総攻撃 −掃討戦への移行−
「突撃ーッ!」
爆破した壁から出て来た反乱軍兵士を蹴散らしたイシスは突撃を命じた。
「わあああああぁぁぁぁ!」
剣と盾を装備した兵士が楔形の隊形に並び、壁ごと爆破され、土塁に空いた穴に突入し始めた。
「構え!」
ブレンヌスの指示で“凹”型に並んだ槍隊が槍を突き出し、槍衾の状態になり、さらに後ろの高台には弓隊も並び矢を番えた。
「ぁぁぁああああ!」
楔形の魔王軍の先頭が槍隊とぶつかり、槍隊の一部が勢いに負け後ろに下がった。
「放てぇ!」
槍を捌くのに気を取られ、飛び道具に対する注意が疎かになっている魔王軍に容赦なく矢を浴びせられた。
壁の外では隊列を組んで盾を構えていたので大した被害はなかったが、斬り合いを始めた状況では満足に盾を構える余裕がなく、射たれた兵士が一気に倒れた。
「前進!」
“凹”の字の底辺だけが魔王軍と戦っているが、ブレンヌスは両脇の部隊に前進を指示し、3方向から槍で攻撃し圧し潰す作戦に出た。
「どうした!?」
後続の部隊が壁の中に入れず立ち往生を始めたので、イシスが苛つきながら後続部隊の指揮官に尋ねた。
「前が進みません。詰まってます」
ニュクスやカエと違い、合戦の指揮を執った経験が無いイシスは雰囲気に呑まれそうになっていた。
「後ろから押せ!押し倒して構わん!」
「南門からも突入開始」
マレック卿の率いる部隊が続々と門の中に入っていくのが見えたが、ニュクスは直ぐにイシスの方に視線を戻した。
「何やってるのよ……」
完全に動かなくなったイシスの部隊はニュクスの居る場所からも目立っていた。
『ちょっと!固まってるなら退きなさい!』
押して駄目なら引いてみる……。
戦でも戦況が膠着したなら、考慮すべきだった。
前線に居る兵士達は常に敵と戦い続けイタズラに体力を消費し続けるだけで、戦況に何も貢献しないばかりか討ち取られ此方の犠牲が増えるだけだ。
「イシス様!お待たせしました!」
空気を読まないマルチン卿の挨拶にイシスは兜の中で耳を真横に倒した。
「ご苦労さま」
マルチン卿の大声が耳に付くのでイシスは視線をすぐに土塁に空いた穴に向けた。
ニュクスから「退け」と命令されたが、大人しく退くのは癪なのでどうしようか考えていた。
「私達が来たのでご安心下され!直ぐに敵を打ち負かしてみせましょう!」
マルチン卿の方に視線を戻し、彼と彼が連れて来た部下をイシスは観察した。
「では、お任せします」
今突入してい兵士たちと違い、下馬した騎士や従士が中心になった重装歩兵の集団で、武器も大剣や大斧だった。
「敵が退くぞ」
「留まれぇ!」
“凹”形だった陣形も魔王軍を圧し潰す過程で“V”形に変わっていたが、ブレンヌスの指示で反乱軍は深追いすること無くその場に留まった。
「斬り込め!」
撤退する魔王軍の兵士と入れ替わる形で、今度は金属鎧で武装した騎士達が雪崩込んで来た。
「放て!」
弓隊が一斉に矢を放ったが金属鎧には効果はなく、勢いを削がれ無いまま、槍を構える兵士たちに斬り掛かった。
「うぎゃああ!」
突き出された槍を叩き割り、突っ込んでくる騎士はあっという間に大剣の間合いにまで近付き、槍兵の右肩に大剣を振り下ろすと、槍兵の右腕は肩の所から両断され地面に落ちた。
「腕を狙え!動きを止めるのだ!」
直ぐにブレンヌスは槍隊に騎士の腕を狙い、武器を振るのを妨害させようとしたが、重装の手練相手に多少の訓練をしただけの槍隊は為すすべもなく蹂躙された。
身体や頭を叩き潰されて絶命するのは、まだ運が良かった。手足を切り落とされたまま放置された兵士の叫び声を聞き、槍隊全体が浮足立ち始めた。
騎士達も相手の士気を落とすために、ワザと急所を外して攻撃するので、尚更効果が有った。
「ブレンヌス様!南門も突破されつつあります!」
「致し方ないな」
伝令の報告を聞き、ブレンヌスは叫んだ。
「撤退だ!本陣に退くぞ!」
「外の状況はどうだ?」
オルゼル城で出陣準備をしているイゴール卿は従士に聞いた。
「魔王軍が攻囲陣の中に入ったそうです」
「早いな」
表向きは討ち死にしなければいけないイゴール卿だったが、魔王軍の動きが早いので反乱軍に斬り込む前に戦が終わるのではと危惧し始めていた。
「如何しますか?何も考えずに攻囲陣に斬り込むのも芸が有りませんよ」
オルゼル城に攻め込んだ反乱軍との戦いの最中に討ち死にしたフリをするつもりだったが、反乱軍は出城相手に手間取った上に、オルゼル城に近付いても来なかった。
「いや、それでいいだろ。勝てると思って油断して近付いた所を討ち死に……。悪役らしい最後だろ?」
「悪役など……」
「攻囲陣を左右で分断する事に成功しました。敵の本陣がどちらに在るかは不明ですが、東側の抵抗が激しいと報告が有ります」
反乱軍を分断してしまえば、後は各個撃破して戦いは終わりだった。
「ポーレ族の様子は?」
「カミル・ジェリンスキ伍長が狼男化した所、反乱軍は退却しました。現在、侵入してきた坑道に可燃性の油を流している最中です」
発見された主な坑道はニュクスの命令通り、火を焚き人が通れないようにする作業が進められていた。
「午前中に計画されていた作戦は大方完了しました。午後1時……30分後には、ヤストロップ族、ズォラフ族による掃討戦に移行します」
控えていた2部族が主体となって作戦の第2段階が予定通り行われる事になっていた。
「順調ね……。改めて、反乱軍の鎮圧が目的だから殺戮や捕虜の獲得が目的でないことを通知して」
「了解」
今回の鎮圧戦で反乱軍を大敗させた後は、反乱軍に恩赦を与えることになっている。
その事を考えれば、無用な流血を避ければいいが、果たして掃討戦でどうなるか。
「追い詰められた兵士はどうなるか……」
最後の最後で全滅覚悟の決死の攻撃をされては意味がない。上手く立ち回り、相手方に逃げ道を確保する必要が有るが……。
「コイツが転がってきたロケット弾ですか!?」
作戦が一段落着いた頃になって、工兵隊から不発弾処理の兵士が派遣されて来た。
「ああ、2,3回跳ねた後に地面に突き刺さったんだ。もう少しでハーバー将軍が死ぬところだった」
ショーンが説明すると、やって来た工兵は弾頭の状況を確かめると無造作にロケット弾を引き抜いた。
「大丈夫なのか?」
「ああ、弾頭がもう無い。空中で爆発してたんだろうな」
工兵はロケット弾を地面に放り投げ、弾体部分を手で回しロケット弾の状況を調べ始めた。
「コレで20発目だ。いくら製造が簡単だからって言っても、こうも暴発するのが多いんじゃな」
「そんなに多いのか?」
傍らで作業を見ていたアルトゥルが質問すると、工兵は不満だったのか饒舌に文句を言い始めた。
「多いもなんも、敵の陣地に半分も届いとらんよ。殆どが推進剤の黒色火薬の圧力に負けて空中で破裂したりして回転するんだ。特になあ」
工兵は弾体尾部の羽根を指差した。
「このカエルみたいな絵が描いてあるのが特に暴発するんだ。2発は野戦病院に落ちたし、1発は輸送隊の荷馬車を直撃したんだ。まあ、怪我人は居なかったけど」
「ぁ」
アルトゥルが何かに気付き顔を逸した。
「……あれ?コレって」
ショーンがカエルの正体に気付き、アルトゥルの方を見た。
「何か有るかい?」
「ああ、大丈夫だ」
ロケット弾を回収し、工兵がアメリカ連隊の陣地から居なくなると、ショーンは改めてアルトゥルの方を見た。
「あのカエルさ……。ロンが良く書類の端っこに描いてるカエルだよね?」
「うっ……!」
再開してしばらく経つが、アルトゥルが書類の余白などに蕗を傘代わりにしたアマガエルのキャラクターを描いていることにショーンは気付いていた。
「……ありゃ、多分弟が描いたやつだ」
「どういうこと?」
バツが悪そうにアルトゥルは白状し始めた。
「弟が俺の絵を真似して描いたんだろうな。アイツ、鍛冶屋で働いてっから」
「……」
ついさっきまで、烈火の如く怒っていたアルトゥルが急に静かになったので、“何だろな?”程度に考えていたらまさかの答えだった。
「つまり、危うく弟に殺されかけたって訳?」
「……言うなよ」




