葬儀
「パオロ!起きろ!」
暗くて周りが見えないが、どうやら自分は倒れている事にパオロは気付いた。
「ああ……」
仲間のうめき声が聞こえ、倒れているのはパオロだけで無いことが判った。
「怪我は無いか!?無いな!ダッチ!ヘイリー!そっちは無事か!?」
内臓に響くようなドスンというがする度にガタガタと揺れ、立つこともままならず、目の前でフランツが倒れつつも機体の後部に向かった。
「押さえてくれ!」
「畜生、止まれよ!」
機体の前側ではショーンとロンが小隊長の右腕を押さえていた。
「駄目かぁ………。降下するぞ!急げ!」
機体に対空砲が直撃したのか、機体の後部では仲間が6人倒れ、無事だった仲間が降下をしようと席を立ち始めた。
“倒れたのは誰か…”確認しようにも自分の事で手一杯だし、苦楽を共にした仲間の姿を見る気にはならず、パオロは降下準備を始めた。すると窓の向こう側が、一瞬朝日かと思うほど明るくなった。
フランツと慌てて外を見ると、隣を飛んでいた輸送機が空中で炎上し、火だるまになった仲間達が機外に脱出するのが見えた。
「また落ちたぞ!降下ポイントは未だか!!」
「未だの筈です!」
操縦席から怒号が聞こえてきた。
「筈ってなんだ!早くしないと兵隊を降ろす前に88ミリに殺られるだろ!…掴まれ!」
機体が大きく降下し、全員が一瞬宙に浮くような感覚を覚えた。
直後、緑のランプが点灯した。
「被弾した、降下しろ!急げ!」
機長が叫ぶと、輸送機はどんどん機首を上げ始めた。
「降下!降下!パオロ行け!ショーン、なにやってんだ!」
仲間に続き、降下をしようとパオロが機内を移動している間もショーンは小隊長の応急措置をしていた。
「止血しないと戻る前に死んじまう!」
振り返ろうとしたが、その前に機体が激しく揺れ、パオロは機外に投げ出された。
「っ!」
開傘の衝撃に耐え、機体の方を振り向くと。左のエンジンに被弾した機体が大きく左に傾きながら、何人か降下しているのが見えた。
「ふぅ!…ふぅ!」
周囲には未だに他の輸送機が飛び交い、対空砲も撃ち上がっていたが、自分の呼吸音しか聞こえなかった。だが、さっきまで乗っていた輸送機が火に包まれ空中で爆発した時の音はハッキリと記憶に有った。
「…っああ゛!?」
目が醒めるとベッドに寝かされていた。
「はぁ…はぁ…あぁっ!つぅ…」
パオロは身体を起こそとしたが、痛みで顔を歪めた。
「先生!急いで!」
パオロが目を覚ました事に気が付いた看護師が医者を呼ぶ声が来てきた。
「パオロ、起きるな…そのまま…」
声の主は聞き覚えが有った。
「ポーターか…。うあっ…。此処は何処だ?」
「私の家だ。此処は私達が住んでる村だ」
「どれだけ時間が経った?」
目が霞むが身体に違和感を覚え、その上頭が痛む。怪我のせいだけではなく、長い事寝ていたことが想像できた。
「3日だ」
「3日だと」
パオロはポーターの静止を無視し身体を起こした。
「パオロ…!」
「腕を無くしてたか…。予想はしてたがな」
襲撃を受けた時に銃で応戦したが、気を失う直前に狼男に右腕を爪で斬り付けられた記憶が有った。
「止血はしているが未だ完全には治してないんだ。横になってくれ」
一気に治すには怪我の度合いが酷く、応急処置程度に止めていた。
「ポーターは無事だったんだな……」
ベッドに横臥し直しながらパオロが質問した。
「ああ、まあな。連中は若い連中や幕僚ばかり狙ってたよ。私も銃剣で斬り掛かったが、アイツ等は私の顔を見るなり殴り倒して、それで終わりだ。直ぐに、サラとルーシーに気付いてそっちへな……」
「ジェームズの娘達は?無事か!?」
パオロの質問にポーターは首を横に振った。
「やられた。狼男に気が付いたルーシーが叫び声を上げてその場に倒れ込んだんだが。狼男はルーシーに噛み付いて…獣人化した。サラも噛まれて。兄弟のジョシュとジョージが2人の間に入って抵抗したが、獣人化したサラに斬られた。……ああ、2人は無事だ、生きてる」
「他の部下は!?被害は?」
ポーターは老眼鏡を外し、ベッドの脇に置かれた椅子に座った。
「負傷者は148人、戦死者は69人、狼男になって消えたのが22名、無傷なのは29人だ」
「…くそ!」
最初は307人居た。
それが宿場町での撤退戦で失敗し。海兵隊に戦死者17人、行方不明者14人、合計31人。他に騎兵隊や陸軍合わせ18人の戦死者。
合計で戦死者49人。
大森林に逃げ込んだ時点で無事なのは258人に減った。
そこから、狼男のせいで負傷者148人、死者69人、消えたのが22名。
無傷なのが29人だけ。
自分が指揮している間に、戦死者が合計で118人……。
「ゆっくり休むんだ。後のことはハーバー将軍がやってくれている」
「ロンが居るのか?」
ポーターが首を立てに振った。
「今、葬儀に参列してくれている」
「…合衆国の理念。自由と平等の為に、彼等が尽くしてくれた事を同じ合衆国軍人だった私は誇りに思います」
村役場に隣接する神殿でアメリカ陸軍の礼装を着た人狼の少年が弔辞を読み上げていた。
「生まれ変わり、合衆国も自由という価値観も無い世界でありながらも。合衆国の旗のもと団結し、人類の普遍的な価値観である自由の為に戦った彼らの事を私達は忘れません。彼らの熱意は魔王様をも動かし、彼の決断を後押ししました」
今、弔辞を読み上げているのはアルトゥルこと、ロナルド・ハーバー将軍だった。
戦死した事が無意味では無かった事を遺族に知らせるために、多少大げさだがカエとのやり取りにも言及した。
演台の後ろには大きな星条旗が掲げられ、少年の目の前には118人の遺体が納められた棺が整然と並んでいた。
棺には1枚ずつ星条旗が掛けられ、遺族は棺が並んだスペースから見て入り口側に参列していた。
参列するのはジェームズ達の住むハンプシャー村の住民と周囲の村の住民、そして遺族達だった。
住民の半分近くが元アメリカ人の村だということもあり、村の殆どの住民が参加しての葬儀となった。
「独立戦争から受け継がれて来た合衆国の理念と彼等の熱意が、自由と平等の礎となった事を私達は忘れません…」
弔辞が終わり、軍楽隊が演奏を始めると礼装姿のアメリカ連隊の兵士達が棺を運び始めた。
遺族のすすり泣く声が演奏に紛れ聞こえてくるのを聞きながら、兵士達はゆっくりと棺を墓地まで運び出した。
(どうしてこうなったんだか……)
今回の戦死者には昔の仲間も大勢居るので、アルトゥルは見た目以上に打ちひしがれていた。
やがて、118人の棺は墓地に到着し、儀仗隊の弔砲が始まった。
部下達の葬儀に出るのは1度や2度では無いが、苦手だった。
何時も、残された妻子や年老いた両親を見ると心が苦しくなる。
アルトゥルが悲しみに浸っている間に弔砲が終わり、ラッパ手が葬送ラッパを吹き始める。
棺に掛けられた星条旗を兵士が三角形に畳み、担当の士官が1枚1枚遺族に声を掛けながら手渡した。
棺に掛ける人数分の星条旗を集めるのに苦労したが、ケシェフの街の冒険者ギルドが何とかかき集めてくれたので、遺族に手渡すことが出来た。
「お疲れ様です」
連隊本部に使っている村役場の一室に戻ったアルトゥルは、副官の挨拶に軽く右手を挙げて返事をすると椅子に座り込んだ。
「…何人編入できそうだ?」
「50人程度かと」
復帰できた負傷兵含め、50人がアメリカ連隊に志願する意思を示していた。
「そうか……。明日には宿場町に進出する。兵達に準備させといてくれ」
同郷人が多く集まる村だが、長居は無用だ。すでに、カエ達からジェームズ達を連れ戻してもらい、獣人化した兵士はケシェフで治療をしてもらっている。やり残したことはなかった。
「将軍、よろしいですか?」
人事を担当している幕僚が入ってきた。
「どうした?」
「大勢の住民が押し寄せて志願しをしたいと」
「大勢だって?」
アルトゥルは椅子から立つと窓から村役場の正面に人だかりが出来ていた。
「殆どが葬儀の参列者です。どうしますか?」
老若男女、何百人も集まっていたのを眺め、アルトゥルは考えた。
果たして、編入して大丈夫か…。
反乱軍に志願していた連中は元軍人が多いが彼らは?
「直ぐには編入するな、経歴を聞いてそれから判断する。もし、転生者じゃない素人が居ても、“新兵として教育隊に入れる”と言って連絡先だけ聞くんだ。今回、編入するのは元兵士だけだ」
「了解」