魔王の妹
「さてと、先ずは剣から見に行ますか」
事前に兄妹で打ち合わせた通り、魔王のもう1人の妹、ニュクスがイシスから身体の操作を引き継いだ。
しかし、3人で1人の身体を共有するのは、いい加減面倒だった。
3つ子とは言え、3人共、趣味嗜好がバラバラのせいで混乱が起きるのだ。
薬屋でも、ニュクスはカラスの意匠があしらわれた小瓶を買いたかったが、カエが猫、イシスが狼の小瓶を欲しがり、結局トマシュに選んで貰う事になった。
記憶も3人の物がこんがらがるので、咄嗟の判断が出来なくなる時もあり、かなり不便だった。
という訳で、混ざった魂を3人の人格に分け、身体の操作を分担し始めたが、コレも面倒だ。混乱は減るが、他の人格が頭の中で喋る、多重人格状態になる。
『おーい、ニュクス』
カエからだ。
『何?』
『そろそら着替えたら?幸い人気がないし』
『はいはーい』
カエが用意するように手配した、裕福な家の娘の服に着替えた。
「この店で…!何時の間に着替えたんですか?」
エミリアは驚かなかったが、カミルは少し驚いたようだ。
「街娘が剣を買いに来るのは不自然でしょ?」
「いえ、街娘の方が利用するもんですよ」
カミルから意外な事を聞いた。
「そうなの?」
「街の外に出るときに帯刀しますし、冒険者をする女の人は結構居ますので。トマシュの母親も冒険者として有名ですし」
『ほへぇ………、用意した意味がないな』
『しょうがない、着替えなおそう』
「では、カミル。妻の妹に剣を買いに来た体で片手剣を私に一つ買って。お金は後で払うから。あ、でも気に入った商品が無かったら注文を…?カミル?」
ニュクスからしたら、あからさまにエミリアに好意を抱いているカミルの背中を押したつもりだったが、カミルは完全に赤面して目が泳いでしまい、耳と尻尾もはち切れんばかりに張っていた。
カミルの変わり様を見たアルトゥルは目を覆うし、ライネは口を覆い、トマシュは頭を抱え込んでしまった。
「カミル?どうしたの?」
『エミリア、気付いてあげなさいよ。あんたの事が好きってことに!』
好意を持たれている当の本人が全く気付いていない事にニュクスはやきもきした。
『カミルもカミルだよ。そんなになるなら結婚を申し込みなさいよ!』
妹達が余りにも姦しいので、長兄のカエは黙っていたが。
『普通の男子はどうなんだろ?』
『確か、カエの場合は………』
『ぅえ!?』
急に自分の話題になったので、カエが変な声を出した。
『似たようなもんだったじゃん、ほら、カエの方から変な感情が流れ込んで来たからイシスと様子を見に行ったら、何も言わずに出掛けてったし』
『あー、でも。護衛に連れ戻されたと同時に結婚を申し込んだだけ、カエの方がマシか』
『子供も2人居るし。リア充め!』
『あのな…』
「病気じゃないよね?」
「あっ!いゃ!?」
エミリアに迫られ、カミルが狼狽した。
『エミリアよ、今のカミルの額に手を当てるのはどうかと思うよ』
カミルは声の無い悲鳴をあげて硬直してしまった。
『魔力も魂から溢れ出てるのに、エミリアは何で気付かないんだ?』
カミルの感情が激しく揺れ動いたせいで、魔力が溢れかえっていた。
『もしかして、魔力を知覚出来ないのかな?』
『しょうがないなあ。ニュクス、教えてあげなさい』
「エミリア、カミルは君に好意を寄せているんだから、そこまでにしてあげなさいな」
「え!?」
エミリアがニュクスとカミルの顔を交互に見て、赤面した。
「あ………、そ……、わた…………」
「エミリア?」
今度はエミリアがわなわなと震えだし、狼狽しだした。
「はわぁ…………」
「エミリア!!」
「ちょっと!嘘!」
『ぎゃー!エミリアが倒れた!』
「…って訳で来てるんじゃないかと思ってな」
「そう言われてもね。あ、いらっしゃい」
カウンターで接客していた中年の女性が入店を告げるベルに気づき声を掛けてきた。奥は工房になっているようで、剣を金槌で鍛える音や炉を吹かす音が幾つも聞こえている。
『先客は………、初老の男性が一人と、私くらいの見た目の女の子2人と』
『ふむふむ。なかなか繁盛しているみたいだ』
殆どの商品は木製の値札の代わりに、“売約済み”と書かれた同じく木製の札が掛けられていた。
「ホントにやるの?」
「しょうがないでしょ。アンタしか居ないんだから」
倒れたエミリアをカミル一人で連れて帰らすのが不安なので、アルトゥルとライネを付けて帰らし、残ったトマシュに同伴して貰った。
『ホントは苦手なんだよなあ…』
イシスはなついてるが、なんとなくトマシュが苦手なニュクスはぼやいた。
「早くしなさい」
「分かったって!」
トマシュが先導する形でカウンターに向かう。
カウンターで店員と話していた男性がニュクス達に気付いた。
「客みたいだぞ」
どうやら、店員と世間話を興じていたようだ。
「すいません、姉に剣を買いたいのですが」
「姉?」
『妹の方が良くないか?』
『五月蝿い!』
店員がニュクスを見回した。
「何に使うのかな?」
「今度、街の外に行くので護衛用に片手剣をと」
「ちょっと待ってて」
店員が奥にある工房の方に入って行った。
「トマシュに何時、姉が出来たんだ?」
さっきの男性がトマシュの顔見知りだったようで声を掛けてきた?
「え?あ、えーと………」
「あぁ、覚えて無いか。ほら、昔、君の両親とパーティーを組んでいたんだ」
「もしかして、フランツさん?」
「そうだ。しかし、でかくなったなあ。12歳だっけ?」
「もう、13歳ですよ。フランツさん、髭を剃られてたので気付きませんでした」
「街に居る間は剃るようにしてるんだ。で、魔王様同伴で何してるんだ」
『げ、バレてら』
「あら、どうして私が魔王だと?」
「昨日、エミリアを抱えながら飛んでいるところを見たんでな」
あわよくば誤魔化そうと思ったが、思いっきり見られていたので、ニュクスは心の中でカエに文句を言った。
「私が使う剣と、兵士に支給する剣を探しに」
“こうなっては”、とニュクスは開き直って本来の目的を告げた。
「ワザワザ、身分を隠して?」
「仰々しいのは嫌いでして。後は、普段の街の様子を知りたいのでトマシュ達に頼みました」
「コレとかどうかな?」
店員が出したのは、手の平程の短剣だった。
『小さい、ダメ。コレじゃナイフだ』
カエがツッコミを入れてきた。
「お嬢さん位だと、この大きさ位かな。あんまり大きくても、持ち歩くだけで大変だし、振るのもねぇ」
「なあ、野良作業に使う鉈の方がマシじゃないか?」
フランツもあまりに小さい剣を見て、突っ込んだ。
『店の中にもう少しマシなのは………』
飾ってある物でマシなのはないかと、ニュクスは商品棚の方へと視線を向けた。
『ねぇ、アレは?』
イシスの天然ボケが炸裂した。
『どれだよ!』
『どれだよ!』
『えーと、樫で出来た棚の下から2段目の左から3つ目の』
ニュクスは指示されたであろう剣を手に取った。
『あ、それ良いな。グラディウスみたいで』
「コレは?」
カエから頼まれたグラディウスに似た剣をニュクスは店員とフランツに見せた。
「んー、お嬢さんには早いかな?」
『で、どうよ?』
『集団戦を主体とするローマ軍に習って編制するから、こんぐらいのが良いんだよ。他のヤツみたいに、刀身が長いと盾の邪魔になりかねんし、何より一振り辺りの鉄の量が増えるからイヤだ』
『ニュクス、取り回しを確認して』
『はいはーい』
一通り振り回して取り回しを確認する。
ニュクス本人は剣を使えないが、カエの記憶を頼りに振り回したので、結構様になってはいた。
「へぇ、お嬢さんどっかで剣術習ってた?」
「知り合いに剣術が得意な人が居たので、その人から習いました」
ホントはカエとイシスが習ってたのだが。
「ふーん…………。ライザ、2階を使って良いか?」
「良いけど、何すんの?」
フランツさんがニヤニヤしながらニュクスを見た。
「嬢ちゃん、一つ勝負をしないかい?」
『あ、この人バカだ。剣術バカだ』
『普通、女の子に言う?』
「んじゃ、1回銀貨一枚ね」
『いや、貴女も止めなさいよ』
店員が止める素振りはなかった。
「たっけーな!」
「アンタと魔王様の勝負なんだよ。どうせ、備品も壊すでしょ?」
「ぐぬぬっ」
『あらら、この人も私が魔王だと知ってたんかい』
『結構顔を知られてるのかな?』
「よく私が魔王だとわかりましたね」
「そりゃあ、エミリアちゃんを抱えて飛んでいるのを見ましたので」
「じゃあ、ルール説明ね。命をとったらダメ。以上」
店番を息子さんに任せ、審判をすることになったライザさんがルールを説明したが、ざっくりした説明だったので魔王と妹達は拍子抜けした。
「両者構え!」
フランツは左手で盾を突きだし、右手の長剣を盾の上に乗せる形で構えた。
『あー、コレ知ってる。軍団兵とかが集団戦する時とか、あんな風に構えてたわ』
どこか緊張感がないニュクスは、とりあえず右手に剣を構えてた。
「始めー!」
『えーと、ねぇ。実は私、真剣で人と戦うのは初めてなんだ。カエやイシスと違って』
いきなりのカミングアウトに2人は『はぁ!?』っと叫んだ。
『私は魔法しか使えないもん。だって私、運動音痴よ?ついでに金槌よ?』
さっき、剣を振り回したのも、何となくカエの記憶を頼りに真似しただけだった。
『カエ、変わって!やっぱ無理。自信無い』
『折角だから、練習しとけ』
長兄のカエに冷たくあしらわれ、ニュクスは妹のイシスに助けを求めた。
『イシスー!』
『いい加減、剣術ぐらい覚えなよ』
イシスにまで冷たくあしらわれた。
「さあ!打ち込んでこい!」
フランツが先手を取らせようと、待ってくれているので、ニュクスは意を決して打ち込もうと大きく踏み込んだ瞬間、胸に激痛が走った。
「っ!」
慌てて空いている左腕で胸を押さえ、ニュクスはの場に止まった。
魔法かと思ったが、フランツから魔力的な波長は来なかったし、フランツ本人もニュクスが急停止したから、素っ頓狂な顔をしていた。
『あー、やっぱな』
『え!?何?』
「止めー! 魔王様ー、ちょっと来て下さい」
審判のライザさんが魔王と言ったので他の客がざわつき出した。
「胸ですか?」
「ええ、急に痛みが」
ライザさんが「ちょっと失礼」とニュクスの胸を持ち上げた。
「あー、ソコソコ有るのか」
「何がです?」
「胸よ。身長の割りに有るかな………」
『胸?』
“そう言えば、生前より多少は大きい”事をニュクスは失念していた。
「ちょっと来て。胸を固定しないと、痛いから」
されるがまま、奥の小部屋でさらしを巻き、ニュクスは胸を固定した。
(カエの記憶を漁ったら、“最近、胸が大きくて痛い”と妻と会話をしていた記憶が有ったわ。知ってて、私に操作を渡したな!)
怒りの矛先を長兄に向けつつ、ニュクスは再び剣を構えた。
「始めー!」
今度は、大きく踏み込んでも胸が痛まないが、慣性が働くからやりづらかった。
「っ!」
ニュクスはフランツに斬りかかると見せ掛け、右へ跳ぶ。
『フフフ、剣を振ろうにも左腕の盾が邪魔で、ブベラッ!』
ニュクスは一瞬何が起きたのか分からなかったが、どうやらは転んだ事に気が付いた。
『……えーと、何でだろ?何が起きたの?』
『盾で殴られたんだな』
『盾だろうね』
全く予想していなかった一言にニュクスは驚いた。
『ちょっと、カエ!説明しなさいよ!』
『いや、盾は鈍器だよ?特にフランツさんの盾は補強もしてあるし』
フランツの盾は所々、鉄で補強されており、人を殴るときにぶつける様に凸凹していた。
「あー、怪我無いかな?」
「大丈夫です」
『しかし、お前なあ。アレは無いだろ』
『何?』
『ただ闇雲に突っ込んでも危ないだけだよ。さっきの場合は、フランツさんに魔法をぶつけて牽制するか、身体強化で一気に回り込まなきゃ』
『あのさ、二人ともさ』
『何だ?』
『ん?』
『先に言ってよー!』