宿場町の状況
インフルエンザで間が開きましたが、何とか1話
「一体何時まで待てと?」
「目の前に居る反乱軍共は5千程度なのですぞ。今すぐ叩き潰して、南西の本隊を叩くべきですぞ!」
一夜明け、宿場町の城塞で南部部族連合の騎士団や族長も参加する形で報告会を開催したが。敵を前にして一切動かないニュクスが不満の矢面に立たされていた。
「……」
一言も喋らず、南部部族連合側からの不満を聞いているニュクスを心配し、イシスが横目で見たが。ニュクスは椅子に深く座りながら、左手の人差し指で机を叩きながら黙って指先を見ていた。
『カエ、そっちどう?ニュクスがキレそう』
『抑えろ!』
だと言うのに。カエからは素っ気無い返事しか返してこないので、イシスはウンザリし始めた。
一方のカエは、対峙している反乱軍が指揮所に使っているテントの中に居た。
「で、一体コレはどういう事だ!?オイ!………ショーン…説明しろ」
ニュクスとイシスの苛立ちがカエにも伝染し声を荒げたが、深呼吸し怒りを抑えた。
「えーっと、その。誰も来なかったらしい」
「…?」
カエが眉間にシワを寄せ、耳を倒したのでデイブが助けに入った。
「その…。俺達もそうだったが……。前世でアメリカ人だったからって皆が皆、反乱に参加するわけじゃない。この世界の奴隷制や偉そうな騎士団の事は確かに嫌いだが。半分諦めてた所もあるんだ」
カエが問い詰めていたのは。宿場町を襲撃した反乱軍が異様に少なかったからだ。
カエの考えでは、パオロが率いる反乱軍はアルトゥル率いるアメリカ連隊と同数かそれ以上の軍勢で。それだけの兵士が丸々寝返るか、叩き潰せれば反乱鎮圧が早く済むと思っていた。
「私達も子供達が“反乱に参加する”と言うから参加したけど。暴力で解決するつもりはなかった。社会が少しずつ変化すれば、いずれは無茶苦茶な奴隷制度が自壊すると思ってたからだ」
ジェームズの一言に、全員が静まり返った。
「何故だ?」
カエが質問すると、全員が顔を合わせ始め。ジェームズが口を開いた。
「南北戦争の再来になるからだ。アメリカが2つに割れ70万人も死んだ。いくら“奴隷の為に立ち上がる”と大義を掲げても、暴力に訴えたら、大義なんか無くなる。ナイフを喉元に突き立て、持ってる側の奴隷の主人から財産たる奴隷を無理矢理取り上げるんだ。自発的に奴隷を手放させる訳じゃない。………それに解放された奴隷達もどうして良いか判らずに、路頭に迷うだろうし。反解放奴隷の結社が出来るかも知れんし」
ジェームズの危惧は、南北戦争後のアメリカでの混乱を知った上での発言だった。
アメリカは南北戦争終結後に、“一つの”アメリカ合衆国に戻る事が出来たが禍根を残すことになった。
それは人種差別団体による暴力、行政の差別的な態度、市民の無関心。
今思い返しても馬鹿馬鹿しい。
1950年代から盛り上がった公民権運動を間近に見てきたジェームズだからそう感じていた。
政治家連中が票ばかりを気にするあまり、不当な暴力を無視し。時には行政が人権侵害を行い、市民がそれを見て拍手喝采するのだ。
家でテレビをつければ、バス・ボイコット運動に参加し徒歩で通勤するアフリカ系の住民。アフリカ系学生の登校を阻止するために州知事が州兵を高校に派遣させ、それに対抗する形で大統領が軍を派遣し州兵や地元住民からアフリカ系の学生を護衛する様子。シット・イン運動でレストランの白人専用席に座って人種差別撤廃を訴えたアフリカ系の住民が白人にリンチされ、警察に不法侵入で逮捕されるなど。
幸いな事に、アフリカ系アメリカ人等が辛抱強く活動してくれたお陰で、合衆国政府によって公民権法が制定され。アメリカ合衆国の危機を脱していた。
「私達の国は南北戦争後に奴隷を開放しましたが、合衆国に復帰した南部の州を気にする余り、彼等が公民権を行使できない不当な状況に置かれても何もしませんでした。反乱を起こして奴隷を開放したところで中途半端な状況では問題を先送りするだけです。なにより、武力を背景にした反乱など、奴隷制度に興味がなかった人を巻き込んで悪戯に憎しみを増やすだけだというのは、みんな知った上で反乱への参加を渋っています」
只でさえ、人狼は部族同士では纏まってはいるが。人種で纏まるのは、南部部族連合の様に驚異が有る時か、魔王の名の元で自主的に集まる時だった。
奴隷の反乱1つで、この纏まりがない人狼部族間の仲が完全に悪くなり。さらに大規模な騒乱に発展する可能性を秘めていた。
現実に魔王の関与しないところで南部部族連合がヴィルノ族領での反乱鎮圧を名目に出兵したが。その実、ヴィルノ族の影響力を削ぐのが目的だった。
「大森林でポーレ、クヴィル、ヴィルノの3部族が共同で進めていた開拓計画が人間との戦争で遅滞していますが。大森林に他の人狼部族の手本となる共同体を作って来たのです。それさえ軌道に乗れば前時代的な奴隷制度を改められる筈です」
ジェームズが本来の計画を話したのでカエが耳を動かした。
「共同体ね…。新しい都市か何かか?」
「…その様なものです。将来的に奴隷に対する現状が変わらないようなら。国家として独立することも考えていました。グエラ将軍は知りませんでしたが」
パオロ・グエラは奴隷として他の場所に居たので、そこまで転生者が結束していることを蜂起後に知ったのだった。
「それにしても、数が少なすぎないか?500人位か?」
「実は…」
ショーンは口元を抑えた。
「300人とちょっと」
「…はぁ!?」
「殆どが元奴隷だ…」
何処かから戻ってきたグエラの足取りは重かった。
「それでも、最初は1000人位居たんだ。だが、みんな“今世でも人を殺したくない”と参加を見合わせたんだ」
パオロは椅子に座ると頭を抱えた。
「“また人を殺すぐらいなら、もう一度死んだほうがマシだ”……みんなそう言ってたんだ」
”転生できたのなら、もう一度死んでも良いだろう”
“今世でも罪を背負いたくない”
そう考える転生者が多く人が集まらなかったのだ。
「だとしても、どうするか」
事情を聞いたカエは、人が居ないのはこの際考えないことにした。
「目の前の南部部族を騙して。貴様らをアルトゥルに引き渡さんとな……」
「誰だって?」
パオロが顔を上げた。
「あー、ロンの事。こっちだとアルトゥル・カミンスキーって名前なんだ」
散々話題にしていたが、ロナルド・ハーバーの今の名前をショーンはパオロに伝えていなかった。
「一芝居打つ必要が有るな」
「貴方様は魔王様の妹君かもしれませんが、攻撃のご決断を頂けないのであれば。私達は勝手にやらせてもらいます」
ニュクス達の護衛として会議室の外で聞き耳を立てていたカミル達護衛の兵士は、ウルベル族の部族長の一言に息を呑んだ。
「そうね。では、そちらが攻撃を仕掛けることを私達は止めません。ですが、万が一の時は此方も動きますので、そのつもりで」
椅子を引く音が幾つも聞こえ、カミル達が扉から離れると南部部族連合の指揮官達が部屋から出てきた。
「やはり、先手を…」
「夜襲なら…」
皆、口々に襲撃の方法を議論しつつ外へと向かい。残されたカミルは恐る恐る部屋の中を覗いた。
「あー…疲れた…」
「良かったのですか?」
ドミニカがニュクスに伺うと、残った指揮官たちも“良いんですか?”と表情でニュクスを見た。
「こうする他ない。私からすれば、援軍を待ってから確実に仕留めたいが、彼等からすれば仲間の弔い合戦だ。無理に止めてもしょうがない。むしろ“勝手にやる”と言ってくれた辺り、覚悟の上で仕掛ける訳だし」
「そうですが…」
カミルは何の事か判らなかったが、ピウスツキ卿が苦い顔をした。
「しかし、無理に攻め立てることになる以上、彼等に犠牲が出ます。静観なさるおつもりで?」
「まさか…」
ニュクスは改めて椅子に座り直した。
「各指揮官は兵を今のうちに休ませといてくれ。ただし、南部部族連合が動くようなら私達も動く。部族は違えど、彼等を見捨てない。良いな?」
「「「「はっ!」」」」
それと、インフルエンザにうなされている間に、アルトゥルがやらかす番外編が出来ました。
主に3バカ(アルトゥル、ライネ、トマシュ)がやらかす内容です。
『マスを釣りに行こう!』
https://ncode.syosetu.com/n8494fg/