トラウマ
「誰が居るだ!?士官は居るか?」
三途の川を目の前にしたショーンを含む20人ばかりの老人達は、此処に来た仲間の中に士官が居ないか捜し始めていた。
「俺、小尉だ!」
「こっちは大尉」
「少佐だが」
少佐を名乗った男に視線が集まった。
「誰だいあんたは?」
ショーンが尋ねると、見た目だけなら一番若そうな野戦服を着た男が名を名乗った。
「砲兵大隊長のエリック・ギレイ少佐だ」
「あー……パオロにリッキーと呼ばれていた若いのか」
ショーンの記憶では人狼の若者だったリッキーの前世の姿は30代前半のアジア人風に見えた。
「前世の姿もずいぶんと若いな」
「……休暇中にサイゴンで交通事故にあってな」
「あらら」
まさかの事故死に、その場に居た老人達は気の毒そうな顔をした。
「とりあえずだ……どうしようか?」
2度目の三途の川だが、前回と勝手が違うので、ショーンは話し合いを始めることにした。
「どうするっても…。前は気付いたら死んだ親父と一緒に汽車に乗ってたな」
「あー、俺も似たような感じだった。もっとも死んだバアちゃんだったけどな」
「おれは事故で死んだ息子だった。1歳で死んだはずだったけど。大人になった姿だった」
各々、前回死んだ時に死んだはずの身近の人と汽車に乗っているのが共通していた。
「アンタはどうだい?」
尋ねられたショーンは一瞬言うか迷ったが、話し始めた。
「犬だ。6歳の時に死んだ雑種の老犬だよ。懐かしいな」
なんで自分だけ犬だったのか気になるが、目の前にそびえ立つ立派な駅に汽車が着くと。ショーンは犬と一緒に汽車を降り、蒸気船で川を渡っていた。
「犬と一緒に蒸気船で川を渡ると両親を初め、死んだ家族が出迎えてくれたな…」
ショーンは対岸が在るはずの水平線を眺め、“もしかすると、また両親と会えるのか?”と考えていた。
「あー、居た居た!」
スーツ姿の若い人狼の男……と思ったが毛の色が柴犬のような赤毛の男が丘の下から走ってきた。
「ハァ……グナエウ…ス・…ユリ…」
「あー落ち着いてから喋りなさい」
息が乱れたまま話し始めた若い男をショーン達は宥めた。
「あー…失礼。コホン)グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオスさんに頼めれてあなた達を保護しに参りました」
急に魔王に言われてきたと言った男にショーン達は警戒した。
(((コイツ怪しいな…)))
やたらとニヤニヤしており、尻尾がやたらと丸まっているのも相まって何か雰囲気が怪しかった。
「ねえ、可笑しくない?」
サラも“何かが違う”と思いルーシーに話し掛けた。
「うん、何だろ…」
最初は毛の色が赤毛だからかと思ったが、ルーシーが違和感の原因に気が付いた。
「この人、尻尾の形が変…」
「あ!」
人狼の真っ直ぐな尻尾と違い、男が巻き尻尾なのが違和感の原因だった。
「皆さんは狼男に噛まれた事で掛かった呪いの影響で魂が此処に来てしまいましたが、汽車に乗り元の世界に引き返せば元の身体に戻る事が出来ます」
「どうなってるんだろ?」
「力んでるのかな?」
巻き尻尾の男が状況を説明しているが、2人は説明が耳に入らず男の巻き尻尾を眺めていた。
「これから皆さんには駅に向かって、元の世界に向かう列車に乗ってもらいます。こちらです」
怪しいが、他にどうしようも無く。ショーン達は巻き尻尾の男の後を追い、駅へと向かい始めた。
長閑な雰囲気が漂う、草原の中を通る砂利道を進み。坂道を下り始めたが。遠巻きに見ると、老人会の団体旅行客の様に見えた。
「僕等の身体はどうなってるんだ?狼男になっているんだろ?」
「グナエウスさん…。魔王様が回収作業をしています」
「え?」
サラとルーシーはその場に立ち止まった。
「………魔王様とどういう関係?」
ファーストネームで呼び合う仲なのかとショーンは怪しみ、根掘り葉掘り質問をしようとした。
「只の知り合いですよ」
「おい、待ってくれ!嬢ちゃん達の様子が変だ」
「どうしたんだい?」
見た目通り老婆心前回の老人達は、サラとルーシーの周りに集まり、2人を介抱し始めた。
「………ぁ…イヤ…」
「………う…」
ルーシーは顔面蒼白になり、口を押さえると恐怖から嘔吐した。
「お、おい!誰か医者を!」
異変に気付き、ショーンは老人達を掻き分け2人に近づいた。
「僕は医者だ…。どうしたんだ!?」
ルーシーだけでなく、今度はサラが過呼吸を起こし始めた。
「誰か袋を持ってないか!?出来れば紙袋が良い!」
「あ、有ります!」
巻き尻尾の男はフランスパンを左手に持ち、紙袋を右手に掲げながら叫んだ。
「そいつをくれ…。さあ、口に当てて息をするんだ」
袋の端を少しだけ千切り穴を開け、サラに紙袋を渡すと過呼吸の対処方であるペーパーバック法をするように指示した。
「ルーシーは…大丈夫かい?」
サラが問題なくペーパーバック法を実践しているのを確認し、ショーンはルーシーの様子を確認し始めた。
「お母さんが…叔母さんに………お兄ちゃんも…あ…ああ……」
目の焦点が合わず、涙を浮かべ始めたルーシーにショーンは呼び掛け続けた。
「ルーシー!落ち着くんだ!深呼吸をしろ!此処には狼男は居ない。違う事…何か楽しい事を考えるんだ!」
2人共思い出してしまったのだ。ジェームズ達と大森林を移動中に狼男の襲撃が有った事を。
襲撃に気付いた時に、目の前で反乱軍の兵士が狼男に切り刻まれるのを目の当たりにし、過去に実の母親や兄弟姉妹が狼男に変化した叔母に食い殺された事を。
「押さえろ!」
「暴れるなルーシー!落ち着くんだ!」
言葉にならない悲鳴を上げながら暴れ始めたルーシーを6人がかりで押さえ付けようとしたが、激しく暴れ始めた。
あまりの状況に、遠巻きに見ていた巻き尻尾の男が近付き、ルーシーの目の辺りを押さえた。
「落ち着いて…そう……。大丈夫だ…」
一瞬、ビクリと身体を強張らせたルーシーは目を閉じ、寝息をかきはじめた。
「………とりあえず、寝かせましたが。……恐怖に打ち勝てるかは彼女次第です」
恐怖を取り除く事は出来なくはないが、一度魂をバラバラにする必要が有った。
カエ達が死者の記憶を手にする時の手法と同じで、記憶を“奪い取る”事で文字通り恐怖の原因を取り除く方法だった。だが、恐怖を克服するのでは無く、恐怖の原因をただ欠落させるだけに何の意味があるのか?
恐怖を取り除く、ある種の対処療法的な手法は。彼女の人間としての尊厳を傷つける様な気がし、巻き尻尾の男はルーシーを寝かせるだけに止めた。
「………う」
「サラ、落ち着いたかい?」
呼吸が落ち着き始めたサラは首を縦に振った。
「良かった…。今は楽しい事を考え続けるんだ。いいね?」
ショーンの指示を聞き、サラはもう一度首を縦に振った。




