尋ね人
「小隊長。また、敵兵です」
神殿へ向かっている駐屯兵の小隊は、先程から反乱軍の兵士が居る道を避けているが、なかなか迂回路を見付けられずにいた。
「しかし、本当に静かになったな」
反乱軍側が神殿の住民が避難するまで、不用意な発砲を控えたのだ。
「彼処もやられたか」
肉屋のクオーレが殺した商会長の店だけではなく、街の中にある大きな商会や関連する店が反乱軍の兵士に打ち壊されていた。
「奴隷を集めているみたいだが、何だ?」
どの店でも働かされている奴隷が通りに連れ出されていたが、ただ解放して回っている雰囲気では無かった。
「クオーレと…誰だ?」
「靴屋や鍛治屋…街の商人や職人だな」
傍らで住民の一部が反乱軍の兵士と話しているのが見えた。
「此処にも居ませんね…」
「産まれた子供がケシェフやビトゥフに売られた痕跡は有りましたが」
クオーレ達は例の人馬達の行方を捜していたが、調べた帳簿には宿場町の外に売られた奴隷についてのみ記載が有った。
「クオーレさん、彼が何か知っているようです」
人熊の兵士が人猫の若い男を連れてきた。
「クオーレ・サラザールか?」
「おやおや」
どうやら転生者の様で、クオーレを知っているようだった。
「そうですが、どちら様で?」
「ピートだ、質屋の…。懐かしいな」
「おお…」
「今度は何だ?」
太った大男と華奢な男が抱擁を交わしたので、遠巻きから様子を窺っている駐屯兵は何が起きたのか今一判らなかった。
「また会えるとはな」
「全くです。…此処で一体何を?見たところ…もしかしてお店で働いてました?」
ピートが黒い煤で染まった右手で指差したのは、馬具を扱う店だった。
「彼処だよ。盗品をバラして加工してた時の腕が役に立ったよ。彼処の親方も良い人でな。奴隷の俺を可愛がってくれているよ」
そこは装飾が見事だと宿場町で評判の鍛治屋だった。
「それでだな、…お前さんが捜している人が来てた。尾花栗毛の人馬の奴隷とその家族が」
「ほぅ…」
クオーレが耳と尻尾を立て、目を見開いた。
「何時ですか?御元気でしたか?」
「一昨日だ。蹄鉄と曳き具を着けるのにな。だが、身体はあまり良くない様子だったぞ」
「どうやら、あの2人は転生者同士で人馬を捜しているようです」
駐屯兵の1人が風魔法で盗み聞きをした内容を逐一小隊長に報告していた。
「どういう意味だ?」
クオーレの耳と尻尾が垂れたので、“余程大事な人”だと判り、ピートは言葉を選んだ。
「子供を多く産んできたのだろ…。あの人の歯は、出産の痛みに耐えるために何度も食い縛った影響か、ボロボロだったし。足腰も歳の割に弱っていた」
クオーレが口元を抑え「何てことだ」と嘆いた。
「それで、あの方は何処へ?」
普段はパン屋をやっているクオーレの仲間がピートの両肩を掴み揺り動かしながら尋ねた。
「ビトゥフらしい。馬屋に売られた後に“荒鷲の騎士団”に売られたみたいだ」
クオーレ達はその答えを聞き青ざめた。
「何てことだ…よりによって“荒鷲の騎士団”とは」
「最悪だ」
「待った、まだあの人だって判った訳じゃないんだ」
もしかしたら。偶然、捜している人馬に似た別の人馬の可能性は無いことは無いが。
「どの馬屋だ?買ったのは騎士団の誰だ?」
パン屋が肩に力を込めたので、ピートは右手で掴んでいる手を握り払い除けた。
「其処までは親方も教えて貰えなかったみたいだ。あの人馬が俺と同じイタリア人だって判ったから、親方が買えないか交渉してくれたが、駄目だったんだよ」
「同じイタリア人だと、何故判ったのですか?」
何か重要な会話をしたのではと、クオーレがピートに詰め寄った。
「あ、ああ…。俺がイタリア語で悪態を吐いた時に、イタリア語で話し掛けてきたんだ。そしたら、まあその。あの人もニューヨークに住んでたのが判ってな。テレーザって名前だった」
クオーレが泣き崩れたところで、周囲を警戒していた駐屯兵が「誰か来ました」と報告を上げてきた。
「移動するぞ」
小隊員4人は一斉に移動を開始し、服屋の1つに入った。
・肉屋のクオーレは何故かFELNの兵士と協力している
・クオーレと仲間は人馬を探している
・件の人馬は荒鷲の騎士団に売られ、ビトゥフに居る
「次の路地が駄目なら引き揚げるぞ」
小隊長は服屋の裏口へ走りながら、今判った事を反芻した。
「コットン!」
裏口の扉越しに声がし、駐屯兵4人は壁際や家具の間に身を隠した。
「ウール!」
(小隊長、これ合言葉ですよ)
全員が耳を澄ませていると、扉の向こうから話し声が聴こえてきた。
「俺だよ」
「遅かったな…。どうだった?」
「何とかなった、住民が神殿から避難するのに同意したよ」
(何!?)
外の会話を聞き漏らすまいと、全員耳を立てた。
「準備が出来たら、ケシェフに移動するとさ。そっちは?」
「職人や商人多いから酷い扱いを受けてる奴隷は少なかったよ。半分は今の雇い主の元から離れるつもりは無いってさ」
「ポルツァーノ氏の依頼は?」
ヴィルノ族領内で名の通った、冒険者上がりの商会長の名前が出てきたので、小隊長は固唾を飲んだ。
「ポルツァーノ氏の部下が例のテレーザさんを血眼になって捜しているよ」
「そうか…早く見つかると良いな」
「ああ…」
「行きました」
足音が遠退いたのを部下が確認し、駐屯兵4人はようやく一息つけた。
「ポルツァーノ商会が反乱に関与してるとはな」
とんでもない会話を聞いてしまった小隊長は、額に浮かんだ汗を拭いつつ、長めに息を吐いた。
何かとヴィルノ族内で話題に上る商会で、出来てからほんの20年か其処らで規模を大きく拡大し、他部族の街だけでなく、ドワーフや戦争前は人間の街にまで、支店を拡大した大商会だった。
急拡大の裏で商会員の口が固く、内情が一切表に出てこない事は、各街の治安維持にあたる駐屯兵や市民兵の間では有名な話だった。
「小隊長、本当に住民は避難するのでしょうか?」
「そうだな…」
話の後半に気を取られていたが、“住民が神殿から避難するのに同意した”事について思案する。
「奴隷を虐めていた奴以外は何もされてないよな?」
「ええ」
「寧ろ、“家でじっとしてろ”とか言われたとか」
途中、接触する事ができた住民は“棒の先に白い旗を掲げて家から出ないでくれ”とFELNの反乱軍から言われた人がかなり居た。
「…よし、戻って上に報告するぞ」
「了解」
敵の意図が朧気ながら確認できたので、これ以上リスクを犯すのを避け、戻ることにした。
「いやそのさ、俺、魔王様の使いだから、ね?」
馬に乗っているデイブが右手に持った槍の先に掲げられている青い三角旗を左手で指差しながら話した。
「良いから降りろ!」
話している相手は北東の門を守る駐屯兵、デイブが怪しいので、5人係で周りを取り囲み槍を構えている者まで居た。
「ヘイヘイ、降りますよ、っと」
馬から飛び降り、デイブは左手で手紙を掲げた。
「魔王様の妹君のニュクス様が署名された手紙を駐屯軍の指揮官宛に持ってきた。城塞まで通してくれ」
兵士の1人が近付き手紙を手に取った。
「あんたの身分証は?」
「あーこれだ」
懐から、ドミニカから渡された羊皮紙を取り出し、兵士に手渡した。
「間違い無いな。よーし、通してやれ」
兵士の指示で取り囲んでいた兵士が下がり、木造の門に取り付けられた、鉄製の落とし格子がゆっくりと引き上げられ始めた。
「街の南側、神殿地区は“アメリカ人”が占拠してるから近付くなよ。アイツら銃を使うから、地区を隔てる内壁を貫通して流れ弾が跳んでくる」
兵士が街の南側を指差して説明してくれた。
「その割には静かだな?」
「小一時間位前からな、だが散発的に発砲音がするから気を付けろよ」
デイブが再び馬に跨がった。
「そうだ、その“アメリカ人”はどんな旗を掲げてる?」
「色々だ。赤と白の縞模様と青地に星が描かれた旗や、斜めに十字が描いてるのとか、動物とか色々だ」
「白頭鷲は?」
兵士が反乱軍の本隊が居る方向を指差した。
「向こうに居るよ。今朝から全く動こうとしてない」
「そうか、ありがとう」
ショーンが向かった本隊にパオロ・グエラが居るであろう情報を聞き、デイブは安堵した。
後少しでクリスマス休暇…




