予定の前倒し
日が落ち月が沈むのを待っていたルイージは、慎重にオルゼル城の城壁をよじ登り始めた。
16時頃に月が出て、沈むのが3時頃……。
日の出までの僅かの間だが、月が出てないだけでかなり暗くなる。待つ価値は有った。
少しだけ傾斜が有る城壁を素手で登っているが、石積みの目地部分に指先と足先を入れ、器用に登っていた。
(っ!)
城壁に設けられた塔に設けられた光石の探照灯が灯り、ルイージの直ぐ脇を光が通った。
反射的に身体を壁に着け、なるべく目立たないようにした。
(探照灯とはな……)
流石に探照灯が有ることは知らず、ルイージは他の仲間の身を案じた。発見される事を恐れ、4人ともバラバラに行動しているが、他の場所も警戒が厳しいと考えた。
(ん?)
空中で何か光が瞬いた。
(信号?)
モールスだと判り眺めていると、城壁の上が騒がしくなった。
「味方か?」
夜間の当直を担当していた騎士が、見張り台に登ってきた。
「ビトゥフからの竜騎士だそうです」
発光信号を読み取った兵士が、騎士に報告すると、騎士は城の方を視線を一瞬移した。
「……着陸許可をだせ。夜間離着陸用意」
(っ!驚いたな)
城壁の上から光の道が2本伸び、城内から光が漏れると共に何か機械が動く音と振動が伝わってきた。
「いやぁ、有るとは聞いてたが凄いな」
伝令を乗せている竜騎士はオルゼル城の変わりように驚いた。
着陸場所へ誘導するための2本の光と、現代では空港などで航空機に滑走路への進入角度を知らせる、進入角指示灯が城の壁から横に飛び出し、滑走路代わりの屋上はライトで明るく照らし出されていた。
「大昔は竜騎士が当たり前だったからな、その時の名残だそうだ」
後ろに座っていたチェスワフがそう言ったので、竜騎士は振り返った。
「でもよ、大昔にしたって、こりゃ空母や戦後の空港並の設備だぜ。そんな昔に転生者でも居たのか?」
「いや、居ないらしいが、合理性を突き詰めた結果似通ったんだろ?」
「そんなもんかねえ……。あー降りるぜ」
城から着陸を促すモールス信号が見え、竜騎士は着陸態勢に入った。
「っと!」
頭上をズヴェルムが通ったので、ルイージは吹き下ろされる風に煽られた。
指先に力を入れ、真上から吹き付けられる風と、壁に当たったことで壁から離れる向きに吹く風に耐える。
正直、登り続けている方が楽だった。上に向かう慣性を殺さずに、登れば意外と体力を使わないが、今みたいに壁にへばり付く方が辛いのだ。
(……)
灯りが消えたので上下左右に目を配り、見張りが居ない事を確認すると、ルイージは一気に登り始めた。
「……っと!」
城壁の上に出ず、途中で眼下に見える塔の窓へと飛んだ。5メートル程飛び、上手い具合に窓の出っ張り部分に手を掛けると、中を覗き込んだ。
幸い、武器庫の様で、中に誰も居なかった。ルイージは窓から入ると無事に城内に侵入した。
「騎士は居るか!?」
城の屋上に着陸したズヴェルムから飛び降りたチェスワフは叫んだ。
「部族長!?一体何事です!?」
駆け付けた騎士は、飛び降りたのがチェスワフだと知り驚いた。
「イゴールに取次いでくれ、急用だ!夜明けには反乱軍が攻めて来る事になった!」
「ぎゃああああぁあああ!」
冒険者ギルドの地下に在る牢屋では捕虜への取り調べが続いていた。
「あっあ゛!ああー!」
髷を結ったドワーフの男達が正座する捕虜に四角い石の板を乗せていた。
「……何だあれ?」
捕虜は後ろ手に縛られ、三角形に切られた木の棒を並べた台の上に正座させらていた。
「ドワーフの”石抱き”の拷問だそうです」
ギルド長のエーベル女史も初めて見たので、それ以上の事は説明できなかった。
彼等はフェンリルが連れてきたドワーフの役人で、フェンリルから“合同調査”を提案され、先に拷問をしているのだが。
『吐け!とっとと吐きやがれ!』
石を乗せられ続けている間も、ドワーフが太ももの上に置いた4枚の石の板に手を掛け、前後左右に揺らし始めた。
「ああぁぁぁああー!っ!あぁぁ!」
『いい加減吐け!ダボがぁ!』
部屋の外から様子を見ていたカエは目頭を押さえると、天井を仰いだ。
「言う言う!言うって!」
『吐けや!』
「なあ、ドワーフと捕虜が違う言葉を喋ってるんだが?」
そうなのだ、ドワーフは日本語を喋り、捕虜はドイツ語やポーランド語で喋っていたのだ。
「ええ、痛め付ける段階なので、敢えて白状する意思を見せても拷問させ続けています」
「……」
他のドワーフ2人が竹を割って麻糸で巻いた箒尻と言われる棒を持ち出し、捕虜を殴り始めた。
「他の捕虜から聞き出せた情報を纏めてあります」
部屋からは捕虜の叫び声が聞こえているが、カエ達は地下を後にした。
「捕虜の話では、神聖王国から反乱軍に物資の提供と軍事顧問団の派遣がされているとの事です」
既にブレンヌス等から聞いた情報だが、捕虜からも裏付けの情報を得られた。
「ところで、アイツ等は神聖王国の手の者ではないのか?」
神聖王国はナチ党狩りを徹底していると聞いていたが、ジェームズの証言と矛盾していた。彼等は遠くで様子を探るジェームズの前でナチ式敬礼をし、「ジークハイル」と口にしていた。
「抵抗組織だそうです」
普段は人に化けているが、カエに命令されて犬耳と尻尾を出しているフェンリルが、持ち込んだ資料を2人の前に回した。
「赤化運動で今まで国を動かしていた貴族や有力者が粛清され、権力が空白化しました。しかし、関係者全員が収容所送りになったわけ訳では無いので、一部で反体制運動が活発化したようです」
カエが紙ファイルから出した資料には、秘密警察に逮捕された人が路上に引き摺り出される写真が有った。
「その結果、反体制派の中に神聖王国が禁じている“ナチ党”に傾倒する一派があるそうです。神聖王国は社会主義国家建設を目標に掲げていますが、経済は上向いているので、自由主義の転生者も体制を支持しています。なので、弾圧されているファシストのナチ党が反体制派の中心となっています」
エーベル女史が身を乗り出した。
「元ナチ党の転生者は収容所に送られると聞いていましたが?」
フェンリルは真顔だったが、耳を少し倒した。
「ええ、そうです。現在、神聖王国で活動しているナチ党の党員の殆どは非転生者です。……ナチ党の嘘を真に受けて集まってるんです。罪の事を神聖王国が宣伝しても悪質なプロパガンダだと主張して信じようともしないので」
エーベル女史は視線を落とし、黙り込んだ。
「……こちらのクヴィル族の部族長の孫が、元ナチ党員の転生者と接触しているが?」
「間違いでは?神聖王国だけでなく、人間の領地では生まれた子供は種族を問わず調べられ、ナチ党員なら例外なく収容されます。それに、街中にシュタージが目を光らせてるので、すぐに見付かるかと」
フェンリルの耳と尻尾をカエは注意深く見たが、嘘をついている素振りはなかった。
「ふん……そうか。……我々は来週には反乱軍を鎮圧するが、不都合はないな?」
「……来週」
フェンリルは記憶を探った。
「11月22日に反乱軍と決戦をするつもりだ」
今日は未だ日が昇っていないが11月17日だった。
「勝てるのであれば、それより前の方が都合が良いですね」
カエは右眉を上げ、フェンリルを見た。
「何か有るのか?」
フェンリルは笑ってみせた。
「旧マルキ王国でマルキ・ソヴィエト建国の記念行事が20日に有ります」
前世で住んでた世界に戻ってしまったフランツのその後について連載始めました。
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