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後方支援

カエが用事を終え、自分の執務室に戻ると。自分の身体に入っているトマシュとミハウ部族長がソファーに座っていた。


「お帰りなさい。どうだった?」


ニュクスやイシスのお陰で、自分と同じ姿の他人が喋っている場面を見るのになれていたが。中身がトマシュのせいか、何処か普段と違う、柔らかい雰囲気があり、少しだけ戸惑った。


「何とか…」

カエはトマシュの姿のまま、ソファーに腰かけた。


「魔王様の新たな勅令を達する!」

執務室の外で公示人が新たな勅令を市民に示達しているのが聴こえてきた。


「いよいよ公示か…」


カエがそのまま本来の姿に戻ると、席を立ち窓の方へと向かった。


「今後、奴隷に対する労働の強制を禁ずる。奴隷には然るべき給金を支払い、管理すること。また、持ち主の承諾もしくは奴隷が地域を管理する部族に金貨5枚を支払えば自由人になれる事になった!」


こっそりと窓から聴衆の様子を見ると、驚き罵声を吐く人と拍手する人が3割、残りは示達の内容を話し合ったり、興味がないのか、その場を離れる者だった。


「奴隷を扱う輩が反対しましたが、何とか押し通せました」

ミハウ部族長も他の窓から聴衆の反応を見ていた。

「税制改革と抱き合わせたお陰ですが、それでも反対する者も居るでしょう」


ミハウ部族長の視線の先では、その税制改革の公示が始まっていた。


「魔王様より、税制改革に向けての勅令が公布された。今後の税制改革の布石として、現在課せられている税。1人頭につきヴィルク銀貨1枚を納める事とした“人頭税”を廃止し。代わりに個人の収入の10%を一律に収める“十分の一税”への移行期間として。今後5年間は“人頭税”か“十分の一税”どちらかを選べる事とする!」


支払う税金を選べると聞き、興味を無くしていた通行人も公示人へと近づくのが見えた。

「てことは…どういう事だ?」

「俺の家だと子供が12人居るが、かみさんと俺の分を合わせて14人分。金貨1枚に銀貨1枚。コレが収入の10%だけになると……。大体、銀貨10枚で済むな」

「家なんて、金貨1枚に銀貨10枚だったのがだいぶ減る」


どうしても、子供が多くなりがちな人狼において。人頭税は都合が悪く。特に、貧困層からすれば、満足に働けない子供は勿論。不景気で職にありつけない若者も多く。それが原因で余計に貧しくなるという負の連鎖に陥っていた。


「アルトゥルの家は金貨3枚以上は納める事になっていたから、かなり楽になるね」

そもそもの発端が、カミンスキー家が妙に貧乏だったから、原因をトマシュに聞いた結果だった。

カミンスキー家はアルトゥル達、最初に生まれた兄弟姉妹全員が既に働いているが、それにしては生活が苦しそうだったのだ。


姉妹は四則演算を難なくこなせるので、勤め先の飲食店で経理や仕入れも任されている程だし。弟に至っては、弱冠14歳にして微分積分から高校生程度の物理学を理解し。鍛冶ギルドのギルド長であるビスカ氏の元で蒸気機関の設計を担当し。給料を貰っていたのにだ。


「そうだが、アルトゥルが将軍になった分の給料が有るからなあ。週給で金貨30枚だから、毎週金貨3枚は貯金しないとな」

アルトゥルの給料を聞き、アルトゥルはカエを凝視した。

「さ、30枚!?そんなに貰えるの?」


トマシュの反応に、カエどころかミハウ部族長も意外そうな顔をし、お互い顔を合わせた。

「こんなもんじゃないか?」

「ええ、妥当かと」


「しかし、週給で金貨30枚ですよ。年に金貨を1500枚以上は貰うんですよ。いきなりそんな大金を渡して、おじさん…アルトゥルのお父さんが変にならないか…」

いきなり大金を手にして、人生が狂う事があるのをトマシュは知っていたので心配になったのだ。


「ミランなら大丈夫だ。心配せんで良いよ」

「…え!?」

アルトゥルの父親の名前を何故か知っていたので、トマシュは驚き、尻尾を僅かに動かした。


「いやあ、しかし。私の税金は高くなるなかもなあ…」

トマシュの様子からかミハウ部族長は誤魔化すように、話の内容を税金に戻した。


貧困層を初めとする大多数の人狼は減税となるが、コレが富裕層になると逆に増税となる。

特に荘園等を持っているミハウ部族長や騎士達が納める税金は通行税や不動産にかかる税金もあるので、たまったものではなかった。


「そうだ、魔王様。提案ですが、異世界の様に“源泉徴収制度”を導入しては如何でしょうか?」

「源泉…何だって?」

急に聞き慣れない単語を言い出したので、カエが聞き返した。


「“源泉徴収制度”です。昨年度分の税金を雇い主が給料から天引きし、税の未払いを防ぐ制度です。私が居た世界では行われていました」

「雇い主が給料から天引きか…」


カエは窓の外に視線を移した。

「ええ、雇い主は既に売上税などを支払っております。それのついでに税金を納付する形ですので、徴税もしやすいですし。給料を受け取る側が収入を誤魔化したり、給料を使い込んで税を支払えなくなるのを防げます」


「なる程…。検討してみる価値はあるな」

どうせなら、税制改革と一緒にやってしまうのが都合が良さそうだ。



「それで、例の準備は?」

窓から離れ、デスクの上に置かれた書類に目を移しながらカエが質問した。

「エルノが捕まっていた廃城と、大森林の村、それと鍛冶ギルドの倉庫にそれぞれ仮設を終えました。…動きがあればおおよその場所が特定できるかと」

「ご苦労」

トマシュは何の事か判らなかったが、カエは質問を終え。次に行う“反乱軍の恩赦”に関係する報告書を読み始めた。




鍛冶ギルドの倉庫では、アルトゥルの同い年の弟のアルベルトが機械のツマミを回していた。

「何か…聞こえそうだけど…」

木製のスピーカーからは雑音に混じり、何かしらの音が聞こえつつあった。


『プッ』

一瞬、音が聞こえ。周りに居る鍛冶ギルドの関係者から笑い声が出た。

「もう少し右か」


『・-・-- ---・- ・-・-- ---・-  -・- ・-・・ -・--・ --・・- ・・-・・ ・- -・--・ ・・-- ・-・・ ・-・』

スピーカーからモールス信号が鳴り響き、その場に居た全員が喚声を上げた。

「やった、成功だぞ!」


カエ達がサメや大ダコのゴーレムを使い回収した。神聖王国の神殿にあった電子部品や、鍛冶ギルドが研究していたアンテナやラジオ装置を組み合わせ、防諜用に短波受信機を作ったのだ。


「記録は?」

「バッチリだ」

スピーカーで流れたモールス信号は印字機で紙ロールに印字され、記録されていた。


「アルベルト、方位はどっちだ?」

「真南です」

更に、ループアンテナを使い。電波の到来方向を検出することで”何処から電波が出ているか”探ろうとしていた。


「9時38分。真南」

地図に倉庫がある場所から真南へと線が曳かれた。

「後は他の測定地からの観測結果で場所が判るな」


彼等はミハウ部族長とヤツェク長老の依頼で、ケシェフに潜入している神聖王国のスパイ摘発に協力していた。


“神殿から回収した装置を見るに恐らく、無線を使っているだろう”


ヤツェク長老の勘が当たった事に感心しつつも、鍛冶ギルドの何人かは浮かない顔をした。

神聖王国の技術の進歩が早すぎ、差が開いていることを改めて実感したからだ。




「人狼の魔王チェーザルはコレまでの人頭税を改め、十分の一税の導入を進めております。コレは貧困層を対象にした事実上の減税措置であり、それにより反体制的だった労働者達から支持を集めつつあります」

人狼の男が話した内容を人狼の国では珍しいタイプライターで人狼の女が文字に起こした。


「また、奴隷制度の廃止を目指しており。本日の勅令でも奴隷に対する扱いを改めるよう、命じております………」

「他には?」


いつもなら此処で終わりだが、男が何も言わないので女の方が男に続きを言うように促した。

「現在、冒険者ギルドによる摘発が厳しくなり。従来のような洗脳工作員の存在が簡単に露見する様になりました。既に他のチームが拠点ごと摘発され、我々も摘発逃れのため、活動を制限しております」


今までは、人間の領地から逃げてきた人狼奴隷の中に洗脳した工作員を紛れ込ますか。人間の領地に忍び込んできた冒険者を洗脳するなどしていたが。この数日でやたらと洗脳がバレるようになったのだ。


「今後は活動を控え、南部の反乱軍の支援へ注力致します。革命万歳」

タイプを打つ女は器用に左手だけでタイプしつつ。男と合わせる形で「革命万歳」と唱えつつ右手を上げた。


「コレで今日の発信は最後だ」

「了解です」

女は男が言った内容を文字に起こした紙を持ち、無線機の仲間に渡すために部屋を出た。


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