謝罪
今度は“東の部族内で反乱の兆候あり”の一報が届き、来客の対応をしている暇など無いのだが、相手が相手なのでカエは執務室でその来客の対応をしていた。
「それで、いったい何の用件で訪ねてきたのかね?」
しかし、カエ自身の機嫌が悪いことと、相手が訪ねてきた理由が理由なので、カエは自身のデスクに座り、相手は立たせた状態で対応していた。
「ロキ様の不手際で御迷惑をお掛けしたので、それの賠償をと」
深々と頭を下げたのは、ロキの部下のフェンリル。カミルを三途の川から連れ戻した時とは違い、狼の耳と尻尾が生えていた。
「………ロキの不手際はこの一件だけでは有るまい。本来ここまで多くないはずの転生者が大量に居るわ、居るはずの無いナチが暗躍しているわ、異世界とこの世界を結ぶ転移門は勝手に使われた挙げ句に世界が2つ崩壊しかけるわ、信頼できる部下が異世界に送られるわ、思い付くだけでこれだけ有るのだぞ」
普段のカエが物静かな印象だったので、静かにだが怒気を込めた発言に、フェンリルは耳と尻尾を思いっきり下げ、益々深く頭を下げた。
「フランツ・バーグ氏は2つの世界が安定してから、私が迎えに行きます。また、ドワーフから軍事援助を行う用意が有ります」
頭を下げたままのフェンリルに対し、カエは机の端をトントンと叩いていた。
「軍事援助と言うが、少しばかり武器などを供与して終わりにするつもりならお断りだ」
事前にアルトゥルとライネの2人、それに鍛冶ギルドと話し合って、軍の装備に関する取り決めと、注意すべき事を話し合っていたが。その時に、“銃弾の規格を合わせないと補給に問題が出る”と話題になり。カエはその事を特に意識しての発言だった。
銃弾ひとつを例にとっても、アルトゥル率いるアメリカ連隊が持って行った連発式ライフルは.303口径のボルトアクションライフルで、仮にドワーフから違う口径の銃弾を使う武器を供与されたとしても、その武器の為だけに別の銃弾を戦場に運び、その武器を装備した兵士に“だけ”行き渡らせる必要があった。おまけに、補給が途切れた時に他の兵士と銃弾の融通が効かないと言う問題もあり。更に言ってしまえば、その武器用の修理道具やパーツ等細々とした問題が潜んでいるのだ。
カエが不機嫌だから断った面もあるが、速攻を好むカエは特に補給が部隊運用の足枷になるのを避けたいと言う本音もあった。
「ドワーフで新造した飛行艦を2隻、そちらへ引渡します。それと幕府から軍事顧問として海軍を派遣しますし、軍事同盟の締結と経済協力も…」
カエが指で机を叩く音が止まったので、フェンリルは恐る恐る顔を少し上げると、カエは目を瞑り押し黙っていた。
「…飛行艦とは?」
「ドワーフの技術者が開発した反重力機関を用いた軍艦で、既に何隻か神聖王国との戦いに使用しています」
(イシスが見たと言う、例の“飛行船”の事か?)
話と記憶を見せてもらった限りでは、“100メートルは有りそうな軍艦が雲の上から降りて来て、また雲の上へと飛んで行った良く判らない物”だった。
扉がノックされ、ランゲが「魔王様、冒険者ギルドのエーベル女史が参られました」と扉越しに他の訪問者が来たことを告げた。
「隅に居れ……。入れ!」
フェンリルは姿を消し、部屋の隅に移動したのを確認すると、カエはエーベル女史とランゲを執務室に入れた。
「良く来てくれた。して、首尾は?」
挨拶も早々に、カエは椅子から立つとエーベル女史と握手し、自分のデスク前に並べられている、来客用のソファーに座るようにランゲとエーベル女史に促した。
「はい、ケシェフ内に残っていた人間側の諜報員が使っている拠点を騎士団とヴィルノの兵士と協同で3箇所捜索しまして、諜報員を25名確保しました」
エーベル女史が説明する横で、ランゲが押収品と逮捕者のリストをカエの前に差し出した。
「殆ど人狼…。やはり転生者かな?洗脳された人は?」
逮捕者のリストには人種の欄があったが、全員“人狼”と記載されていた。
「洗脳された容疑者は居ませんでした。同行した神官達の話では、全員転生者だったと」
「ナチ党員は?」
「居ませんでした。リーゼ・ゲーデルの様に身辺に党員も居ませんでしたし、中にはドイツ人以外の転生者も居ました」
先走って、リーゼを拷問していたのを咎められた手前。エーベル女史は、慎重に逮捕者を調べてからカエに報告してきたのだ。
「神聖王国の社会党関係者だと思うか?」
リーゼを始め、捕虜にした転生者が言っていた情報を元にカエが尋ねた。
「恐らくは…」
エーベル女史の報告が終わり、ランゲが押収品の説明を始めた。
「後、押収品は先のエルノ氏誘拐事件と魔王様暗殺未遂事件の際に押収した物とほぼ同じでした」
鎧に偽装したオートマタや小銃、手榴弾と特に目ぼしいものは見当たらなかった。
「…御苦労だった。捕虜はヴィルノの城塞へ、押収品は鍛冶ギルドに引き渡してくれ。それと、エーベル女史は現場に見落としが有るかも知れんから先に戻って鍛冶ギルドに調査をさせてくれ」
カエが右手を上げ、引渡し書類をデスクから手元に引き寄せ、捕虜の引渡し書類に署名と捺印をし、先にエーベル女史に手渡した。
「これからも頼む」
書類を受け取ったエーベル女史は先に立ち上がり、扉の前で「失礼しました」とお辞儀をしてから退出した。
「彼女の様子は?」
「はい!?」
押収品の引渡し書類に署名するカエが急に口を開いたので、ランゲは聞き返した。
「無関係の捕虜を虐待したと聞いてな。その事で気を揉んでいるとも」
リーゼを始め、捕虜がナチ党員だと勘違いして、冒険者ギルドの一部が拷問に掛けた事でニュクスに咎められ、腹心の部下だったマリアがギルドに出勤しなくなったことで焦燥している事を人伝に聞いていたので、カエがアメリカ連隊の結成と今回の諜報員の摘発にエーベル女史を使ってみたのだ。
「普段通りでしたね。ただ、マリアさんが居ないので寂しそうでは有りますね」
「…“寂しそう”、か」
カエが含みがある言い方をしたので、ランゲは慌てて訂正した。
「べ、別に変な意味では無いですよ」
「ん?」
カエからしたら、“部下が居なくなってやりづらいだろうな”程度に思っていたが、ランゲの反応から、違う意味に気付いて、少し顔を赤らめた。
「いや、エーベル女史に好きな人ぐらい居るだろう」
「あの人はあの歳で男性と良い仲になっていないので…その…噂が」
(そう言えば、マリアも私に妻が居ると知った時も“女の人同士でって事ですか!?”と食い付いて来たな)
「人の好みなど、どうでも良かろう」
「まあ、そうですが」
捺印を終えランゲに手渡した所で、魔王は再び口を開いた。
「そう言う貴様も未婚者だろう」
「………そうですが、私の場合は手柄を立ててないので、薦められないだけで、その気は有ります」
「ほぅ…」
ニヤニヤするカエから書類を受け取ったランゲは立ち上がり扉の方へ歩を進めた。
「何なら私が紹介しようか?」
「……結構です」
ついつい楽しくなり、散々弄ばれたランゲが退出すると、フェンリルが姿を表した。
「さて、軍事同盟の話だが…」
フェンリルの姿を見て再び不機嫌になったカエだったが、再びドアがノックされた。
「魔王様、ミハウ部族長とチェスワフ部族長が用件があると」
「お忙しいようですので、後でヨルムンガンドを通じて返答を頂ければ…」
こっそり訪ねているので、これ以上カエの時間を拘束できないと、フェンリルが申し出た。




