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兄妹喧嘩?


『もう無理ー!イシス助けてー!』

ニュクスが10回目に負けた直後に、妹のイシスに泣き付いてきた。


「もう一度、お願いします!」

「よし、来い!」

『ダメ。もう一回』


カエがお構い無しに、口を操り。フランツさんにもう一度勝負を願い出た。


『鬼!悪魔!』

『そんなんだから、剣を持っていたのに雑兵に刺されたんだろ?今生はそんなドジは許さんぞ!』

『ねぇカエ。提案なんだけど』


流石に可哀想なので、イシスはニュクスを助けてあげることにした。



「ねぇ、ちょっとさ。魔王様弱くないかい?」

「そうですね」

さっきから、馬鹿力で打ち込んでいるのか。盾で受けたフランツさんがよろける事があるものの、魔王様がカウンターでやられる流れだ。


“瞳の色はカエの茶色でも、イシスの紫でもない、ニュクスと言われている人格の黄色状態だけど、ニュクスが弱いのか?”とトマシュは不安になった。


あまりにも一方的なので、最初は集まってきた野次馬も居なくり、店員とトマシュしかいない状況だった。


(大丈夫なのかな?あんまり弱いと、クヴィル族の議員がまた、変なことをしてそうだし)



「わ!」

フランツさんが投げ飛ばされて、こっちに飛んできた。

「ぅぉぉぉおおおぉぉぉ!?」

トマシュとライザさんの頭上を飛び越す形で、フランツが綺麗な放物線を描き、部屋の端に並べられた練習用の木偶(でく)の列にぶつかった。

「何だい今の?」

「フランツさんですね」

「見りゃ分かるよ。一体何をしたんだろ?」



『じゃあ、こんな感じでニュクスもやってみて』

『出来るかー!!』

“お手本を見せるね”とイシスから言われ、一瞬だけ身体の操作を交代したが、ニュクスにはイシスが何をしたのかさっぱりわからなかった。


『やり過ぎたな』

『へぇ?』

『フランツさんが起きないぞ』

『嘘!?』




「あー………」

フランツは気絶してはいるだけみたいだったので、トマシュはほっと胸をなでおろした。

「大丈夫ですか!」

トマシュは駆け寄って来た魔王の瞳の色を見てイシスが身体を操作していることが判った。

「大、丈……夫だ」

フランツの意識は有るが。イシスが何をしたのかトマシュは見当がつかなかった。

「ほらほら、退いた退いた!」

ライザがバケツに入った水をフランツに浴びせた。

「うぼ!ら!ば!」


「あーあ………」



「3兄妹で身体を共有しているねぇ」

「道理で急に強くなる筈だ」

部屋の片隅に置かれた休憩用の椅子に座り、イシスから秘密を教えて貰った2人は、トマシュの予想に反して、あっさりと納得した。

「あんまり、驚かないんですね」

思わず、トマシュが質問した。


「まあ、魔法だしね」

「山の中に営巣してる魔物とかに、似たようなのいるし、幽霊退治の仕事もするしなあ。死霊術が有ってもおかしくは無いだろうな」


2人との肝の大きさにトマシュは驚いた。


「ところで、えーと………」

「イシスです」

「イシスちゃんさ、さっきは何をしたんだい?見失ったと思ったら、急に吹き飛ばされたから何だか分からなくてな」


(フランツさんが見失うか。何だろ)

手練れだと聞いているフランツが判らない動きにトマシュも興味があった。


「魔法で姿を隠してから、放り投げただけですよ」

「魔法?しかし、俺は幻覚耐性の魔法具を装備に仕込んでいるんだが、幻覚魔法が掛けられた兆候はなかったが」

遺跡だけでなく、森や街中に居る妖精に惑わされぬように、フランツは対策はしていたが。


「ええ、フランツさんの盾が幻覚耐性の魔法具だったので、風魔法を使ったんです」

「風?」


「空気の密度を変えて、蜃気楼みたく光を屈折させたんです。兄妹で隠れんぼをしてる時に便利なので使い方を覚えたんです。カエは軍団が砂漠を行軍する時に隠蔽として使ってたみたいですが」


(いやいや、隠れんぼって、どんな隠れんぼだよ…)

トマシュは蜃気楼を見たことがあったが、それを再現してかくれんぼをしていたイシスに呆れた。


「そんな方法が有るのか」

「ほら、アレと一緒じゃない?冬の精。アレも風を操るし姿を消すでしょ」

「アレは違うだろ。粉雪を舞わして背景に紛れてるだけだろ」


2人で妖精談義が始まった。

(父さんが生きてる頃も、こんな感じで大人達が、目撃した妖精の話で盛り上がってたなあ)

トマシュが昔を懐かしんでいると、イシスが右腕の袖口をつかんできた。


「ねぇ、トマシュ。冬の精て何?」

「知らないの?」

トマシュからしたら意外だった。魔法に詳しいから知ってるものだと思ったのだ。


「うん、私の居た世界にも妖精は居るけど、冬の精は見たことは無いよ」

「えーと………」

トマシュは母親が聞かせてくれた話を思い出しながら説明した。


「雪が降った日の夜に現れる妖精で、迷子になった人を家まで送ってくれるんだよ。見た目は、赤ら顔で子供みたいな見た目から、お爺さんお祖母さんまでと、結構幅があるんだ。そして、基本的に小さいんだ」

「小さい?」

「うん、ミハウ部族長の家にいる妖精さん位の大きさだよ。それでね、家まで送り届けて貰った御礼をするのが決まりなんだ。子供の冬の精には、お菓子。大人の冬の精にはお酒を次の日の夜に窓際に置いて、その日は早く寝るんだ。そうすると、夜中に冬の精が持って帰るんだ」


「御礼をしなかったらどうなるの?」

「ミハウ部族長の家みたく、屋敷妖精さんが仕事を求めて来るんだ。家の事を上手く出来てないと思われてね」

「そうなんだ」


あの家は毎シーズン、冬の精に助けてもらってるから、とうとうミハウ部族長は外での飲酒を禁止されていた。


「ところでだけど、兵士用の剣の方はどうするんだい?」

「先程の短剣と同じものを頼みたいが、幾らかな?」

急にカエに代わった。


「数は?」

「一万程」

うわ、マジかよ。

「一振り辺り銀貨10枚は掛かるかな」

(最近の相場だと金貨1枚で銀貨13枚だったなあ。えーと、7で91で6だと78で…………。約金貨7700枚か、スゴい………)

トマシュはざっと計算してみたが、あまりの桁の多さに驚いた。


「高くないか?」

「コレでも安い方よ、鉄や燃料が値上がったり、材料の輸送費を考えたら、もっと上がるかもしんないし、一振り金貨1枚とか有り得ない価格になるかも」


(何か、スゴい話しになってきた…)


「そんなに値上がるんじゃ、冒険者は武器を買えなくなるなあ」

フランツは天井を仰いだ。

「まあ、鍋とかの鉄製品も暴騰するだろうね。逆に屑鉄集めの依頼で稼げるんじゃ無いの?」


「正式にはギルドから依頼するつもりだが、月辺り二千振りの注文だとどうかな?鉄に関してもヴィルノ族から鉄鉱山を譲り受けたのでそれを使える筈だ」


「あー、まあ、鍛冶ギルドを通さないと何とも言えないかな。他のギルドとの調整次第のところも有るからなあ」

「そうか………。ありがとう、ライザさん。参考になりました」

「いえいえ、此方こそ」


話の規模が大きすぎて、トマシュは途中から置いていかれたが軍の規模を頭の中で想像していた。

剣を一万振り、剣を装備した一万人規模の兵士を集める気だと判った。

各部族の騎士が約千人、そして従士を含めると六千人と言われてるから、倍近い。

しかも、従士は槍や弓といった軽装の兵士が多いから、カエの考えている規模だと、どうなるのか。


「そんな顔をしても、兵士にはしないぞ」

カエの一言で、トマシュは我に返った。

「いや、何か想像が出来なくて」

「ふむ、そうか。まあ、じきに分かるさ」


カエはそう言って、階段に向かって歩みだしたのでトマシュは慌てて、カエに付いて階段に向かった。

後ろからは、フランツに片付けをするように指示するライザと、嫌がるフランツの会話が聞こえてきた。


「そうだ、トマシュ。両親が冒険者だったんだろ?剣とか無いのか?」

「ファレスキの街に全部置いてきてしまったので何も有りません」

「そうか」




階段を降りきり、店番をしていたライザの息子がカエに気付き話し掛けてきた。


「魔王様、鍛冶ギルドのビスカ様と冒険者ギルドのエーベル様がお呼びです。冒険者ギルドで待つとの事です」


「分かったありがとう。後そうだこの剣と、そうだな」

カエが二階に上がる前に選んだ剣をカウンターに置いてから、商品棚の剣を何かを確かめるかのように、次々と手に取った。

「あと、コレを頼む」

カエが選んだのは、細身の両刃剣と短剣だった。


(何だろ?)

「鞘はどうしますか?」

サンプルとしてカウンターに置かれていた鞘は革製や、木製だった。

「革製で頼む」

「畏まりました。料金は金貨一枚と銀貨が二枚になります」

(良い剣は高いなあ………。はあ、まともな剣を持って無いと冒険者は無理だし、街の中は仕事が無いしなあ)


カエが選んだ剣を横目で見つつ、トマシュはこれからの生活について考えたが、悪い方向にしか考えが向かなかった。

「な!?」

「え?」


トマシュが声がした方を見ると、カエが自分の右手首に買ったばかりの短剣を突き刺していた。


「何を!?」

「まあ、見とけ」


深く刺さっていた筈の短剣を抜いたが、血が噴き出すこともなく、ただ、傷口が見えるだけだった。刺さっていた短剣にも血は付いていない。


「ふーん、ふんふん」


恐怖に震えている店員をよそに、カエは鼻唄混じりに、そして器用に右腰に差した鞘に短剣を収めた。


自分の身体を傷付けている筈なのに、その姿はまるで編み物でもしている子供のように軽く笑みを浮かべている。

そんなカエの常軌を逸した行為を見ていたせいか、トマシュは頭痛がしてきた。

そして、カエが傷口を覗き込み、何かを呟いた直後、血が傷口からまるで雨粒の様に数十滴、宙に浮かんだ。


「あ………あ………」


カウンターの向こう側に積まれた鞘や剣の柄が入った箱を巻き込む形で店員が倒れた。


「トマシュ、看病してやってくれ」

「あ、はい!」


カウンターを回り込み、大急ぎで商品の山に埋もれた店員を引っ張り出す。

顔面蒼白だが、ぱっと見傷はない。多分大丈夫だろう、店員は。


(まったく何なんだ?)


再び替えを見ると抜き身の両刃剣が、どういうわけか、剣先を下にしながら宙に浮いている。


「トマシュ、アンタどんな魔法を使いたい?」

左目が黄色い。半分ニュクスか。

「火魔法を使いたい」


“何でこんな質問を?”

トマシュは疑問に思ったが、それを聞いたニュクスは鼻で笑った。

「ふーん、火か。まあ、サービスしとくよ」


「一体なんの騒ぎだ!魔物か?」

店の奥の工房から鍛冶職人達が大慌てで出てきた。

手には鍛冶で使うスレッジハンマーや商品だろうか両手斧を持っていた。


「な、なんだ?」

「親方!魔女です!」

どうしようかとトマシュが悩んだが、魔王が叫んだ。


「すいません、ちょっと音が出ます」

今度は両目が紫色、イシスだった。

(てか、音!?今更?)

それ以上の騒ぎを起こしている自覚はないのかと、トマシュは思った。


「あわ、わ」

両刃剣が目も開けられないような閃光に包まれた。


その場から居た全員が目を背けた直後、まるで落雷の様な音と衝撃が押し寄せて来た。


「う…わあ……」

トマシュがカウンターから顔をのぞかせると、剣の手入れに使う小物など、軽い商品が戸棚から落ちていた。

(これ、絶対に怒られるよ…)


「ちょっと、何の騒ぎだい!」

騒ぎの原因のイシスは、剣を右手に持ち振り回していたが、ライザさんの声を聞き、少し慌てだした。


「イシス!片付けるんだ!」

「あ…うん!」


イシスが左手を上に挙げると同時に、棚から落ちた商品と箱から飛び出た商品が一斉に飛び上がり、元々置かれていた棚と箱の中に戻った。


「囲めー!」

鍛冶屋の親方の指示で、得物を手にした弟子達がイシスを取り囲もうと近付いて来た。


トマシュは大急ぎでカウンターを乗り越え、イシスを後ろから抱え込む様に抱き寄せる。


「何したの?」

「え?」

「剣だよ!」


トマシュは服の下に隠していた、見習い兵の証である提げ紐付きの木札を襟元から取り出し、親方達に見えるように右手で掲げた。


「ポーレ族のトマシュ・ジュワフスキです。魔王様の護衛として同行しています!」

嘘は吐いていない。


「魔王!?」

「ポーレの兵士!?」

困惑の言葉に混じり、親方と弟子の1人の言葉が聴こえた。


「あのガキ、ニナの倅です」

「ニナとヤンのか?」


「まったく何だい?」

ライザさんが弟子を2人ほど蹴散らしながら降りてきた。

「ちょっとアンタ!魔王様に失礼だよ!さっさと仕事に戻んな!」

「でもよ、ライザ………」

「ああん?」


ライザの一言に鍛冶職人の一団が一目散に工房に逃げ隠れた。

(こわっ!)


「すみません、魔王様。家の馬鹿どもが迷惑を掛けまして」

「いえ、むしろ私達が迷惑を掛けた位でして」

(確かに、爆発音やら自傷行為で普段なら逮捕してるなあ)

実際に逮捕するか、トマシュは悩んでいた。


「ねぇ、トマシュ」

「何?」

「離して貰えるかな?」


もう抱き寄せる必要はないが、今回の騒ぎについて聞きたいからトマシュは離す気は無かった。


「ダメ」

「え、え!?」


イシスが戸惑った表情をして振り返ったが、そんな顔をしてもダメだった。


「何で?」

「お店をメチャクチャにしたろ?」

「だ、だって、ニュクスが」


左目が黄色くなり、口調が強くなった。

「違うわよ!カエが」


今度は、右目が茶色くなった。

「おい、そもそもはイシスが」


コロコロと3人の人格が入れ換わり、お互いに原因を押し付け始めた。

そんな魔王の様子を見て、トマシュは何か既視感を感じていた。

(ああ、カミルの弟達がカミルに怒られてる時と同じだからか)


トマシュは納得しかけたが。

(いや待てよ、カミルの弟達は七歳だよなあ。七歳と同じって、どうなんだろ)


兄弟って、こんなもんなのか?

一人っ子のトマシュにはそれが判らなかった。


(逃げ出さない様に抱き抱えてるし、暫く様子を見るか)


3人の尻尾が暴れてちょっと痛いが、トマシュはしばらく我慢することにした。


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