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ドミニカからの依頼

デイブとショーンが宿を出ると、兵士達が大急ぎで移動準備をしていた。

「先に荷馬車で運ぶ荷物は2日分の食糧と武器、鎧だけだ!その他の荷物は後続の荷馬車で輸送する!」


速度が出る2輪タイプの荷馬車が集められ、それぞれに馬を2頭繋ぐ作業と、荷台に荷物を積み込む作業が同時に行われていた。

「ったく、俺達は走らされるとか、やってられねえぜ」


荷物を預けに来た兵士の1人が悪態を吐いていた。

「まったくだ。魔王様の妹だが知らねえが、あんな小娘の考えだ。どうせ思い付きだろう」


カエ達はミハウ部族長の孫であるエルノこと、転生者のエドガー・コーエン博士を救出には成功していたが、その時は“魔王”だけが直接指揮を執り、“妹”のニュクス達は居ないことになっていた。

なので、ニュクスの下に居る兵士だけではなく、幹部として同行する指揮官の殆どが“指揮官としての才が有るか判らない小娘”に無茶苦茶な命令をされていると不満に思っていた。


「金貨2枚でどうだ?」

「無理だ、売り物じゃない」

しばらく進むと、主計係が村の住民と何やら揉めていた。


「来年の麦を植える時季だってのに、農耕馬を売れるわけねえ。売れるのは荷車だけだ!」

主計係は荷車が増えた分の輓獣として、住民から輓馬を買い付けようとしていた。

しかし、今の時季は麦の播種が控えているため為、農民は土作りや播種作業に使う農耕馬を手放す訳には行かないので、揉めていたのだ。


「よし、牽けぇ!」

輓獣不足に拍車を掛けているのが、ニュクスの命令で遺跡から持ち出された、鹵獲した大砲や機関銃等を前線に運ぶために輓獣が回されたからだ。


何に使うのか理解が追い付いていない兵士達からすれば、“自分達は荷物を置いていけ言われたのに、鉄の塊を運ぶのに貴重な輓獣を使っている”と思っており、余計に不信感を募らせていた。



「此方です」

デイブ達が案内された村役場には、青い布地に古代エジプトの女王であることを示すヒエログリフが描かれた旗が翻り、兵士達が忙しなく出入りしていた。


「2階になります」

階段で騎士の鎧を詰めた木箱を運ぶ従士とすれ違った。


「ずいぶん急いでるんだね」

今までの兵士達の様子や、村役場の異様な雰囲気が気になりショーンが質問した。通常の行軍では、荷物は積みっぱなしにするので、今回の様に態々積み直したりはしないので余計に気になった。

「宿場町の手前の村まで一気に急行し、用意が出来次第、宿場町に向かいます」

「そんなに状況が悪いのか?」


ただの奴隷や食い詰めた農民の反乱程度にしか考えていなかったデイブは、思わず聞き返した。

「………最悪、宿場町は陥落し。駐屯兵や住民が玉砕するかも知れません」

ルジャの言った事に、「何だって?」とデイブが聞き返した所で、ドミニカの部屋の前についた。


「ドミニカ様、お連れしました」

ルジャの呼び掛けに、「入って」とドミニカの声がし、デイブ達は入室した。


「急にご免なさい、どうしても貴方にお願いしたいことがあって」

旅装姿のドミニカは、弓を机に乗せながら椅子から立ち上がった。


「何処かで会ったことは有ったかな?」

面識が無い筈のドミニカから名指しで会いたいと言われ、デイブは身構えていた。


「ええ、何度か前世で。大体はフォートキャンベルでね」

フォートキャンベルは101空挺師団の所在地だが………。


「えーと、確か67年のクリスマスと………」

「いや、あんた一体」

“さっさと名乗れよ”とデイブが思い始めたが、ショーンが「もしかして、カヨさん?」と声を上げた。


「え"!?」

驚いたデイブがショーンの方を振り返り、目を泳がした。

正直、デイブは身の丈程は有る剣を振り回して闘い、女ゴリラと揶揄されるドミニカが、前世ではおしとやかな、正に深窓の令嬢と言ったイメージだったその人だとはとても思えなかった。それは、彼女の前世に気が付いたショーンも同じで、何かの間違いだろうと思ったが、ドミニカが机に置いた和弓に見覚えがあったのだ。

「ハーバー夫人!?」

再びデイブがドミニカの方を見ると、彼女は困惑した表情をしていた。


「確かに、私はカヨ・ハーバーだけど………貴方は?」

ドミニカはドミニカで、デイブが前世で夫であるロナルド・ハーバーの部下だと確信が有った訳では無かったが、まさかショーンとも知り合いだったとは予想外だった。


「ショーンだよ!ほら君達の結婚式に来たインディアンの医者の」

「え!」


ドミニカは口元を押さえ、机に寄り掛かった。

「貴方だったの!?」

人の事は余り言えないが、ショーンの印象がすっかり変わっていたので気付けなかった。


「今まで、何処で何を?」

ドミニカから質問されたが、ショーンは狼狽したままだった。

「………僕は此方だと、鉱山の管理人の家に生まれたけど、嫌気が差して12才で家出して、今じゃ根無しの冒険者だよ。………え、君、カヨ………嘘」


ショーンはもう一度、「嘘ぉ…」と呟き、軽い目眩を覚えた。

ショーンの中でも、ドミニカのイメージは特撮SF映画に出てくる様なゴリラの兵士で、先日のエドガー・コーエン博士の誘拐事件で見せた、“狼男相手に剣一本で挑む、筋肉モリモリマッチョウーマンのアマゾネス”のイメージのせいもあり。おしとやかな、絵に描いたような大和撫子タイプのカヨ・ハーバーとは似ても似つかなかった。


「あの…、ドミニカ様。時間が」

出発時間が迫っているので、リリアがドミニカに懐中時計を見せた。

「…そうだった!2人に頼みたい事があって。本当はデイブさんに頼む筈だったんだけど。……2人は先に宿場町に向かって貰いたい」

少しずつ落ち着きを取り戻し、普段の口調に戻ったドミニカが懐から封筒を2つ取り出した。


「デイブさんには宿場町を攻撃している反乱軍の指揮官に、ショーンさんは宿場町を防衛している駐屯兵の指揮官にコレを渡して欲しい」

手渡されたデイブとショーンは封筒を受け取ると、怪訝な顔をした。

「あの、その。ハーバー夫人。私達はもう兵士で………は…!はぁっ!?」


封筒の宛名を見たデイブが叫んだので、ショーンはビクリと驚き、耳を立たせ尻尾を膨らませた。

「何だよ一体?」

「見ろ!」

デイブが指差した宛名を見て、ショーンは思わず封筒を手に取ってしまった。

「グエラ少佐だ」

宛名の人物は、ショーンと同じ時期に入隊し、デイブがベトナムに出征した時は少佐に登り詰めた男だった。

「パオロ・グエラ………。本当だ。カヨさん、何でグエラと、その」


ドミニカは少し間を置いてから、グエラとのやり取りを説明した。


「宿場町を攻撃している反乱軍は星条旗を掲げているの。そして、反乱軍の主力は元米軍兵士。殆どがヘリボーン出身で。………私の所にもグエラ少佐から反乱への参加を呼び掛ける手紙が送られてきた。ただ!…ただ、コーエン博士の一件で忙殺されて、ケシェフの転生者に話が伝わるのが遅れたから、反乱軍の主力が米軍だと知ったのは出発直前。でも、反乱の目的が奴隷の解放と、魔王様の排除。魔王様の近くに居たから、魔王様が奴隷の扱いと農民に対する扱いに怒っているのを知ってたから私達は反乱に参加しなかった」


ドミニカからすれば、反乱を起こすという危険を犯さずに、魔王の政策として奴隷や農民の待遇を改善出来るのだから、参加するのを躊躇ったのだ。


「代わりに、彼等が助かる道がないか冒険者ギルドや他の仲間を使って魔王様に提案してみようと思うの。上手くいけば、反乱軍の一派が丸々私達に合流するし。戦闘で宿場町の住民に被害が出ることを防げると思う。その為に、宿場町が壊滅する前に戦闘を止めさせないと」


デイブは溜め息を短く吐いた。


「そんなに上手く行きますか?それに、グエラ少佐宛に手紙を渡すならまだしも、何で宿場町の指揮官にも手紙を渡す必要が?」

「宿場町を護る駐屯兵の殆どは転生者じゃないわ。だから、彼等は投降すること無く、住民諸とも自決する可能性が有るわ。だから救援が直ぐそこに居ると知らせときたいの」


「何でですか?」

「宿場町の人からすれば、反乱軍は自分達の命を奪う事を楽しむ殺戮者にしか見えない筈よ。今までの怨みを晴らす為か、異種族に対する偏見の為、色々理由は有るでしょうね」


ショーンとデイブ、そしてドミニカは別の場所だが、“同じ”風景を思い出していた。

粗悪な銃を持ち、肉薄してくるヒューゲントの少年。夜中に宿営地に近付き死を覚悟しヘリに手榴弾を投げ付けたベトコンの少女。爆弾を搭載した飛行機に乗り帰ってこなかった兄。


戦争になれば、合うことが無かった者同士で殺し合いをし、負け始めれば、勇敢な者や善悪の区別がつかない子供が武器を取り、先に命を落とす。場合によっては残された者が後を追い、残された者の心を蝕む。


「判りました。行きます」

「ありがとう」

なんとなく、“勝手にランキング”のランキングタグを設定させて頂きました。


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