロンから目を逸らさずに魔王が答えた。
「ヨルム様、マカロンは中世以降に作られたお菓子ですので、ローマ人は、!!」
“ローマ”という単語に反応して魔王がヴィルマの方を向いたので、身体を強張らせた。
ヴィルマが怖がっている事に気付いた魔王は目を逸らしてから、左の人差し指で頬を掻きながら、何て話し掛けようか悩んだ。
さっきまで、魔王を構成する人格の一人であるイシスがヴィルマの事を攻撃した手前、話しづらいのだ。
ヴィルマの方も魔王が機嫌を損ねて、いつまた攻撃されるのではと怖がっていた。
ヨルムはマカロンを頬張りながら、魔王側が話を切り出すのを待っていた。魔王が甘いもの好きだと言うことはミハウ部族長の家に派遣しているヴィルマから聞いたので、魔王の機嫌を治すために妖精メイドさんに用意させたものだった。
三竦みの状態になって会話が進まない様子を見ていたトマシュは、慌てて話題を出した。
「と、ところで、この黒色の飲み物は何ですか?」
「コーヒー」
妖精メイドさんが持って来たお菓子のお代わりを頬張りながらヨルムは答えた。
「ヨルム様、食べ過ぎです」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
ヨルムがお代わりを頬張るのを見た魔王がマカロンを一つ口にした。
「これ、美味しい…………。アッツ!」
『『この、馬鹿ー!』』
トマシュが魔王の方を見ると、右手にコーヒーのカップを持ち、左手にマカロンを握り締めつつ、手の甲で口の辺りを擦っていた。
「あー、お姉ちゃん大丈夫?」
コクコクと、魔王は頷いた。
『私がコーヒーを飲もうとしてたのに、なに勝手に身体の操作を奪い取ってるんだ!』
『だ、だって私もマカロン食べたくて』
『感覚を共有してるんだから味は分かるでしょ!』
三兄妹の念話でのやり取りを聞いて、トマシュは何とも言えない表情をした。
「ところでだけど、私に何か用事が有るの?」
なかなか話を切り出されないので、ヨルムから尋ねた。
「私の身の回りをしてくれている巫女のエミリアを神官にして貰いたくてな」
「いいよー」
『即答かい
はやっ
いいんだ』
ヨルムが魔王の方を見てから、トマシュの方に目線を変え合図した。それを見た魔王が頭を縦に振り肯定したところで、トマシュが硬直した。
「流石にモブには見せられないからね」
ヨルムの魔法で本当にトマシュが硬直したか確認するために、魔王がトマシュの鼻を押したり、デコピンをしたりして確めた。
「あー、お姉ちゃん。硬直が解けた時点で一気にダメージが入るから」
そう言うとヨルムが懐からタブレットを取りだし、画面を撫でてロックを解除した。
「エミリア・レフ」
タブレットに向かい話し掛け、画面に表示されたエミリアの設定画面を2、3回タッチした。
「はい、変えたよ。後は?」
魔王はヨルムがタブレットで何をしたのか判らなかったが、多分魔法的な物なのだと自分に言い聞かせた。
実際のところは、ヨルムが使っているタブレットは、情報化社会を迎えた文明で良く使われる何の変哲もない物で、アプリでこの世界の情報をある程度弄れる様になっているものだった。
「なぜ、エミリアを神官にせずに全く関係がない男を神官にした?」
タブレットをテーブルに置いて、軽く溜め息を吐いてからヨルムが話し出した。
「パパが、“人狼が一番苦労しそうだから、経験のある男性に神官になって貰って、サポートした方が良い”って」
「苦労するだと?」
ヨルムが少し目を逸らして話し出した。
「うん。何かパパの中では、貴女は“只の御飾りで自分では何も決められない駄目な奴”ってイメージが……ある…………とか」
魔王が不機嫌になったのではと思い、少しずつ目線を魔王に戻しながらヨルムは話したが、魔王は普通にコーヒーを飲みながら聞いていた。
「他の神様連中にも言われたが、私のイメージは悪いんだな……」
「それもだけど、人狼の結束の悪さと技術力の低さも有ると思うよ」
技術力の低さと聞いて、魔王は疑問を持った。
「私が見た限りでは技術力はそこまで低いとは思えないが」
薬用の小瓶に施された装飾や、刀剣の精巧さについては、魔王が居た世界よりも技術力は有った。
上下水道が無いことは不満だが。
「他の種族と比べると、どうしても見劣りするよ。人狼は転生者が多く居るのに中世レベルから進歩が無いのに対して人間やドワーフは火薬を使いだしてるし」
「かやく?」
「硫黄や硝石とか燃える物を混ぜて作った薬品だよ」
魔王は右手で顎の辺りを撫でながら考えた。
「火壺に詰める物と同じか……」
「魔法も魔法具を渡したり、妖精さん経由で広めようとしても、派閥毎に情報を秘匿するしヤツェクやミハウみたいに他人に教えたがら無いから広がらなくて」
ヨルムが「あのバカ共」と小さく悪態を吐いた。
「そんなに派閥争いが酷いのか?」
魔王の疑問にヨルムは席から立ち上がって叫んだ。
「酷いなんてもんじゃないよ!ミハウが居るクヴィル族の騎士団なんか、ミハウがポーレ族を保護する議案をクヴィル族の部族会に提案したら、部族長から追放しようとするから、結局ミハウが議案を取り下げる事になったし。毎日、ポーレ族に嫌がらせをするわ、ケシェフ市民から財産を徴収するから市民と仲が悪いし。市民側の商業ギルドの団体も表向きはトラブルは無いけど裏じゃ各ギルド毎に派閥争いをするのが当たり前で足の引っ張り合いしかしないんだよ!」
ヨルムがタブレットの画面を弄りながら続けた。
「基本、一族単位でしか他人を信用しないのが当たり前で、同じ部族同士でも一族が違えば信用しないんだ。その中でポーレ族が他の種族と仲良くしているから、他の部族はポーレ族の事を馬鹿にしてるし。あ、コイツ!」
ヨルムがタブレットの画面を魔王に向けて、画面に表示された人狼の青年を指差した。
「コイツが騎士団の団長をしてるランゲとか言うムカつく奴!」
「へぇ…………かっこいいじゃん」
つい、ニュクスの呟きが口から出た。
「あ?」
「いや、すまん。今のは妹が言ったんだ」
一瞬で殺気を帯びたヨルムだったがカエの一言で不機嫌そうに、席に乱暴に座った。
「言っとくけど、騎士団はお姉ちゃんの事を暗殺するかもしれないからね」
「何?」
「鍛冶屋で冒険者相手に苦戦してたでしょ?」
トマシュの知り合いのフランツさんとニュクスが手合わせして、一方的にやられてた事を思い出した。
「アレで“子供なんかの指示に従ってたまるか”って騎士団で話が上がってるの。一応は貴女と話をしてから決めるって事になったから、冒険者ギルドで会談出来ないかってゲルダさんにゴネてるよ」
確かにこの後、冒険者ギルドで会談が有るが……。
魔王からすれば、いきなり面倒な事になった。
「騎士団からはランゲ一人で来るのか?」
魔王が心配したのは、会談の席で暗殺を行うのかどうかだった。
「護衛に従士が二人付いてるけど?」
魔王が顎に右手を当て考え込んだ。
『三人か…………』
『どうしたの?
どしたの?』
カエが考え込んだのでニュクスとイシスが参加しての脳内会議が始まった。
『会談でいきなり抜くかな?』
『カエなら大丈夫だよ。武器を持っているし、最悪転移で逃げればいいし』
『そっちの心配じゃない。騎士団に対する処罰が問題なんだ』
『粛清すれば?』
『あまりしたくない…………ん?』
ちょっと待てよと、カエは思った。何か情報が詳しすぎやしないかと。
「妙に詳しい情報が多いが、住民の思考でも監視しているのか?」
ヨルムの代わりにヴィルマが答えた。
「いえ、流石に厳しいので、私が妖精達を使って街中の情報を集めさせてます」
「ふむ……」
『一覧表でも頼むかな』
『粛清用のリスト?』
『違ぁう、違う違う!懐柔する為のリストだ』
「この世界の人狼が手を取り合って何かした事は無いのか?」
魔王の質問にヨルムがまたタブレットの画面を見せて説明を始めた。
画面に写し出されたのは、魔王には見慣れないが、良くあるジーパンやシャツと言ったファストファッションを着た人々が映った複数の画像だった。どれも家族だろうか、荒野や原始森の中でお互いに抱き合いながら呆然と立ち尽くしているものが多かった。
「人をこの世界に“配置”して六百年ってとこだけど、どこも順調に発展してたよ」
画面が次々に切り替わった。
妖精から鉄器を貰い、木を切り出し、家を造る人狼。
妖精から弓矢の作り方を教えて貰い、狩りをする人馬。
羊毛から服を作り、子供に着させている人猫の母親。
どれも、いきなり異世界に放り込まれ途方に暮れていた人々が妖精の援助もあり、逞しく暮らしている画像だった。
画像はやがて、野原を切り開き、ソコソコの規模の街が出来上がり、周りに麦畑が広がる物で止まった。
「この時点で百年経ったよ。すでに最初の世代が知っていた電気とか飛行機とか…………まぁ色々な技術が無くなった時代だね」
ヨルムが次に写した画像は、兵士が村を焼き払い、略奪をしている画像だった。
「最初の魔王ごっこの時は人狼も団結してたなぁ」
第一回、第二回と魔王ごっこの回数が増える毎に、各種族の武器や街並みが洗練されていった。
「この時に人狼が四方から一斉に攻められて、一部の部族が征服されたんだよな」
画面に地図が表示され、人狼の領域が大きく喪われているのが判りやすいよう、色分けされていた。
「コレが三百年前、この時に部族毎の仲が決定的に悪くなって、これ以降は魔王ごっこじゃ常に最下位の常連。あんまりつまんないからってパパが“新しい配置先を創るかもしれないから、保護だけしてて”と、五十年は放置してるよ」
すっかり荒れ果てた街並みを写した画像が表示された。
「今とは比べ物にならないほど荒れてるな」
「なんだかんだで、六十年前の魔王ごっこの時の転生者組が、放置されていた期間中に色々としてたし、私達も妖精を派遣しまくったからね」
「フム……」
「あのー、ちょっとよろしいですか?」
ミハウ部族長の家に居た妖精のメイドさんが話し掛けてきた。
「冒険者ギルドから魔王様が消えたのが騒ぎになりそうです」
ヨルムがタブレットで時間を確認した。
「あー、もうそろそろ11時か」
キョトンとした魔王の様子に気付いたヨルムが補足の説明をした。
「会談が始まる時間だよ」
「あー、そうか」
「アイタっ!」
トマシュの硬直が解かれ、デコピンのダメージが入ったのか、デコを撫でながら魔王の方を見てきた。
思わず魔王が視線を右に逸らしたので、トマシュに自分が犯人だと白状する形になった。
「ところで、お姉ちゃん」
「ん?」
呼ばれて魔王がヨルムを見た。
「何か喋り方がお爺さんみたいだけど何で?」
「ん?あー…………。いや、物心ついた時には既に王だったから、仕事をしている時はつい癖でな。気になるか?」
「んー……まあ、別に…………」
自分より、ちょっと年上にしか見えない魔王が、年寄りみたいな喋り方なのは可笑しいが、ヨルムは何も言わないことにした。
「では、邪魔をしたな。また用があれば、ヴィルマを通じて頼み事を依頼する」
そう言い残し、魔王がトマシュの手を握り姿を消した。
「あー…………怖かった…………」
ヴィルマがテーブルに倒れるようにうつ伏せになった。
「グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオスか…………」
「誰なんですかあの人」
「さあ?ローマ人なのは間違いないみたいだけど、ユリウス・カエサルか…………、皇帝ではくて王って言ってたし判んないなあ。まあ、今夜辺り本人に聞いてみて」
「ぁ~~~~~~」
魔王とミハウ部族長の家で生活していることを思い出し、ヴィルマは声を漏らした。
「あれ?」
魔王と転移したトマシュだが商業ギルドの廊下ではなく、再び街の地下通路に出たので一瞬戸惑った。
「カエ、此処って」
ポスっと、抱き付いてきた魔王がトマシュの胸に顔を埋めてきた。
「カエ……だよね?」
「んー……暫く良いか?」
魔王が顔を胸に擦り付けてきた。
「すまない。もう少しだけ頼む」
「どうしたの?」
「いや…………何でもない。行こうか」
それだけ言って、魔王はトマシュと再び転移した。




