狼男達
『カエ、狼男が1体止まった』
光魔法で姿を消しながら廃村に近づいていたカエ達の目の前で、狼男が突然倒れ寝息をかきはじめた。
『見えてる。………何だ?眠ったのか?』
カエの他に、廃村の様子を見に行ったジェームズとサムそして中堅猟師の4人で忍び寄り。カエが1体づつ呪いを無効化しつつ兵士を気絶させるつもりだったが、思わぬ誤算だった。
「Hey, was ist los?」
異変に気付いた人狼の兵士が、眠った狼男を叩き起こそうと肩を揺すったが起きる気配がなく、しまいには棒で殴り始めた。
「Steh auf!」
殴っても反応がなく、兵士が途方に暮れていると。狼男がもう1体近付いてきた。
(………!娘です)
近付いている方がサラだと気付き、同行していたジェームズがカエに耳打ちした。
(うわっ!)
突然、サラが人狼の兵士を殴り飛ばした。
〈…何の騒ぎだ?〉
殴り飛ばされた兵士が焼け焦げ半分炭のようになっていたドアに叩き付けられ、大きな音がしたので兵士達は集まり始めた。
〈狼男にやられたのか?〉
飛ばされた兵士とは反対側に立つ狼男がゆっくりと近付いて来たので、兵士達は2、3歩下がった。
〈お、おい。止まれ!〉
兵士の1人が止めようとしたが、狼男は大きく息を吐き兵士たちに向かい、歩き始めた。
〈誰が噛んだ奴だ!?〉
〈止めろ!〉
他の兵士2人も殴り飛ばしされ、3人目の兵士が狼男化した事でようやく止める事が出来た。
〈こいつのハンドラーは誰だ!?〉
狼男同士が取っ組み合いを初めたので、衝撃で辛うじて残っていた廃墟の壁等が崩れるなどし、他の兵士たちは慌ててその場から離れた。
〈少尉です!〉
兵士はドアに叩き付けられた兵士を指差すと自分も狼男に変身した。
(何だ一体!?)
急にサラが暴れ始めたので、カエはどうして良いか判らず。周りを見渡していた。
『今度は何をしたの!?』
『私は何もしとらんぞ!』
「なんだ!?もうシッチャカメッチャカだよ」
離れた位置から様子を伺っていたトマシュは、廃村の中を右往左往する狼男や暴れるサラを押さえつけようとする兵士達の動きに思わず言葉を漏らした。
「どうしたの?」
「ジェームズさんの娘さんが暴れて何人か気を失ったみたいだ。狼男になった人達は指示が貰えてないのか、ウロウロしてるし」
ローブを着た若い女がサラの目の前に立ち塞がり、両手を上げるとサラが大人しくなり両手をだらりと垂らした。
〈コのっ!!〉
サラと取っ組み合いをしていた狼男がサラの顔を殴り、サラが地面に倒れた。
〈何してるんだ!?〉
〈ソうはイイますけどネ〉
取っ組み合いをしていた狼男が人狼の姿に戻った。
〈コイツのせいでこんな大騒ぎになったんですよ……。何だ、女だったのか〉
(サラっ!?)
サラの変身が解け、元の姿に戻った。
〈へぇ、悪くねえじゃん〉
兵士は品定めをするようにサラを眺め、顔を確認するために髪を掴み乱暴に引っ張った。
「ぅ…」
〈おい!!〉
上官が声を荒げ、止めさせようとした。
「くそ!」
(えっ!?)
『!#%&¿☆』
『カエ!?どうしたの!?』
カエが言葉にならない悲鳴を念話で上げ、ほぼ同時にカエ達の居る方向から発砲炎が見え銃声が響いた。
「やっば」
断続的に発砲が続きトマシュだけでなくライネも青ざめた。
『カエ!起きてる!?何があった!』
『だ、大丈夫だ!狼男が2体そっちに逃げた。追ってくれ!』
「アレだ!」
ライネが廃村から駆け出してきた狼男に気付き小銃を撃った。
〈クッ!?〉
前足を撃ち抜かれ、狼男は前転をする形で倒れた。
「Hände hoch!」
倒れた狼男が再び走り出そうとしたが、猟師2人に銃を突きつけられ、観念したのかその場で変身を解いた。
「他にもう1体居るぞ!逃がすな!」
ライネが指示を出し、猟師達は散開しつつ狼男を探した。
「あそこだ!木の影!」
気配を察知したトマシュが魔法剣に魔力を込め、狼男が潜む木立に向け火球を放った。
「飛び出たぞ!」
猟師達が各々のボルトアクションライフルで狼男を狙い撃ったので、狼男は直ぐにその場に倒れ動かなくなった。
「撃ち方やめ!やめだ!」
ライネが慌てて射撃を止めさせたが、狼男はその場から動かなくなった。
「死んじゃったか?」
ライネは心配したが、かと言って迂闊に近付いて反撃に遭う恐れも有るので近付くわけにはいかなかった。
「大丈夫だ、息してる」
猟師の1人が狼男の口元から白い息が出ているのを指差した。
『カエ、こっちは無力化した。1体は重傷、もう1体は前脚を撃ち抜いて倒れた所を捕虜にした』
『こっちは1体死んだ』
「逃がすか!」
カエが風魔法を用い、右手から暴風を放ち、飛び上がった狼男にぶつけ地面に叩き落とした。
〈うがっ!?〉
変身する前の兵士は肩や脚など急所以外の所を撃たれその場に倒れ込んだ。
「他の狼男は変身できん!一気に制圧しろ!」
サラの身に危険が迫っていると感じたジェームズ達が銃を乱射した結果。誤って1人の頭を撃ち抜いてしまったが、他の兵士は怪我をさせて無力化することが出来た。
「Kapitulieren!」
サムと中堅の猟師が倒れた兵士に銃を突きつけ無力化しつつあった。
「ああ゛!ナチ野郎が!」
ジェームズがサラを乱暴に扱った若い兵士に馬乗りになり一方的に顔面を殴りつけているが、誰も止めれずにいた。
変身はカエが強制的に解き、両手両足を銃で撃ち抜かれた事で抵抗も出来ずにいる兵士を見てみぬフリをしつつ、サムともう1人の猟師は他の狼男に変身していた兵士を一箇所に集めていた。
「1、2…5人か。魔王様、捕虜は5人です!」
サムから報告を受けたカエは魔術師風のローブを着た若い女を調べていた。
「わかった」
どうも、若い女だけ雰囲気が違うのでカエは目を話さないようにしながら状況を念話でトマシュへと伝えた。
『トマシュ、こっちは4人捕らえた。そっちの2人と合わせて。……狼男5人とまた反応が違う女が1人で間違いないな?』
自分で感じた気配だけでなく、トマシュ側でも人数に違いがないか確認を始めた。
『確かに、狼男っぽい反応は5人に変な反応が1人だけど。誰それ?』
狼男に”させられている”サラ達とは違い、自分の意思で狼男化出来る兵士達の反応は大きいのですぐに判った。
『判らん。今から狼男化した兵士の変身を解いて回る。そっちで捕まえた捕虜を連れてこっちに来てくれ。調べるのはそれからだ。それと、アルトゥルから迎えの人員を回すように要請する。間違えてアメリカ連隊の兵士を撃たないように』
『判った。…あ、待った。1人大怪我をしてて動かせそうにないんだ』
銃弾を多く浴び、地面に伏せている狼男は息をしているが。運ぼうとした時に襲いかかってくる恐れがあった。
『ああ、では私がそっちへ行く』
「さてと……」
カエが若い女の頭に触れると、女は眠り落ちた。
(しかし、一体何だったんだ?)
なぜ、ルーシーが眠りサラが暴れだしたか見当がつかなかったが。
(どうせ、フェンリルのせいかもな)
三途の川で狼男化したサラ達を迎えに行かせているフェンリルのせいだろうと、カエは深く考えなかった。