現場検証
「なんてこった…」
予想はしていたが、商会が1つ爆破され、周囲の店や他の商会に破片が飛散していた光景に、ダニエルは頭を抱えた。
「うわっ!」
一番若い部下が瓦礫の中から伸びる腕に気付き叫んだ。
「あー、吐くならアッチの隅っこにしてくれ」
口元を押さえたので、証拠の近くで吐かれ無いようにと、ダニエルは注意した。
「いえ…大丈夫です」
一方、先程到着したヴィルノ族の衛兵達が瓦礫を退かしながら負傷者を捜しているが、難航していた。
「こうも崩れちまうとな…」
通り側に向かって3階建ての商会が倒れたので、通りの両側から手作業で少しずつ瓦礫を撤去するしかなく、時間が掛かった。
「よし、出せ」
瓦礫と化した煉瓦と石材を積んだ荷馬車が出発したのを見たダニエルが荷馬車の進路上に立った。
「おーい、ちっと検分させてくれ」
法務官のバッジを見せられ、荷馬車の御者は慌てて止めた。
「法務官さん、瓦礫なんか見てどうするんですか?あれだけの瓦礫ですよ。さっさと退かさないと通りが使えないっすよ」
御者の発言に耳を傾けつつ、ダニエルは荷台の梯子に足を掛け、中の煉瓦を幾つか手にとってみた。
「………うーん?」
煉瓦を取っ替え引っ替え10個ほど手に取った後、ダニエルは御者に「行って良いぞ」と声を掛け、崩れた商会に向け歩きだした。
「どうしました?」
「いや…何で吹き飛んだのか……」
魔法の類いで爆発が起きたのかと思ったが、魔力の痕跡が殆ど無く、魔法が原因でない事しか判らなかった。
「火薬…。いや、硝煙の臭いはしない…。なんだ?」
砂埃やカビ、血の臭いはするが、特段変な臭いも無いので、ダニエルはいよいよ判らなくなった。
「人がいたぞ!」
衛兵の1人が叫び、4人程集まると大急ぎで瓦礫を退け始めた。
「建物の上の方ですな。生きてればいいですが」
40歳を迎えたベテランの部下は被害者の無事を祈ったが、5人の衛兵の様子を見て気落ちした。
「酷いことを…」
「担架と毛布か何かくれ」
被害者が2人担架に乗せられると、毛布をかぶせられ、ダニエル達が居る方へと運ばれてきた。
「仏さんは誰だい?」
地面に被害者がそっと置かれ、運んでいた衛兵と一緒にやってきた中尉が顔の辺りに掛けられた毛布を捲った。
「ここのスウォィンツェ商会の商会長と隣はその奥さんだ」
商会長の顔には死後、瓦礫の下敷きになった時に出来た擦り傷などが確認できた。
「死因は調べる必要がありそうだ。上半身が血で真っ赤だ。だが、見たところ切り傷じゃない」
中尉が更に毛布を捲ると上半身の服が殆ど無く、身体がボロボロだった。
「見覚え有るな…」
ダニエルが呟くと中尉は「ああ…」と同意した。
「銃だな」
「それも何発もだ」
ダニエルと中尉が何を言っているのか、ダニエルや中尉の部下は理解できなかった。
「トミーガンだと思う?」
ダニエルの問いを中尉は否定した。
「いいや、ショットガンじゃないか?ポンプアクション式なら構造が簡単だ…。検死をする必要があるな。ダニー、検死官を知らんか?」
「検死官ね…。そうだ、FBI時代の知り合いが街医者をしてる。市場の近くだ」
中尉がダニエルの顔を見て左眉を上げた。
「なんだっけ?種痘をしてるところか?」
「ご名答、冴えてるなギブソン。先週、種痘の安全性を調査しに行ったら元検死官だってわかったんだ。ほら、79年に麻薬の運び屋の変死体が見つかった時に検死したオズワルドだよ」
中尉が両方の眉を上げ、納得した様子だった。
「ああ、彼か。なら適任だな」
中尉は部下の方に振り向いた。
「よし、害者は全部城塞の倉庫へ運べ」
「城塞にですか!?」
中尉がいきなりご遺体を神殿ではなく城塞の倉庫に運ぶといったので、部下たちは困惑した。
「そうだ、犯人を調べるのに使う」
部下たちは納得していなかったが、命令されたので商会長と奥さんのご遺体を荷馬車に乗せ移送の準備を始めた。
「しかし、参ったな」
ダニエルのボヤキを聞き、中尉は耳をダニエルに向けた。
「…全くだ。俺は部下を総動員して害者と目撃情報を集めるが、お前はどうする?」
ダニエルが懐中時計を取り出し、時間を確かめた。
「俺はオズワルドを引っ張ってくよ。この様子だと検死に時間がかかりそうだしな」
中堅の商会として知られていたスウォィンツェ商会だった瓦礫を見て、ダニエルはゲンナリしながら喋った。
「ああ…。他に元FBIや元警官の伝手はないか?」
「ニューヨーク市警のバーグ警部とか、カニンガム巡査なら直ぐ捕まるはずだ」
「よし、そいつらも来てもらうか」
「そうだな…。冒険者ギルドに頼んでみるよ」
「ニュクス様、落伍者は38名です」
宿場町の手前の村に着いたニュクスはドミニカからの報告を聞いて安堵した。
「意外と少なかったわね」
街道沿いの草原に腰かけ、水筒の水を仰いでいたニュクスは村人に用意させた炊き出しや、先に発送した荷物を受け取ろうと列を作る兵士を見てしばらく考えた。
「休憩は3時間。それと、ショーンさんとデイブさんが無事に手紙を届けたか確認したいから斥候を30分後に出して」
ドミニカがお辞儀しその場を離れるとニュクスは立ち上がり、仰向けになりながら苦しそうに息をするイシスに近付いた。
「普段は身体ばっか動かしてるのに…大丈夫?」
イシスは一言も言葉を発さず、首を横に振った。
『何か、前世の身体と違って息が続かなくて……』
ニュクスが走ることになり。その横でイシスを始め、配下の幕僚が馬に乗るわけにいかなくなり、全員で走ったのだが。どういうわけか、運動音痴のニュクスではなく、運動神経抜群のイシスが早々に疲れ、危うく落伍しかけたのだ。
「もしかして、その身体。完全に人猫なのかな?」
人猫は人狼に比べ足が速いが、長距離を走るのは苦手なのだが。“前世のイシスは人狼と人猫の血が混じったキマイラだったので、息が長く続いたのか?”とニュクスは思ったのだ。
「お水置いとくね」
『ありがとう』
イシスの側に水筒を置き、ニュクスは兵士の様子を見に向かった。
イシスの様子が心配だが、出発後に反乱軍との戦闘がある可能性もあるので、見廻っておきたかったのだ。
「フランツが元の世界に飛ばされた!?マジかよ」
一方、ショーンとパオロはテントの中でのんびりと雑談に興じていた。
「大森林にさ、遺跡があって。そこの地下に異世界に行ける転移門があったんだ。で、遺跡に着く直前にナチの親衛隊みたいな連中と交戦したんだけど何とか逃げられたんだけど、イシスちゃんが…。魔王様の妹君なんだけどね。イシスちゃんが魔王ロキを捕まえて色々尋問したら“転移門を閉めたい”とか言い出したから遺跡に行ったんだけど、着いてみたら遺跡を例の親衛隊みたいな連中が占拠しててね…」
ショーンの話す事をまるで英雄譚を聞いて目を輝かせる子供のような表情でパオロが食い入るように聞いていたので、ショーンもだんだんとしゃべりに熱が入りだした。
「魔王ロキが変な水差しを出してね。名前を呼ばれて返事をしたら中に吸い込まれたんだけど、まるで小さな映画館でさ。その中にイシスちゃん以外全員が入って、イシスちゃんが水差しを運ぶ形で遺跡に忍び込んだんだ」
「…映画館!?」
パオロがショーンの喋りを止めて質問した。
「そう、映画館だった。フランツの話だと、英語の映画ソフトが置いてあったらしいし、チャンネルを弄ったらジュースの“コアラ”のCMや“恐怖!大アマゾンの大蛇”や“メジャーリーグ”の試合が映ったな」
「なんだそれ」
話が盛り上がっているところに、伝令がテントに入ってきた。
「将軍、また誰か来ました。デイビット・タッカーと名乗っています」
「あー…あ!ああ、そうか連れてきてくれ」
デイブのフルネームを聞き、パオロは何かを思い出したような表情になった。
「デイブ…そうか、タッカーの事か」
パオロからすれば下の方の部下だったのと、同名の知り合いが何人か居たので、どのデイブだったか今気づいたのだ。
「でも、何でデイブはこっちに来たんだ?」
宿場町の城塞に向かい、それほど時間が経っていないはずだが、なぜかデイブがこっちに来たのだ。
「さあな?停戦の使者でも任されたんじゃないか?」
パオロは呑気にお茶を口に含み、茶菓子に手を伸ばした。