宿場町の戦況
「おーい、こいつも使ってくれ」
ニュクス付きのカミルが軍馬を連れてきたので、荷馬車を管理している輜重兵は呆れた様子を見せた。
「おいおい、こいつは軍馬じゃないか。荷馬車どころか荷車すら牽けんよ」
実際はお世辞にも軍馬とは言えないほど小さく、小型の荷車すら牽けそうも無かった。
「何処で拾ってきたんだ?」
「ニュクス様の馬だよ」
「は?」
「ニュクス様も走るから使ってくれって」
輜重兵は馬を撫でながら、足元を確認した。
「細いな、………何だってニュクス様は走るって言い出したんだ?」
馬の脚は細く、華奢なニュクスを乗せるだけなら良いが、やはり物を牽かせるのは無理そうだった。
「さあね?急行軍で行くと決めてから、魔王様に援軍や追加の支援の要求しては不機嫌になって。ついさっき“私も走るから、馬を輜重隊に預けてくれ”って言い出したんだ」
「へぇ…」
我が儘で無能な小娘だと思っていたが、下の事を思いやってはいることがわかり、輜重兵の心情は穏やかになった。
しかし、不機嫌になった指揮官が寄越した馬を“使えないので、結構です”と返す訳にもいかず。かといって、無理に牽かせて怪我をさせる訳にもいかず。輜重兵は悩んだ。
「まあ、矢とか軽いものを背中に背負わすか」
「アレ?ニュクスさ。馬は?」
出発が差し迫り、整列を始めたが、ニュクスが徒歩な事にイシスが気になり尋ねた。
「輜重隊に貸したけど?」
「何で?」
鐙を使った状態だが、折角乗れる様になったのに何故貸したのか気になったが、意外な理由だった。
「だって、お尻痛いんだもん!」
「…はい?」
イシスの微妙な表情にニュクスはムッとした。
「痛くなるでしょ!ケシェフからこの村に来るまでは大人しく乗ってたけど、もう限界!あんな拷問みたいな思いをするぐらいなら、もう一生乗れなくても良いわよ!」
「ちゃんと、脚に体重乗せた?」
「…え?」
鐙が無くても、馬の胴体を挟んでいる両脚に体重を乗せれば、臀部に掛かる負担が減るので幾分か楽にはなるのだ。
「…今度、楽な乗り方教えるから」
「大砲はどっち向いてる?」
宿場町では、駐屯兵が未だに決死の抵抗を続けていた。
そんな中、反乱軍が的確に砲撃をしてくるので、駐屯兵の1小隊が宿場町に在る冒険者ギルドの建物に登り、反乱軍の動きを確認していた。
「南の方です」
残っていたギルド員から借りた双眼鏡のお陰で、人員の動きも良く見えた。
「くそ、星条旗。アイツ等、アメリカ兵だ」
双眼鏡を覗いていた転生者の兵士が、忌々しく呟いたが、下に居る小隊長は聞いている余裕がなかった。
「南…、神殿周辺か……。おい!神殿の方はどうだ!?」
もう1人、建物の屋上から南を見ていた兵士が状況を説明した。
「急に静かになりました。誰も発泡してませんし、人の姿も有りません」
南の神殿周辺は既に反乱軍に制圧され、街の北側に在る城塞を中心に防衛戦をしている駐屯兵は神殿に立て籠っている筈の駐屯兵と避難した住民の状況が判らずにいた。
「あぶねっ!」
南を見ていた兵士が叫ぶと同時に、建物に何かが当たる音がした。
「大丈夫か!?」
遅れて銃声が響き、兵士が撃たれたのが判った。
「何とか平気です。ですが、向こうにバレたんで此処から見張るのは無理です」
反乱軍の中に、やけに腕が立つ狙撃手が居るらしく。夜が明けてから、狙撃される兵士が多いのも悩みの種だった。
しかし、神殿周辺では未だに仲間が抵抗している筈で、彼等を確認するのがこの小隊の任務だった。
「よし、近付くぞ」
「御武運を」
駐屯兵は冒険者ギルドを後にし、通りの角に到達しては、1人が顔を出し、反乱軍の狙撃手が居ないか確かめながら、慎重に神殿へと向かった。
飛び道具はギルド員から貰い受けた弩弓しかないが、狭い通りならば銃相手にも何とかなるだろうと、小隊員6人全員が構えながら。
ゆっくりだが、誰も通りに居ないお陰で、兵士達は普段よりも速く移動する事ができ、街の市場に出た。
「静かだな…」
「ああ」
日が昇り、普段なら買い物客でごった返す市場も、人っ子一人居なく、カラスやハトが散乱した食糧を啄む姿が散見された。
「住民は何処行ったんだ?」
「地下室か、クローゼットの中だろうよ」
軽口を叩きながら、3階建ての建物がひしめき合っていた通りから、開けた市場の様子を探ったが、異常は無く。出店に隠れながら前へと進んだ。
本当ならば開けた場所は迂回したいが、迂回路は反乱軍に占拠された街門の周囲まで迂回する為、リスクを承知で市場を通ることになった。
「っ!」
兵士の1人が、出店に潜む何かと目が合い弩弓を向けると、それが飛び出てきた。
(何だ、ミコワイか…)
飛び出たのは市場に住み着いた野良猫だった。
兵士が出店のカウンターで毛繕いを始めたミコワイの顎を撫でてやると、ミコワイはゴロゴロと喉をならした。
「コットン!」
物陰から声がし、ミコワイがカウンターから飛び降り、兵士達は声のした方へ弩弓を構えた。
「コットン!」
再び声がし、「誰だ!?」と兵士の1人が叫ぶ。
「出てこい!」
再び兵士の1人が叫んだが、声の主は返事をせず、代わりに発泡してきた。
「敵だ!」
放たれた銃弾は叫んだ兵士の直ぐ脇を通り、出店を3軒貫通し、4軒目の出店に置かれた金庫に当たり止まった。
木で出来た出店程度では銃弾を貫通するため、兵士達は這うように石で出来た建物を目指し走る。
走っている間も銃弾が3発放たれたが、幸いにも怪我をすること無く、全員が物陰に隠れた。
「こい!」
右手に隠れた2人が建物のドアを蹴破り、建物の中を通り発泡してきた反乱軍の兵士が居る場所まで向かおうとした。
「おい、アイツ両替屋に入ってったぞ」
左手に隠れた他の兵士達は、強盗よろしく両替屋に押し入った仲間を見て苦笑いした。
「まるで押し入り強盗だな」
「だが良い判断だな……」
小隊長が壁際から2、3歩下がり。自分達が隠れている建物を見上げた。
「俺達もあそこから入るぞ」
小隊長が指差したのは、建物の2階部分で鎧戸が半分開いた窓だった。
「マジっすか」
兵士の1人が言葉を漏らした目の前で小隊長は助走を付け、壁を蹴り跳ぶと窓枠を掴み中へとよじ登っていった。
「かぁ~、俺は泥棒じゃねえってのに」
普段は取り締まってる、こそ泥の真似事をする事に嫌がりつつも、部下達が後に続いた。
入った先は倉庫のようで、燃料の薪やら壁の修繕に使う漆喰等が棚に収納されていた。
「よっと…。隊長、後で揉めても知りませんよ」
街を護る為とはいえ、人様の家に不法侵入しているので、部下が愚痴った。
「文句を言ってくる住民が残ってくれればな」
隊長からしたら、“街が反乱軍の手に堕ちたら住民は無事では済まないのだから、護りきった後に文句の一つや二つは言われても屁ではない”と思っていた。
「きゃぁーー!!」
「っうわ!」
物音に気付いた住民の少女がドアを開けたのだが、兵士達を見て叫び声を上げた。
「あー!お嬢ちゃんちょっと!ぅ…」
「イヤー!来ないで!」
兵士を見てパニックになった少女が、持ってた麺棒で近くに居た兵士を殴りつつ、股間を蹴り上げたので兵士が一人その場に踞った。
「おいおいおい!俺達は駐屯兵だ!」
「ちょっと、勘弁してくれ!」
結局、騒ぎを聞き付けてやって来た少女の父親が止めるまで、兵士達はしこたま殴られる羽目になった。