スパイ暗躍
「銃ぐらい下げての良いんじゃないの?」
ショーンは小銃を向けている兵士に話し掛けたが、兵士は無視して銃を向け続けた。
(大丈夫か、コイツら…)
立ち回りから元兵士だと判ったが、今一この世界の常識から外れた行動に、ショーンは心配になってきた。
「言っとくけど、そんな銃じゃ役にたたねえぞ」
「黙れ!」
ショーンが言ったことは嘘ではなく、騎士や冒険者の手練れの中には銃弾を避けたり、場合によっては叩き落とす者もおり。不意討ちでない限りは単発式の小銃を過信してはダメなのだ。
「お好きにどうぞ」
何を言ってもダメそうなので、ショーンは水筒の水を飲み、鞄から本を出して読み始めた。
「………」
「…」
銃を突きつけられている筈なのに、何か呑気なショーンに兵士達は馬鹿馬鹿しくなり始めた頃だった。
「軍曹!そいつを連れてきてくれ!」
士官から指示されたギブス軍曹は「マジかよ」と言いつつも銃を下ろした。
「こっちだ、着いてこい」
「ほいほい…」
ショーンは本をしまうと、言われるままに煮炊きの白い煙が幾つも上がる塹壕の方へ馬を進めた。
「いやさ、元気だしなって。クヨクヨしてても何も良いことはないよ」
足取り重く、ケシェフに向かうトマシュ達一行。その中で皆を励まそうと港生は1人頑張っていた。
「例のフランツさんは大丈夫だって、俺の上司も何とかしてくれるって言ってたし」
「ところでさ…」
「何かい?」
「何で君が居るの?」
トマシュに尋ねられた港生は“何かおかしい?”と顔に出した。
「君って魔王ロキ様の護衛だよね?ロキ様を捜しに行かなくて良いの?」
ロキが妖精に連れていかれてから、港生達忍者3人組は姿を消していたが、ついさっき竜人が一般的に着る漢服を着た港生だけが馬に乗って戻ってきたのだ。
「ああ、兄貴達が捜しに行ったよ」
「君は良いの?」
「俺は君から技を色々と教わりたいから、別れたんよ」
「なんじゃそりゃ?」
冗談で言っているのかと思ったが、港生は鼻息を荒くしてトマシュに迫った。
「あんな立ち回りを見せられたら、習いたくもなるさ!ロキ様は兄貴達で何とかなるからどうでも良いんだよ」
「いや、仮にも魔王様でしょ」
自分達も余り港生の事を言えないが、ロキの捜索を“どうでも良い”と片付けた事に突っ込みを入れた。
「上司が許可してくれたから良いの良いの」
(ホントかなあ…)
そうこうしている内に、トマシュ達はクヴィル族と
ヴィルノ族の領地を隔てる関所に到着した。
「コレは母さんとアガタさんの分」
「うん…」
トマシュはニュクスが書いてくれた通行許可証を配り始めた。
「コレはエルナの分」
「はい」
後は自分の分を取り出し、ふと港生の方を見ると。港生は自分の分の通行許可証を持っていた。
「どうしたのそれ?」
「今朝届いたんだ」
「今朝?」
「うん、上司が来てくれてさ。そもそも、ケシェフに行く予定はなかったけど、“必要だろう?”って」
「軍が通るぞ!退いてくれ!」
「おっと」
関所の職員が叫んだので、手続きを待っていた人達が一斉に脇に退いた。
「軍ね…。クヴィル族のかい?」
港生がずだ袋から瓢箪を取り出した。
「さあ、何も聞いてないな?」
「彼女さんは何も言ってなかったの?」
港生の一言にトマシュは少しだけ顔を赤らめた。
「……別に、イシスは彼女じゃないし。そもそも、魔王様の妹君だよ」
「ふーん…」
港生がからかうように、ニヤニヤしているので、トマシュは顔をそらした。
「~♪」
軍勢が近付いて来たのか、笛と太鼓の音が聴こえてきた。
「いつもこんな感じに賑やかなの?」
「そうだけど…、この曲は始めてだし。………見たことが無い旗だ」
何処かの騎士団かと、トマシュは考えたが。記憶にある騎士団の旗とは違っていた。
星条旗を掲げ、鍛冶ギルドがコッソリと造ったボルトアクションライフルを担いだ元アメリカ人の冒険者を中心にした、“アメリカ連隊”とすれ違ったのだ。
「あれ、銃か…。なあ?結構出回ってるのか?」
「まさか、あんな数は初めて見たさ」
ふと、“カサカサ”と音がするので、目の端で盗み見ると、港生が手元に持つ瓢箪から音がしていた。
(何だ?)
気になったトマシュが瓢箪の前に移動すると、港生はそっと瓢箪を右に回した。
(何か、瓢箪を行列に向けてる?)
今度は尻尾を器用に動かし、遮って見ると今度は思いっきり左へと回した。
「………それ何?」
「哎!?な、何が?」
“何が?”と言いつつ、瓢箪を背中に隠したので、トマシュは港生の後ろに回り込もうとした。
「その瓢箪、何?」
「す、水筒だよ。ほら」
港生が栓を外して手渡してきた。
「ん?……さっき何か音しなかった?」
「気のせいじゃない?」
トマシュは思った。“港生は嘘が下手”だと。
何をしてたか判らないが、何かをしていたのを必死に隠しているのは判った。
「何してんの?」
様子を見ていたアガタが近付いてきた。
「珍しいなって」
取り敢えず誤魔化してから、トマシュは瓢箪を港生に返し、コッソリとアガタの方へ向かった。
(何か、あの瓢箪から音がするんです)
(瓢箪から音?)
アガタが港生を見ると、再び瓢箪を行列に向けて、左手の親指は瓢箪の背中を、右手の親指は瓢箪の右側面をトントンと叩いていた。
(スパイカメラかしら?)
(何ですか、それ?)
(画像を記録するカメラって装置が異世界に有るんだけど。見た目を服の一部とか小物とかにして、コッソリと盗み撮る道具よ)
そもそも、港生自身結構怪しかった。
(てか、あの子忍者じゃん)
(確か、ドワーフの間者ですよね)
「あ、トマシュじゃん!」
急に行列の中から名前を呼ばれ、トマシュは驚き尻尾を膨らませた。
「こんな所で何やってんだ?」
「あの人、アメリカ軍の人よ」
「え?」
声の主が馬から飛び降り、行進する兵士の間を縫って走り寄ってきた。
「…え!?アルトゥル!?」
「へへへ…」
鉄帽を被っていたから最初は気付かなかったが、見馴れないオリーブドラブ色の野戦服を着た人物がアルトゥルと判り、トマシュは驚いた。
「聞いてるだろ?ビトゥフの手前の宿場町が攻撃を受けてるって」
「聞いてるけど…援軍が出るとも聞いてたけど、何でアルトゥルが?」
トマシュ達が聞いていたのは、あくまで“FELNの反乱軍が攻撃してきたのでケシェフから援軍が出る”という内容だった。
「攻撃してるのは、俺の元部下や同期達だよ」
「何だって!?」
港生が瓢箪をアルトゥルの方へ向けたのをアガタは確認した。
「俺も今朝知ったんだ。それで、冒険者ギルドが武器と元転生者の兵士を準備したから、俺が将軍として鎮圧に向かうことになったんだ」
「だからって。君が行くことは…」
アルトゥルは暫く押し黙ってから再び口を開いた。
「俺もこの世界には我慢ならねぇんだ。ポーレ族だとそこまで酷く無ぇが、他の部族だと奴隷制や人種差別がまかり通ってやがる。それにな、こんな世界で苦楽を共にした部下達が蜂起したのに、俺は何もしないで部下達が見殺しにされるのを見たくねぇんだ。幸い、カエが“蜂起した反乱軍が投降すれば罪に問わない”って言ってくれたから説得して引き込むつもりだ」
兵士の行進に続き、荷馬車の列が続いた。
「ビスカ代表から試作品のロケット砲も一応預かって…」
「やっぱりそうだ!」
「あ、っちょ。哎ー!」
アガタが港生から瓢箪を奪い取り、地面に叩き付けると小型のカメラが出てきた。
「ゲッ!」
「誰だコイツ?」
アルトゥルからしたら、知らない竜人とアガタが揉めてるので状況が呑み込めなかった。
「あー…その。彼は魔王ロキの配下の忍者で…」
「…え?」