投降の呼び掛け
今回短めですが
「静かだな」
神殿に立て籠っている駐屯兵達は、急に外が静まり返ったので耳を立て、外の様子を窺っていた。
「今のうちに負傷兵を運べ」
銃撃で傷付いた兵士が多く、救護所として使われている礼拝堂に負傷兵が収まりきらず、既に礼拝堂も足の踏み場が無くなっていた。しょうがないので、避難してきた住民が居る地下の納骨堂に毛布を敷き、軽傷の者や治療が済んだ“比較的”住民にショックが少ない負傷者を移動させていた。
「ぅ…ぁー、あー!」
また負傷した誰かが、身体の何処かに埋まった弾丸を取り出す手術をしているのか、叫び声が神殿の外にまで響き渡った。
幸い、神官や巫女が治癒魔法を使えるため、手足を切断する事は無いが、それでも異物で有る弾丸。場合によっては、体内に入った衣服や鎧の一部を取り出さねば化膿するため。切開して取り除く必要があった。
しかし、麻酔薬は無く。代わりに度数が高い蒸留酒を飲ませて意識を飛ばしていたが、蒸留酒はとっくに切れてしまい。首を絞めるか、頭をハンマーで殴り意識を失わせてから処置をしているが、それでも意識を取り戻し暴れる者が出る始末だった。
「何だアイツは?」
顔を出すと撃たれるので、壁に開いた穴から数メートル距離を取り、外を見ていた兵士が、白旗を持って近付いてくる若い人猫を見付けた。
「射ちますか?」
「待て、あれは戦いに来たんじゃない。異世界の慣わしで、降伏する時や交渉の伝令がああやって白旗を掲げるんだ」
人猫の兵士が神殿の前に立つと、大声で呼び掛けてきた。
「中に居る駐屯兵に告ぐ!武装を解除し、投降するのであれば、ジュネーブ条約に基づき身の安全は保証する!」
「Nuts!」
「…何だ?」
仲間1人が急に叫んだので、周りの兵士は不思議がった。
「“バ~カ”って意味だよ」
意味を知っている他の兵士が説明したら、駐屯兵達は大声で笑いだした。
「アメリカ人か!?」
人猫の兵士が叫んだ。
「俺はイリノイ州のシカゴ出身だ!他にアメリカ人が居るんだろ!?」
人猫の兵士の問いに、駐屯兵の1人と指揮官は互いに顔を合わせた。
「援護するが、行ってくれるか?」
「任せて下さい」
兵士が神殿の正面に回るのを見送ると、指揮官は飛び道具を持った兵士達に指示を出し、最悪の事態に備えた。
「確かに、何人か居る」
両手を肩の高さまで上げ、挑発するようにひらつかせた駐屯兵が神殿の前に出た。
此方も人猫の兵士と同じ位の年齢の様に見えるが、歳の割りに落ち着いた雰囲気だった。
「俺はミシガン州のホランド出身だ。………他にもアラバマやカリフォルニア出身の奴が居るが」
「軍に居たことは有るか?」
問い掛けられた駐屯兵は壁に寄り掛かると、腕を組み人猫の兵士を見据えた。
「ああ、海兵隊に居た」
「そうか、俺は騎兵隊でベトナムに行ってた」
“軍に居た者同士なら話が通じる”と人猫の兵士は考えたが、そう簡単には行かなかった。
「おい、若僧。言っておくが、誰も降伏する気は無いぞ」
尻尾は鎧の中に隠れているが、駐屯兵が不機嫌なのが判った。
「お前らの間違えたやり方に、賛同するとでも思ったか?中にはアメリカ人以外にも転生者が何百人と逃げ込んで居るが、誰もお前らのやり方に賛同はしてないぞ」
「何故だ?あんただってこの世界が無茶苦茶だって判ってるだろ?」
人猫の兵士が話を続けようとしたが、駐屯兵は怒気を込めた声で話を遮った。
「ああ、この世界は無茶苦茶さ。だがお前らのやり方がまかり通ると本気で信じているのか?正直言って、俺は今世の両親は貧しい街の職人で、騎士や領主が課した重税に我慢して何とか生活出来てるのが実情さ。だがな、自分達だけが生活するだけでも精一杯だった両親や、魔物が出たときに命懸けで街を護ってきた仲間を裏切ると思うのか?星条旗を掲げているが、何処の誰なのか、もしかしたらアメリカ人を騙る屑野郎じゃ無いって保証は有るのか?避難している住民の中に、アメリカ兵に殺された人が居ることを考えたか?
よしんぼこの場を凌げたとして、この後はどうするつもりだ?新しい魔王が降臨した直後で、ヴィルノ族どころか他の部族も一枚岩になっているんだぞ?」
ヴィルノ族の領地は、北側は大森林とその先に神聖王国に占拠されたポーレ族の領地、西は大森林と南から延びたトビー山脈が交わりその先は海、南は人馬の領地と人狼の領地を隔てるトビー山脈、東は北東方向がクヴィル族、真東がルカニア族と周囲に逃げ場はなく、袋小路に閉じ込められていた。
「全滅は覚悟の上だ。魔王だが何だか知らんが、今の体制が続くなら戦って死んでやる。だが、俺達を支援してくれる仲間が結構居るんだ。仮に全滅しても無駄にはならない」
駐屯兵は神殿の中に戻るために壁から離れた。
「だったら、その“お仲間”と反乱ゴッコでも何でもやってろ。俺達はお前らとは組む気はないし、投降する気はない」
駐屯兵が神殿へ入ったので、交渉役の人猫の兵士はそのまま引き返していった。
「良かったのか?」
戻った駐屯兵に指揮官が声を掛けた。
「ええ、あの坊主が本当にアメリカ兵だったか判りませんし。一度死んだ以上、今の人生を捨ててまで、あの旗の元に戻る気はありません」
口ではそう言っていたが、駐屯兵が動揺していると感じた指揮官は「暫く休んでこい」と彼に指示した。
「しかし、奴等全員転生者ですかね」
残った駐屯兵の内、指揮官と階級が近い士官が外を窺いつつ呟いた。
「ここ50年ぐらいで異様に多いからな。有り得るだろうな」
彼等の親兄弟にも転生者が居るので、実際に街を襲っている反乱兵が全員転生者でも不思議ではなかった。
/(^o^)\ナンテコッタイ
はい、明日から師走です。皆様御元気でしょうか。
ちなみに私はですが。
\(^o^)/クリスマス休暇まで休日が一日も無いことが判明しました。
チクショー orz 最初の章“三つ子の魔王と異世界の街”を書き直そうと思ったのに。
なので暫く更新頻度が下がるかも知れないのでご了承下さい。
orz=3