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冬の精

「チェスワフ!一体、今度はどうしたんだ?」

 まだ夜明け前だが、既に起床していたイゴール卿は城の広間で騎士団の幹部達とミーティングをしていた。


「急ですまない……。人払いは良いぞ、君達も聞いてくれ」

 広間から幹部達が出て行こうとしていたので、チェスワフは彼らを止めた。


「全体の話か?」

 実は昨日の夕方にも「ポルツァーノ兄弟の後を追ってダニエルと衛兵のギブソンが街を出たから捕まえてくれ」と言う為に訪ねてきたが、その時は人払いをした。

 それとは対象的に人払いをしないとなると、反乱全体に関わる情報ということになる。


「ああ、予定が全部前倒しになった。今日の夜明けとともに反乱軍が此処を攻囲する事になった。そして、援軍の到着は2日後でそのまま決戦となる」

「2日後……」


 予定では5日後の22日に反乱軍が攻囲を開始し、6日後にニュクス率いる援軍とビトゥフの守備隊、そしてアメリカ連隊が掛けつけ。オルゼル城を包囲している反乱軍を逆包囲し、城の騎士団と援軍とで反乱軍を一掃する計画だった。それが19日の内に決戦を行うとすると、4日も早まることになった。


「何があった?」

「20日に占領されたマルキ王国がマルキ・ソヴィエト建国を宣言して式典をするらしい。それで、先に反乱軍を叩いてしまって、アイツらの面子をへし折るつもりらしい」


 黙って聞いていたイゴール卿は笑い出した。


「本気か?」


 敵が式典をする直前に反乱を鎮圧し、面子をへし折るなど、急に子供っぽい事を言い出したからだ。

「魔王様本人は本気の様だ」




「ケシェフ、リンゲン、イリヤスク、エーベルブルグの4か所を攻撃しろと?」

 カエから「ドワーフの持つ飛行艦で都市を攻撃しろ」と言われ、フェンリルは聞き返した。


「妨害程度にはなるだろう。現に、そちらの飛行艦がケシェフを攻撃した話はこちらも耳にしている」

 2人の様子を同席していたヨルムンガンドは心配そうに見ていた。

 ヨルムンガンドの隠れ家で行われている2人のやり取りは、どれもカエからの一方的な要求が多く、それをフェンリルが理由を着けて丁寧に断っているが、弱みを握ったカエは容赦なかった。


「アレはケシェフの港に居る神聖王国の装甲艦を狙った攻撃です。マルキ王国の首都のイリヤスクや神聖王国首都のエーベルブルグまで攻撃するのは」


 イリヤスクとエーベルブルグはどちらも内陸の都市で、攻撃すべき目標は少なかった。


「王の城は?」

 確かに、政府の中枢たる王城を狙うのは1つの手だがそれはそれで問題が有った。


「成層圏を飛ぶ飛行艦ではそこまで精密な攻撃は出来ません」

 イリヤスクもエーベルブルグも王城は街の中心に置かれ、周囲はいずれも人口密集地だ。


 ケシェフの沖で投錨している装甲艦を狙った爆弾がケシェフの街に落ちた以上、ドワーフは慎重になっていた。ケシェフでは投錨地と市街地は2キロ程離れていたにも関わらず下町にかなり爆弾が流れた。それがほんの数百メートルしか無い王城を狙うとどうなるか。

 それを他所の魔王とは言え要請されるとは……。


「低空から攻撃できんのか?」

「……竜騎兵と高射砲に迎撃される恐れが有る為、出来ません」

 高度を落として低空で精密爆撃をすれば出来なくはないが、そうなって来ると問題なのが敵の迎撃だった。

 高射砲の有効射程は高度3000メートル、竜騎兵は高度4500メートルまで上昇してくると言われている。

 高度1万メートルを越える成層圏まで飛ばなければ、安全とは言えなかった。


「じゃあ、何か偵察程度でいいから飛ばしてくれ。それなら構わんだろ?」

「ええ、その程度なら」

 成層圏からの偵察なら、地上から目撃はされるだろうが、迎撃の恐れは少なかった。それなら、ドワーフの海軍も納得するはずだった。


「では、頼んだぞ」

 そう言うと、カエは席を立ち自分の部屋へと転移していった。





「……」


 オルゼル城内の武器庫に忍び込んだルイージは城内を進んだが、急に兵士達が慌ただしく動き始めたので、食糧庫の天井に張り付いていた。


「急げよ、夜明けには来るらしい」


 その食糧庫にも調理を担当する兵士や使用人たちが現れ、大急ぎで調理場に食糧を移動していた。

 何をそんなに急いでいるのか……。事前に情報を得ていたが、ルイージは見当がつかなかった。


 とりあえず、此処から出なければいけないが……。窓から外の中庭を見ると兵士達がたたき起こされ、整列させられていた。

 最初は仲間が見つかったのかと思ったが様子がおかしかった。兵士達は武装せずに中庭に整列し、上官から何か示達されてから散り散りになった。


(ん!)


 様子を見ていると、騎士に混じってイゴール卿が中庭を歩いているのが見えた。




「しかし、急ですな」

 騎士の1人が慌てて戦闘準備をする兵士達を見て呟いた。


「だが、こんなことが有っても大丈夫なように備えはしていただろ?」

 交代で食事を取に行きつつも、配置先の攻城兵器や弓矢、剣に槍と言った武器の準備を手際よくやる兵士達にイゴール卿は満足していた。


「しかし、避難は無理ですな」

「判ってくれるさ」

 そう言いながらイゴール卿は城の地下へと向かって行った。




(下か……)

 イゴール卿の行く先を見ていたルイージは食糧庫から出る方法を探し始めた。


(入ってきた通路は足跡がする、調理場も人が多い、さっきの窓も兵士が見ている、残りはアレか)

 ルイージの視線の先には地下に向かう昇降機が在った。

 下に居る兵士や使用人の視線が他所を向いているうちにルイージは飛び降り、昇降口に身体を滑らせた。


 途中の梁に飛び乗ると、下の気配を探り、大丈夫そうだったので音を立てないように慎重に飛び降りた。


(冷蔵庫か……)

 降りた瞬間に一気に温度が下がったのが判った。

 入った場所は魔法で気温を下げられた冷蔵スペース。奥の方には凍った肉が釣り下がっているのが見えた。


(どんだけ設備が良いんだ?)

 ゆっくりと冷蔵された野菜や凍った肉や魚の間を歩きつつ、ルイージは“自分達の商会にも似たような設備が欲しい物だ”と考えていた。


「お待ち」

(……!)


 急に声がしたのでルイージは身を隠した。

 人の気配は全くしなかったが……。


「隠れたって無駄よ」

 若い女の声だが、どこかエコーが掛かっていた。


「っ!」

 全身の神経を研ぎ澄まし、気配を探っていると、靴底が凍り始め、床に張り付いていた。


「何処に行くんだい?」

 氷点下だった周囲の気温が更に下がり、吐く息が凍りついた。


 ルイージは出口に向かったが、目の前で鉄製の扉が勢いよく閉じた。


「逃さないわよ」


 扉が閉じた時に、外から流れ込んできた外気の水分が一気に結露し、空中で凍りついたので雪が舞った。


(冬の精……)


 冒険者だったルイージは相手が誰か直感した。


 もう、剣も抜けないし、壁も触っては駄目だ。


 敵意を持った冬の精の前では全て凍り付く。触れたら最後、皮膚が張り付く。


「何処にも行かせないよ」


 部屋の中心で粉雪が舞い始めた。冬の精が姿を表すのだ。


 ルイージは粉雪を見つめ、冬の精が出てくるのを待った。

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