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秘密放送

「アレが勝手に三途の川から逃げようとした死者達ね」


ユリアが木陰から双眼鏡で覗いた先に、トンネルから先頭の煙突とボイラー部分だけを出した汽車が見えた。


「はい、銃を持って立て籠っていまして……。手を出せないわけでは無いのですが」

鉄製のヘルメットを被ったフェンリルが指差ししながらユリアに説明していた。


相手はただの死者。三途の川を担当している警官で十分に排除できるが、獣人化の呪いを受けたショーン達を傷つける訳にはいかず、手詰まりだった。


「しかし、よく此処に閉じ込めたはね」

トンネルからも現世に繋がる駅が見え、あと少しで彼等が現世に舞い戻る所だった。


「何でこんなの物が?」

ユリアがトンネルから伸びた線路の先に鎮座する装甲列車を見て呆れていた。


「杉平幕府で開発した物です。急遽借りてきました」

なりふり構わず、ドワーフの装甲列車を引っ張りだし、トンネルから出てきた列車に銃撃と砲撃を浴びせたのだ。

急な装甲列車の来襲に汽車は慌ててバックし、トンネルに立て籠って3日程経ったが、それ以降、死者達は動きがなかった。


「ふーん」

ユリアがトンネルに興味を無くし装甲列車の方を双眼鏡で観察し始めた。


「アレ良いはね」

「あげませんよ」

ユリアが「欲しい」と言う前にフェンリルが先手を打った。

「じゃあ、貸して」

「ダメです」


フェンリルはせっかく造ったドワーフの秘密兵器を渡す気は無かった。

「そもそもユリア様はロシア広軌で列車を通すつもりでしょうが。ドワーフが使う広軌とレール幅が違いますよ」

「……」


スネたのか、ユリアは双眼鏡を覗き、再び汽車の方を見た。


「ねえ、立て籠もってると交渉にならないから、駅の方に移動させて」

「交渉するので?」


さっさと片付けるのかと思っていたフェンリルは驚いたが、ユリアは不機嫌そうな顔をしながら振り返った。


「彼等の言い分も聞きたいしね。それにカエサリオンの配下の者達だし、私も傷付けたくはないの」

「……判りました」


フェンリルは棒切れに白い布を括り付けると、レールの上をトンネルの方へと歩き始めた。




『既に反乱軍は“荒鷲の騎士団”が居るオルゼル城へ進軍準備を完了いたしました。明朝には進軍を開始いたします』


傍から見れば、ブレンヌスは窓から夕陽を眺めている様にしか見えないが、実際はケシェフに居るカエに念話で状況を報告していた。


『よろしい……。神聖王国から来た幹部の様子はどうだ?』

『クィントゥスに探らせたところ、あちらも定期的に連絡を受けているようです。毎晩、決まった時間に機械の前に集まり、何やら打ち出された紙を眺めては話し合っております』


モールス信号が飛び交っていることは、鍛冶ギルドからの報告で把握はしているので、カエは特に驚きはしなかった。


『時間は判るか?』

時計の読み方を覚えさせているので、ブレンヌス達も時計が有れば時間が判るようになっていた。

『確か…19時半です。それと20時から隣の箱から出てくる音楽と会話を聞いているそうです』

『箱…か…』


“会話”という部分に引っ掛かった。

鍛冶ギルドの話では今のところ報告を受けていないが…。


『ご苦労だった、他に報告はあるか?』

『いえ、以上でございます』


念話を終えると、カエは椅子から立ち上がり、机の上に置かれた時計を見た。

(17時……今から鍛冶ギルドに行くか)


日の出と共に働き始め、正午には仕事を止め、日の入りまでのんびり過ごす生活を見てきたカエには、正確に時を知らせる時計はむしろ不便な物に思えた。

夜間を含め、1日を24時間に均等に割ることで一見便利かと思えるが、実のところ鍛冶ギルドのギルド員が時間で管理され労働しているのは時間に働かされているように思えるのだ。


生産性の向上の為に自由を引き換えに人間性を失った窮屈な生き方は、奴隷ですらなく、家畜の様だと。


もし、この世界の様に光石と言った、安価な光源が一般的でなければ。夜間に働くと言った考えを持たず。日が出ている間に全ての用事を済ませる、自然な生き方をしていただろうが………。


「エミリア、オリガ。ちと出掛ける。リーゼ、着いてこい」

雑念を振り払い、カエは執務室内で書類仕事の手伝いをさせていた3人に出掛けることを伝えた。

「はいっ!」

リーゼは大急ぎで執務室から出ると鞄を取りに走り、エミリアは一瞬で外着に着替えたカエの髪の乱れを直し始めた。

「今からですか?」

櫛でカエの髪をとかしつつエミリアが質問した。


「ああ、急ぎでな」

「馬を使いますか?」

オリガの質問にカエは短く返事をした。

「いや、地下を使う。…では、行ってくる」


日に何度か、急に出掛ける事に慣れ始めた2人は特に質問せずに机に戻った。

「仕事かな?」

オリガは何となく呟いたがエミリアは否定した。


「違うんじゃない?ほら、女の子の格好をしてたし」




「あっ!きゃっ!」

先に1階へ降りていたリーゼは階段の踊り場で蹴躓き、階段を踏み外した。


「危ないっ!」

下を歩いていた人が叫び声に気気付き、振り向き様にリーゼを抱える様に受け止めようとしたが………。


「ぬぁっ!」

「きゃっ!」

リーゼの勢いに負け、受け止めようとした人はリーゼと共に階段から落ちた。


「あいたたた……っ!あー!」

受け止めてくれ人の顔を見て、リーゼは思わず声を上げた。


「エーベルさん!大丈夫ですか!?」

エーベル女史の隣に居た騎士団長のランゲが慌てて階段を飛び降りてきた。


「……」

「あわわ…」

相手がかつて自分を拷問した冒険者ギルドの代表だと気付きリーゼは慌てた。

「エーベル!」

慌ててエーベル女史の上から退いたリーゼだったが、ランゲが乱暴にエーベル女史を揺さぶったので止めに入った。


「待ってください!急に揺すってはダメです!もし肋骨が折れていたら内臓に刺さりますし、脊髄を損傷する恐れがあります!」

静かなイメージだったリーゼが急に大声を出したので、ランゲは驚き耳と尻尾を立たせた。


「その…処置できる?」

リーゼが神聖王国の破壊工作員だが、医療の知識が有りそうなので、ランゲはリーゼに聞いてみた。


「息はしています…。それと……!エーベルさん!何処か痺れますか!?」

エーベル女史が「う~ん…」と声を出したので、意識が有る事は判った。


「痺れは無い…」


その一言を聞き、リーゼはエーベル女史の両脇に手を当てた。



「うっ!」


エーベル女史が痛がったので、ランゲは止めようかと思ったが、直ぐにエーベル女史が上体を起こした。

「!?」

「肋骨が2本、ひびが入っていました。もう治しましたので大丈夫です」


治したのがリーゼだと判り、エーベル女史は一瞬驚いた表情をした。

「…その…ありがとう」


ぶっきらぼうな態度になってしまったのでエーベル女史は内心焦った。

「いえ、私を助けてくれたので…」


一瞬沈黙が流れたが、エーベル女史が切り出した。

「貴女が怪我をするかと思ったから…。貴女達と違って私達は人助けぐらいするわ」


前世ではユダヤ人と言うだけで収容所に送られたエーベル女史は、リーゼの目を見ずにそう言うと立ち上がった。


「それと、拷問の件はごめんなさい…」

今度は耳と尻尾を垂らしながらもリーゼの目を見てエーベル女史が謝罪した。

「ぇ…。いえ、そのファシストだと勘違いしただけなのは聞いていますし。私もファシストを見たら同じことを…しますし…」


エーベル女史が真っ直ぐとリーゼの目を見定めたので、リーゼは途中で言葉を濁してしまった。



実際の所、エーベル女史がリーゼを拷問に掛けるように命じたのは、リーゼがナチだと思ったからではない。

前世で秘密警察に連行される自分達を見て、物を投げ、汚い言葉で罵声を浴びせてきた一般の(・・・)ドイツ人に対しての怒りをリーゼにぶつけただけだった。


生きて収容所を出られたのはエーベル女史だけだった。

父親は死因が判らず、母親は病死。

そして、妹はエーベル女史の目の前で看守に銃で撃たれて死んだ。

銃を向けられ妹が笑顔を見せたのが未だにエーベル女史の心を蝕んでいた。


「これで終われる…」


労働中に機械に手を挟み大怪我をした妹が言った言葉を不意に思い出す。


妹は怪我をすれば死んで楽になれることを理解し、わざと機械に手を入れたのだ。



「…何かあったのか?」

踊り場からカエが声を掛けたので、リーゼも大急ぎで立ち上がった。


「いえ、何も。すこし、ぶつかっただけです」

エーベル女史はそう言うと笑顔を見せた。


「そうか。…では失礼する」

カエはランゲとエーベル女史に一言ことわり、地下通路の方へと歩き出したのでリーゼは2人にお辞儀し慌ててカエの後を追いかけた。



「で、何があった?」

地下通路に入るとカエが質問した。

「その、実は私が階段から落ちまして…、エーベルさんが受け止めてくれました。ですが、エーベルさんも一緒に落ちてしまって。エーベルさんが怪我をしてしまいましたが、私が治したんです」


「そうか…」

興味を無くしたのか、カエは黙り鍛冶ギルドに向かう通路を歩き続けた。


花粉症辛い

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