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救護所

ラッパの音と共に、勝利を祝う歓声が聞こえてきたが、サラは耳を垂らし塹壕の奥に位置する救護所のベッドで呆然としていた。

「ポーター先生、サラの様子が」


ルーシーは何処かへ行っていた軍医を見つけ、ようやくサラの様子を診てもらう事ができた。

「サラが?どうかしたのか?」

初老を迎えた軍医が白衣から老眼鏡を取り出し、慌てて掛けてからサラの前にしゃがみこんだ。


「気付いたらしゃがみこんでて、………ずっと黙り込んでしまって」

軍医のポーターは何処かに外傷が無いか観察した。

「何処か痛いかい?」

サラは首を横に振った。

「………嫌な物を見たのかい?」

サラはポーターの目を見て硬直した。


「無理もない。普通は皆そうなる」

転生者ではない少女が惨たらしい戦場に来てしまったのだ。PTSDになっても不思議では無いとポーターは考えた。


「皆じゃない……」

サラはやっとの思いで言葉を絞り出した。

「ママも、パパも、同じ猟師のおじさん達や、村の人は平気だった……。人が……あんな………あんな事になってるのに…。何で平然としてられるの?皆…いつもと違った……。あんなの皆じゃない!」

「サラ、落ち着くんだ」

ポーターは大粒の涙を流し始めたサラを落ち着かせようとした。


「ママも変よ!何で怪我をした人を拳銃で平然と撃ち殺せるの!?あんな………。っぁ、あんな酷いことをしといて、何で喜んでるの!?こんな事をして………」

「サラ!サラ!」

ポーターがサラの肩を揺すると、漸くサラは喋るのを止めた。

「………意味があるの?」

「……………意味なんか無いさ。破壊と殺戮。人の命を悪戯に奪うだけで何の得にもならんよ」


サラが落ち着きを取り戻して来たので、ポーターは紅茶の茶葉をポットに入れると、救護所の隅で沸かしていたヤカンからお湯を注いだ。

「さあ、飲みなさい」

紅茶に擦った生姜と蜂蜜を入れたカップをポーターはサラとルーシーに出した。


「………ありがとうございます」

「ありがとうございます」


彼女達を孫の様に可愛がっていたポーターは、反乱軍に参加した2人の両親と4人の子供達、そして故郷の村の事を改めて考えていた。


ポーターとジェームズ・ケイマンとの最初の接点はベトナム戦争で、その時は部下に厳しいが何かと面倒を見る士官といった印象を持っていた。

転生後は何と転生したジェームズが産まれる現場に立ち会い、彼女(・・)を取り上げていた。

彼女が5歳の時に“流感”で診察を受けに来た時に、2人に出した生姜と蜂蜜入りの紅茶を彼女にも出したのだが「昔、飲んだ事がある」と言い出したので、話を詳しく聞いたところジェームズだと発覚したのだ。

前世の事を記憶していたジェームズだったが、他の兄弟姉妹と一緒に生活し、猟師だった両親に混じり最初は弓矢で猟をしていた。

両親曰く、“獲物を追うのは得意だが、弓がからっきしダメだ”との事で、最初の内は稼ぎが少なかったが、流れ者だった男と結婚して夫婦で特注のライフルを持って猟に行くようになってからは違った。あっという間に、夫婦揃って村一番の猟師になり、一躍有名となった。

すぐに“ライフルで猟をする漁師が居る”と噂を聞き付けた元アメリカ人の転生者が集まり、今のジェームズの部下の大半はその噂を頼りに集まった転生者だった。

冒険者ギルドの他に、大森林の猟師の村が転生者のコミュニティとなり。元々の猟師達と転生者達の気が合う事で、何処かアメリカ的な雰囲気の活気がある村になり。ジェームズ夫婦は子供が12人、ポーター自身も子供が9人、孫が50人も出来た。



こうしてポーターは全くの偶然から、ジェームズ親子の成長と村の変化を見守り続ける立場になり、後は短い余生を過ごすだけだと思っていたが、FELNの幹部が村にやって来てから状況が変わった。


FELNの幹部が反乱への参加を呼び掛け、村は2つに割れたのだ。


反乱への参加を強く支持する過半数の非転生者のグループと、参加を拒否する少数の転生者グループが村の集会場で激しく意見をぶつけ合ったが、平行線のまま対立が続き。結局、反対派の転生者グループが折れ、条件付きで反乱への参加が決まった。


参加の条件は“ジェームズ夫婦を筆頭に、従軍経験が有った転生者30人だけが最初に参加し、非転生者の参加は一月は様子を見てからにする”


この条件に最初は納得しなかった非転生者だが、ジェームズがパオロ・グエラ将軍を説得し、グエラ将軍がその条件を認めたため、ポーターとジェームズ夫婦を含む転生者30人が最初に村を出た。

しかし、サラ達非転生者の若者20人が3日後になって“勝手に”反乱軍に入っていた事が判り、ジェームズが手を回し自分の指揮下に置いた。


それがほんの1週間前の話だった。


「ほら、涙をお拭き」

今度は静かに涙を流し始めたサラに、ポーターはハンカチを薦めた。

「あの…ママは昔から…。前世からあんな感じだったんですか?」

黙っていたルーシーが口を開いた。

「今まで“冗談”だと思って笑ってましたけど、前世は男で元兵士だと。………今日のあの様子を見ていると本当なのかと」


「…そうだよ。君のお母さんは男だったし、兵士だった」

ルーシーはポーターの方を見た。

「昔から、ああだったの?」

「と言うと?」


ルーシーは手に持ったカップの紅茶の揺れを眺めながら、気まずそうに話始めた。

「ママが、その…。目の前で人がバラバラになってるのに平然としてた………。それどころか、何処を狙えば人が多く傷付くか冷静に指示してたし。………アレが本当のママなの?」

「いや、違うさ。君のお母さんとは前世で会っているけど、戦いの惨劇を嫌っていたし。一度奇襲に会って大けがしてから何時も苦しんでいたよ、何年もね。………それに戦争から帰った後に何度か会ったけど、薬が手放せなくなってしまってね。夜中とかに、不意にあの場所を思い出して、飛び起きてしまうって。それが原因で家庭が崩壊してたんだ。………君のお母さんが生まれ変わって、5歳位の時にも戦争の時の記憶がフラッシュバックしてしまってね。あの時は何とか乗り越えてくれたけど。毎晩泣いてたよ」

「じゃあ、何でさっきは平然としてたの?」

ルーシーも母親の変わり様を思い出し、耳を垂らし始めていた。


「それはだね、部下を守りたい一心からだと思うよ」


ジェームズが変わった原因を知ってるポーターは2人にとって刺激が少ない言葉を選んで説明を始めた。

「異世界にヘリコプターって空を飛ぶ乗り物があるんだ。君のお母さんは、部下達とそれに乗って戦いに行く役目を担ってたんだけど、ある日待ち伏せされてね。その時部下を殆ど失ったし、お母さんも大けがをしてね。それから、その時の事がトラウマになってね…」

実際は上官のロナルド・ハーバー大佐が揉み消した事件だった…。

ジェームズの部下が南ベトナム解放戦線の攻撃で頭がおかしくなり、ある村に立ち入った時に無差別に銃を乱射した事件だった。

ジェームズは現地の子供を庇い重傷を負い、乱射した兵士は村に隠れていた南ベトナム解放戦線の兵士に射殺されたが、それが発端になり激しい銃撃戦が始まった。

当時のポーターはそう聞いていたし、部下の異変に気付けなかった事をジェームズが悔いている事を知っていた。


「私たちが先に反乱軍に志願する事を条件に出しただろ?その事が有ったからだ。軍の組織としてちゃんと機能している状態で新兵を迎い入れたかったんだ。それに幾ら理想の為に戦うといっても、FELNが用意した武器は大砲や小銃。人を効率よく殺すことだけを考えて作られた、野蛮な物だ。そんな物を使う戦争の前では正しい行いなんて…薄れるんだ……」

ジェームズだけではない、元々職業軍人だった兵士はまだマシだったが、徴兵されていた兵士は帰還後に“人殺し”と周囲や家族に罵られ、戦場のトラウマに神経を磨り潰され続ける。ポーターの知っている範囲で自殺した若者は多かった。


「…先生?」

「うん!?」

他人のエゴで戦争に行かされ、帰還してからは犯罪者扱いをされていた若者の事を思い出していたポーターは、自然と涙を流していた。


「……本当は、“奴隷の解放”は正しい事だから周りに訴え続ければみんな理解してくれると私達は考えていたんだ。内戦なんかすれば、街を守ろうとする兵士を傷付けるだけだからね。自分を犠牲にしてまで他人を守る勇敢な、ね」

涙を手で拭いながらポーターが話をしていた所に、ショーンとデイブが駆け込んできた。

「あ、アンタ軍医かい?」


マイペースなショーンと対照的に、“おっかない”元上官が周りに居ることを警戒しているデイブはポーター名札をチラ見していた。

「ポーター先生?ああ、良かった。ケイマン中尉から、“捕虜を処置してくれ”って頼まれたんです。じきに負傷した捕虜が運ばれてきます」

デイブがジェームズの階級を間違えたのですかさず、ポーターは訂正した。

「彼女は今、大尉(・・)だ。と言うか、君達誰かね?」


勝手に自分のカバンから医療道具を取り出し始めたショーンを見て、ポーターはが質問したのだ。

「あ、私はショーン・ランバート。元医者だよ」

「私はデイビット・タッカーですよ」

「あ、ああ!」


ポーターは思い出して声を出した。

「虫にタ〇タ〇を刺されて腫らした」

「それは私じゃないです!」


とんでもない間違いをされたところで、1人目の捕虜が運ばれてきた。


「あー、君達は戻った方が良いよ」

ポーターはサラとルーシーに声を掛けたが、2人はそれを拒否した。

「手伝わせてください」

「怪我の治療は馴れてます」

2人の言ったことは嘘では無い事を知っていたポーターは一瞬だけ考えてから返事をした。


「じゃあ、よろしく頼むよ」


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