党会議
「襄王朝は既に共産党が東部で支持基盤を確立しました。また、西部では引き続き離間工作を実施。これにより、襄王朝打倒は確実となりました。第3課からは以上です」
神聖王国の神殿に一室。暗い会議室で工作活動を報告していた人間の男がアデルハルト王に一礼し、席に着いた。
席の配置はアデルハルト王から見て、左奥が海軍、左手前が陸軍、右奥が空軍、右手前が情報機関である国家保安省の偵察総局と防諜局の各担当課長たち。いずれも神聖王国の神殿組織を隠れ蓑に活動する社会主義者の転生者が立ち上げた社会主義政党の党員たちだった。
「続いて、第4課長」
偵察総局の第3課長の手前に座っていた人狼の男が原稿を片手に立ち上がった。
「第4課より、対人狼作戦の進捗具合について報告します」
スライドが人狼部族が治める領地全体をいくつかの地域に色分けた写真を会議室前面に張られたスクリーンに映し出した。
南西部ではFELNの蜂起は“初動”の段階を終え、反乱農民、奴隷を中心に5万人規模にまで拡大いたしました。南部では、前段階の“準備”の段階を進めており、早ければ来週には蜂起に参加する見積もりです。それに伴い、南部の6部族を南西部へ誘引する兵力の分散工作を進めてきましたが、それが成功し、現在南西部へ兵力が割かれています。
東部は“扇動”の段階でありますが、こちらは早くとも蜂起まで1月は掛かる見込みです。なので、南部の蜂起を成功させるため“蜂起”の噂を流し、北部の魔王軍への牽制を行っています」
スライドが屍の山が荼毘に付される様子を写した白黒の写真に切り替わった。
「続いて、南西部の戦況です。昨日、FELNの反乱軍が南部にて人狼の騎士団の部隊を一つ壊滅させました。騎士団は人狼の中でも規模が大きい“荒鷲の騎士団”で、指揮官は騎士団長の側近ヴォイチェフ卿。これにより“荒鷲の騎士団”は兵数を半分に減らしました」
毎回、神聖王国は“荒鷲の騎士団”に煮え湯を飲まされてきたが、その“荒鷲の騎士団”に一泡吹かせた事に、会議室に居る一同は感嘆の声を上げた。
スクリーンにリシャルドとブレンヌスの2人が映し出された。
「FELNの指揮官として“荒鷲の騎士団”の騎士団長イゴール卿の嫡男、リシャルドが参加しており。投降した騎士団員の殆どが寝返りました。また、右の男は地元の人間で、元奴隷の反乱兵の中で指導者として有名であり、指揮官としても優秀なので、現地工作員に代わり反乱の指揮を任せております」
次に星条旗を掲げた反乱軍兵士の白黒写真が映し出された。
「また、本日未明。元アメリカ人を中核にした反乱軍部隊200名ほどがビトゥフの北西に位置する宿場町を襲撃、現在も交戦中です」
宿場町を中心に南東は人馬との国境、北東はファレスキ、北西はケシェフが描かれた地図がスクリーンに表示された。
「今朝6時時点で、反乱鎮圧のために出兵した南部部族連合3万人が宿場町の東5キロの地点におり、今後アメリカ人部隊を鎮圧し南西へ進出する見込みです」
神聖王国からすれば、“アメリカ資本主義の奴隷”であるアメリカ人部隊に邪魔される前に、消し去りたいと思っていたが、特に裏工作をする前に勝手に窮地に陥ったので笑いが止まらなかった。
そして、そんなアメリカ人部隊だったがアデルハルト王は著名な人物を葬れるのか気になり、手を上げ第4課長に質問をした。
「アメリカ人部隊の中枢はどうなっている?」
「お待ちください。9番出して」
第4課長が写真の番号をスライドの操作員に指示すると、逆さまの状態の白黒写真が写ったが直ぐに操作員が時計回りに回転させた。
映っているのは前世と今世でのパオロ・グエラの写真で、神聖王国の神官らが魔法具で転生者の記憶などから複製したものだった。
「将軍として、元アメリカ陸軍のパオロ・グエラ中佐が指揮を執っており、幕僚および各級指揮官は元101師団と海兵隊、航空騎兵隊など経験者で占められています」
アデルハルト王は手元の資料を捲った。
「この将軍の経歴は?」
手元の資料には特に記載がなかったので、アデルハルト王からさらに質問された。
「大戦時、101空挺師団としてノルマンディーから参加しており、さらに朝鮮戦争、ベトナム戦争に参加しています」
写真が幾つか年代順に切り替わり、比較的新しい写真が出たところでアデルハルト王は写真の操作を止めさせた。
「止まれ。あー…1個前の、ソレだ」
写真は前世のパオロが他の軍人と酒を片手に談笑してる時の物だった。
「この左の男…。ロナルド・ハーバー上院議員じゃないか?」
転生者で、前世は東ドイツに居たアデルハルト王は、稀に新聞に出てきたアメリカの大物政治家ではないかと気が付いた。
「ハーバー議員とはノルマンディー時代からの親友だそうです。しかし、反乱軍の中にハーバー議員は確認されていませんので、無視しても大丈夫かと」
転生できていない過去の人物の事など気に掛ける必要がないので、アデルハルト王もそれ以上は気にしなかった。
「そうか、続けてくれ」
スクリーンが元の地図に切り替わるのを第4課長は待った。
「…続いて、ケシェフより出発した魔王軍の規模です。ケシェフの諜報員から約3000人規模の軍勢が南下したと報告があり、他に“ポーレ族が800人、クヴィル族2000人、マルキ王国の王党派が200人が南下した”と、現地工作員からの情報がありました。しかしながら、一昨日までの動向は確認できていますが、昨日の朝から位置情報は入っておりません」
次に台風などの予想進路図のような丸い円が幾つも描かれた地図がスクリーンに表示され、第4課長はスクリーンの脇に移動した。
「可能性としては、大森林を抜けて一気に南西まで移動するか」
第4課長が指し棒で“A”と書かれた青い線を示してから、隣の“B”と書かれた赤い線を示した。
「途中、遺跡まで進出し再び街道に出るものと考えられます」
第4課長が陸軍の将校に目で合図すると、合図をされた将校が立ち上がり、スクリーンの脇に移動した。
「先程の報告の補足ですが。先日、わが国が占領するファレスキを爆撃した飛行船の予想航路上にこの…。ああ、ありがとう」
第4課長から指し棒を手渡され、将校が地図上のファレスキと遺跡の間をなぞりながら報告を続けた。
「予想航路上のこの遺跡に人狼側の飛行船基地、ないしは軍事施設がある可能性も考えられ、ファレスキ駐留の第2軍から偵察部隊を出しております」
次いで、空軍の将校の1人が手を上げた。
「我々の長距離偵察機はいつでも出撃できます。書記長、出撃許可を」
アデルハルト王は(またか)と思ったが表情を変えなかった。
「空軍の偵察機が敵に知られるのだけは避けたい。ここは陸軍と現地の諜報員だけで動向を掴んでもらいたい」
空軍の将校には悪いが、航空機の存在は戦火が拡大しするまでは秘匿するつもりでアデルハルト王は考えていた。
「第4課長、他に報告は?」
報告会議の進行役である、陸軍大臣が第4課長を突き始めた。
「はい、ケシェフに潜入していた諜報員が摘発を受けていた事が現地の協力者から知らされました。同時に現地のクヴィル族を拉致していた工作部隊が魔王チェーザルに壊滅されていたのが確認できましたが…」
捕虜になっていた神聖王国の兵士や神殿関係者の証言が裏付けされたのだが、1つ気になることがあったので、第4課長は報告を続けた。
「“工作部隊の中にナチ党員が居たと人狼側では見ている”とも報告がありました」
再び、アデルハルト王が手を上げた。
「しかし、部隊員が我が党の党員で有る事は神殿で確認している筈だ」
第4課長が「それは間違いありません」と肯定した。
「如何なるナチ党関係者も現地には居ないのは確認済みです。しかし、人狼はナチ党の仕業だと考えているとの事です」
アデルハルトが暫く考え込んだ。
「第1局長、国内でのノイエナチスの活動は?」
いきなり呼ばれ、第1局長が慌てて答えた。
「新生児を中心に調べて居ますが、いずれも1歳未満で処刑出来ておりますので組織だった活動は確認できておりません」
神殿組織に配置した秘密警察だけでなく、街中にも秘密警察と密告者を配置しているので、漏れはないはずだった。
「そうか……第4課長人狼部族での社会主義活動はどうか?」
「現在、各部族の転生者を中心に賛同者が増えつつありますが、クヴィル族、ヴィルノ族そして人狼の冒険者組合を中心に摘発されることが多く難航しております。しかし、今回の蜂起次第では一気に革命が成功する可能性があります」
今のところは蜂起の進捗具合は順調だと思われていた。これで邪魔な西側の転生者を支配階層から追い出し、代わりに虐げられている農奴や奴隷を開放し平等社会を作れば魔王はお終いだと。
「そうか、他には?」
「いえ、報告は以上です」
第4課長が一礼し、自分の席に着くと第1局長が続いて防諜活動を報告した。
「現在、対外機関からの工作はドワーフの杉平幕府と人猫のコシュカ王国の工作員が確認されており、手引きしているマルキ王国の王党派を摘発する予定です。また、占領地のマルキ王国、人狼の思想教育は概ね目標通り達成できております。報告は以上です」
第1局長が一礼し席に着いたのを確認し、アデルハルト王が発言する番になった。
「ご苦労同志諸君。いよいよ、第5インターナショナルの形が出来上がってきた。これも偏に、同志諸君のおかげだ。我々は身分を隠し、旧時代の価値観に押さえつけられるのも後わずかだ。真の社会主義革命の成功の為にこれからもよろしく頼む。革命万歳」
アデルハルト王が右腕の肘から上を垂直に上げると、参加者一同も右肘を垂直に上げた。
「「「「「革命万歳!」」」」」