ヨルムの地下シェルター
魔王とトマシュが転移した先は妖精二人組が現れた扉の向こう側だった。
トマシュが振り替えると貯水槽で設計図を広げながら、作業の段取りを決めている二人組が居た。
不意に二人組のうち、親方風の貫禄がある妖精がトマシュ達の居る通路を指差し、弟子風の若い妖精も通路を見たが、こちらには気付いた様子はない。
魔王が言っていた姿を消す魔法が効いているようだ。
尤もトマシュからは魔王が見えているし、自身の姿も見えているから不思議な光景だが。
『手は離さないでね』
声が聞こえたのでトマシュは魔王の方を振り返った。
『念話よ、念話。風魔法で音を消しても勘が良い人は気付くから念話を使うわよ』
『あ、普通に喋ようとすると念話になるように調整したから、何か喋ってみて』
何だか判らないがトマシュは普通に喋ってみた。
『念話?』
すると、どうだろう。口が動いた感覚は無いのに、話そうとした言葉が聞こえた。
『え?何これ??』
しかし、トマシュは違和感から自分の声だと最初は気付かなかった。
『A,B,C,D,E,F,G』
トマシュは気になりアルファベットを読み上げた。
『Pchła pchłę pchała pchła płakała!』
(ノミがノミを押したらノミが泣いた!)
早口言葉も言ってみたがトマシュの違和感が消えない。
『どうかした?』
『声が変!!』
『ハイ?』
『ハァ?』
『んー?』
トマシュ一人が感じ、魔王三兄妹の全員が感じなかった違和感。それは録音した自分の声を後から聞くと、自分が思っていた声と音が違う様に聞こえるのと同じ現象が起きていたのだ。
念話は自分の身体から発する訳ではないので、普通に喋った時とのように骨などを伝わって音が伝わらないので、多少違和感が出るのだ。
『普段通りだけど?』
『嘘だー』
『本当さ』
『てか、どうでも良いでしょ』
『…………あれ?もしかして、三人と会話してる?』
返答が複数有ることからトマシュはここで三兄妹と話してることに気付いた。
『そうだ
いまさら?
そうだよー』
三兄妹は同時に喋った。
『三人の声は普通だ。というか、三人共同じ声かい!』
『あ、誰か来るよ』
トマシュの突っ込みはニュクスの一言で無かったことにされた。
ガラガラと音を立てながら、通路の角から現れたのは青い煙菅服を着た妖精さんだった。
背中にはドラムリールを背負っており、ケーブルを敷設しながら走ってきたようだ。
『なんだろ?アーティファクトかな?』
『アーティファクト?
アーティファクト?
アーティファクト?』
『ちょっと、誰か一人が喋ってよ』
全く同じタイミングだが微妙にトーンが違う声がいっぺんに聞こえてくるので、トマシュは少し変な気持ちになった。
『じゃあ、私が代表して喋るようにするか
じゃあ、カエが代表して喋るようにして
じゃあ、カエが代表して喋ってくれる?』
三兄妹は無駄に仲が良いようだ。
『では話を戻すけどアーティファクトて何?』
『遺跡で見付かる旧時代の遺物だよ。大昔使われてたけど、今は作れない物で、使えるやつなら高値で売れるけど、大体壊れてるんだよなあ。殆んど鋳潰されて地金にされてるな』
『ふーん、なるほどね』
妖精さんが敷設したケーブルを辿り殺風景な通路を抜け、何回か階段を下った所で大きな倉庫に出た。
『なんだあれ?』
倉庫に置かれていたのは大量の段ボールだった。
『薬の類いみたいだな』
『何で分かるの?』
『ほら、赤い十字』
魔王が指差した先には医薬品であることを示す赤十字と薬の名前が書かれていた。
魔王は近くの柱にぶら下げられている板挟みに一覧表が印刷されているのに気付き、手にもって読み上げた。
『インフルエンザ薬八万人分、抗生物質八万人分、乾パン10トン、レトルト保存食二十万食、給水車三台、給水用ポリタンク(1ガロン)一万個、給水用ポリタンク(18リットル)五千個…………』
一覧表はまだ途中だったが魔王は読み上げるのを止めて、改めて倉庫を見渡した。
『何だこりゃ?』
『カエ!向こうに誰か居るよ』
トマシュの指差した先でオレンジ色の煙菅服の妖精さん三人が胸に提げたカードを扉の横に設置された機械に翳して、扉の向こう側に消えていった。
『行こう』
魔王とトマシュは手を繋いだまま扉へと向かった。
「魔王どこー?」
ホテルのサロンでサンドイッチを食べながら報告を待っていたヨルムは近くに居た妖精さんに聞いた。
「急に消えました。冒険者ギルドの仲間からの話ですと、これから冒険者ギルドで代表と会合をする予定ですが姿を消したとか」
妖精さんは冒険者ギルドに居る別の妖精さんから聞いた通りの事をそのまま伝えた。
「それ何時?」
「さあ?」
「報告です!」
妖精さんの兵士がサロンの入り口に敷いてある絨毯に蹴躓き、文字通り飛び込んで来た。
「八番倉庫に侵入者です!」
顔面から転んだが気にする素振りもなく報告を続けた。
「現在、警備用のオートマタが対応中です!」
「えー……?」
八番倉庫は出入り口から一番遠く、何でそんなところに侵入者が居たのかヨルムは悩んだ。
「報告です!」
次に来た妖精さんの兵士は、前に来た妖精さんが蹴躓いた拍子に作った絨毯の捲れ部分を器用に飛び越えてサロンに入って来たが、倒れていた妖精さんに蹴躓き、横に並ぶ形で倒れた。
「捕まえた?」
「いえ、オートマタが全滅しました!」
「え!」
思わずヨルムは椅子から立ち上がった。
「何機?」
「十二機です!」
「十二機のオートマタが全滅…………数分も持たずにか…………」
ヨルムの代わりにメイド姿の妖精さんが、わざとらしく倒れた。
「で、ホントは?」
メイド姿の妖精さんがふざけている事に気付いているヨルムは妖精さん達のコントをスルーした。
「三機奪われました!」
「アレ盗れるの?」
「理由は分かりませんが盗られました!現在、倉庫入口に繋がる通路を塞がれて、他のオートマタが近付けません!」
「報告ー!」
三人目の妖精さんは何かに蹴躓く事もなく普通に入って来た。
「侵入者は魔王です!現在、ダクトを抜けて消えました!」
通路を占拠していたオートマタが一斉に回れ右をし通路の奥へと向かって歩いていった。
「行ったな」
魔王が通風口から顔を出し、奪い取ったオートマタだけが残った事を確認してから呟いた。
魔王の身長の倍はあり、人を模して造られたオートマタ。遠目に見れば、暴動の鎮圧の為に出動した機動隊の様にもみえる。
「助けてー!」
オートマタに捕まっだトマシュ連れ去られたが…………。
事の顛末はこうだ。
妖精さん達が通り過ぎた扉を開けようと、魔王が機械に手を触れたところ警報器がなり、姿を消していたにも関わらず発見され。出て来たオートマタの仕組みを魔王が調べている間に、トマシュが他のオートマタが放った投網で捕獲されていたのだ。
その時に剣も取り上げられていた。
トマシュには悪いが、恐らく警備の責任者の所に連れていかれるだろうから、その為に囮になって貰う事になった。
魔王本人はダクトに忍び込んだ後、風魔法で偽の足音を走らせ、離れた所でダクトの蓋を吹き飛ばし、まるでダクトを走り抜けて遠くに行ったフリをしたのだ。
ちなみにだが、カエこと長兄のグナエウスはトマシュを助けがてら大暴れしてヨルムと対峙しようかと提案したが、妹二人に反対されたので、戦闘が出来ず消化不良ぎみだったりする。
トマシュの方は、末の妹であるイシスがキスした際にちゃっかりとトマシュの魂を自分達の魂とリンクさせているので離れてても追尾が可能。
と言うよりも、トマシュの五感の情報までもリンクできるから、ヨルムが出て来た時点でトマシュの近くに転移出来るため全く気にしなくて良いのだ。
何か八つ当たり出来ないかと回りを見渡すが、残されたオートマタ以外は目新しい物は無かった。
オートマタの制御と動力に人工魂を使用していたため、死霊術に秀でた三兄妹がちゃっちゃと命令を書き換えて自分の物にしていた。
『カエの奴!おぼえてろ~!!』
トマシュの心の叫びが念話で飛んできた。
『ちょっと待て!私はお前を助けようとしたんだぞ!』
『……あれ?』
魔王に考えた事が届いている事にトマシュは気付いた。
『ちょっとアンタ、もっと回りを見なさい!』
『あ、袋に入れられた!』
『え!?見てるの?』
『バッチリ見えてるな
バッチリ見えてるよ
バッチリ見えてるね』
しかし、トマシュの見たものを見ているため、トマシュが麻袋に詰められてからは外の様子がわからない。
『何か、行進の足音が揃ってるんだけど、何だコイツら』
トマシュが連れ去られた方向とは逆の方に廊下を進んでいる魔王にトマシュが念話で話し掛けてきた。
『機械の兵士、オートマタの一種だよ。多分』
『多分?』
『私達も此処まで精巧な物は見たことないんだ。上半身を動かして楽器を演奏する位が関の山だし』
『それって、何か意味あるの?』
『見世物だね。子供の頃に、商人が宮殿に見せに来てた一体をイシスがバラバラに分解した時は心臓が止まりかけたな』
『え?』
『ちょっと、カエ!余計なことを言わないでよ!』
ふと、魔王は廊下の壁に地図が掛けられている事に気付いた。
『ん!?』
『どうし…あ』
『どういうことかな?』
トマシュは三兄妹の反応から変な不安がよぎった。
『どうしたの?』
『そっち外だわ』
『外!?』
地下なのに“外”と言われ、トマシュは混乱した。
『地図が有ったから見てみたんだが、今居る建物は巨大な洞窟内に建てられてるみたいだな。私達が入った場所周辺だけ洞窟の天井に接触してたから気付かなかったんだな』
『アンタが運ばれてった通路はそのまま洞窟に出て行く通路だわ』
『でも洞窟の先に別の建物が在るよ』
オートマタの一団が出す足音が、砂利道を歩く音に変った。
『足音が変わった。ねえ、この先の建物って何?』
『ホテルとか書いてあるぞ』
10歩程歩いた所でオートマタの一団が止まり、今までとは違う機械の駆動音が聞こえた。
『何だ!?ねえ、何が起きてるの?』
生まれて初めて聞く独特の機械音に怯え、トマシュは尻尾を股の間に丸めた。
トマシュが怯えている間、オートマタは前屈姿勢に変型していた。
そして機械音が止まった瞬間、オートマタが走り出したのだ。
『わ、わ、わ……』
音と小刻みに揺れることから走っていることはトマシュにも理解出来た。
トマシュが入った麻袋を背中に背負い、まるでゴリラの様に腕も使いながら、オートマタは洞窟を疾走した。
やがて、オートマタが止まり、トマシュは地面に降ろされた。
『!???』
『大丈夫?』
『な、なんとか』
周囲ではオートマタが跳躍する時に出す独特の機械音が響いており、トマシュは耳を塞いでいた。
『何なんだよコイツら!!』
トマシュが念話で悪態を吐いている間に九体居たオートマタは全て来た道を走り去って行った。
『大丈夫?』
『た、多分。静になったから。てかさカエ、見てるんでしょ?出してよ!』
『待った!誰か来た!』
『えっ!』
足音が複数聴こえたのを魔王は逃さなかった。
「ヨルム様がお待ちですので、出して下さい」
何やら女の子の声が聞こえた。
麻袋から出されたトマシュが見たのは、ミハウ部族長の家で働いている人狼のメイドさんだった。
「あれ、君は…………」
「こんにちは、トマシュ・ジャワフスキさん」
メイドさんは丁寧に一礼した。
他の妖精のメイドさんが丁寧に網や麻袋を片付け、トマシュから取り上げていた剣を返した。
「では此方へどうぞ」
メイドさんに誘われるまま、トマシュはホテルのエントランスを抜け、そのまま裏庭のテラスに案内された。
「海?」
トマシュはその光景に思わず声を漏らした。
『どうしたの?』
『これ、ファレスキの近くに在る海岸だ……何で此所に…………』
トマシュが生まれ育った、ポーレ族の街ファレスキから程近い海岸がテラスの下に広がっていた。
その時、テラスのテーブルに座っていた女の子が席を立ち、トマシュに礼をしたのを魔王は確認したが、トマシュ本人は気付かずにエントランスから海岸に繋がる木製の階段を走って降りていった。
『トマシュ、少し待て』
魔王が呼び掛けたが、トマシュは返事をしなかった。




