罰金刑のようです
おもむろに右手を握りしめ、三人の頭に振り落とす。
「痛っい!何すんの!!」
「一人ずつ喋って。先ずはニュクスから」
三人が入れ換わるため会話の要領を得ないから、ニュクスから事情を聞くことにした。
「私はカエから剣を魔法具にするから、術式の用意だけしろって言われて」
ライザさんの耳がピクリと反応した。
「魔法具?」
「じゃあ、次はカエ」
「イシスから、“トマシュが剣も持って無いのは可哀想だから、一振り贈りたい”と言われたから、どうせなら魔法具にして渡そうと思ってな」
三人が右手に持っている剣を見つつ、ライザさんが近付いてきた。
「ちょっと、見せて」
「どうぞ」
ライザさんが剣を隅々まで観察しだした。
「ぱっと見、刀身が黒み掛かったけど……」
と、言って。こっちを見たときに剣先が棚に触れ、触れた所から煙が出た。
「わ、わ。なにコレ?」
「只の剣を渡してもつまらないからな、魔法を使う際の魔法具としても使える様にしてみてな」
「魔法具ってそんなに簡単に作れるの?」
思わず、カエに質問した。
「私達の世界では、魔法具の加工技術が発展していて、鉄等に触媒を入れる技術も確立されてな。コレの場合は、そうだな。さしずめ魔法剣と言ったところか」
「ちょっと待った、うちの商品は触媒になりそうな物は使って無いぞ」
店の奥で聞き耳を立てていたのか、親方が出てきた。
「うちの商品自体は何の変哲もない鉄を使ってるんだ。魔法具の触媒になるような不純物を入れて剣なんか作ってみろ。熱に負けて直ぐに炭になるぞ」
「そうなの?」
親方が言ったことをカエに確認する。
「確かに熱した鉄に触媒を混ぜるやり方だと、殆どの触媒は燃え尽きるな。ただ私は剣に直接、触媒になる血で術式を書き込んだから、その限りでは無いさ」
「血を直接だって?どうや「“術式を書き込んだ”って話だけど、まさか魔力を込めると魔法が発動するんかい?」
親方が質問をしたのにライザさんが強引に割り込んできた。
「斬ると熱で傷口が焼ける効果に、魔法具でお馴染みの魔力の知覚を助ける機能。更には盗難防止機能までと思い付く機能は入れたわね」
急に口調が変わった、またニュクスになったようだ。
「しかし、魔法剣ね。コレだけで一財産になるわな」
「そんなにスゴいんですか?」
「スゴいなんて物じゃないわよ、刀身の鉄に練り込める触媒自体が限られてるのに、触媒で術式を書き込んでいるんだよ?普通の魔法具はフランツの盾みたく、裏側に触媒になる鉱石とか“妖精の落し物”を砕いて墨にしたのを書き込んで、消えないように密閉してるんだ。でもコレは鉄の中に書き込まれてるから消えないだろうし、魔力の伝導率が良い鉄を経由して魔法が発動すれば効率もかなり良いのよ。もう、そうなってくると存在自体が神話とかに出てくる伝説の剣みたいなもんよ」
ライザさんが一息で言い切る程に珍しいのか。
「しかし、ホントに魔法具をトマシュに贈るのか?」
後ろから、フランツさんが現れた。
「はい、トマシュには兵士を辞めて魔法学校に入って貰いたいのと、今日の御礼を兼ねて贈ろうと思いまして」
口調が落ち着いた、今はイシスか。
「御礼ってなあ、魔王様よ。こんなにスゴい剣は不釣り合い過ぎるさ」
確かに剣は欲しいけど、神話級の剣はな。
「いえ、入学者全員に同じ様な魔法具を配りますし、可能な限り生徒に作り方を教えるので数年でありふれた物になりますよ」
「は?」
「へ?」
「本当かい嬢ちゃん!?」
親方が一番食い付いた。
「そんな高級品が世に出回ったら、俺達ゃ商売上がったりだよ」
あー、そう言うことね。
「その心配は有りません。あくまで魔法具の作り方を教えるだけで、元になる剣を作れるわけではないので鍛冶職人の仕事を奪うことは有りません。むしろ、魔法具にするのに金属は相性が良いので、鍛冶職人の仕事が増えるかと」
「金属と相性が良い?」
さっきから、“魔力の伝導率が良い”とか言ってるけど何のこっちゃ?
「例えば魔除けに銀を使うかと思うけど。アレは生物や霊体に比べて銀は魔力を流しやすい性質が有るから、魔物から魔力を奪うからなんだ。魔法具の場合は、金属に流れた魔力が霧散せずに、触媒で書かれた術式に流れるので効率が良いの。木製の杖等と比べて強力な魔法が使えるよ」
魔法剣、スゴいなあ。
って、そうじゃないよ。
「魔法剣がどんなにスゴいかは分かったけど、店の中であんな大きな音を出したらダメなのは分かるよね?」
僕の質問にイシスがゆっくりと振り返った。
「だ、ダメかな?」
「ダメに決まってるでしょ!先ずは、“商店保護法”違反。特に理由がなく店の営業を妨害したから罰金、銀貨十枚。次が“騒乱罪”違反。白昼に剣で自分の身体を刺したでしょ。それで罰金、金貨二枚」
イシスの耳が一瞬、ペタんと閉じてから一気に立ち上がった。
「え!?私達が払うの?」
「そうだよ」
基本的に部族長でも刑は免れないのだ。
左腕でイシス達を拘束しつつ、懐から違反書を取り出し名前を…………。あー、この場合って三人の名前なのか?
「確認だけど、剣で自分の身体を刺したのはカエだけ?」
相手は身体一に三人の人格だから、人格毎に違反を書くか。
「うん」
じゃあ、カエが“騒乱罪”と“商店保護法”の罰金で、他二人が“商店保護法”だけと。
後は、魔法具で本人達の名前を署名して終わりだ。
「あ、逃げたら、追加で金貨五枚だから」
「逃げないよ!」
左腕を離し、腰につけた雑嚢から木で作られた小鳥型の魔法具を取り出し近くのカウンターに乗せ、魔法具の前にカエの分の違反書を置いた。
「じゃあ、カエ。自分の名前をこの小鳥に話し掛けて」
「…………グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス」
「長いんだね」
「コレぐらい普通だよ」
フランクな口調なのでイシスに戻ったのかと思ったが、両目が茶色のままなのでカエのようだ。実はカエも子供っぽいのか?
カエの名前を聞いた魔法具が動きだし、嘴で器用に文字を書き込みだした。
「なにコレ?」
「魔法具の“代筆スズメ”。違反者が偽名を使っても、代筆スズメは本名を書いてくれるんだ」
「別に私は嘘は吐かんぞ」
「カエの本名の綴りが分からないし、他にも機能が有るから使ったんだ。違反書に署名が終わると、役場まで飛んでいって違反の内容と違反者を報告してくれるんだ」
代筆スズメが“Gnaeus Juliusz Cezar Ptolemeusz”と署名し、本物スズメの様に首を傾げた。
「次はニュクスの番だよ」
「ニュクス」
フルネームで無かったのか、代筆スズメが一瞬ニュクスの顔を見てから、署名を始めた。
「ニュクス、フルネームで言わないと代筆スズメが怒るよ」
別に怒ったとしても職務放棄はしないけど。
「別に問題ないんでしょ?本名は名乗りたく無いの」
何か、ニュクスって性格きついな。
代筆スズメが再び首を傾げた。
署名された名前は…………。“Kleopatra Nyks”と。
「最後にイシス、お願い」
イシスは素直だから楽だなあ。
「イシス」
代筆スズメがイシスの顔をまじまじと見た。
「ごめんなさい。私も本名は使いたく無くて」
「何で?」
イシスが下を向いて、黙り込んでしまった。
「ごめん」
“Kleopatra Izyda”と署名し代筆スズメが窓から役場に向かって飛んでいった。
「後は、この違反書を今月中に役場で提出して罰金を払って」
「払わなかったらどうなるの?」
「家財の差し押さえだよ。それでも払えないと、労働とかすることになるよ」
そうだ、ヤツェク長老が先月分を納付しているか確認しないと。
「それで、ホントに魔法剣をトマシュにあげるのか?」
「はい、武器とか借り物だと聞いたので」
そうだった、魔法剣を忘れてた。
「良い剣じゃないか、バランスも良いし、っ!切れ味も良いな」
刀身に軽く手を触れただけのフランツさんが軽く手を切った。
「元々は騎士から頼まれて試作したんだが、人間の騎士は金属の鎧でガッチガチに固めるだろ?それで刀身が細いと折れるからと、違うのを作ってくれと言われてな。勿体無いから商品棚に並べたんだ」
親方の言うとおり、人間の騎士が相手だと折られそうだ。
「お店に入った時から、トマシュがチラチラと眺めていたのでソレにしたんです」
見られてたか。
「へぇ」
「ほう」
「隅に置けねぇな」
ライザさん含む三人がニヤ付きながらこっちを見た。
「何ですか?」
「別に」
「はい、トマシュ」
イシスが鞘に納まった剣を渡してくれた。
「ホントに良いの?」
神話級の剣を貰っても良いのだろうか?
「貴方も作ることが出来るようになるんだから、別に良いよ」
恐る恐る剣を手に取り、鞘から抜こうと柄を持った時に、静電気が流れた様な感覚がした。
「何だ!」
「あ、大丈夫。そのまま剣を抜いて」
「分かった」
とは言え、柄を握っているところが、ジンジンする。何だコレ。
「何か、ジンジンするんだけど」
「魔力が魔法剣に流れてるだけだから、大丈夫」
ホントかなあ?イシスの目が若干泳いで、一瞬だけ左目がニュクスになったんだけど。
悩んでてもしょうがない。意を決して鞘から剣を引き抜いた。
引き抜いた剣は、先程とは違い少し赤み掛かっていた。
すると、イシスが剣を握っている右手に、両手を添えてきた。
「盗難防止機能の初期設定をするから、ちょっとそのままでいて」
「あ、うん」
まただ、イシスに手を握られてドキドキしてきた。
「終わったよ」
イシスがそう言うと、赤かった刀身は何の変哲の無い普通の色に落ち着いた。
「後は、魔法を使いたいときに魔力を流すと、魔法具として機能するから」
なるほど、魔力を流すとか。ん?
「どうやるの?」
「え?」
「魔力の流しかたが分からないんだ」
「嘘!?」
いや、知らんがな。
「さっき、私が手を握った時に滾ってたでしょ」
えーと…………?
「まあまあ、二人とも落ち着いて。トマシュが無意識に魔力を出している可能性も有るんだ、試しに何か魔法を使ってみれば分かるだろ?」
フランツさんが見かねてフォローしてきた。
「んー?無意識って有るのかな…………」
イシスは未だ納得出来ないようだ。
「トマシュの母親のニナだけど、魔法が得意でね。トマシュもその可能性が有るのかも」
「そもそもですが、この世界での魔法の感覚が今一分からないんです。私の居た世界では誰しもが魔法を使い、魔法具も発展はしていましたけど、さっきの代筆スズメの様に自律する魔法具は数えるほどしか見たことがありません」
「基本的に、俺達は遺跡で拾ったり妖精が作った魔法具を使うんだ。魔法具以外に魔法を使う職人は居るには居るけど、使い方は秘密にしてるし、魔法具が便利だからそこまで必死になって覚えるのもな。後は、ニナみたく秘密にしてる冒険者も多いな」
「そうだ、トマシュ。貴方、お母さんに魔法の使い方を教われば良いじゃない」
「危険だから駄目だって言われた」
「え?何で?」
イシスが右の人差し指で顔を掻きながら質問をした。
「“冒険者になって欲しく無いから”だって」
突然、入り口の扉が開き、来客を知らせるベルが鳴った。
入って来たのは、冒険者ギルドのゲルダ・エーベル女史の秘書をしている、マリアさんだった。
「冒険者ギルドのマリア・ジェリンスカです。魔王様を迎えに参りました」
そうだ、冒険者ギルドから喚ばれてたんだった。
「ああ、すまない。少したて込んでしまってね。行くぞ、トマシュ」
そう言うと、カエは三人に御礼を言ってから店の外に向かったので、慌てて追い掛けた。