それぞれの思惑
「ふーん…」
グエラは佳代ことドミニカの手紙を読んでから、ニュクスからの手紙を手に取った。
「やっぱ、ロンの事を知らないみたいだ。“引き続き部下に捜させる”って書いてあるし」
文面からは、ロナルド・ハーバーと思われる少年が居ると書かれており、アルトゥル・カミンスキーの正体に薄々勘づいてる様子がうかがえた。
「えーっと………。あら。例の魔王の妹さんだけど、英語で手紙を書いてるけど、内容は大丈夫か?」
代筆だとすると、内容がまるっきり変わったりするので、原文で書かれた手形も同封するのだが、英語の手紙しか無かった。
「あー、佳代さんの話だと“本人直筆”らしいよ」
グエラが右耳をショーンの方へ倒した。
「魔王様はアメリカ人か?」
所々、俗っぽい内容なので、そう判断したが。ショーンは手の平を見せて否定した。
「残念。魔王様はこの世界みたいに亜人が居るけど、俺達が居た世界と同じ歴史を歩んでいる平行世界の出身で、なんとシーザーとクレオパトラの子供なんだと」
グエラ眉間に皺を寄せた。
「………映画で観たけど、紀元前の人だろ?何で英語が判るんだ?」
「さあ?」
自分達が転生したのも可笑しいが、事ある毎に出てくる神様の御告げや、魔王関係の出来事で、元の世界の影がちらつくのだ。
「何だろな…」
気にはなるが、グエラは手紙の内容を読み始めた。
「…なあ、こっちには。“ロンがアメリカ連隊を引き連れて来るから合流してくれ”って書いてあるぞ」
「え!?」
そんな事は一切聞いてなかったショーンが椅子から飛び上がり、グエラが手に持つ手紙を覗き込んだ。
『また、兄の魔王グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオスがFELNの反乱軍に対する恩赦を検討しており。つきましては、グエラ将軍はアメリカ連隊を指揮するロナルド・ハーバー将軍と合流後、FELN上層部への交渉の橋渡しを…』
「また、今後の禍根を残さない為に、宿場町への攻撃は控えて頂きたいと存じます……。宿場町への攻撃を止めさせるのは聞いてたけど、“アメリカ連隊を指揮するロナルド・ハーバー将軍”は初耳だ」
出発前に聞いていた話では、“ケシェフから連発式ライフルを持った援軍が出る”とは聞いたが、それがロナルド・ハーバーだとは知らなかった。
「しかし………、まずいな」
「何が?」
グエラは無関係の部下に席を外すように指示し、衛兵2人がテントから出たのを確認してから小声で訳を話した。
「さっき言ったとおりだ、俺達は“魔王と部族長を含む支配者層”の排除を目的に動いているんだ。チェスワフ部族長は穏健派として知られているから、俺達の側に付くと目論まれてはいるが、ロンが魔王の軍勢を指揮する将軍だって?………部下達は兎も角、他のFELNのメンバーが納得するか判らんぞ」
グエラが知っている範囲では、FELNは一部の精鋭部隊を除けば、今の自分達のように同じ国出身の元転生者同士だったり、単純に村や町と言った小さなコミュニティーが重税を理由に蜂起しただけの烏合の衆で、その全ての集団を纏めている目標が“魔王と部族長を含む支配者層”への反乱なのだ。
「俺らは、まだロンの事を知っているからアイツを信用して投降するだろうが。他の反乱農民や奴隷はアイツの事を全く知らないんだ。結局、内乱の鎮圧をするのに血を流す必要が出るぞ」
小声で話すグエラに合わせてショーンも小声で反論を始めた。
「それは佳代さんも俺達も危惧してるよ。一部の奴隷は街中で働いてはいるけど。正直、この世界の鉱山なんかじゃ奴隷が俺たちの世界の奴隷より過酷な状況で働かされている事もあるし、それを牛耳ってる荒鷲の騎士団みたいなろくでもない連中を俺達も許すつもりはないし、魔王様も同じ気持ちだ。すでに勅令を出して家畜管理法から人馬の項目を消したり、奴隷管理法も新たに勅令を出して不当な扱いを糾弾する準備をしているんだ。だから、直ぐにとは言わず、関係者の処罰を待つ等、時間を掛けて説得をすれば…」
「そいつは厳しいぞ」
話の途中でグエラが自分の意見を言い出したが、グエラが滅多に相手の発言を遮る事はなく、仮に遮る時は重要な事を言うことが多いので、ショーンは大人しく聞き手に回った。
「面倒なんだ。今回の蜂起は特に。…裏で糸を引いてるやつらがいる」
グエラはテントの中を見渡し。現在、テントの中に居るのは、幕僚として側に置いている信頼できる部下だけなのを確認してから再び口を開いた。
「ポルツァーノ商会は知ってるか?」
ショーンは、数日前の出来事を思い出し、苦虫を噛んだような顔をした。
「あー、マフィアのポルツァーノ一家がやってる商会でしょ。数日前にポルツァーノ兄弟に会ったよ」
グエラは頭を掻きながら「だったら話が早い」と前置きを言った。
「今回の宿場町の攻撃は、そのポルツァーノ商会からの強い要望があったからなんだ」
「…何で?」
今世では一介の商会の筈……かどうかは別として、ポルツァーノ商会が反乱に関与する理由をショーンは知りたかったが。
「さあ、ね。先月ぐらいからか?いよいよ蜂起をするかって話が出た時に、急に宿場町を襲おうって提案してきたんだ。知っての通り、ビトゥフから見て南西で蜂起するのに、わざわざ飛び地を作る形で宿場町を襲う理由が知りたかったが、“補給線の後方遮断”だとか“前線攪乱”だとか、それっぽい理由だけ知らされた。だが、街の中に入った部下と一緒にポルツァーノ商会の関係者も行動してるが……。あいつ等何してた!?」
グエラは振り向き、人狼の女に尋ねた。
「奴隷を扱ってた商会や、奴隷を囲ってる店を虱潰しに捜索してます。報告では人馬の奴隷を捜してると」
「まあ、こんな状況だ。ポルツァーノ商会側が“人捜し”の為に危険な場所に軍を進めるぐらいだ。魔王から恩赦の話があるけど、だからって直ぐに従わねえだろうし…」
グエラが“危険な場所”と言ったが、現在宿場町を攻めている反乱軍は孤立無援に等しい状態なのだ。
主な幹線道路はニュクス率いる鎮圧部隊とアルトゥルことロナルド・ハーバー将軍が率いるアメリカ連隊が来るケシェフ行きの街道と、荒鷲の騎士団とヴィルノ族の兵士が大勢居るであろうビトゥフに通じる街道。ビトゥフも歩いて数時間で辿り着ける程に近かった。
此処に来たのも、大森林の中を通り大きく迂回する形で南西方面から長躯移動したからであり、その移動に使った道は細くて頼りないものだった。
他にも東に向かう街道に繋がる道が有るには有るが、他の人狼部族の領地に向かい、全く役にはたたない。
「ポルツァーノ商会の他に、もっと怪しい連中がいるんだ。俺たちが今使ってる武器は全部そいつらが“何処か”から調達して来た物だし、そいつら自体、元奴隷って言っているが訓練されていて、戦列歩兵ばりの集団戦をしてるんだ。厄介なのが、そいつらがFELNの中核でこの反乱を煽っているんだ」
「そういえば、FELNってスペイン語だっけ?…元中南米の左翼ゲリラじゃないか?だとすれば、神聖王国から援助を受けている筈だ」
ショーンが冒険者ギルドで聞いていた噂。“神聖王国内で社会主義勢力が急成長している”と聞いていたので、もしやと思ったのだ。
「やれやれ、どっから聞いた?」
ショーンの言ったことに感心しつつ、グエラは机の上に足を置いた。
「冒険者ギルドの中で結構噂になってんだ。ほら人間のマルキ王国が神聖王国に潰されたろ?そこの亡命者が赤化教育とか赤いスローガンが街中に掲げられたとか証言してるんだ」
ショーンが言ったことを鼻で笑いながら、グエラは部下に「茶でも出してくれ、のどが渇いた」と指示を出した。
「確かに、“平等”だなんだって絵に描いた餅しか言ってないな。まあ、直ぐに躓くだろうから静観しているが」
「何で?」
グエラは笑みを浮かべながら言い放った。
「いきなり階級闘争だって?無理無理、出来っこないだろ。この世界じゃギルドが職人の権利を守っているから工業化が進んだ時代よりも、ある意味では生活が安定しているんだ。工業化でギルドが潰れて労働者と資本家の歪んだ関係が無い以上、誰もなびかんだろ」
「まあ、そうだな」
実際問題、普通に生活している分にはギルドは生活や仕事の面倒をすべて見てくれて、まるで“小さな政府”としてギルド員の生活を守っていた。
「どうせ、時間が経てば反乱に参加した農民も可笑しいと気付いて投降するだろうが。だが、その前にアイツらが無茶な作戦をしてデカい戦いを起こしたり、神聖王国と連携して攻めてきたら面倒だな……。面と向かって魔王に下るよりも、上手い事立ち回りつつ。神聖王国が動き出す前に、反乱の熱を下げるしかないな」
部下が持ってきた紅茶を一口飲んでから、グエラは思いついた事をショーンに言った。
「例えば、例の魔王の妹君の軍勢に反乱軍が蹴散らされるとか、他の反乱に参加してるグループが一斉に寝返ってみるとか」
グエラが言った思い付きを聞いたショーンは耳を前に倒し、苦笑いをしつつ、出された紅茶のカップを手に取った。
「そんなに簡単に行かないでしょ」