対地戦闘
主砲が船体からぶら下がってるから、仕組みから考えねばいけないから時間食った……
「ほら、お父さん、早く早く」
遠くでサイレンが鳴り、鉱山の方向から何かが煙を噴きながら空へ飛んでいったので、近くの丘陵地帯の農村では騒ぎが起きていた。
「何じゃろなあ、ありゃ?」
住民たちは村長の家に集まり始めていたが、未だに村の上空に伸びる白い雲に村人たちは目を奪われていた。
「どうせ、ろくでもない物よ。早く行きましょ」
年老いた妻に袖を掴まれ、老人が前に歩きだすと、今度は村の近くの丘からサイレンが鳴り響いた。
「敵飛行艦、高度6000メートルまで降下」
吾妻が降下したのを農村地帯の丘に設けられたミサイル陣地でも確認していた。
「的針270度、速度400に増速」
「ロックは!?」
「継続中です!」
先に発射されたS-300と違いС-125はより低空の目標を狙うように設計され、そして射撃管制レーダーのビーム幅は狭く設計されていた。
それ故に、目標が急に向きや高度を変えるとロックが外れる恐れが有ったが、飛行艦が大きいせいかロックは継続されていた。
「よし、撃て!」
『噴煙確認!方位354、距離2万5千!』
「番号!」
「1」
「2っ!」
「3!」
対空ミサイルの発射地点の情報が艦内に流れるが、船体下部の第2砲塔では射撃準備が遅れていた。
「10!」
「……12!」
「13!」
番号が飛び、砲塔長は狭い砲塔内を見渡した。
「水石上水か、何処だ!?」
左砲手を担当する上等水兵の1人が来ていなかった。
「奴は食卓番ですな」
「……11!」
慌てて砲塔内に滑り込んで来た水石上水は作業着の腕を捲り上げ、長靴にエプロン姿だった。
「2番良し!上げろ!」
砲塔長が電話員に指示し、指揮所へ「準備良し」の報告を上げている間に、水石上水は曹長に頭に被る木綿製の頭巾を投げて貰い、先輩兵曹にパラシュートを着けてもらっていた。
「始動っ!」
砲塔長の指示で砲塔上部の水圧弁と空気弁が開き、砲塔長は水圧と空気圧が正常な事を確認した。
『敵弾!来る!』
艦内マイクから少し遅れ、爆発音と共に船体が動揺するのが感じられた。
『敵弾!来る!』
艦橋下部の射撃指揮所では、外板に破片が突き刺さる音を聞きながら、砲雷科の乗員が射撃方位盤を真方位354に指向させていた。
『艦橋、射撃指揮所!異常の有無報せ!』
「射撃指揮所異状なし!」
艦橋の砲雷長から異常の有無を聞かれ、砲術長が返事をした。
「おい!まだか!?」
射撃指揮所には方位盤射撃装置が置かれ、目標の方位を各主砲に伝えるのだが手間取っていた。
「待って下さい」
前世の世界で、日本海軍が使っていた九八式方位盤射準装置を元に工廠の技術者が造った飛行艦用の方位盤射準装置なのだが構造上問題が有った。
水上艦から目標を狙う時は水平線上の目標を探せば良かったが、飛行艦の場合は下の地面を狙う必要が有るため目標を探すのに何処を見れば良いのか判りにくかった。
「距離2万5千だ!早く合わせろ!」
「居た!方位良し!」
「目標、方位356。俯角12.84度。距離260」
砲術長が方位盤射撃装置から読み取った情報を伝令に伝え、伝令が主砲発令所に艦内電話で伝えた。
「距離260」
主砲発令所では射撃指揮所を始め、各部から寄せられた方位・距離の情報などを機械式の計算機に手動で入力し、計算結果が出るのを砲雷科員は固唾を飲んで見守った。
「ラッパだ」
艦内にラッパが鳴り響き、遅れて『交互一斉打方』と砲術長の声がスピーカー越しに聞こえてきた。
「左砲良し!」
「右砲良し!」
「了解!左右砲良し!」
既に主砲発令所から送られた諸元を示す角度受信機の針に合わせ砲は指向していた。
各砲塔の伝令が「用意良し」を伝えるスイッチを押すと、主砲射撃指揮所に用意良しが伝わり、砲術長は遠隔発射用のトリガーに指を掛けた。
コレでようやく、標的の位置が判り射撃が可能になったのだ。
「打ちー方はじめ!」
『目標、尚も航行中!』
一方、地上の防空ミサイル陣地では飛行艦が航行を続けるので、動揺が広がっていた。
「硬いな」
「С-125を全弾撃て。必ず落とすぞ」
「敵艦より発砲炎!撃ってきました!」
左砲が発射され、砲身が勢い良く後進したのを確認すると砲手の一人がハンドルを操作し砲の俯角を10度の位置にまで下げた。
ものの数秒で俯角を下げた砲の尾栓を開き、大急ぎで次弾装填作業が始まったのだ。
最初に、砲弾が砲塔上部の弾薬庫からスロープを滑り降り、それを砲手が手で砲身に詰める、その間もう1人の砲手が木綿製の布に巻かれた装薬を装填装置に乗せ、先に砲弾を込めた砲手の合図をすると、装填装置を作動させると、ピストンが伸び砲身に装薬が装填された。
その後、砲手はピストンが砲身から引き抜かれたのを確認すると砲の尾栓を閉じ、3人目の砲手に合図し元の俯角にまで砲を上げる。
右砲も射撃を始め、騒音で声が聞こえない状況下だが、10秒にも満たない時間で終えてみせた。
「弾ちゃーく!」
初弾の弾着を確認した砲術長が伝令に叫ぶ。
「全近、上げ7!」
方位盤射撃装置越しに見た着弾地点が、防空陣地の手前700メートルの位置だったので、700メートル先を狙うように指示したのだ。
主砲発令所では、飛行艦自身の針路速力に合わせ、少しずつ主砲に送る方位仰角の諸元を変更しているが、射撃指揮所の観測結果に合わせ、場所の微調整をさせるために伝令に伝えたのだった。
「修正よし!」
「てぇーい!」
「砲撃は南のС-125陣地狙いです」
「飛行艦と南の陣地との距離は!?」
「……約25キロです」
完全に射程外だと思っていたわけではないが、飛行艦がこの距離で反撃してきたのは予想外だった。
「2擊目着弾!」
遅れて指揮所にも爆発音が聞こえてきた。
「陣地の外ですが、先程より近いとの報告です!」
南の陣地と連絡を取る士官からの報告で指揮官は考えた。
「С-125を全弾発射させて、発射機と火器管制レーダーの要員を下げろ!急げ!」
発射機と火器管制レーダーの位置は比較的近いが、射撃装置の場所はすこし離れていた。恐らく、噴煙が派手に出る発射機の陣地だけが露見している筈なので、発射機と火器管制レーダーを担当する要員を避難させることにしたのだ。
「敵陣地より噴煙!多い!」
見張り員の報告を聞き、艦長は艦橋の右側の窓から陣地の方を見た。
「警報!総員衝撃に備え!」
変に艦の針路を変えると砲撃が逸れるので、艦長はそのまま航行することを決断した。
「敵弾来る!」
衝突警報の後に副長は艦内にマイクを入れるとその場にしゃがみ、他の艦長を含む艦橋要員も床に這いつくばるか、柱などに捕まって衝撃に備えた。
「大尉!火器管制レーダー喪失!」
指揮官は陣地からの報告でモニターから目を離したが、С-300の火器管制レーダーを見ていた操作員が「命中!」と叫んだ。
「全弾か!?」
指揮官はモニターに近づき食い入るように見たが噴煙が邪魔で良く見えなかった。
「大尉、観測班から報告です。先頭のラケータ群が命中、されど後続のラケータは外れたとの事です」
「くそ……」
モニターに映った飛行艦が悠々と飛び続けているので指揮官は苦々しい表情でその様子を眺めた。
「飛行艦針路変更……方位南へ動きます」
南へと回頭し、帰っていく飛行艦に出来る事はもう無かった。
長距離攻撃が可能なС-300で、使える分は打ち尽くし、他のС-125陣地は全て射程外だった。
「コレでは奴等の勝利じゃないか……」
「舵効かない!」
一方の飛行艦ではそれどころではなかった。
最後の斉射で飛んできたミサイルの1つが艦後部に突き刺さり、操舵装置が故障。それどころか火災が起きていた。
「応急操舵部署発動!急げ!」
火災を消しつつ、後部の舵を動かす舵機室に在る応急操舵装置に人を派遣する作業に忙殺され、もはや攻撃どころではなかった。
「縦舵、取り舵10度で固定!」
「横舵は異状なし!」
「高度1万急げ!」
火災の勢いを削ぐのと、未だに可動している恐れが有る防空ミサイルから離れようと艦長が上昇を指示した。
「艦長、縦舵動きました!どうしますか?」
舵機室に辿り着いた乗員が縦舵を動かし始め、操艦が可能になったので、副長が指示を仰いだ。
「……針路を南へ帰投する」
「了解。針路180」
「針路180宜候!」
『艦橋、機械室より機関長!1番缶から蒸気漏れ発生、長く走れそうに有りません』
報告を聞いた艦長は、機械室と艦橋間の通信装置のスイッチを自分で押した。
「艦長だ、どれくらい持ちそうか?」
『見せろ……持って4時間程です』
「そうか、6時間持たせろ」
『……了解ッ!』
スイッチを切った後、艦長は計器を眺めながら考え始めた。
「副長、2時間以内に着陸するぞ。……ケシェフに針路を向けろ。それと、GFに暗号電で人狼の街に降りる旨を伝えろ」