アメリカ連隊
『我々は戦いに行くのではない!』
風魔法の魔法具で大きくなったアルトゥルの声が街道沿いや街の中にまで響き渡った。
『我々は戦いに行くのではない!かつてのアメリカ独立革命の口火を切ったマサチューセッツの住民の様に、専制的な統治に立ち上がった仲間達を迎えにいくのだ!』
服装こそバラバラだが、ボルトアクションライフルを持った兵士達は舞台に立つアルトゥルを真っ直ぐ見据えていた。
背後に巨大な星条旗が描かれた舞台の上に立つアルトゥルの言葉を兵士達だけでなく、兵士の家族や野次馬も固唾を飲んで観てい
たが、アルトゥルの言った事に野次馬を中心に動揺が走った。
『諸君等も見てきたかと思う!暴君を中心にした統治の元に、一部の騎士や権力者だけで政治を行い、人民の権利が不当に抑圧されている所を!』
(ちょっと、魔王様。ホントに打ち合わせをしたんですか?)
野次馬に混じり、少し離れた場所で演説を聴いていたエミリアだったが、演説の矛先がいきなり自分達に向かってきたので、エミリアは小声でカエに聞いた。
『不当な重税に苦しめられる農家を!農場や鉱山でかつての黒人奴隷や先住民の様に搾取される、奴隷達の涙を!』
(勿論したさ)
(魔王様、何ですかこれ?)
クヴィル族の騎士団長を務めるランゲが野次馬の隙間を縫って現れた。
(居たのか)
(居ますよ!)
『生まれもった身分のために、不当な扱いをもうおしまいだ!我々は反乱を起こした愛国者と合流し、暴君達による不当な支配を終わらせるのだ!』
兵士達が歓声を上げ、「Hurray!」と三唱し、開場は異様な熱気に包まれた。
(やりすぎですよ!)
どっちが反乱軍だか判らない状況になりエミリアはカエの腕を掴んだ。
(これ、どうするんですか!?)
ランゲもカエの腕を掴もうとしたが、逆にカエに腕を抱き着かれた。
(!?)
(心配するな)
『神聖王国の赤どもや、ナチどもの見せ掛けの平等ではない。我々、アメリカ合衆国の理念こそがこの世界に平和と平等をもたらすのだ』
兵士や野次馬の一部から「USA!USA!USA!USA!」の合唱が巻き起こり、エミリアとランゲは萎縮した。
『既に、魔王様と新国家樹立の話が出ている』
アルトゥルが羊皮紙を取り出し掲げた。
『我々の世界で最も成功した国家、人民が成し遂げた自由主義の旗手。アメリカ合衆国の、そして西側諸国の理念が詰まった憲法草案だ!』
(魔王様~!!!)
(聞いてないんですが!)
憲法の草案を会議等で話し合っているのは知っていたが、エミリアとランゲはその憲法草案を今ここで公にするなど一言も聞いていなかった。
『この憲法草案の理念の元、我々はこの世界でも真の平等と平和を成し遂げるのだ。魔王様からは、“新国家樹立に参加するならば反乱兵の罪は不問とする”とお言葉を戴いた。先に反乱を起こした仲間達を迎い入れ、真に平等な国家を作るのだ!』
楽隊がアメリカの行進曲である、“ワシントン・ポスト”の演奏を始め、兵士が“March”の号令で行進を開始した。
「ふい~疲れた」
アルトゥルは舞台から降りると、大急ぎで馬の元へ駆けた。
「いつの間に“憲法草案”を用意したのですか?」
無精髭を生やした部下の1人が尋ねてきたので、アルトゥルはニヤニヤしながら「読んでみるか?」と“憲法草案”と言っていた羊皮紙を手渡した。
「ぶっは!」
羊皮紙を広げた部下は思わず吹き出した。
「白紙じゃ無いですか」
「本物は魔王様が持ってるよ。こいつは偽物よ」
「あの………少将?」
「ん?」
もう一人、中年の部下が話し掛けてきた。
「何か、喋り方が変わりました?なんと言うか、べらんめえ口調と言うか」
「あー、いやよぉ」
馬の側まで来たアルトゥルは馬に飛び乗ってから訳を話した。
「どうも英語と違って喋りずらくてよぉ。普通に喋れねえ訳じゃねえけど」
アルトゥル本人はそう説明したが。
(前世でも、たまに南部訛りが出てたよなあ…)
酔っ払った時等に、南部訛りが出ることがあったので、部下達は話し半分で聞いていた。
「よし、俺らも行くぞ」
アルトゥル達の縦隊が行進を始める直前に、曲が“陸軍は進んで行く”に切り替わった。
「March!」
将軍のアルトゥルを先頭に騎乗した幕僚が続き、更に後ろを大隊の歩兵が続いた。
「アルトゥルだよ!」
目の前を意気揚々と行進するアルトゥルの姿を姉が気付き、観に来ていた年下の弟や妹達が、両親や歳上の兄や姉によじ登った。
「ちょっ、コラ。耳は駄目だ、ヨゼフ!暴れるな」
「姉ちゃん!抱っこ!」
「何人か担ぐか…」
「ですね」
「ですな」
みかねたカエ達が何人か担ぎ上げる事にした。
「これでどうだ?」
「わぁー」
「すげえ」
カエが軽々と片腕に2人ずつ乗せ、更に肩車をし計5人の子供を持ち上げた。
「よいしょー」
エミリアも負けじと5人持ち上げたが………。
「あ、コラ。暴れないの」
ランゲはカミンスキー家の中でも特に腕白なアルトゥルの弟3人に手を焼いていた。
(うっへ、ランゲ騎士団長相手にアイツ等…)
アルトゥルの位置からもランゲが揉みくちゃにされるのがはっきり見えた。
「トマシュとニナさん、アガタさんとエルナはケシェフに戻ってください」
朝食の皿が下げられた、宿のテーブルに着いていたトマシュ達は、イシスの言った事に驚いた。
「君はどうするの!?」
最初に口を開いたのはトマシュだった。
「私はニュクス達と同行して反乱の鎮圧をする事になった。だから、貴方達は先に戻って」
「俺達はどうなる訳?」
「俺達は兵士じゃないぞ」
ショーンとデイブは何も言われなかったのが気になった。
「お二人には反乱兵との交渉役と、鹵獲した武器の使用法と戦術の教練を御願いします」
イシスの言うことを真面目に聞いていたショーンと対照的に、デイブは左手で頬杖を付き、右手で机をトントンと叩いていた。
「イシスちゃんさ、勘違いしてもらうと困るんだけど、俺達は君達の兵士じゃないし、傭兵でもない。ただ、前世の記憶があるだけの冒険者だ。鉄砲使った無意味な虐殺の片棒を担ぐ気はない」
「ちょっと、デイブ!」
ショーンが不躾な態度を諌めたが、デイブは視線をイシスから外さなかった。
「デイブさんの言うことは判りますし、嫌ならケシェフに戻って貰って結構です」
全く引き止める気配の無いイシスに、デイブは眉をひそめた。
「引き止めないのかい?」
「ええ、無理強いは好きでは有りませんので」
イシスは立ち上がり、「私達はまもなく出発します」と言い残し、そのまま部屋から出ていった。
「何だ一体?」
今までの印象とうって代わり、あっさりとした態度にデイブは驚いた。
「急いでるんじゃないの?」
窓の外では、重い武器や鎧を荷馬車に積み込み、順次輸送している作業の喧騒が聞こえていた。
「此処かな?」
「此処だね」
扉の向こうから女の子の声が聞こえ、声の主が顔を出した。
「アレ?君達は」
女騎士ドミニカの従士、ルジャ、ゲルベラ、リリアの3人だった。
「君達も来てたのか。身体はもう大丈夫?」
狼男に襲われた際に大怪我を負ったゲルベラとリリアが従軍していることにショーンは驚いた。
「はい、もう大丈夫です」
「先日は有り難う御座いました」
3人はお辞儀をすると、ルジャが口を開いた。
「デイブさん。貴方は前世でベトナム戦争に従軍したと聞きました。そこでお願いが有って参りました」
いきなり前世の事を言われ、デイブは耳を立てた。
「誰が俺の事を?」
「ドミニカ様です。それで、デイブさんとショーンさんに会って話したいと」
デイブはショーンと目配せし立ち上がった。
「判った、案内してくれ」
前世を知る人間と会う事は滅多になく、今回の様に自分の事を知っている相手に呼び出されるのは初めてだったので、デイブはイヤに緊張した。
前世の自分に恨みがある誰かの差し金か、それともアルトゥルの様にドミニカがひょんな人物なのか。
デイブショーンはルジャ達に悟られぬ様に、拳銃を服の中に隠し部屋から出た。