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掘って掘ってまた掘って~掘ったら埋めてまた掘って~


「あー……」


何の変哲の無いヨーロッパの観光都市に在りそうな、ソコソコ良くて安いホテル。

そんなホテルのスイートルームを再現した部屋の浴室にその女の子は居た。


「あ、これ買お」

彼女はカレコレ、二時間近くぬるま湯に浸かりつつ、充電用のケーブルを射したタブレットでネットサーフィンや通販を楽しんでいた。


「ふぅわぁ…………」

軽く欠伸をし、彼女が伸びをしたら足許の水面が大きく揺れ動き、蛇の下半身が浴槽から大きくはみ出た。


「ヨルム様、部屋のお掃除が終わりました」

「ありがとー」


妖精のメイドさんに返事をしたヨルムは大きな水音をたてながら、ゆっくりと起き上がり浴槽から這い出た。

彼女の腰から下は蛇の下半身。彼女は所謂ラミアである。


ゆっくりと浴室から出た彼女を妖精のメイドさんが大きなバスタオルで拭きながら、昨日の出来事を話し出した。

「昨日は魔王と遭遇するところでしたね」

「魔王?」

「ミハウの家に入ろうとして人数の申告を間違えた人狼ですよ」

ヨルムは昨日の夕方頃に、街の地下通路で申告を間違えた人狼を襲おうと今居るホテルから出たが、結局逃げられた事を思いだした。

「アレ、何で逃げられたんだろ?」

「急に屋敷の地下扉が開いて入ってきたですよ」

「開いた?」

「はいな」

「ヨルムは扉を開けてないよ」

「はてな?」


本来はヨルムだけが開けれる扉なので、何故開いたのか二人して首を傾げ合った。


「ま、どうでも良いや。お腹すいたから後でご飯ちょうだい」

「はいです」


妖精さんが返事をした直後、建物全体がドスンと揺れ、浴槽のお湯が少し溢れた。

「崩落ですか!?」

「何だろ?」




地下通路の地面に魔王が左手を触れたと思った瞬間、突然大きな音と共に地下通路全体が揺れる程の衝撃に襲われたトマシュは尻餅を着いた。


「イタタ……。もう、何したんだい?」

「件の蛇の巣を探してるとこ」

「今ので判るの?」

「初めてだから、どこまで正確かは判らんなぁ」


魔王は前世で死んでから神様に仕えている約一年間に見知った知識を総動員して考えた新しい魔法を試してみた。

地質調査で行われる、人工地震を用いた地震探査を試してみたのだ。


ただし、始めての事なので地震の大きさの加減が判らず、上ではミハウ部族長の家をはじめ、物等が倒れる被害が出ているが魔王達の知る由ではなかった。


「多分、こっちだ」

「多分なんだ」

「山の下に大きな空洞が在るっぽい?」


正直な所、街の下は空洞だらけだったので、それっぽい反応を追い掛ける事にした。


「山…………あー、墓地の方か」

丁度、墓地側の山を潜る形で冒険者ギルドにも繋がる大水路が存在する事をトマシュは思い出し、魔王に伝えようとしたが。


「んじゃ、割るよ(・・・)

「あ、まっ」

基本的にに人の話を聞かない魔王が左手を壁に触れ、先程の比ではない衝撃にトマシュは吹き飛ばされた。





「コレは地震ですか!?」

「違うかも。地震は連続して揺れるよ」


流石の非常事態にヨルムと妖精さんは部屋を出て地下ホテルのサロンに来ていた。

最初の揺れから暫くしたら同時多発的に揺れが襲って来るのだ。


「報告でーす」

サロンに着くなり、違う妖精さん達ががヨルムに駆け寄ってきた。

「人狼の二人組がミハウじいちゃんの家から地下水路に繋がる隧道を造りました」

「…………ハイ?」

「報告っす、商業地区の銀行や両替屋で地下金庫が破られたと警報が出てます」

「えー………」

「報告します、ホテルの水道が断水しました」

「なんで?」

「大変です!街の地下通路からヨルム様を呼ぶ怒鳴りごえが」

「え!?私!?」

次々と有り得ない報告を受けて混乱してきたヨルムだったが、自分の名前が呼ばれていると聞き、若干焦りだした。


「誰か分かる?」

「姿はまだ見えません」


「大変です!人狼の魔王がトンネルを造りながら真っ直ぐホテルに向かって来ます!」

「なんで!?」

「知りませんよ!ヨルム様が何かしたんじゃ?」

「何もしてないよ!」


全く身に覚えが無いが、面識の無い魔王が自分を探していることに、ヨルムはいよいよ慌てた。

そうしている間にも魔王がトンネルを掘るために地面を割る音がドンドン強くなっていた。




「ひぃ、ひぃ……」

すっかり砂塵まみれになったトマシュは魔王が魔法で造ったトンネルを死に物狂いで走っていた。

何故なら、前が掘られた分後ろが埋まっているのだ。


「ちょっと!カエ待ってよ!」

最初のうちは魔王が土魔法で無理矢理にトンネルを造るものだから、掘られた体積分の気圧が低下しては何処か空気がある空間に繋がっては気圧差で空気が入り今度は気圧が上昇するを繰り返しているので、その都度トマシュは唾を飲んでいた。


今は街が崩落してきたら堪らないのでトンネルを掘った分だけ埋めながらの移動だが、トマシュが押し潰されかねない速度で下り坂を造っているのだ。


「ヨールームー、出てこーい!!」


魔王は魔王で定期的に風魔法で自身の声を大きくし、蛇の名前を呼んでいた。



トマシュは最初に吹き飛んだ時から兵士に支給されるマスクを着けてた状態で魔王が間違って造った街の地下室等に繋がるトンネルを延々走っていたので、トマシュはそろそろ限界が近かった。

おまけに今は下り坂で、たまに水を含んだ地層に当たるのか、所々濡れていて滑るのにドンドン傾斜がキツくなるわ、そもそも光源は何故か光っている魔王から貰った魔法剣だけで、二歩先の地面に何があるのか辛うじて判別がつく程度の光の強さだから危ないと来たのだ。


「あ、わ!」

とうとうトマシュが下り坂を転がり落ちた。

「あぁ!」

いや、この場合は落下したが正しいだろう。全身ずぶ濡れになりながらトマシュは真っ逆さまに落ちていった。


「うっ!ぐっ!」

暗闇の中、壁に打ち付けれながら落下を続けたが、何故かトマシュは怪我を負わなかった。


「トマシュ!息止めて!」

魔王の言葉が聞こえると同時に今度は水に落ちた。


全くの闇の中を落ちてきた上での落水である。

自分の身に何が起きているのか判らずトマシュは目を凝らしたが、耳に水が入る音と鼻に水が入った感覚で水の中に居ることは理解できた。

息をするために水面を探そうとするが自分の手すら見えない程の暗闇である。自分が今どんな姿勢、頭が地面側(した)なのか地表側(うえ)なのかを確認するために、トマシュは水中で大の字になり漂いだした。


トマシュの判断は冒険者だった両親譲りの剛胆さから来るものだった。

恐らく上だと思われる方向を認識したトマシュだが、不意に身体が深場に引き寄せられる感覚に襲われ、巻き込まれまいと上へと泳いだ。


しかし、気づくのが遅かったのか。泳げど泳げど、一向に水面にたどり着けない。


何で自分がこんな目にと思った矢先、トマシュが足首を掴まれ一気に深場に引きずり込まれた。

魔物の類いかと思い足首の方を向いた直後、周囲が明るくなりトマシュは固い地面に落ちた。


「ちょっと、トマシュ!大丈夫?」

「ゲホッゲホッ」

噎せ返りながらも耳に入った水を出すためにトマシュは頭を振った。

「何ぃ?」

ようやく耳に溜まった水が出て音が聞こえやすくなってから魔王が何を言ったのか聞き返した。


「水の中で溺だしたから慌てて引っ張ったけど、どっか怪我でもしてない?落ちた瞬間は動いて無かったし」

「いや、ゲホッ。大丈夫だよ」


説明するのも面倒なのでトマシュは適当に返事をした。

「此処は?」

「水の中」

「いや、そうじゃなくてさ」

「冗談、冗談。ヨルムが居そうな空洞の真上だよ」

魔王の説明を聞いてトマシュが回りを見渡すと、どうやら此処は貯水槽か何かの様だった。

上部には扉と通路が設置されている等、人の手が加えられていた。


「多分だけど水を含んだ地層から湧き出させた水を貯めておいて、下にある空間に配水してるんじゃないかな」

「何か、スゴいなあ……」

「神獣だからね。っと誰か来た」


設備に感心しているところに扉に付いているハンドルが回り、誰かが入って来る事に気付いた魔王は灯りを消し、水面から見えないように水魔法で光の屈折を細工した。


真っ暗になった貯水槽に入って来たのはファンタジー世界に不釣り合いな煙菅服を着て、手にはマグライトを持ったオジサンと若い男性の妖精二人組だった。


「異常は無さそうだな」


何故か隠れている水底にはっきりと声が聞こえてきたが、多分魔王が何かしてるんだとトマシュは一人納得した。


「動かせますかね」

「そうさな」

妖精さん達が何か作業している音が聞こえてきた。




「さてと、どうしよ」

「え!?」

「いや、変な所に出ちゃったから、この後どうしようかと…………」

魔王は右手の人指し指で頬を掻きながら、とんでもない事を言い出した。

「カエさ、何で此処に来たの?」

流石の行き当たりばったりっぷりに、トマシュは呆れた。


「イヤその、昔の自分達とエミリアが重なってその……怒りに任せて…………的な?でも、見た感じ妖精さんとか居るみたいだし、巣を爆破すると巻き込むだろうから、良い方法が無いかな……と」

「結局の所さ、カエは神獣と会いたいんだよね」

「んー?」


魔王が俯いて考え出した。と言うよりかは、リアル脳内会議を三兄妹でしているのだが。


「私は交渉でエミリアを神官にしてもらいたくて、ニュクスが只はっ倒したくて、イシスは捕まえて色々弄り倒したい様だな」

「弄り倒す……」

脳内会議で一番煩かったイシスの主張を半ふざけて言ったものだからトマシュが若干引いた。


「ち、違うよ!神様との縁を曲げて私の奴隷にするだけだよ!」

「えっ…………」

割り込んできたイシスが言った“奴隷”という単語で更にトマシュがドン引いた。

「あー、イシスの名誉の為に言っておくが、その。私達の居た世界では身の回りの世話をする家内奴隷が普通に居てな。待遇とかは屋敷勤めの妖精さんとそんなに変わらないし、結婚して家庭も持てるんだわ。で、イシスが欲しがっているのは身の回りの世話をしてくれる人と言うわけで」






「で、どうするの?」

「忍び込むか」

イシスへの誤解が解けた所で、忍び込むことに決まった。


「その前にトマシュ、ちょっと良いかな?」

魔王が顔を近付けて来たのが気配で分かった。

「何?」

「そのままにして」

魔王が吐息の掛かる距離まで近付き、手触りでトマシュの顔を探った。

「ちょっと屈んで、そう、その位で」

魔王がトマシュの首に腕を回し、引き寄せた。

「っ!ん~!?」

急な出来事にトマシュは尻尾と耳を立たせた。


柔らかい感触が唇に当りトマシュは何事かと手を伸ばすと、魔王の側頭部を抱える形で押さえた。


まさかと思い右手を手前側に這わせてからトマシュは魔王がキスをするために頭を引き寄せた事に気付き、尻尾を立てつつ狼狽した。


「きゃんっ!!」

急な出来事に頭が追い付かず、硬直した時だった。唇を少し離した魔王がトマシュの下唇に噛み付いたのだ。


「これで良し」

「何が!?」

正に天国から地獄である。人生初の異性(?)とのキスだったのに、唇を噛まれて出血したのだ。


「忍び込むから、トマシュの姿を消せるように魔法を掛けてみたんだ」

「噛む必要有ったの?」

「ついでだ、ついで。イシスが言ってたことを確かめたくてね」

「何?」

「教えなーい」


魔王が確かめたのは、“魔力が滾っていた”とイシスが言っていたが、トマシュが魔法を使えない原因を思い付いたからだった。

魔力の制御が苦手な人は基本的に感情の揺れを利用して魔力制御を学び、慣れてくると感情に変化がなくても魔力を制御出来るようになるのだ。


そこでトマシュにキスをしてみて感情の変化から魔力の変化をついでに調べたのだった。


そして噛んだ理由だが、喜怒哀楽の“喜”から“哀”への変化を見る為……。

ではなく、トマシュに魔法を掛けるのに、トマシュの血を少し飲む必要があったからだ。


「じゃあ、忍び込むよ」


尻尾を不機嫌に振っているトマシュの手を握り、魔王はトマシュと一緒に転移した。




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