廃村
ジェームズが“静かに”と手で合図をすると、猟師仲間達はゆっくりと木の陰から様子を伺いだした。
「此処は…。あの村か」
狼男達の足跡はよりにもよって、過去に狼男に壊滅させられた村の中へと向かっていた。
“側面に回る。そこの2人来い。他は待機”
ジェームズがハンドサインで指示をだし、猟師2人を連れて村の周囲を時計回りに進んだ。
待機を指示された猟師7人は各々銃を構え伏撃ちや膝撃ちの姿勢で周囲を警戒し始めた。
「何です?」
「何が?」
事情を知らない若い猟師が中堅猟師に質問をした。
「マグノリアさんが“あの村か”って言った理由ですよ。何ですか此処は?こんな場所が在るなんて知りませんでしたよ」
「ッチ…………。12年前に狼男に壊滅させられた村だ。ラズブルゥヴァッチにな」
若い猟師はもう一度村の方を見ると木陰に隠れた。
「………マジっすか」
12年前のラズブルゥヴァッチ事件は猟師達に語り継がれ、大森林に入植した他の村々でもよく知られていた。
多少尾ひれが着いたが、村人数百名が全滅した大事件は人狼の領地に止まらず、人間の領地でも本にされる程知られた事件だった。
村の住居はすべて事件の後始末をしたジェームズ達が火を放った事で燃え落ちていたが。若い猟師は燃え残った村の壁や住民の基礎を見て、当時の事を想像し、恐怖を覚えた。
「マグノリアさんって28っすよね。何で、この村の事を?」
本当は無駄話などせず周囲を警戒しなければいけないとこだが、若い猟師猟師は気分を紛らわせようと質問を続けた。
「………はぁ。ったくお前は若いから知らねえか」
中堅猟師も恐怖から逃れたくなり、過去の事を話始めた。
「マギーは転生者だろ?それで、11の時から俺達と一緒に猟に出てたんだ。あの事件の時は鹿を追ってたんだが、不思議と見付からなくてな。それで村に戻らずに夜営していたら北の雲が赤く光っているのに気が付いたんだ。例の事件でかがり火を焚いていたこの村の明かりが雲に反射しててな。それで夜明けと共にこの村に向かったんだ」
「待ってください、あの時此処に来てたんですか?」
他の猟師も会話に混じりだした。
「ああ、居たさ。あの時も……今みたいに虫の音すら聴こえない程、静まり返ってた」
当時の事件に同じ村の猟師達が関わっている筈が、不思議なほど当事者の話が無く、若い猟師達は初めて聞く当事者の証言に好奇心を擽られた。
「本当に村人が全滅したんですか?」
「…………そうだ」
中堅猟師は一瞬、喋ることを躊躇したが。この後、得体の知れない狼男 ‐考えたくはないが、復活したラズブルゥヴァッチ‐ に一緒に立ち向かう仲間達に当時の事を話しておいた方がいいと判断した。
“目標発見” “2” “あの方向”
ジェームズのハンドサインを見た同行する猟師達は、ジェームズと共に伏せ。1人が観測用の双眼鏡を出し、ジェームズと他の1人が慎重にスコープ付のライフルに慎重に弾を1発ずつ装填した。
挿弾子を用いて、一気に8発装填すると音が出るので、それを警戒してだった。
「あの時、村の門は内側から閉ざされていた。叩いても反応が無いので、門扉に設けられた覗き窓から中を見たが誰も居なかった。代わりに引きちぎられた男物の衣服が散乱していた」
(確認した、狼男2匹。廃墟の中)
ジェームズが伏撃ちの姿勢になり、狼男に照準を合わせ。残った猟師は周囲を警戒するために反対方向へ銃を向けた。
「それで、俺が門をよじ登り。内側から開けたが、門の閂に住民の爪が残ってたのと、更に門が外側にひしゃげて開かなくなってた。状況から内開きの門に逃げようとした村人が殺到して、閂すら開けられずにいたんだろ」
(距離1400、無風、高低差無し)
「地面には狼男の足跡が幾つも残ってたが、その場を離れた人の足跡は無かった。………それで村人が全滅した事を悟ったよ。念のために家々も確認したが、逃げ込んだ住民が襲われて狼男になった痕跡が在った」
(照準よし)
ジェームズは引鉄を絞り何時でも撃てる状態になった。
「一番酷いのは村役場だった。周囲の地面に血溜まりができ、小さいや骨が幾つも転がっていた。それと、中は一面血の海で、犠牲になった子供や年寄りの………」
特に、1人だけ忘れられない遺体があった。殆どが食い荒らされてはいたが、残った頭部から女性で、彼女だけ狼男に変化出来る歳だった事が判った。
なのに何故彼女は喰われたのか。不思議に思っていると、頭領だったジェームズの父親に訳を教えられた。
「………それから、妊婦の遺体だ。変化に耐えられないから食い殺されたんだ」
ラズブルゥヴァッチの襲来で最悪だったのは、ラズブルゥヴァッチの行動原理が群れを増やし餌を確保する事に有った。変化に耐えられる者は姿を変えられ、そうでは無い者は例外なく食われた。
ごく稀に現れる狼男は知恵が回らず、殆どが森などをさ迷う過程で熊などに襲われるか、村に現れても数人の犠牲者だけで封じ込める事が出来るので大したことはない。
しかし、ラズブルゥヴァッチは徹底的に獲物を追い詰め、全てを奪い去ろうとする。あの時、ラズブルゥヴァッチを討伐出来なければどうなっていたか。
(新たな標的。右へ15。距離1450)
観測手が他の狼男を発見した。
(ボスは?)
(居ない。村の中だな)
ジェームズは気持ちを落ち着かせる為に、首飾りにしている古い鉄製の矢尻を左手でゆっくりと撫でた。
今世での父親の形見で。練習用の刃が研がれていない物を御守り代わりにしていた。
(待機だ)
ジェームズはゆっくりと人差し指から力を抜き、トリガーガードの外に指を置いた。
狙うは狼男のボスのみ。それも行動からラズブルゥヴァッチ並に頭が切れる奴。
「ところで、何でラズブルゥヴァッチって名前になったんですか?伝説のラズブルゥヴァッチは仲間を増やさないでしょ?」
「ああ、それか。日記に書いてあったんだ。村長一家のな。それで俺達もそう呼ぶようになったんだ」
(新たな標的。左に20。距離1500…っ!)
観測手が息をんだが、ジェームズは冷静に標的を狙い見た。
(……サラ…!)
狼男の胸に、ジェームズが首に掛けているのと同じ矢尻と指輪が鎖に掛かりぶら下がっているのが見えた。
(ルーシーも居る、隣)
(ああ、見てるよマギー)
ジェームズは再び人差し指に力を込め、引鉄を絞り始めた。
(ボスは?)
(まだ出てこない……!止せ、マギー!)
「……後、村役場で生存者が見つかった。小さい女の子2人で、事件後はマギーが引き取った」
「……え?」
「それじゃ、生存者の小さい女の子2人って……まさか」
(マギー!感情的になるな!ボスを逃したらどうなるか忘れたのか!)
此処で狼男のボスを逃がすわけにはいかない。
群れの狼男を倒したとしても、ボスが逃げ果せればまた別なところで群れを作る。そして……。
(あのボスは武装している俺達を狙ってきたんだ。あんなに頭が切れるのにだ)
怪我人がおり、血の匂いがするとはいえ。銃を持った集団に襲い掛かったのだ。考えられるのは、狼男のボスは最初から反乱軍の兵士達。……考えたくは無いが知性の在る狼男が敵なのだ。
逃がせば、確実にまた襲い掛かってくる。
(でも……サラとルーシーが……)
「…ああそうだ、本人たちは覚えていないが、サラとルーシーはあの事件の生き残りだ。兄弟姉妹が母親に食われる音を戸棚に隠れて聞いていたんだ」
(あの2人が誰かを手に掛ける前に……)
ジェームズは息を整え狙撃するために大きく息を吸おうとした。
(…止せマギー。今の君じゃ当たらない……呼吸が乱れすぎだ)
観測手をしていた夫に指摘され、ジェームズは唇を震わせながら指を引鉄から離すと、地面に顔を伏せた。
(マギー……)
ジェームズは夫に抱きしめられ、音を出さないように静かに泣いた。
かつてのサラとルーシーの様に。
主人公空気やな………