下水道での銃撃戦
「こっちだ!」
パートナーの軍用犬が吠え、臭いがする方に進もうとリードを引くので、ハンドラーは下水道を一緒に進む兵士にダニエルが居る方向を示した。
私服姿の兵士は45口径のオートマチック拳銃を懐から取り出し、走り始めた。
「来るぞ!未だか!?」
迂回路に通じる扉を前に、ダニエル達は立ち往生していた。
「待ってくれ、開かないんだ」
「何!?」
ダニエルが扉のハンドルを引っ張ろうとするが、ハンドルの遊び分は動くが、扉の*ラッチは作動しなかった。
*ラッチ:扉を固定する閂
「鍵は!?」
ギブソンは扉をライトで照らして鍵穴を探した。
「無い筈だ!」
単純に錆び付いているのか、魔法か何かで封鎖されているのか。さっきのゴミで埋まった鉄格子の扉は通れないので、なんとか開けるしかなかった。
「Freeze!」
上流から英語で命令されたので、ギブソンが9ミリ拳銃を抜いた。
「Get down!Get down!」
ダニエル達を追っていた兵士達は、発砲されてその場に身を屈めた。
何人かの兵士は応射し、壁や天井、更には床に当たった銃弾が跳弾し、独特の甲高い音が下水道に響いた。
「っ!」
「Man down!Man down!」
銃撃戦を初めて見た軍用犬のハンドラーは最初は棒立ちしていたが、跳弾を肩に受けその場に倒れた。
「ああっあ゛あ゛あ゛!!!」
銃弾は肩に当たったが、初めて感じる痛みにハンドラーは叫んだ。
刃の入っていない剣や槍の訓練で、骨折をした事は有ったが、銃弾が皮膚を突き破り筋肉をズタズタにし骨を砕いた痛みは初めてだった。
ハンドラーは尻尾を股の間に巻きながら、傷口を押さえながら痛みに悶絶するが、彼の頭上やすぐ真横を銃弾はお構いなしに掠め飛んでいった。
「っ!」
不意に制服の襟を何かに引っ張られ、ハンドラーは振り向いた。
「止せ!危ないから下がるんだ!」
ハンドラーを引張っていたのは彼の相棒の軍用犬だった。
銃弾が飛び交う中、危険を承知で負傷したハンドラーを安全な場所まで引っ張ろうとしていた。
「何で撃ったんだ!?」
ギブソンが全く躊躇なく発砲したので、カニンガムは怒鳴った。
「相手はどうせレオン達だ!直ぐに向こうから撃ってきたさ!」
「危ない!」
応射された銃弾が間近で跳ねたので、オズワルドは慌ててメアリーを壁際に引き寄せた。
「ダニー!開きそうなのか!?どうなんだ!?」
「錆び付いているだけみたいだ!」
カニンガムが持っていた砂時計型の魔力検知機に反応はないので、単に錆びただけだとダニエルは結論づけた。
「メアリー!ヤスラ!手を貸してくれ!」
「ぁあ!」
金属製の缶か何かが潰れた音と共に叫び声が聞こえたので、ハンドラーが振り返ると、私服の兵士が持っていたカンテラが青白い火を吹いていた。
「投げろ!早く!」
他の兵士が叫んだが、次の瞬間にはカンテラが爆発し兵士は青い炎に包まれた。
「あぁぁぁっ!…………」
最初は叫んでいたが、熱で肺が焼かれたので叫ぶことも出来ず、兵士は水を求めて下水に飛び込んだ。
「なんだコレ!爆発するのか!?」
「魔法でガスを詰めただけだからな!」
他の兵士のカンテラにも銃弾が当たり、大慌てでカンテラを投げ捨てたが、その時、手に持っていたライトを落としてしまった。
「っ!?」
ほんの一瞬だった。ほんの一瞬だけ兵士が暗闇に隠れた。
その後、落としたライトが跳ね返った事で、兵士の居た場所を照らし出したが、既に兵士は姿を消していた。
「灯りは消すな!攫われるぞ!」
兵士はミスティパヨンクに攫われ姿を消したのだ。
「んーっ!!」
「だぁぁあーー!」
メアリーとヤスラが力いっぱい扉のハンドルを引くと、僅かだが動き始めた。
「ぬああぁああぁぁあ!」
人熊のメアリーが雄叫びを上げ、一気に引くとラッチが動きドアが開いた。
「開きました!開きましたよ!」
華奢な身体の何処にそれだけの力があるか疑問だが、人熊故に人一倍力が強いメアリーでなければ開ける事は出来なかっただろう。
「行くぞ!」
先にギブソンが通路に進み安全を確認しながら進んだ。
「よし、行こう。メアリー逸れないでね」
「はい」
全員が中に入ると、殿を務めていたカニンガムが追手に向かい3発発射すると通路に入り、扉を閉めた。
「これで、よし……」
カニンガムは扉を閉めただけでは簡単に突破されると考え、扉を凍らせた上に、ハンドルとの動きをラッチを伝える歯車部分を壊した。
「そこまでします?」
歯車を叩き割って使え物にしなくなったのを見たヤスラが質問した。
「こういうのは徹底的にやった方が良いんだ。……行くぞ」
「スラ―!スラ―!」
下水道の出口である排水口で工兵隊が作業に駆り出されていた。
わざわざ、架橋作業に使うクレーンを持ち出しての大掛かりな作業で、排水口を塞いでいるのだ。
今も正方形に成形された数トンはある大きな石材を排水口前に下し、堰き止める作業が急ピッチで進んでいた。
「完全に塞いじまって良いんですか?」
「憲兵隊の要請だよ。下水道に逃げた反乱軍の協力者を水攻めにするんだとよ」
此処を塞いでしまうと、下水道に流された川の水が行き場を失いビトゥフの街中に逆流するのは判っているが、部族長隷下の憲兵隊の中尉は「判った上でお願いしていますよ」と表情を一つも変えないで要請してきたのだ。
下水道に満たされた数百万トンの水に耐えるだけの堰を急いで造れという、無茶苦茶な要請ではあるがヴィルノ族の工兵隊にそれだけの技術を持っていた。
排水口を正方形の石材である程度塞いだ後、石材の真後ろに木枠の型を組み、藁の束を中に詰めると、水魔法で川の水を操り型の中を満たした。
「よーし、凍らせろ!」
その後、中の氷を魔法で凍らせ。即席の氷のブロックで堰を作り上げるのだ。それを何十個と造り、水が漏れ出る隙間も凍らせ、最後に土魔法を使い土で覆うなどして、小一時間で排水口を完全に塞ぐ席が完成した。
「中もやれ!」
「了解!」
更にダメ出しで、点検用のマンホールから下水道に入った工兵が下水道を満たした水も凍らせ、ちょっとやそっとでは堰が崩れないように補強もされた。
「憲兵隊に連絡。“封鎖終了。注水しても差障りなし”とな」
「はっ!」
「此処が分岐路か……」
殆ど傾斜もなくなり、追っても来ないまま進み続けたところで、右手に大きな水路が現れた。
「多分ね」
「……多分だぁ?」
ダニエルの一言でギブソンが睨んだ。
「いやその、来たことあると思うか?初めてなんだ。だけど、下水道の見取り図だと、こっちに合流する大きな水路は木工所から伸びる水路だけだから大丈夫だよ」
カニンガムは緩やかに左へカーブする勾配の強い木工所への下水路にライトの光を当てた。
「距離はどれぐらいだ?」
「2マイルかそこららしい」
「ずっと登りか?」
歩道は勾配のせいで完全に階段となり、かなり高低差があるように思えた。
「いや、高低差は50メートルしかないから途中でスロープになる」
「ダニエルさん、ちょっと妙です」
ヤスラがライトを下水に向けながらダニエルを呼んだ。
「どうした?」
「それが、水面が流れていませんし、何か表面に靄が」
「靄だって?」
全員が各々のライトを水面へ向けたが、確かに少し上流では流れていた水面の流れが無くなり、僅かながら靄が出ていた。
「此処の気温はそんなに低くないぞ?水が熱いのか?」
「調べてみよう」
気温より水温が高い場合、霧などが発生するものだが、何か妙だったのでオズワルドは歩道から下水に降りる階段を2メートル程降り、屈み込みながら水面に手を触れた。
「なんだ!?妙に冷たいぞ?氷みたいだ」
「ん?」
木工所の方角から何か音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「水音か?」
”木工所からの水音”
カニンガムは嫌な可能性に気付いた。
「先生、早く上がるんだ!」
オズワルドが階段を上がる途中に音の正体が現れた。
だんだん大きくなる地響きのような水音の正体は木工所から流れ込んだ大量の水だった。
「危ないっ!」
「おっと!」
メアリーが咄嗟の判断でオズワルドを抱え上げたから難を逃れたが、少し前までオズワルドが立っていた高さにまで激流は達していた。
「ありがとう、助かったよ」
さっきとは違い、メアリーに助けられたオズワルドだったが、直ぐに自分達の身に何が起こっているのか知り、表情がこわばった。
「ダニエル……水位が上がってないか?」
「ああ、上がってる」
木工所では先回りした憲兵隊が、大雨等の緊急時にだけ開けることになっているダムの放水口を開け、下水に流していた。木工所で使う製材用の機械を動かす水を確保するダムで、水位が下がれば数日は作業が止まるが、憲兵隊が権力を笠に無理やり開いたのだ。
「ダムの放水を開始しました」
部下の報告を聞いているレオンは相変わらず無表情だった。
「此処と、此処に兵士を集めろ。法務官は必ずここに出る筈だ」
木工所の事務所に指揮所を置いたレオンは、机の上に置いた見取り図で、下水道が水であふれた時に逃げて来るであろう地点を指さした。
「……来なければ?」
「その時は死んだまでさ」